表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
44/122

 明けまして、おめでとうございます。


 今年もよろしくお願いします。


「我、四季の名において、彼岸より呼びし魂。いでよ『夢見蝶』」


 やわら四季は、立てた二本の指で漆黒の軍団を指刺す。

 次の瞬間、黒武者等の頭上を覆っていた紙吹雪が姿を変える。


 夜空に粉雪のごとく舞う紙切れが──『純白の蛾』へと変貌していた。


 月夜に純白の羽が閃く。

 おびただしい数の羽虫が密集し、雲となる。

 およそ数千、いや数万匹にも及ぶ『蛾の大群』が空を覆いつくし、月明かりを遮った。

 真下にいたのは黒の軍団である。愕然とした表情の彼等に、蠢く白い雲は闇に影を落とす。

 

 突如現れた蠢く雲に、黒い猛者等は言葉を失い上空を仰ぐ。次いで、ざわつき、戸惑い、いつしか軍団は周章狼狽、地に足を縫い付けていた。


「いったい、こりゃあ、何なんだッ!!」


 軍団の一人が叫ぶ。愕然とした顔つきが恐怖へと変わる。驚怖を乗せた男の叫びが黒の集団に伝染した。


「なんか動いてるぞ、こいつらッ! えっ、えっ、ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!」


 蠢雲の急襲ッ! 

 驚叫が合図となって突如、蠢く渦動が襲い来る。白の本流が奴等の体を覆い尽くし、飲みこんだ。


 数万にも及ぶ純白の羽が彼等を襲う。

 白の大群が鱗粉を撒き散らし、纏わり付き、黒一色だった世界を白く染めてあげてゆく。

 あたかも、そこだけ猛烈な吹雪に見舞われているかが如く、渦巻く羽虫達の狂宴は黒の軍団を翻弄し、覆い尽くす。


 薄笑みを湛える四季の眼前に、純白のドームが形成される。


「「「グワァァァ! 何だこりゃあー! ギャーッ! 前が見えねぇー! 刀ぁ、振り回すなッ!? あぶっ、がはッ!? あー、あー、息が、息が出来無……。グギャアーー……」」」


