馬鹿
よろしくお願いします。
モモの返事を待たず、モンジの体が黒い霧で覆われる。
「……えっ!?」
円な瞳を見開き声がもれた。背筋に駆け抜ける悪寒に、モモは身震いをした。
全身が粟立ち、口内が急激に乾いていく。絵も言われぬ怖気に戸惑う。原因になりうる者が側にいる。
──モンジさんだ。
モモの傍で一点を見詰める彼。その瞳は、緑と白を行ったり来たりと、目まぐるしく変わっている。
軟弱な好々男子から、死相の浮き出る険のある顔つきに変わっていく。彼の変わり様にモモは、恐れを抱いてしまった。
──彼が何処かへ行っちゃう!
見た瞬間にそう感じた。……イヤだ、絶対にいやだ!
「モンジさん! モンジさん!!」
焦燥感に駆られモモは、声を張り上げ叫んでいた。彼は、彼のままでいて欲しいと、そう思ったんだ。
初めて会った時に感じたんだ、彼の匂いを嗅いだ時に確信したんだ。
モンジさんは他の人とは違うって、大好きな綿姫さまと同じ匂いがするって──。
全ての男の人からは怒りの匂いがする、今までもそうだった。カライ、苦い、息が詰まるような匂いだ。
穏やかそうな男性でも結局最後は、暴力で解決しようとする。
粗野で野蛮で汚くて、思慮も浅くて自己中。モモの男性感は概ねこうだった。救いようの無い馬鹿ばかりだと、ただのケダモノなんだと。
だからモモは男の人が嫌い、大っ嫌いだッ!
だけど……。だけど、モンジさんは違っていた。
会って間もないけど……。雰囲気が皆んなとは違って……。上手く言えないけど。
こう、干したてのお布団みたいな感じ……あったかい匂いがした。綿姫さまの、陽だまりような香りと似ている気がする。とても落ち着く感じなんだ。
だから、彼が何をしようとしているのか解らない。けど、モンジさんが『しようとしている事』をモモは、全否定する。
本能が警告している。そんな危ない力なんて絶対、使わせないッ。全力で阻止するッ!
もも、男の人とお友達になりたいって思ったの初めてだったから……。だから、だから彼には消えて欲しくない。
横たわる体を正座に直したモモ。手を床に付け、首を伸ばして、まじまじと彼を見る。俯く彼の顔が、前髪で隠れて良く見えない。
『彼を連れ戻す』固い意志とともに、モモの細い腕がモンジに伸びた。
モモは、パンッ! と、勢いよくモンジの両頬を両手で挟んだ。そしてぐりぐりとほっぺを捏ねくり回す。
「モンジさん! シッカリして下さい。敵前ですよ、モンジさんッ!」
ぐりぐり、こねこねされるモンジの顔が、徐々に上がり晒されていく。
目が三角に成ったり、鼻が潰れたり広がったり、唇がタラコのようにポチポチ動いてる。スッゴイ変な顔だった。
「……お前、何やってんの?」
「──ぷうぅぅッ!? アハハハッ」
ごっつ冷めた三角眼でモンジが語る。モモは思わず笑ってしまった。
唇をピコピコさせながら文句を吐いてる変顔に、涙混じりの笑いが止まらない。
無理矢理、コホンと咳払いをしてモモは、笑いを堪えながら「ゴメンなさい」と謝罪をして手を離した。
うん、モモの知ってるヘナチョコもんじさんだ──良かった。
フフッと微笑と一緒に安堵の息を吐いた。眦に溜まった涙を指で弾いたモモは、すぐに真剣な顔を作る。
「モンジさん。何をしようとしたのかモモには判りかねますが……。それは、使っちゃダメです」
目の前で、ちょこんと正座したままの格好で彼女は、空いた手を両膝に落とす。そこからお尻を浮かせ、グイッと顔だけを近づけると。
「モンジさんがモンジさんじゃ無くなってしまいます。その力、絶対使っちゃダメですッ!」
唇が触れ合うほどの距離で、モモはモンジを強めに諭す。彼に釘を刺した。
見詰める栗色の瞳に、己の戸惑う姿が映る。鼻が触れ合うほどの距離に俺は、恥ずかしさから逃げるよう直様仰け反ってしまった。
「は、はい。了解です」
迫力に押された、顔が熱い。やっと出せた応えがこれだった。
それを受けてモモは「宜しい」と、つるんとしたオデコを天井に向け、上からの感じの一言を放つとお尻を落とした。前のめりだった彼女の体も、定位置に戻った。
何だろう、昨日知り合ったばっかりなのに、なめられてる感がハンパ無い。
この世界に来てから女子に舐められっぱなしな気がするんだが。例えば絹さんとか、あー、でもアレは、舐めてるんじゃなく、従わせるって感じか。腹立つくらいに。
まぁ、でも、向こうの世界では女子共には相手にもされていなかったから、舐められる以前の話か。ハッ、ハハハ。
バレンタインデーのチョコも、母親以外から貰った事無いしな。ハハハッ、ハハ……はぁー、空笑しか出ないや。
