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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
45/122

おでん

 よろしくお願いします。


 瓦礫の隙間からひょっこりと、繁忠と土門さんは顔を出した。


 「ここですぅー、みんな無事ですぅー」と手を振る俺。二人は積もった破片を気にしながら近づいて来た。


 実際、上を見上げれば落ちて来た箇所、穴は、既に瓦礫で塞がれてはいるが、その隙間からはチラチラと揺らめく炎の明かりが漏れ出ている。いつ崩れてもおかしくない状況である。


 けど、これのお陰で地下室の薄暗さをキープしている訳か、地味に納得です。


 繁忠を先頭に、瓦礫を邪魔そうに掻き分けてゴツい二人組が近寄ってくる。あらっ、繁忠なにっ? 放っかむりしてんじゃん。


 薄明かりの中、近付いて来る二人がようやく鮮明に見えて来た。俯き、足元を気にしていた繁忠がパッと顔を上げた。その瞬間。


「ぶふぉっ!? プフッ、ぶふふふっ」


 おもしろ顔に吹き出したっ! 繁忠、その顔ッ、笑神様降臨!? 


 放っかむりをしている繁忠の鼻の下、鼻穴の下に煤で黒い線が二本伸びている。鼻毛全開っ、チョまッ、マジウケるッ!!


「プフッ!……クッ、ククッ、ぶふっ!」


 放っかむりに鼻毛ボーンってっ、ブフォッ! こらえんの無理ッ、ガチ中のガチ、ありよりのありだってっ!


「ぶっ、クスクス、クス……」


 声に気づいて、こちらを見ていた女子二人も、繁忠の面白顔に遠慮がちに小声で笑っている。つかみはオッケーだな繁忠ッ! 得意満面で親指を立てるモンジに、繁忠は眉間に皺を寄せるだけ、気づいていない。


