刃の行方
よろしくお願いします。
不敵な笑みのモンジ、人相はまるで子悪党のようだ。
今宵は満月。曇も去り、すっかり晴れ渡った夜空に真円の月は、これでもかと猛アピール中である。
爆風で明かりの消えた城の中。モンジの向いた足先で、壁の横穴を通じて青白い、神秘的な光りの筋が大量に差し込んでいた。
「よっこらせ」
木屑の合間に見つけたそいつ。二十キロはありそうな代物である。
それを重そうに持ち上げるモンジ。長物の所為で後ろの先端が畳に接地したままだが、なんら気にしない。
その長物を小脇に抱えたモンジは、こう呟いた。
「モモは知らねえだろうが。俺は小学生の頃あだ名で『天邪鬼』って呼ばれていたんだぜ!」
黒歴史を自慢げに語るモンジ。悪口、陰口なのは薄々感づいてはいるが『鬼』というフレーズに、未だ格好良いと思っている、残念おつむのモンジがいた。
「どぉりあぁぁぁぁぁ!!」
やおら叫びだし、モンジは折れた柱を小脇に抱えたまま、モモの背中を目指して一直線に走り出した。
一方、接敵したモモと猛牛男は抗戦中である。
モモの眼前、大砲のような奴の張り手が迫り来るッ。モモはトップスピードのまま接触寸前、サイドステップで完一発でこれを避けた。
薙いだ大腕が少女の残像を消し去る。頬を掠めた奴の指に、遅れた後ろ髪がぶちぶちと持って行かれた。
──でもそんなのどうでもいい!
目を尖らせ少女は回避から体を一回転、逆手に構えていたクナイで、振り抜いた奴の腕を切り裂いた! 赤い筋の出来た大腕が抜けて行く。
タンッ! 少女は軸足を変え更に体を回転、ガラ空きになった奴の右側、右膝に綺麗な回し蹴りを叩き込んだッ!!
「っぶごう!」
瞬時に二箇所同時攻めを食らった猛牛男が、一驚する。
直ぐさま振り抜いた腕を拳で固め、裏拳で少女を追撃する。
スッ!と、眼下、畳に飛び込んだ少女。頭上で大岩の如き拳が通過する。それを確認する間も無く飛び込んだ勢いを生かして少女は、奴の足の上、右足の甲へとクナイの刃先を突き刺さした!
(これでどうだ!)
俊足のニ連撃からの一撃に、手ごたえを感じた気がする。
「ぶぎょう!!」
“ ダンッ、ダンッ ! ”
勢い殺す為とコロコロと前転する少女。受け身を取り、片膝で振り向く少女の視界に、怒り全開で双眼と顔面を燃やす猛牛男が映った。
奴は憤怒の形相で足を踏み鳴らしている。地団駄を踏んでいるのは右足だった。
──攻撃がまるで効いて無い!?
全身厚い脂肪に覆われた奴の体は、裸でありながら全身鎧の様相を呈す。小ぶりなクナイでは肉は切れても骨は断てない。
「ック!」噛み合わせた歯から声が漏れた。高速思考で奴への有効打を再構築する。吊り上げた瞳の横に冷や汗が流れる。「怖い」本音がもれる。焦りの色が濃くなった。
「どおぅっりぁ! せおいなげぇぇぇぇ!!」
「へっ……!?」
誰かの咆哮! モモの背後から突如現れた人影が、地団駄を踏む猛牛男に接近する。
そして、背負っていた柱を背負い投げの要領で上段から──振り下ろした!
“ バッキッ!! ”
部屋に響く盛大な破裂音! 人影ってか、あの少年、モンジだった。
モンジが振り下ろした柱は奴の頭を直撃、真っ二つにした! ……柱をッ。
助走の勢いもあってか、柱は中央で折れ、クルクルとその先端を猛牛男の背後に飛ばし、落ちた。
「……」
目が点になるモモ。なんで居るの……。戸惑いから一転、苛立ちから眦をあげていた。
マジか! 割れたのは柱だけで奴の頭は割れんかった。
「っくっそ! 石頭すぎんだろ!」
「何で居るんですか、モンジさんッ!」
不満たらたらのモンジに、モモの厳しい叱責が飛ぶ。ひと見で分かる、プリティモモちんめっちゃ怒ってる。
「あ〜、なんだ……。これはそのぉ……」
モモの目線の先、視線を左右に泳がせ言い淀むモンジ。
その後ろで、猛牛男は頭をニ度、三度振っただけでほぼノーダメージである。
そして、腕を振りかぶって張り手のモーションに移行していた。
明後日の方向に目を移し、顎を指でコリコリ掻くモンジは恥ずかしそうに思案中。
──あの馬鹿、気付いて無いッ。
タンッ! 獣のよう四肢を使いモモは、初速から最速で駆け出していた。
猛ダッシュでモンジの目の前を通過、トンッと跳躍、横壁に両足を揃えてまた飛ぶと、クルッと反転、片足を突き出しライダーキックさながらに猛牛男の顎を蹴り抜いた!