 純白のドーム、白い吹雪の中は同士討ちも始まっていた。

 もはや阿鼻叫喚、絶叫の嵐である。混乱した奴等は驚異の渦に呑まれ、錯乱していた。


 凜然と佇み、奴等を見つめる陰陽師は目を細める。もう一度、ペロリ唇を湿らす彼。

 かつての、神秘的なエメラルドグリーンのその瞳は、灰色の目、死人の目に変わっていた。


 四季は旋律を紡ぐ。


「かの者等の足元を掬え──いでよ『濡蛇』」


 彼等の動きを見極め、もうひとつの術を発動する。

 四季の(めい)により地面に落ちていた紙切れが、モゾモゾと波打つ。


 蠢く大地、泥に濡れる土くれ。

 大地は数千匹のぬめる土塊、『ナメクジ』の絨毯へと変化していた。


 純白のドームの直下、彼等の足元を覆い尽くす。


「「「うわッ!? 滑るッ! 足が、足ガッ! おわッ!? 動けねえ! ぬめる、クソォッ!! 前に進めんッ! ゴワッ!?……」」」


 地表に広がる生きた泥に足元を掬われる。

 体を泳がし、転倒してしまう男達。立っている事すら困難となる。

 逃げようにも逃げられ無い状況に賊供は、その場に釘付けにされてしまっていた。


 ここに『烏合の衆』の完成である。


 目を見開く絹と仲間達は、戦慄を覚えていた。


 ──さながらして、竜巻に襲われているようにも見える光景に。



 混乱を期した集団を前に、フウーと大きく息を吐いた陰陽師。

 腰に挿した、扇子を右手で取り出すと、パンッ! と左手に打ちつけ、豪快に破竹音を鳴らす。


 閉じたままの扇子を手の平で滑らし四季は、浮き足だった賊供に目掛け、勢いよく投げつけた。


 紫色の矢となり放たれた扇子は、月下に直線的な紫光の軌跡を描き、飛んでゆく。


 彼は、止めとばかりに『終幕の術』を発動させる。


「かの者等を蹴散らせ。いでよ『千足龍』」


 美しき独奏。

 四季の最終奏に、黒紫の扇子(タクト)が呼応する。スルスルと形が変わっていった。


 放たれた扇子が、読んで字の如くに具現化された。


 見る見る内に膨張、肥大を続けた扇子は遂に、五メートル級の『巨大ムカデ』へと変幻していた。


「キシャアァァァァァァ──ッ!」


 巨大ムカデの咆哮。

 硬質な長駆が夜光に艶めく。

 数百はあろう足をカチャカチャと動かし、黒光りする節で幾重にも連結された胴体を波状にうねらす。


 体の半分を持ち上げ、不気味な節足部位を晒すムカデは上半身を持ち上げ、おぞましい声で威嚇した。


「シャギャアァァァァァァ───ッ!」


 金属を思わす長駆。

 堅硬な平たい頭部には、口の端から左右にくの字に牙が飛び出ていて、その牙を擦り合わせる度にシャキン、シャキンと刃物を擦るような音が聞こえてくる。


 ブルブルと震わす尻尾の先端が、狙いを定める。そこには二本の大きな棘が上反りにのびていて、メタルチックな様相を呈す。

 いかにも一突きで、相手を貫きそうな鋭さがあった。


「ギャッギャアァァァァァァ──ッ!」


 生きた重機。巨大ムカデが白いドームに突貫するッ!!


「「「ッバケモノー! ギャーッ! グギャア!! ヒッヒィィィー!? ゴグワッ! ヤッ、ヤメッ、ドゥアッ!! ……!……!?……」」」


 紫の砲弾に弾かれる彼等。

 圧倒、暴圧……話にならなかった。一言でいえば『蹂躙』である。


 突貫した巨大ムカデは硬質な頭を使って奴等を次々と宙へと放り投げ、体当たりにより数人纏めて弾き飛ばし、これでもかと数百ある足で彼等を踏みしだいて、止めに鋭い尻尾で鎧ごと強烈に殴りつける。


 蹂躙からの暴虐、桁外れの殲滅であった。


 白蛾で出来たドームは、叫喚、絶叫のるつぼとなる。実に、人の抗えるレベルじゃあ無かった。


 絹は瞠目する。現実なのかと我が目を疑う。奈落の世界、冥府の光景、まさしく『蟲の地獄』にしか見えなかった。


 これが、陰陽師『立花 四季』の十八番の一端、『蟲術(こじゅつ)』である。


 絹の眼前に映る、にわかに信じがたい光景に彼女は──瞬きを忘れ見入ってまう。あり得ないと何度も呟いて。


 我先に逃げ惑う軍団。体裁を忘れ、悲鳴を上げながら這う這うの体で逃げ出す黒武者ども。

 泥と鱗粉に塗れ血反吐を吐き散らし、無様に敗走するその様は、畜生の如くに映る。


 生きながらにして修羅を体感したよう彼等は、虐叫を轟かす。




 頃合いと見て、術を解除する陰陽師。


「オン、ソウソウ、ソワカ」


 四季の囁きで突如消え去る蟲達が、ただの紙切れと変わる。

 陰陽師ひとりを残して、砦、南門前では寂然(せきぜん)たる平原が広がっていた。


 吹き抜ける風が、ひとつに纏めた絹の後ろ髪を、優しく撫ぜる。

 眼前には、夢、幻の残り滓のように、丸い白い地面を残すだけだった。


 そこには既に、立っている人物は一人も居ない。


 ──終わったのだと。

 

 数体の残された屍だけが、悪夢の後を物語る。

 大量の紙吹雪が死体に降り積り、忌む者としてその身を純白のベールで包み隠す。


 ふふんっと、鼻を鳴らしてニッコリ微笑む陰陽師が、トコトコと軽い歩調で足を運ぶ。遂、数瞬前に戦場だった場所へと歩みよった。

 一画に落ちていた扇子を拾うと、泥を丁寧に落として懐にしまう。


 何も語らぬ陰陽師。乾いた口腔に、絹は息だけを飲み込む。

 数秒、戦場を見つめた彼はやわら振り返り、穢れを知らぬ純真無垢な笑顔を、絹達に投げかけて来た。


 ──怖い、背筋が凍るッ。


 瞬間、場が凍りつく。

 絹に心臓を抉られたような戦慄が走った。

 彼女は硬直した表情のまま、彼『立花 四季』そのものに、途轍もない恐怖を覚えてしまった。予感めいた、底の知れない不吉な何か(、、)を。



♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢



「ももっ! モモなのっ!? そこにいるのっ!!」


 砂塵も落ち着いた地下室の一室で、暗闇から澄んだ鈴音の声が響く。


 すぐッ、ほんと直ぐだった! 俺の胸に顔をグリグリと押し付けていた『甘えん坊ちゃん』が、まるでゼロゼロナ〇ンのイケメン主人公、島〇ジョーよろしく『加速装置』を使ったみたいに瞬時に、声の主へと飛び付いていたッ!