「おぶっ! んっ、ううんっ。繁忠どの、顔がその〜、おもしろ、う、うんッ。へ、変になっております」


 笑いを堪えて土門さんが指摘をする。

 みんなに笑われ、何が? って困り顔の繁忠に、仕方がないから首に巻いている褌マスクを渡してあげた。


 ホントはこのマスクでちんこケースか、Tバックみたいな、局部を隠すだけのパンツを作ろうと思ったんだけど、しゃーない。

 俺も紳士の端くれ、繁忠君の面子を守ってしんぜよう。婦女子の前だしな。いつまでも、そんな面白顔でいたくはあるまい。


 婦女子の前で平気でノーパン、プリケツでいられる変態紳士のほざきでした。いやいや、着物で隠れてるから丸出しではないよ。ミニスカートっぽくはあるがな。

 自らがこうなってみると、ミニスカ女子の偉大さがわかるな。うん。だってさ、ミニスカートってほぼほぼ防御率ゼロじゃん。

 こんなんで街中歩けるんだから大したもんだよ。


 まぁ、話しはそれちまったが、でも二人供無事で何よりだな。あー、なんだ、仲間意識的な? もし、死んでたら寝覚めも悪いってやつだな。

 けど、この二人だったら戦車に轢かれてもピンピンしてそうな感じなんだけどな。


 悪い笑顔で褌マスクを渡すモンジに、訝しげな表情で繁忠は礼を言って受け取ると、こう切り出してきた。


「それでモンジ、あのお方が綿姫様で間違いないか?」


 繁忠は汚れた顔面を拭いながら確認を取って来た。


 視線を交わすモンジと繁忠、次いで土門さんとも目を合わせる。よく見るとこの二人、全体的にかなり煤けている、薄汚れている。

 状況を鑑みるに、上の火事が洒落にならんと言うことだろう。素に戻るモンジは、少し返答が遅れてしまった。


「あ、あぁ、間違い無いと思う。お目当ての姫さんも見つけた事だし、サッサとこんな所トンズラしようぜ。上の火事も酷い状態だろ、ここもいつ崩れるか知れんし……」


 モンジの、敬語ではない崩した語り口に、短い鼻息で破顔する繁忠。親しくなれた証拠だろうと、内心、嬉しく思ってしまう繁忠君でした。



 フンッ! 荒い鼻息でいつもの厳つい顔に戻る繁忠。まだ終わった訳では無いと、ここから脱出せねばならんと己に発破をかける。

 先程までの緩んだ雰囲気を払拭し、険しい表情を作る繁忠に、モンジと土門も同調する。その時。


「あ、あのっ、もしっ……。森山村の方々でしょうか?」


 恐る恐るソッと投げられた鈴音の声に反応する。

 声の先には、白い夜光に照らされた薄着の女性が座していた。


 襦袢(じゅばん)姿を晒しているが、溢れる気品と気高さを纏い、たおやかで上品な優姿の女性である。

 男性陣の庇護欲、独占欲をかき立ててしまいそうな、そんな儚げで美しい女性がそこに座していた。


 言わずもがなの綿姫様である。


「如何にも、私は川辺繁忠と申す者で御座います。遅れ馳せながら、綿姫様をお迎えに参った所存で御座います」


 ササッと、姫さんに近寄り方膝を落とし頭を垂れる繁忠が、更に言葉を繋ぐ。


「ご無事で何よりです。綿姫様、動けますか?」


 短略的な物言いに、未だモモにしがみつかれている『コアラの親子』状態の綿姫は、優しい瞳で繁忠を見つめて頷き、次には僅かに躊躇い柳眉を斜にした。


「わたくしはご覧の通り、歩くことは困難ではありますが、平気です。それより奥の部屋にはまだ、領民が、女性達が囚われの身となっております。どうか、彼女等を先に逃しては貰えないでしょうか?」


