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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
43/122

天女の舞

 初投稿から気付けば、半年以上経っておりました。続けて来れたのもひとえに、読んでくださった皆様のお陰で御座います。勝手ながら『感謝』の言葉を贈らせて下さい。


 充実した一年になりました。有難う御座いました。


 今年の最終日に最後の投稿となりました。明日からは新年を迎えることとなります。そこで、年末らしい私の率直な気持ちを書きます。


 皆様が健康で幸せな新年を迎えますよう、心よりお祈り致しております。本当にありがとうございました。


 来年も『墓守り紋次の物語』を、読んで頂けたらとても嬉しく思います。



「はぁ、はぁ、くそっ! バカ供がッ! はぁ、はぁ、くそがッくそがッ! はぁ、はぁ、はぁ、皆殺しにしてやるッ! はあ、はぁ、森山村の奴等めッ!!……」


 闇に浸る森の中。

 小男が毒を吐きつつ急いでいる。

 枝葉に覆われ月明かりを遮る道なき道は、深い森へと続いている。


 足元が覚束ない。

 足に絡みつく下草が、邪魔でしょうがない。

 膝下まであるシダ植物を掻き分け男は、素足のままで先を急ぐ。男は、背中に何者かを背負っていた。


 立ち並ぶ木々の合間を縫うよう進む。

 派手な衣装。金、銀、真っ赤と煌びやかな羽織りでこの小男は、息も絶えだえに暗い森の中を駆け抜けている。


 そう、この男は『田之上 厳伍』である。此奴は、ミイラ化した母親を背負ったまま目下、敗走中であった。


「はあ、はあ、はあ……。は、母上、しばしのご辛抱ですぞ。ここより森を抜けて半日ほどゆけば、田之上の支城が見えて来ます。はぁ、はぁ、支城まで行けばこの厳伍、再起可能でございまする。はぁ、はぁ、はぁ、母上、いま暫くのご辛抱を」


 細かな傷が増えていく。

 絡む草が彼の素足を切り裂いていた。

 はだけた衣服もなんら気にも留めず、なりふり構わずに進んでいった。


「はあ、はあ、皆まで申さずとも、この厳伍。母上の事をお慕いしておりますゾッ。はあ、はあ、はあ、嬉しゅうございます。はあ、はあ……そんな事も御座いましたな、はっはっはっ。はあ、はあ、はあ……なぁ〜に、これぐらい、屁のかっぱでございまする。はあ、はあ……」