「モモッ! モモッ、また会えたのねっ! 嬉しい!」


「綿姫さまっ、綿姫さまっ、綿姫さまっ」


 感動の再会ではあるが。

 あー、何だろっ、この寂しい感じ。あー、虚しいってか、空疎な感じって言うか。まぁ、でも、もうどうでもいいや。だがなんだな、アレに似てんな。久々に会った実家の犬?


 実家にいた頃あんなに可愛いがっていたのに、遠距離で一人暮らし始めて三年振りぐらいに久々に実家に帰ったら、嬉ションでもして喜んでくれると思ったら、犬に塩対応されたってがっかりって言うアレ。この前テレビで見た気がする。

 なんか、元飼い主の気持ちって、こんなんだったんかなって。

 まあ、犬って基本アホだからな、しゃー無いか。(注*モンジ君の個人的な感想であり、作者は愛犬家でもあり愛猫家でもあります。ペット最高ーッ!)


「もも、もも、よかったっ! 本当に良かった! もも、ももっ、あなたが無事で本当に嬉しい。もも、もっと良く顔を見せてっ、ももっ、よかった。本当に……良かった……」

「綿姫さまぁぁ! 会いたかったですぅぅ! わたひめさまぁぁぁ!!……」


 お涙ちょうだいですな。あーぁ、ギャン泣きだよモモちん。そんだけ姫さんの事を心配してたって事か、泣いちまうのも無理もねぇよな。


 地下室の奥で、壁を背に女座りをしている妙齢の女性が声を震わす。彼女の膝の上では、モモが小ちゃくなって抱き付いている。


 彼女等の少し上。壁の上部にある格子窓から、幾筋もの白い月明かりが差し込んでいて、抱き合う二人を柔い優しい光で照らしていた。


 あれが『綿姫様』か……。やっと見つけたって事だよな。


 モモがあんなに懐いてるんだ、まず間違い無いよな。あの方が綿姫さまか……。


 ……オー、ビュウテイフル、ウーメンッ!


 ワードセンスが壊滅的である。ゴアハァ! アホっぽい。ビチグソだな俺の語彙力。

 勝手に凹むモンジ君、頭を切り替えて今までの道程を思い出す。


 擦った揉んだで、大変だったもんなぁ……。ムカつく厳伍ろうには思いっクソ殴られ蹴られ、知らんあんちゃんにはいきなり斬りつけられて。挙句に、デブ怪獣との一騎討ちだもんなぁ。はぁー、しんど。


 んんんッ、俺って、凄くない?


 やおら元気を取り戻したモンジ君は、ウォーと両腕を振りげ自分の偉大さをアピールし出す。しかし誰も見ていない、モンジ君残念ッ。


「モモ、あなたホントに怪我とかして無い? 私の所為で無理したんじゃ無いの?」

「綿姫さまこそ、お怪我をなされてて……。モモがっ、モモが、お待たせしたせいですぅぅ。ゴメンなさい、ごえんなひゃぁいぃぃ」


 見れば羽織った薄い肌着から、包帯の巻かれた二の腕と腿が覗いている。酷い仕打ちを受けたのだろう。

 良く知らん俺でも腑煮えくり返る思いになる。こんな美人さんを傷つけるなんて、けしからんにも程があるだろッ。


 怒り心頭のモンジから、僅かに焦りが窺える。

 火の勢いも増し倒壊の恐れもある、時間が無いから。感極まる二人を、一刻も早くここから連れ出したいからである。


 あーぁ、まだ泣いてるよモモちん。時間無いんだよなぁ。さっさと逃げにゃならんのに。悠長にしてられんのよぉ。どうすんべ。


 二人に声を掛けあぐねるモンジ。そこに聞こえた胴間声(どうまこえ)