不細工な笑い顔をモモが心配そうに見ていた。大丈夫、これが俺の平常運転だ。
ただ、俺の人生でモテ期がまだ来ていないのを、再確認しただけだから。
とは言葉には出来ず、不細工な顔を更に歪め、イビツな笑顔を晒してしまったら、モモに愕然とした顔をされた。
なんかしんどいっス。そんな顔されたらしんどいっス。綿飴並みのメンタルが千切れ飛ぶっス。
コホンッと咳払いひとつで気を取り直す。向こう側『薄暗い世界』に行きかけ、スッキリしない感覚が残るが、対処方も解らんから無視する。
それと、気になっていたのが彼女の怪我である。勝手に暴走して忘れかけたけど。スンマセン。
でも、モモが離れてくれたお陰で、彼女の全身が拝めた。
あんまりジロジロ見るのも失礼だからな。紳士の端くれとして顎を指で挟みつつ、それとなくチラッチラッと見やる。
こっちの方がいやらしく感じるが仕方ない。舐めるようにねちっこく見て、いや〜、セクハラ〜って言われるより百倍いい。
セクハラって言葉がこの世界にあるのか、知らんけど。
……うん、モモが若干引いた顔はしてるが、それ以外は問題無さそうだ。良かった。
と、胸を撫で下ろすモンジ。
でも……。誰かに心配してもらえるってやっぱ……嬉しいな。本音が溢れた。
相好を崩し、まともな表情に戻るモンジ。それにつられて、モモの表情も和らいだ。
モモの意向を汲んでアイツは却下だな。それなら、二枚目のカードを切るか──そう『黒の式神』を。一考していると。
「あのッ! モンジさん、これッ、使えますか?」
モモがごそごそと懐から出してくれた物、それは──。
「あれっ、これは……」
「はいッ。ここに来る途中で拝借しちゃいました」
てへへって、いたずらっ子みたいに照れ笑いの彼女に……馬鹿面で、見惚れてしまいました、はい。キュンと来ちゃいましたね。
だって、ちっちゃくて可愛いんだもんこの子。眼の中にねじ込んでも痛く無いみたいな、可愛い妹みたいって思っちゃったんだもん、マジで。
“ ドドドオォォォォォ─────ン!! パラ、パララララ…… ”
“ ……ぁあ"あ"ぁぁぁ! ”
一際大きな爆発ッ! 多分、援護爆破終了の合図。最後は派手にかますって絹さんが言っていたから、多分もうおしまい。
それと、上の階からの悲鳴も聞こえたんだが……今は構っていられないからスルー。こっちも手が離せない状況だ。
「っぶもぉぉぉ! ぶおっ! ぶおっ!」
“ ダンッダンッダンッダンッ……! ”
爆音が止み、亀のように蹲っていた猛牛が復活。地団駄を踏みながら、やたら目ったらに腕を振り回し、当たり散らしている。
奴が拳を適当にぶん回すもんだから、壁に穴が開き、畳は捲れ、座敷の中もひっちゃかめっちゃかになっていった。
──もう、時間が無い、
「モモ、サンキュー。これがあれば何とかなりそうだ。ここは俺に任せてくれ。モモは綿姫様の救出を頼む」
早口でモモを促す。なんてったって、これが有れば『素の俺』でも何とか為りそうだ。
──『爆弾』一個あれば十分だ。
「……でも」不安げな彼女。
「いいから早く行け! お前は綿姫を助けに来たんだろ! 大事な人なんだろ!!」
フラグのようなモンジの台詞に、モモはぐうの音も出ない。
「早く行け!!」
モンジの剣幕に、弾かれたようにモモは下階段まで急ぐ。
階段手すりに手を掛け、躊躇う素振りでモンジを見詰める。
「いいからッ! 早く!」
怒鳴り声に肩を跳ねらせ「バカッ」の一言を残しモモは、下の階へと降りて行った。
「ぶおぉぉぉぉ!!」
腹に響く重低音。鼻息とも声とも解らんもんを吐いた猛牛男。
今のやり取りを見ていたらしい。それで残った俺に、攻撃色丸出しでロックオン。
奴を見据え口端を耳まで上げるモンジ、形のいい白い歯を覗かせる。
「ああ、邪魔もんが消えてやっと二人っきりになれたな。どうする? ご趣味でも聴き合うか? それとも、すっ飛ばして熱いキッスでもかわそうか? ……取り敢えず俺は、お前をぶん殴りたいんだがな!」
不敵な笑みで啖呵を切る。だがいかんせん、これまでまともな喧嘩なんてした事無いもんだから、啖呵も今一締まらない。
しかも膝はガックガック、体はプルプル震え、歯の根がカチカチ言ってる。
超絶ビビリまくっているのが丸分かりだ。
ああ、言わずもがな分かっているさ。俺はウルトラビビリだ、認めるよ。
命のやり取りなんぞ、今までの人生で皆無だったからな。
モモの手前、震えるのを抑えカッコつけてただけだ。本音は……。
超コエー、マジコエー、死ぬほどコエー! もう、お家に帰りたいだっ!!