 淑やかな声音に語気を強め、綿姫は繁忠に訴える。


「ひとまず、綿姫様を連れ出し、その後必ず……」

「ダメですッ! 彼女達が先ですッ。 彼女達が無事に此処から出るまで私、一歩も動きませんからっ!」


 偉丈夫が仰反る程の気迫ある物言いであった。

 彼女の迫力に押され、グヌヌ〜と渋い顔で繁忠は唸り声を噛み殺す。

 認めろ、あんたの負けだ繁忠ッ。後ろで聞いていたモンジも、姫様の圧に屈する。


「……はい、分かりました」


 問答ほど時間の無駄だと、青汁をリットルで飲んだみたいな顔で繁忠は渋々折れた。 

 意見が通った。目の前の偉丈夫が了承してくれた事に安堵した姫様は表情を崩す。

 女性らしい、穏やかな笑みを咲かせた彼女は、体の力を抜いた。

 興奮気味の熱を冷ますよう姫さんは、モモの頭に微笑を浮かべながらに頬ずりする。

 モモも、飼い主に頭を撫でて貰ってる猫みたいに、気持ち良さげに目を細めていた。


 鬼気迫る気迫から清楚で無害な好々女子に変わる姫さんに、モンジは度肝を抜かれた。

 ほえ〜、この姫さん、慈愛って言うか母性愛って言うか、漫画のお姫様みたいな性格だな。

 清白とか清純とか、純烈みたいな、あっ、間違い、最後はオバ様方のアイドルだった。


 でもおそらく、彼女にとって人生で一番最低、最悪の状況に置かれているはずなのに。それなのに、自分より他人を優先するなんて……ねえ。

 あっぱれだな。とんでもない愛の戦士だな。現在ノーパンの俺なんて、月に変わってお仕置きされても文句も言えんな、こりゃあ。


 ほえ〜と、馬鹿っぽい声で姫様を注視紅潮しているモンジを他所に、繁忠は綿姫の指差す扉まで歩き出す。


 暗さで解りづらかったが確かに扉はあった。ありはしたんだが、これがまた鉄製でしっかりとした造りである。瞬時の躊躇い。


「土門ッ!」


 繁忠の声に、巨デブのオッサンを眺めていた土門さんが、駆け寄って来た。


「頼む」

「……まかせろ」


 話を聞いていたのか、土門さんは短い言葉で全てを把握してくれた。

 鼻息を荒げ、待ってましたとばかりにやる気を(みなぎ)らせる土門さんはタンタンと、足を鳴らす。

 扉に近づき強度を確認、そのまま中にいるであろう女性達に声を掛けた。


「奥にいる女達ッ! 今から扉を蹴破るッ。出来るだけ離れていてくれッ!」


 中への通告。柔軟にたっぷり間を取る土門さんの傍ら、繁忠は万が一の為に綿姫様の前に仁王立ち、壁となる。


「では、いくぞッ! ──ッおら!」


 バゴンッ! 強烈な前蹴りで土門さんは、扉を蹴破った。


 モウモウと上がる土煙の中、ひしゃげた観音扉を潜りズカズカと前へと進む土門さん。遅れ馳せながらに俺も、小走りでついて行く。


 殺風景な二十畳程の広い部屋があった。奥の壁に薄い布団が重ねられているだけ……ホント、何も無い。

 上部に二箇所だけ小さな格子窓が付いていて、明かり取りの役目をしている。そして、一番奥の隅っこに彼女達はひとつに塊り震えていた。


「女たち……動けるか?」


 雑ッ! 聞き方、雑過ぎんだろッ。


 ぶっきらぼうな言い方の熊皮、巨躯のオッサンに、女子達から「ひゃっ!」と、小さな悲鳴が起きる。


 でしょうね。こんなん、見た目ほぼ熊だもん。巨熊がいきなり扉蹴破って、部屋に入って来たら普通日和るって。俺だったらオシッコちびるレベルだよ。


 やれやれと嘆息するモンジが、強引に困り熊の前に出て代打を所望する。グイグイ押しやって、強制的に選手交代した。そして努めて優しく、優しいいく語り掛ける。


「私達は怪しい者ではありません。皆さんを助けに来た愛の戦士です。ここから皆さんで脱出しましょう」


 そう、さわやかに、紳士的に語り掛ける。けれど、パンツは履いていないがな。

 一部、変な文言はあったが、変態紳士の語り口が功を奏したのか、彼女達のあいだに安堵の声が漏れだした。


 無神経な熊モンを放っといて、女子の人数を勝手に数える。ひー、ふー、みー……総勢十五人か。みんな年端もいかない十代半ばの若い女子達だった。

 いちおう、元気そうではあるが……。月明かりの下にいる彼女等の姿に、眉をひそめるモンジがいた。


 どれだけ酷い扱いを受けたのだろう。


 心臓が速まる。

 ひとつに身を寄せ合う彼女達は、襦袢、薄い肌着にこけた頬を見せつける。

 疲弊した表情の彼女等の、そのか細い腕や足には至る所に青あざと切り傷だらけで……。言葉を失うほど痛々しい。頭に血流が集まり出す。


 一目で、それだけで、彼女達がここでどんな扱いを受けていたのかが分かる。想像するだけで反吐が出そうだった。


「── ックソ!」


 アイツ等だけは、絶対ぇ許さねぇ!!


 奥歯が軋むほどに噛み締める。爆発しそうなほどに、怒りが込み上げてくる。ドス黒い感情に呑み込まれそうだ。


 俺は、火傷しそうなほどの憤怒で身を焦がしていた。


 ポンッと誰かに肩を叩かれた。

 我に帰り、肩に置かれた腕を伝って、見上げてみれば……そこには、熊モン。暖かい目で俺を見つめてくれていた。


 目の前には、肩を寄せ合い身を竦め、固唾を飲んで俺を見つめる女子達の姿が──若干、震えている。


 あー、またやっちまった。全身から怒りがだだ漏れだった。お陰で彼女達を怯えさせちまった。

 クソッ、俺がクソだ! いつまで経ってもクソガキのまんまだッ。クソッ!


 罰の悪そうに、ガシガシと頭を掻いてるモンジを横目に、土門は彼女等を出口へと誘導する。

 モンジの落とした視線の先、右手には、硬く握り締め過ぎた所為で手の平にクッキリと、爪痕が付いていた。


 今はそれどころじゃないのに、怒っている場合じゃないのに、怒りに呑まれて直ぐに周りが見えなくなっちまう。ホント悪い癖だッ。


 大人な土門さんに対し、赤面と曲げた口でしか対応出来なかった。はぁー、つくづくボンクラだ、超絶カッコ悪いよ、俺は。

 猿でも出来る反省中のモンジは、首をへし折り盛大に項垂れてしまった。


 床に目線を落とし遅れてみんなの所へ戻ると、繁忠と土門さんが部屋の隅で険のこもった顔を突き合わせている。……何やら相談しているみたいだ。


「繁忠殿……あの炎の勢いの中を抜けての正門からの脱出は、些かこの人数では酷ではありませんか? 体力の無い女ばかりの集団と、しかも火を防ぐ手立ての無い現状故、数人連れ出すのがやっとかと思うんですが……」


