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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
40/122

刃の行方

 よろしくお願いします。


 不敵な笑みのモンジ、人相はまるで子悪党のようだ。


 今宵は満月。曇も去り、すっかり晴れ渡った夜空に真円の月は、これでもかと猛アピール中である。


 爆風で明かりの消えた城の中。モンジの向いた足先で、壁の横穴を通じて青白い、神秘的な光りの筋が大量に差し込んでいた。


「よっこらせ」


 木屑の合間に見つけたそいつ。二十キロはありそうな代物である。

 それを重そうに持ち上げるモンジ。長物の所為で後ろの先端が畳に接地したままだが、なんら気にしない。

 その長物を小脇に抱えたモンジは、こう呟いた。


「モモは知らねえだろうが。俺は小学生の頃あだ名で『天邪鬼』って呼ばれていたんだぜ!」


 黒歴史を自慢げに語るモンジ。悪口、陰口なのは薄々感づいてはいるが『鬼』というフレーズに、未だ格好良いと思っている、残念おつむのモンジがいた。


「どぉりあぁぁぁぁぁ!!」


 やおら叫びだし、モンジは折れた柱を小脇に抱えたまま、モモの背中を目指して一直線に走り出した。




 一方、接敵したモモと猛牛男は抗戦中である。

 モモの眼前、大砲のような奴の張り手が迫り来るッ。モモはトップスピードのまま接触寸前、サイドステップで完一発でこれを避けた。

 薙いだ大腕が少女の残像を消し去る。頬を掠めた奴の指に、遅れた後ろ髪がぶちぶちと持って行かれた。


 ──でもそんなのどうでもいい!


 目を尖らせ少女は回避から体を一回転、逆手に構えていたクナイで、振り抜いた奴の腕を切り裂いた! 赤い筋の出来た大腕が抜けて行く。


 タンッ! 少女は軸足を変え更に体を回転、ガラ空きになった奴の右側、右膝(みぎひざ)に綺麗な回し蹴りを叩き込んだッ!!


「っぶごう!」


 瞬時に二箇所同時攻めを食らった猛牛男が、一驚する。

 直ぐさま振り抜いた腕を拳で固め、裏拳で少女を追撃する。


 スッ!と、眼下、畳に飛び込んだ少女。頭上で大岩の如き拳が通過する。それを確認する間も無く飛び込んだ勢いを生かして少女は、奴の足の上、右足の甲へとクナイの刃先を突き刺さした!


(これでどうだ!)

 俊足のニ連撃からの一撃に、手ごたえを感じた気がする。


「ぶぎょう!!」


 “ ダンッ、ダンッ ! ”


 勢い殺す為とコロコロと前転する少女。受け身を取り、片膝で振り向く少女の視界に、怒り全開で双眼と顔面を燃やす猛牛男が映った。

 奴は憤怒の形相で足を踏み鳴らしている。地団駄を踏んでいるのは右足だった。


 ──攻撃がまるで効いて無い!?


 全身厚い脂肪に覆われた奴の体は、裸でありながら全身鎧の様相を呈す。小ぶりなクナイでは肉は切れても骨は断てない。


「ック!」噛み合わせた歯から声が漏れた。高速思考で奴への有効打を再構築する。吊り上げた瞳の横に冷や汗が流れる。「怖い」本音がもれる。焦りの色が濃くなった。


「どおぅっりぁ! せおいなげぇぇぇぇ!!」

「へっ……!?」


 誰かの咆哮! モモの背後から突如現れた人影が、地団駄を踏む猛牛男に接近する。

 そして、背負(しょ)っていた柱を背負い投げの要領で上段から──振り下ろした!