 無反応な母親が、カタカタと首を揺らす。

 会話を楽しむが如く享楽する厳伍は、相好を崩した。

 森閑とした暗闇の中で、彼の独言が異彩を放つ。何も語らぬミイラの声が、彼にだけは聞こえるらしい。


 草を掻き分け歩を進める一人と一体。安住の地へと向かう彼等を、深淵の森は奥へ、更に奥へと誘う。と、その時……。


「ッ!?」


「ギャー、ギャー」木の上ッ! 視線を移した先で鳥が、奇声をあげて飛び立つ。違和感を覚え、厳伍は足を止めた──そこにッ。


 トンッ、トトンッ、木の上から何者かが垂直に落ちて、いや、降りて来た。しかも、厳伍のすぐ目の前である。


「──ィッ!?」


 あわや、ぶつかりそうなり厳伍は肝を冷やした。踏鞴を踏み、一歩、二歩と後退する。


 現れた影は二つ。ひとつは全身闇色の人物。そしてもうひとつは……よく知っている人物であった。


 およそ一年程前になる。何の前触れもなく、不意に厳伍を訪ねて来たのが、この男である。


 己の野望を叶えてやる、後ろ盾に成ってくれると確約してくれた──かの者。


 そう、この男こそが。未開の地、北之領頭目『木場(きば) 清光(きよみつ)』その人であった。


 こやつは他とは違う。一度みたら忘れえぬ。見た目からして──逆巻く赤毛に獅子の相貌、鋭い紅目は憎悪を孕む。

 この時の厳伍には、血を欲した獣そのものに思えた。


 身なりも異様という他ない。

 虎柄の着物は胸を大きく曝け出し、ラメと鶴柄入りの長羽織は女物、真っ赤である。

 着崩した着物は、裾を片方だけたくし上げて緩く結んだ腰紐に、だらしなく引っ掛けている。

 この上なく、陳腐でド派手な衣装をこの男は、違和感なく着こなしていた。


 世が世なら傾奇者と称される人物だった。


「よう、厳伍。久方ぶりよの」


 気さくに語りかけて来る傾奇者。

 ぬうっと、精悍な顔を近づける。その瞬間、厳伍の目の下がヒクついた。


 足音がしない。

 生い茂る草むらがあるにも関わらずだ。

 この男は、踏み締める音さえ立て無かった。厳伍は、その不気味さに言語そのものを忘れてしまった。


「……して、アレは手に入れたか?」


 ドスの効いた声に肩が跳ねる。呼吸が小刻みになる。厳伍は威圧感に屈していた。

 この者の双眸は苛烈すぎた。突き刺さる視線が、ただただ恐ろしいと。


 無意識に目を泳がせ、震える顎先からぽたぽたと冷や汗を垂らす。

 厳伍からすれば、蛇に睨まれた蛙であった。捕食者に狙われる獲物──餌の気分だった。


「も、も、もう少しだけお待ちくだされっ! さすれば必ず、必ず手に入れて見せまするッ!」


 藁にもすがる思いで、乾いた舌を回した。

 緊張を通り越して、心胆凍てつかせた厳伍は顔面蒼白である。


「ほう、主はこの前も同じ事をほざいておったが……違うか? のうッ! そうであろう、『背骨』ッ!」


 厳伍を見据えたまま傾奇者は、背後に控える男に答えを求めた。


「御意に」


 簡潔に答える闇の者『背骨』。

 彼は、シャープな身体つきで長身であった。

 黒一色を纏いしこの男は、森の暗闇に溶け込んでいた。


 ブルブルと肩を震わす厳伍に戦慄が走る。赤毛の男が、急に顔を近づけたからだ。

 右へ、左へとしかめっ面を揺らす清光。ギラつく双眼は厳伍のすぐ近くにある。固唾を呑まずには、いられない。


「だ、そうだが……。はっ! あれか? お前は、無脳なのか、ん? なあ、こんな簡単なお使いも出来んのかヌシは? あんっ? 貴様には幾ら投資したと思うとる? んん! なあ、なあ! わざわざ、ヌシの希望どうり、あの娘子も手配してやったのに、のうッ、ああ"ッ! それが、何で(・・)お前はこんな所におるんだッ、おいッ、チビハゲッ!!」


 牙を剥き出し、怒りを露わにする清光。小男の厳伍は、いよいよ縮みあがった。


「ひいぃぃいっ! べ、弁明を、弁明をば。あそこには、あの村には、て、手練れがおりまして。そのっ、邪魔を幾度もされましてっ、それで……あの……」


 眼前で殺気を当てられた厳伍は、陳弁を唱える。

 能書きは要らぬと、清光の眼光は鋭利に尖る。視線を突き刺す彼の前では、釈明なんて泡と消えていた。


「ほう。……だが面白いな。……手練れか」


 厳伍からスゥッと顔を離し、強靭な己の顎を摘む清光。滲み出る獰猛さも幾らか和らいで見える。


 安堵の溜息を吐く厳伍ではあったが、全身から大量のぬめる汗が出ていた。

 不快感を(おくび)にも出さずに彼は、ここぞとばかりにおもねる。


「名は知れておりますっ。も、モンジと申す者に御座いますっ」


「ふんっ……モンジか。ふふんッ、誰だッ、そいつはッ!! はッ、ははんッ、だが、おもしれぇなッ! なあ、なあっ! ふんっ……分かった。役に立たん奴は──居ね」


「っえ!」


 一瞬だった。


「ぐわッ!」


 突如、厳伍の胸から白刃が突き出す。


 貫いた剣先から鮮血が滴る。

 闇の者の一刀であった。

 気配を消した背骨は厳伍の背後より忍びより、彼の母親ごと見事ひと突きで心臓を貫いていた。


「ッごぼう!」


 飛び出さんばかりに眼球を剥いた厳伍が、血反吐を吐く。二歩、三歩と清光に近寄ると、縋るように手を伸ばした。

 もう一度、盛大に血の泡を吐くと厳伍は、そのまま力無く膝から崩れ落ちてしまった。


 母親もろとも刀で串刺しにされた厳伍。皮肉にも、土門の妻娘が見せた最後の姿と酷似していた。


「お館様、(しるし)はいかが致しましょうか?」


「ハッ、無脳の軽い頭なんぞ要らんわ。山狗にでもくれてやれ」


「御意」


 片膝を地に(こうべ)を垂れる背骨。闇に染まるその体で、次なる指示を静かに待つ。


「十年かかった……。アレの血族を見つけるまでに十年。はっ、はは! ワシは見つけたっ! ……消えた、初代『帝』の血族を見つけ出した! ……あの村に隠れていたとはな、なあ! それさえ、手に入ればワシはッ! は、ははっ! ふんっ! まぁ、良い。……行くぞッ、背骨!」