「……仕方あるまい。二人で、あー、モンジも入れて三人か。三人で一人づつおぶって抜け出すしかあるまい。これを繰り返すしか……」


「……死にますぞ」

「………」


 小声で話す二人。予想外の大所帯になり、かなりお困りの様子である。

 ザッと室内を見渡す。この二人の逆側、月明かりに照らされた一角では、綿姫様を囲んで女性陣がサークルを造っていた。


 柔らかい微笑みの綿姫様は、年端も行かぬ彼女達ひとりひとりに優しく語りかけ、勇気づけて励まし、労わり、母親のような眼差しで慰めている。

 そんな彼女の姿が、とても神聖なものに思えて、無くしてはいけない大切な人に思えて、失いたくは無いとお方だと思えて、だから。


 彼女達だけは必ず助け出したいと、この時本気で思ったんだ。


 新たな決意に燃えるモンジは、自分なりの打開策を巡らす。と、その視線の先に部屋を跨いで落ちて来た、太り過ぎのオッサンが目についた。


 壁の仕切りを破壊して、地下室の中央でポツンと転がっているブタ、もとい牛が、んっ、どっちも変わらんか、まぁ、いいや。

 とにかく、地下室の真ん中で禿げ頭を俺達に晒して仰向け大の字で寝転がっているオッサンに目がいった。


 オッサンが俺の目線に気づいて、手招きをしている。


 ゲゲッ、なんかされんの? それとも遺言かなんか!? はたまた、お小遣いかなんかくれんのかな? って、それは親戚のオッサンか。


 (いぶか)しげな態度全開でオッサンに近寄ってみる。わたくし手持ち無沙汰に見えたんか? 暇そうに見えたとか? これでも、脳内シナプス繋ぎまくりで思案中なんだがな。


 ぶつぶつ独り言を呟きつつオッサンに近寄る。

 するとオッサン、ニカッといい笑顔を見せて、繁忠等が通ってきた通路と、まるで真逆の方向を指差して。


「ど、どい。あっぢ、あっぢに、みぢ、ある。にげみぢ、ある」


 オッサンが指し示す方向に確かに道はある。だけど造りからいって、向こうは壁だろって場所だ。暗くて良く見えんが、コイツ何いってんの? 落ちた拍子に耳からお味噌こぼしたんか?


「どい、にげみぢある。どい、にげろ。どい、あっぢ、あっぢ。どい、どい、にげろ。どい……」


 だぁー、うるさいッ! オッサンがどい、どい、うるさいから俺は、仕方なしに指差す方向へ行ってみた。


 やっぱ、暗くて良く見えん。だがしかし、って、やっぱ壁じゃんっ、この手触り普通に壁じゃん。

 このブタ、俺様を嵌めやがったな!

 

 振り向き、親の仇みたいに睨みつけるモンジにオッサンは「げっで、げっで」と、次なる指示を出してきた。


 このハゲにこき使われんの、なんかムカ付くんですけど。


「ムカつくんですけどおぉぉぉぉぉッ!」


 思いっきり壁を蹴ったッタ。足の親指コキッていった。ちょと爪先、痛くした。


「── へ!?」


 ギイィィと建て付けの悪い音と共に、奥へと壁が動いた。壁の隙間から涼しい風が入って来る。

 瞠目した俺は「ほえっ!」と、素っ頓狂な声をあげてしまった。


 だって壁だと思っていたら、な、な、なんと扉だったんだ。ビックリだよ! 縦ニメートル、横一メートルもある壁が全部だよ。


 焦って振り向くとオッサンは、またまたいい笑顔を見せくる。でも、たぶん俺は微妙な顔をしてたと思う。


 早速、難しい顔をしている繁忠に報告する。

 信じられんとの感想とともに、通路を確認する繁忠と土門さんは安全であるとの認識を示す。

 こっからが時間との勝負とばかりに即座に対応、女性達を促して脱出の準備を開始する。で、俺は。


 足元に転がるオッサンを見下ろしていた。満足げなコイツ、モモに潰された右目は血で塞がっている。

 隻眼のオッサンは、悟りを開いたような顔で目を閉じている。


 視線を外し、頬を指でポリポリ、口を尖らせ俺はオッサンにこう言った。


「せ、せんきゅう。……あ、あんたの、その〜。名前……?」


 恥ずかしそうにしているモンジに、驚いた表情のオッサンは直ぐに相好を崩して。


「お、おでのなまえ……。ぼでん(保全(ほぜん))、ぼでん(保全)だ」


「ぼお、お、お、おでんか、おでんな。美味そうな名前だな。おでんな……あんがと、おでん」


 モンジの聞き間違いのまま勝手に『おでん』と命名された保全は──笑っているから気にしてない様子、むしろ嬉しそうだった。


 自然と、何処にでもいそうな少年らしい笑顔を見せるモンジに、おでんも普通に笑みを返す。


 俺が勝手に、おでんの中にイメージしていた『怪物』は、もう何処にも見当たらない。普通に、ただのハゲたオッサンにしか見えていない。


 俺はチョロいな。そうボヤきながら、清濁合わせ飲む決断を自らに下した。


 はあ──と、長い嘆息。

 でも、やっとこれで全てが終わる。ミッションコンプリートだな、まだ早いけど。


 やっと人心地つくことが出来たモンジは、全身の力を脱力させる。

 そして、最後に一つだけ土門さんにお願いをして、俺達は全員無事に砦から脱出する事が出来たんだ。


 

 終わったように見えた結末も、この安穏の先に待つ『最悪の事態』の序章にすぎないと、この時の彼等は知る由も無かった。

 ありがとうございました。

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