 “ バッキッ!! ”


 部屋に響く盛大な破裂音! 人影ってか、あの少年、モンジだった。

 モンジが振り下ろした柱は奴の頭を直撃、真っ二つにした! ……柱をッ。

 助走の勢いもあってか、柱は中央で折れ、クルクルとその先端を猛牛男の背後に飛ばし、落ちた。


「……」


 目が点になるモモ。なんで居るの……。戸惑いから一転、苛立ちから眦をあげていた。



 マジか! 割れたのは柱だけで奴の頭は割れんかった。

「っくっそ! 石頭すぎんだろ!」

「何で居るんですか、モンジさんッ!」


 不満たらたらのモンジに、モモの厳しい叱責が飛ぶ。ひと見で分かる、プリティモモちんめっちゃ怒ってる。


「あ〜、なんだ……。これはそのぉ……」

 モモの目線の先、視線を左右に泳がせ言い淀むモンジ。

 その後ろで、猛牛男は頭をニ度、三度振っただけでほぼノーダメージである。

 そして、腕を振りかぶって張り手のモーションに移行していた。


 明後日の方向に目を移し、顎を指でコリコリ掻くモンジは恥ずかしそうに思案中。


 ──あの馬鹿、気付いて無いッ。


 タンッ! 獣のよう四肢を使いモモは、初速から最速で駆け出していた。


 猛ダッシュでモンジの目の前を通過、トンッと跳躍、横壁に両足を揃えてまた飛ぶと、クルッと反転、片足を突き出しライダーキックさながらに猛牛男の顎を蹴り抜いた!


(今度こそ!)モモの願い。


「ッガ! ふがっ」


 顎? 首!? にクリーンヒットしたはずっ。


「──!?」けれど、着地と同時に振り向いたモモは驚愕の表情をつくる。


 肉で覆われてはいるが、確かに顎に渾身の飛び蹴りを食らわせたはず──が、猛牛男は手で顎をニ、三度擦るだけ、首を振るだけ。これもさほどダメージを与えていない。


「どんだけタフガイなんだよコイツ! 洋画のアクションスターかよ!」


 少女に駆け寄り、引きつった笑いで吐いたモンジの台詞に、モモは険しい表情で迫る。


「何でまだいるんですかっ!」


 射刺すような瞳で見られ、モンジもバツが悪そうに頭をポリポリ掻きながら。


「……だって、俺はお前を──」

「っぶがあぁぁぁぁ!!」


 モンジの言葉が潰される。軽い脳震頭から回復した猛牛男は、途端に殺る気全開で暴れ出す。興奮から全身を紅潮させて、怒りのギアを上げている。


 ドドンッ! 両拳を畳に落とし、頭を突き出し、猪突猛進で突っ込んで来た!!


「ぶもおぉぉぉぉ!!」


 “ ダンッ、ダンッダンッダンッダンッ……! ”


 畳が、床が、部屋中が悲鳴を挙げる。猛然と迫り来る姿は闘牛そのものにしか見えない。


「ック!」モモの挙動は速かった。


 モンジにタックルをかまし、奴の軌道から外すと、クナイを持ち直し奴に放つッ。

 直ぐさま腰を落とし力を溜めてモモは、一気に天井へと飛んだッ!


「っぶも!?」


 モモの放ったクナイが、奴の右目に突き刺さる。 

 激痛で急に勢いを失う猛牛男、その頭上を体を丸めたモモが、天井すれすれに前方宙返りで飛び抜ける。


「ぶぷうぅぅぅ!」


 痛みにテンションダウンの猛牛男である。

 奴の後方に華麗に舞い降りたモモは、すかさず奴に接近、背な毛に捕まり背後からするりとその細い腕を首に回した。


 「えいっ!」かけ声と同時に力を込めるモモ。背後からの十字締め、ヘッドロックを極めた!