 彼方を見詰める清光の瞳に深い哀しみの色が宿る。けれどそれも一瞬の事で、獰猛さを纏った傾奇者は忍びと供に森の闇へと消えて行った。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 同じ頃、砦の南門では。


 イエ姉の背後。

 彼女とおんなじスタイル『ちょんもりしゃがみ』の人物。自らの唇の前に、綺麗な人差し指を立てている、このお方。


 愛され顔の男の娘、陰陽師『立花 四季』がチョコンといた。


「し、四季様! な、なぜにこのような場所に、いらっしゃるのですかッ!?」


 器用にも小声で叫ぶ絹さん。

 彼女の驚くさまに、皆の視線も集まる。

 湧いて出たとしか思えない陰陽師の出現に、息を殺しながら森山村の面々も慌てていた。


 イエ姉もしかり、皆の視線につられ背後を確認。

 急に人がいる事にビックリして、「みゅっ!」と聞いた事の無い悲鳴とともに、お尻を思いっきり地面に落とした。


 “ ボゴオォォォォン!! ”


「「「!?」」」

 砦の方から、何かが落ちた衝突音が響いて来た!

 首を(すく)める皆の衆、視線も四季から砦へと移る。

 刻々と白煙を吐き出す件の砦は、火の勢いを弱める気配は無い。


 砦内部で想定外の事態が起きているのは間違いない。っでも──。


 絹の眉間に深く皺が刻まれる。

 砦にいる馬鹿三人が気になって、いても立っても居られない。

 だけど、何も出来ない。何もしてやれない。彼女は、無力な己を呪いう事しか出来ずにいた。


「大変そうですね。手を、貸しましょうか?」


 唐突に投げられた言葉に、絹の意識と視線が真後ろへと流れる。


「ってか、帰ろうとしてたら捕まっちゃって。頼まれちゃったんですよね ♪ あの方に……」

「あの方って……みかど、ですか?」


 華やかな中性的な顔に、タハハと微苦笑を浮かべる四季に、怪訝そうに絹は質問をぶつけた。


 誰もが知っている。彼は『帝』の命でしか動かないのだから。『帝』はここには居無いのだから、不思議でしょうがない。


 四季は困ったように口を尖らせ、敵前でありながら、平時のように立ち上がった。


「なっ!」息を呑む皆の衆。

 ふふっ、と微笑を湛えた彼。たなびく白銀の衣が月夜に照らされ、優雅に煌めいた。


「う〜ん、帝より怖い方かな ♪ 毛むくじゃらで人使いが荒いのッ。ほんと、困っちゃう ♪ あっ、でもでも、僕が愚痴ってたって内緒にしてね。ホンキで恐いからね、ねッ ♪♪ 」