(今度こそ!)モモの願い。
「ッガ! ふがっ」
顎? 首!? にクリーンヒットしたはずっ。
「──!?」けれど、着地と同時に振り向いたモモは驚愕の表情をつくる。
肉で覆われてはいるが、確かに顎に渾身の飛び蹴りを食らわせたはず──が、猛牛男は手で顎をニ、三度擦るだけ、首を振るだけ。これもさほどダメージを与えていない。
「どんだけタフガイなんだよコイツ! 洋画のアクションスターかよ!」
少女に駆け寄り、引きつった笑いで吐いたモンジの台詞に、モモは険しい表情で迫る。
「何でまだいるんですかっ!」
射刺すような瞳で見られ、モンジもバツが悪そうに頭をポリポリ掻きながら。
「……だって、俺はお前を──」
「っぶがあぁぁぁぁ!!」
モンジの言葉が潰される。軽い脳震頭から回復した猛牛男は、途端に殺る気全開で暴れ出す。興奮から全身を紅潮させて、怒りのギアを上げている。
ドドンッ! 両拳を畳に落とし、頭を突き出し、猪突猛進で突っ込んで来た!!
「ぶもおぉぉぉぉ!!」
“ ダンッ、ダンッダンッダンッダンッ……! ”
畳が、床が、部屋中が悲鳴を挙げる。猛然と迫り来る姿は闘牛そのものにしか見えない。
「ック!」モモの挙動は速かった。
モンジにタックルをかまし、奴の軌道から外すと、クナイを持ち直し奴に放つッ。
直ぐさま腰を落とし力を溜めてモモは、一気に天井へと飛んだッ!
「っぶも!?」
モモの放ったクナイが、奴の右目に突き刺さる。
激痛で急に勢いを失う猛牛男、その頭上を体を丸めたモモが、天井すれすれに前方宙返りで飛び抜ける。
「ぶぷうぅぅぅ!」
痛みにテンションダウンの猛牛男である。
奴の後方に華麗に舞い降りたモモは、すかさず奴に接近、背な毛に捕まり背後からするりとその細い腕を首に回した。
「えいっ!」かけ声と同時に力を込めるモモ。背後からの十字締め、ヘッドロックを極めた!
斬撃も打撃も効かない、ならば絞め技と、モモの下した最適解である。
「ふんぐぅ〜!」
ギリギリとモモの腕が、奴の首の脂肪にめり込む。全集中で奴を締めあげる彼女の顔は真っ赤である。
猛牛男も少女の腕を外しに掛かるが、彼女の細い腕が脂肪に食い込み、己の手で掴みきれない、故に外せない。かと言って、背中の小さな少女には腕も届かない。奴は焦りの色を纏い出す。
「ぶがあぁぁぁ!」
苛立つ猛牛男の咆哮! ドンドンと地団駄を踏みながら、右へ左へと体を振る肉塊。
振り回されながらも「ふぐぐぅ〜!」と、歯と目を食い縛り、全身の力で首を締め上げる可憐な少女。牛と鼠との、まさに死闘だった。
目前で繰り広げられる命賭けの攻防戦。押されて尻餅を付いた俺は、情け無い姿を晒す。それでも俺は、なけ無しの勇気を振り絞り、こう叫んでいた。
「俺は、俺はお前を助けたいっ! 姫さんなんか関係ない! 俺はモモを助けたいんだっ!!」
「……っへ!?」
モモの顔が更に紅くなる。
モンジは腰の小刀を抜くと、暴れる奴の前に立っていた。
この場面は、モモの作ってくれた千載一遇の好機、これを逃すと男が廃る。
変なテンションで己に発破を掛けるモンジは、小刀を構え、突きの体制で刃を奴の腹へと狙いを定めた。
自然と呼吸が荒くなる。耳に心臓があるみたいに、鼓動がうるさい。確実に仕留めなきゃッ。
そして、一気に突き………………………刺せなかった。
瞠目、困惑の表情で金縛りのモンジ。ただ、彼の持つ刃の切っ先は小刻みに震えていた。
コエ〜! マジこえ〜。人斬るのこえ〜よ! 死ぬんだぜ、血がビューッと出て死ぬんだぜ! マジ無理、有り得ねぇ。何でみんな平気な顔して人様斬れんの? 有り得ねぇ! マジ有り得ねぇんだけど。
ここに来て現代人の常識を振りかざすモンジは、既にフリーズ状態。
そこに、猛牛男の滅茶苦茶にぶん回す腕がヘタレを強襲!