「い"だい"……。い"だい"……。い"だい"……」


 か細いダミ声に、モンジの片眉がピクンと跳ねた。そっか、コイツもいたんだっけ。

 躊躇(ためら)い三秒、腹を括り足先を巨体へと向けた。


 勿論、怖いし、臭いし、チンチン丸出しだし、オッサンだし、胸毛凄いし、気持ち悪いし、出来れば近寄りたくも無い相手ではある。


 でも、多分、放っとけばコイツは確実に死んじまう。無くした左足からの出血が酷過ぎる。未だドクドクと流れ出ている。


「ムムムムムー……」


 巨体の周りをグルグル周るモンジは、まだ躊躇っていた。


 近寄ってはみたものの、コイツは人喰い殺人鬼である。つまりは、人を喰う『怪物』だ。


 立ち止まり体をユサユサ、悩み、悩んで、悩んで、悩み。悩み、悩んで、悩んだら、悩ましい。んっ、最後はちょっと違うな。


 ぁあぁぁぁあ"ぁぁぁあ"あぁぁぁッーーメンドッ! 考えるのがメンドくなって来た。

 おつむのあったかいモンジは思索をやめて、本能に従う事にした。


「おいッ!」


 威迫を込めたつもりが、怯えた声帯は裏声を出させた。鬼〇郎って言いそうになったよ。



「ゔ、うんっ。……おい、お前。動くなよ」

「あ"ー、あ"ーいー……」


 真っ白い顔、うろんな目は片目が潰れている。禿げた頭にギトギトの脂汗、両腕の火傷、チリチリの腹毛、そして左足が膝から下が無い。


 モンジは辺りを見回した。ひも状の物を探すが、元より瓦礫でグチャグチャの地下室の所為か、見つかるモンも見つからない。そもそも薄暗い。


 光りで照らされているのは部屋の一角のみで、モモと姫さんだけを照らしている。美人姉妹がスポットライトを浴びている舞台、歌劇のワンシーンを見ているようで、これはこれで絵にはなるが。


 モンジのいる場所は地下室の中央、辛うじてオッサンの様子が分かる程度の明かりしか無い。


 オッサンの止血用で布切れか紐が欲しい所だが……。


 あぁ、そうだよ。当たり前〇のクラッカーだ。オッサンを助けるよ。

 まぁ、なんだ、『救護義務』って奴だな、『義務』って事は絶対って事だからなッ。これでも、原付免許取る時にしっかり勉強したんだぜ。

 でもまぁ、こっちもコイツに殺されかけたんだ、このまんま放っといてもバチは当たらんだろうがな。


 ただ単純に助けたいだけなのに、素直じゃ無いモンジ君でした。


 今はそんなのどうでもいい。とにかく急いで血を止めないと。どっかに無いかッ、布か紐、布か紐、ぬのかひも……。


 落ちている物を諦めて、自分の身体を(まさぐ)るモンジ。

 頭の中で ” テレテ、テッテレー ” と軽快な音と共に、身に着けている万能アイテムの存在を思い出した。

 いつの間にやら、スカーフのように首に巻きついている『マスク』の元となった物。そう。


 ザ、ジャパニーズ、メンズ下着、『(おとこ)(ふんどし)』の存在をッ。


 前は急げで、さっさと褌を外したモンジは吹き飛んだ左足の断面のちょい上あたりで、きつく縛って止血をした。

 足の付け根も縛った方がいいのか? とも思ったんだが。

 股間を見ると、未だ巨大ナマコはご健在で、デローンと項垂れている。リアルに気持ち悪すぎてヤメたった。


 縛り終えた所でコイツからの視線に気付いて──目があっちまった。


「ど、ど、どいッ。……あんがど」


 オッサンが潤んだ瞳で紡いだ言葉。マジで気持ちワリィのな、このオッサン。


 どい? どい? とい!? あー、トイ、トイチか。そうか、そう言えば俺コイツに名乗ったんだっけ。

 しくったなぁ、絹さん以外にはまだ言ってないんだよなぁ、ワタクシのヒ・ミ・ツ。なんか嫌だな、コイツ今すぐ死んでくんねぇかな。

 オッサンにはすこぶる厳しいモンジ君でした。


 ふんっ、でも、こんな奴でも死ななくて良かったんじゃねぇのッ。俺としては感謝されんの苦手だけど、別に嫌いじゃねぇし。

 口を尖らし、頬を染めるモンジ君。本当に素直じゃ無い。


 アレッ、気が抜けたら体のあっちゃこっちゃが痛くなって来た。ヤッベ、マジ痛ぇッ。

 こりゃ、早くお家に帰ってイエ姉に、怪しい薬飲ませてもらわんと治らんレベルだわ。お膝の上で頭なでなでしてもらわんと、俺、死ぬかも知れんな。


「おいッ! モンジッ」

「モンジ殿ッ!」


 阿保のモンジがアホな事を妄想していたら、瓦礫を掻き分けて繁忠と土門さんが現れた。



 

 ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