 一転、目線を斜め上に甘えるように語り出した四季は、焦りだす。


 コロコロと表情を変える彼に絹も困惑した。


 彼程の人物が怖いと思う人って、いったい、誰なのかしら。

 だけど、彼はウインクまで付けてくれたし、可愛いし。もう無理だ。これ以上、何も聞けない。


 だって、しょうがないじゃない。この陰陽師って、すんごく可愛いんだもん。私、可愛い子にはめっぽう弱いの。

 ねえ、知ってた? 可愛いって最強なのよ。


 生唾を飲む絹に、四季は最高の笑顔を送る。


 狩衣姿の彼に風が吹く。

 蒼の袖くくりのラインが入った、白銀、幅広な袖がふわりとはためく。

 彼の首元、丸口の襟からは蒼の着物が覗いていた。


 膝下まで伸びた白銀の羽織りは、腰紐に抑えられ、腰より下はサイドにスリットが入っている。

 スリットから伸びる袴は、蒼彩色でゆったりしていた。

 足首を括られたその袴は、見た目より断然動き易そうである。


 良く見れば上下共に、高級感の漂う紗綾形(さやかた)の紋様が施されていた。


 色彩が月明かりに良く映える。『明眸皓歯(めいぼうこうし)』、貴公子然とする彼の立ち姿に、絹の脳裏にはこの言葉が浮かんでは消える。


 目前の砦からは、未だ脱走兵が続いている。森へと続く列を見据えて四季は、何食わぬ顔でトコトコと歩き出した。


「四季様ッ! 危ないですッ!!」


 騒擾的(そうじょうてき)な四季の行動に絹は、隠密行動を忘れ、思わず立ち上がり声を張り上げていた。

「あっ!」次に、やっちまった顔で口を両手で塞ぎ、小さく蹲る。


 唖然とする皆の衆。四季はクスッと小笑。ただ散歩を楽しむが如く彼は、立板の数メートル先に歩み出る。


 砂上の楼閣と化した砦を見据える四季は、ふうっと夜の空気に溜息を溶かした。


「ホントは、僕の本業は祈祷や占術、厄祓いなんだけどなぁ。……でも、仕方ないかぁ。あの方の頼みだし、無碍にもできないしなぁ」


 愚痴を零した四季。けれど、その背中からは凛とした空気が感じ取れる。目に見えて、漂う雰囲気が変わっていた。


「ねえっ! キミ達は今のうちに逃げちゃいなよぉ! もちろん、そこで見学しててもいいけど。僕の邪魔だけはしないでねぇ!」


 あろう事かこの男、わざわざデカイ声でのたまいやがったッ! 隠れているのにッ! 

 ニコッと、場違いなほどの笑顔の四季に、絹さん始め皆の衆は口をあんぐり、アボーンである。


「「おいっ! あそこに敵がいるぞッ!! 蹴散らせぇー!! おおぉぉぉぉ!!!」」


 案の定、即効バレた。

 頭上に刀を掲げた男を筆頭に、土煙と怒号を撒き上げながら黒武者達は、凄い勢いで迫り来る。


「──阿、吽、彼等を守ってね」


 四季がそう言うと、彼の影から二つの塊がヌッと出て来た。全身筋肉の塊、四季の護衛役二人組である。


 盛り上がる筋肉。

 ただ布を巻きつけただけの格好故か、全身の筋肉による筋肉の為の筋肉ならではの隆起が、すこぶる筋肉(はなは)だしい。


 顔も、毛の無い頭の天辺までも筋肉まみれのこの二人組に、ちょっとだけ気持ち悪いと思った絹さんは、後退りをしていた。


 でも、一目で分かる。この者等は強者だと。


 強者二人に守られてはいるが、いかんせん、眼前に迫る敵共に竦みあがる皆の衆は、一斉に固唾を飲みこんだ。


 ってか、どっから出てきたのコイツ等!

 絹の心のツッコミ。何かが起きる予感に、不安より期待の方が大きく膨らむ。それを見守る四季も、ニコニコ顔を敵前に向けた。


 ザッと見積っても五十人は下らない敵襲である。華奢な背中を見せつけた四季は、たった一人で壁となる。


「ちょとだけ、本気をだそうかな ♪」


 妖艶に微笑む四季の唇から、真紅の舌がチョンと顔を出し、血色のいい小ぶりな上唇をペロリと湿らした。


 トンッと軽やかに跳躍した陰陽師。

 しなやかな着地と同時に、バッと幅広の袖を左右に伸ばす。

 次いで、風車のようにクルクルと回りだし、加速しながら宙空へと何かを撒き散らした。


 キラキラと煌めく光りの粒に囲まれ、月夜に輝く銀の円弧を描く。


 旋回し出した彼の袖から、ひらひらと紙吹雪が舞い上がっていた。


 敵との距離は、およそ二十メートル。


 旋回から停止。

 袖口をバッと広げて静謐に構える。四季は一拍の間を開け、タンッと地面蹴り上げると、やわら踊り出す。

 あたかも曲に合わせるように、そこが舞台であるかのように彼は、華麗な舞を披露する。


 しなやかな手の動き、滑らかな足捌き。彼の一挙手一投足に誰もが目を奪われる、見惚れている。


 優雅に、優美に、優艶に、四季は微笑みを讃えて舞を舞う。

 月夜の使者と見紛う演舞に、見ている者の全てに、その耳の奥底に、和笛のしらべが聴こえてくる。


 敵前で彼は『神楽』を舞っていたんだ。


 袖から紙吹雪を撒きながら、右手で持った扇子でそれを仰ぎつつ、また舞踊りながらに彼は、観たことの無い神楽を舞っていた。

 その流れる動きに、繊細な所作に絹は、目を奪われていた。


「……天女さま」


 ポロリ零れた絹の呟き。

 彼女自身、神事の際は必ずと言っていいほど神楽『巫女舞』を舞う。

 あくまで神楽とは神様に奉納する、お供えするといった意味合いでの舞になる。

 