「っぐへ!」モンジは、奴の大振りな平手で薙ぎ飛ばされて、壁に背中を激突させた。
「ッカッハ!」息が漏れる。ズルズルと壁伝いに体が落ちる。尻餅を付き、しょっぱい姿で項垂れる。ついでに小刀も、何処へ弾かれてしまった。
阿保面を上げたモンジの視界に、怪獣相手に未だ懸命に抗う、小柄な少女が映り込む。
自責の念で、ギリッと盛大に奥歯を噛んだ。隙間から溢れ出る血の味が、口の中に広がる。
壁際に近づく猛牛男。モモは再度目を絞り、力の限り首を締め上げている。ほくそ笑む奴は、巨体をそのまま後ろへと跳ばした。
「──!?」
猛牛男はモモの体ごと、その背中を壁にぶち当てたッ── ガッデムッ!
「ッドガ!」
「ムギュッ!」
衝撃音と叫声! 壁から離した奴の背中から、脱力したモモが落ちて来た。畳の上で、力無く横たわる彼女は死んでいるように見えた。丸い頬に、鼻から出た紅い液体が道を作る。
「っももお"ぉぉぉお"お"ぉぉぉオォォォォ!!」
狂ったような大声で、思わず叫んでいた! 叫び声に反応し、ビクッと肩を震わせ硬直する猛牛男。と、そこに……。
“ ドドオォォォォン! ドン、ドン、ドガアァァァン! ド、ドンッ! ドゴオォォォォン! ……! ”
花火大会のフィナーレのように、連発して爆破する外からの援護攻撃が追撃。
「っぶひぃぃぃ!」
爆音炸裂!! 横穴の所為で爆音増し増しの破裂音に、これは堪らんといった様子で、猛牛男は耳を両手で塞ぎ小さく蹲る。
今しかないッ! 猛ダッシュでモモを拾いあげ、スタコラさっさと奴との距離を取る。
モンジは、廊下の階段まで逃げていた。手摺の横でソッとモモの体を降ろす。
「モモッ! おいっももっ、しっかりしろ!っもも、もも、ももっ!」
悲痛な叫びと、ほっぺをペチペチされた事でモモの意識も徐々に覚醒する。
緩慢に瞼を持ち上げるモモはグッタリしている。
彼女の目線の先には、輝くエメラルドグリーンの瞳が──今にも溢れ出しそうな程、涙を溜めていた。
「あぁ。……モンジさん?」
掠れた声。まだ意識は朦朧としているが、応えてくれた。
「ももっ、ももっ、ゴメン。ゴメンよ。俺、俺、躊躇してしまった。あのままやれたのに……。ゴメン、ごめんなさい」
眉尻を下げ叱られた子犬のように全身で項垂れるモンジ。とうとう涙のダムは決壊し、血で汚れた頬に白い筋を幾重にも残す。
無意識だった。モモは無意識に手を伸ばし、彼の前髪を撫でていたんだ。
だって……。だって、あまりに一生懸命だったから。
あまりに、かわいそうだったから。
あまりに……。あまりに、可愛かったから。
次の瞬間、ギョッと瞳を見開いたモモ。信じられ無いって顔をしている。急にモモに頭を撫でられ、モンジもキョトンとしていた。
顔を真っ赤っかに目を白黒し出すモモは、撫でていた手をサッと離し、両手でわちゃわちゃ誤魔化しにかかる。
「あのっあのっ、モモは違くて! モンジさんの涙が流れて! つまりはそう言うんじゃ無くて! 今日はいい天気だったから!」
支離滅裂な事を言い出すモモに、モンジは一瞬、放心状態。次いで、袖で無造作に顔を拭い涙を消した。
その後出て来たのは、わんぱくな少年っぽい、いつものモンジの顔が現れる。そして情け無い笑顔と一緒に安堵して見せた。
「もも! 後は俺に任せてくれないか? 俺にちょっと考えがあるんだ!」
未だわちゃわちゃしているモモに、モンジは真剣な顔で語気を強める。
もう腹は決まっていたから。切り札のアイツを出すと決めたから。
これ以上モモだけに負担をかけたく無い。他人の褌だろうが、何だろうが関係無い。俺がケリをつけてやる。
助けたい人を全力で助ける! そう、決めたんだ。
未だ爆音の響く中、モンジは決意で闘志を燃やす。敵うはずのない敵だと分かっている。けど、真っ向から対峙すると俺が決めたんだ。
俺は、俺の大事な人を守るって決めたから。
モモの目の前で、じわじわとモンジの体がどす黒い、不気味なオーラで包まれ出した。
ありがとうございました。