なんだけど……。そう、なんだけど、一個だけ確実に分かった事がある。
モモが死ぬ方がもっと怖えぇー!!って事だ。だから俺は逃げない。ここでお前を止めてやる。
顎をしゃくり上げ、精一杯の余裕顔を作り、奴を挑発するモンジ。視線を猛牛に縫い付けたまま足元に、ダイナマイト型の爆弾を置いた。
「ぶもぉっ! ぶもぉっ! ぶもぉ!……!」
ダンダンと足を鳴らしながら、興奮状態の猛牛男。
振動が足裏を通して感じる。自ずと緊張が高まる。もう引き返せないと覚悟が揺らぐ。今すぐにでも逃げ出したい。
──クソがッ!!
グッと、モンジは血が出るほどに唇を噛みしめ、弱気な自分を蹴飛ばした。
「うれしいねぇ。俺とのキッスが待ち遠しいってか。俺は濃厚な奴しか知らんからな」
砕けた勇気を掻き集め、やっとこ出したモンジの戯言。
言いながらに義手を真っ直ぐ奴に構え、手首のフックを外した。カコンと小気味いい音を立て、手首が折れて垂れ下がる。左手に筒状の砲身が現れた。
ハト爺の粋な仕込みだ。
「その前にお前の汚ねぇツラ、ちっとはマシにしねぇとな!」
「っぶもおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
モンジの叫びに猛牛男も共鳴する。
ドドンッ! 拳を落とし、畳を左右に弾かせ猛牛は突貫する、突っ込んで来た!!
大気を震わせ、眼前に迫る肌色の大砲。
獰猛さを纏った奴との距離は約三畳ほど。仁王立ちのモンジは砲身を下に向けた。
「俺の名前は『上下 十一』だ! 恨むなら俺を恨め!!」
そう言うや否や、一気にワイヤーを引いた!
「パアアァァァァァァァァァ──ン!!」
暗闇を切り裂く閃光!
強烈な破裂音が城中に響き渡る。鼓膜を直接殴られたような衝撃が両耳を襲う。キーンと頭の中で裏音が反響して、全ての音を遮断する。
ハト爺の隠し玉が炸裂。
義手に仕込んだのはただの空砲、猫騙しに過ぎない。相手を驚かすだけの殺傷力ゼロの代物であった。誰も殺したく無い、俺らしい仕込みである。
「分かってらっしゃる」
呟くモンジは、肩で片耳を塞ぐ。
煌く星空をバックに、グッと親指を立てる笑顔の──ハト爺が浮かんだ。
ん、死んだっぽい?
いやいや、死んでないからね。あの爺さん、まだ現役バリバリ生きているからね。
空砲を放ったモンジの目の前、突進から急制動で無理矢理に止まった奴の姿が視界を覆う。引き攣った笑みで俺は、冷や汗を垂らす。
両腕を振り上げ、今まさに襲い掛かろうする格好で猛牛が、硬直していた。
奴のぬらぬらと汗ばむ身体が、気持ち悪くてしょうがない。白目を剥いた奴は、牙丸出しの口から泡まで吹いている。
こいつの動かぬさまが、溶けかけの氷像を見ているようだった。
下げた砲身から火の粉が落ちる。足元に置かれた爆弾が、その導火線に命を灯した。
「──ッ、ック!」
モンジは逝かれた耳を押さえながら、牛の氷像から回れ右、転がるように走り出して距離を取った。
出来るだけ遠くへ。
廊下の隅まで退避。壁際で体をたたみ背を向けその時を待つ。そして待つこと数秒。
「ドガアァァァァァァァァァンッ!!」
“ グラグラグラグラ……。ッバコン! ガラ、ガラララッ!! ”
「っぶもおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
城を揺るがすほどの衝撃に、予想以上の爆発に、モンジは更に身を縮こませた。
ありがとうございました。