 定石の破壊である。

 絹の目には、躍動感あふれる四季の舞は、全く違うものに見えていた。


 静と動が入り乱れる、ダイナミックな踊り。

 麗しく華があり、かと思えば激しさも荒々しさもある。総合的に、楚々とした気品すら感じる。


 そう、彼自身が天界から遣わされた『御使い』なんじゃないかと、真顔で勘違いをしてしまうほどに。


 瞬きも忘れて魅せられてしまっていた。魅了されていた。


 いつしか怒号も止んでいた。

 皆が皆、彼に見惚れて固唾を飲む。

 敵味方など関係無かった。美しさとは、誰しもが見惚れる権利がある。

 目線を外す、声を発する、邪魔だてをするなんぞは、それこそ無粋の極みであると。


 それほどまでに美しく魅惑的な舞いを彼は、してのけた。


 四季はフゥと短い嘆息をついて、流麗に舞を収めた。

 そして瞼を落とし、自らの胸元に右手の人差し指と中指を立て、これを刀に見立てる。左手を鞘にして、二つを重ね合わせ印を結ぶ。


 これぞ術の根幹『破邪の法』の始まりである。


「六根清浄、急急如律令」


 やおら奏でる、美麗な四季の旋律。


 瞼をそろりと上げた四季が、儚げな笑みを見せている。

 一転、開いた瞳に目力を増し、刀に見立てた二本指を振りかぶる。

 指をかかげた彼は逡巡、ニッコリと笑い、その指を勢いを付けて賊共に目掛け、突き立てたッ!

 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前ッ!」


 一字ごとに空を切り、目の前の空間に九つの線で網目を描く。目標を定めると同時に、己に結界を張った。


「はっ! アッ! なんだッ、なんだぁー、アイツはぁ!! ……おのれぇ、あやかしの類いかあぁぁぁ─ッ!!」


 黒武者の一人が我に帰り、叫び出す。

 連鎖して、賊供の嬌声による合唱が始まった。

 罵声、怒号、咆哮をあげる賊供。さっきよりも数段、殺気だつ集団が勢いを増して迫り来るッ。


 眼前より五十人は下らない賊供が、刀と怒声を振り挙げながら突貫してくる。かまびすしいその様は、なかなかの圧巻であった。


 陰陽師と筋肉二人組に守られる絹と愉快な仲間達は、半ば混乱し始めていた。夢から現実へと戻されていた。


 彼等、彼女等の動向はいかに。

 絹は、頬をピクピクと痙攣させて硬直中である。

 四人衆は、凍結中の絹の背中に、ギュウギュウになりながら身を隠す。その結果彼等は、絹の真後ろに綺麗に一列に並んでいた。

 河口兄弟はと言うと、ドサクサに紛れてイエに抱き着こうとするも、ビックリしたイエに二人まとめて思いっきりビンタを食らい涙目を晒す。


 如何ともし難い、何ともトホホな奴等である。


 背中越しでも分かる絹等の混乱っぷりに、前を向く四季はクスクスと只々笑っていた。


 フフンッ、四季は余裕で鼻を鳴らして、賊供を直視する。悪鬼の如く、黒身の猛者等が殺気を纏って迫り来る。悠然と、身支度を整え出した陰陽師は平素を装う。


 ──終わっていた。


 そうなんだ、彼の中では勝敗は決していた。戦の完全勝利の結末で──。


 奴等との距離は十メートルほど、緊迫した状況の中、刀に見立てた二本指をピンッと月へと向ける四季。


 そこで彼の術の準備が完了を告げる。

 彼の十八番の術は『蟲術』──優しい声音で発動させた。


「我、四季の名において、彼岸より呼びし魂に命ず。いでよ『夢見蝶』」


 四季は天を突いた指を再度、奴等に向けて振り下ろした。


 ありがとうございました。


 それでは最後に一言だけ。


「良いお年を」

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