 斬撃も打撃も効かない、ならば絞め技と、モモの下した最適解である。

 

「ふんぐぅ〜!」

 ギリギリとモモの腕が、奴の首の脂肪にめり込む。全集中で奴を締めあげる彼女の顔は真っ赤である。


 猛牛男も少女の腕を外しに掛かるが、彼女の細い腕が脂肪に食い込み、己の手で掴みきれない、故に外せない。かと言って、背中の小さな少女には腕も届かない。奴は焦りの色を纏い出す。


「ぶがあぁぁぁ!」

 苛立つ猛牛男の咆哮! ドンドンと地団駄を踏みながら、右へ左へと体を振る肉塊。

 振り回されながらも「ふぐぐぅ〜!」と、歯と目を食い縛り、全身の力で首を締め上げる可憐な少女。牛と鼠との、まさに死闘だった。



 目前で繰り広げられる命賭けの攻防戦。押されて尻餅を付いた俺は、情け無い姿を晒す。それでも俺は、なけ無しの勇気を振り絞り、こう叫んでいた。


「俺は、俺はお前を助けたいっ! 姫さんなんか関係ない! 俺はモモを助けたいんだっ!!」

「……っへ!?」

 モモの顔が更に紅くなる。


 モンジは腰の小刀を抜くと、暴れる奴の前に立っていた。

 この場面は、モモの作ってくれた千載一遇の好機、これを逃すと男が廃る。


 変なテンションで己に発破を掛けるモンジは、小刀を構え、突きの体制で(やいば)を奴の腹へと狙いを定めた。

 自然と呼吸が荒くなる。耳に心臓があるみたいに、鼓動がうるさい。確実に仕留めなきゃッ。



 そして、一気に突き………………………刺せなかった。


 瞠目、困惑の表情で金縛りのモンジ。ただ、彼の持つ刃の切っ先は小刻みに震えていた。


 コエ〜! マジこえ〜。人斬るのこえ〜よ! 死ぬんだぜ、血がビューッと出て死ぬんだぜ! マジ無理、有り得ねぇ。何でみんな平気な顔して人様斬れんの? 有り得ねぇ! マジ有り得ねぇんだけど。


 ここに来て現代人の常識を振りかざすモンジは、既にフリーズ状態。

 そこに、猛牛男の滅茶苦茶にぶん回す腕がヘタレを強襲!


「っぐへ!」モンジは、奴の大振りな平手で薙ぎ飛ばされて、壁に背中を激突させた。


「ッカッハ!」息が漏れる。ズルズルと壁伝いに体が落ちる。尻餅を付き、しょっぱい姿で項垂れる。ついでに小刀も、何処へ弾かれてしまった。


 阿保面を上げたモンジの視界に、怪獣相手に未だ懸命に抗う、小柄な少女が映り込む。

 自責の念で、ギリッと盛大に奥歯を噛んだ。隙間から溢れ出る血の味が、口の中に広がる。


 壁際に近づく猛牛男。モモは再度目を絞り、力の限り首を締め上げている。ほくそ笑む奴は、巨体をそのまま後ろへと跳ばした。

 

「──!?」


 猛牛男はモモの体ごと、その背中を壁にぶち当てたッ── ガッデムッ!


「ッドガ!」

「ムギュッ!」


 衝撃音と叫声! 壁から離した奴の背中から、脱力したモモが落ちて来た。畳の上で、力無く横たわる彼女は死んでいるように見えた。丸い頬に、鼻から出た紅い液体が道を作る。


「っももお"ぉぉぉお"お"ぉぉぉオォォォォ!!」


 狂ったような大声で、思わず叫んでいた! 叫び声に反応し、ビクッと肩を震わせ硬直する猛牛男。と、そこに……。


 “ ドドオォォォォン! ドン、ドン、ドガアァァァン! ド、ドンッ! ドゴオォォォォン! ……! ”


 花火大会のフィナーレのように、連発して爆破する外からの援護攻撃が追撃。


「っぶひぃぃぃ!」


 爆音炸裂!! 横穴の所為で爆音増し増しの破裂音に、これは堪らんといった様子で、猛牛男は耳を両手で塞ぎ小さく蹲る。


 今しかないッ! 猛ダッシュでモモを拾いあげ、スタコラさっさと奴との距離を取る。

 モンジは、廊下の階段まで逃げていた。手摺の横でソッとモモの体を降ろす。


「モモッ! おいっももっ、しっかりしろ!っもも、もも、ももっ!」


 悲痛な叫びと、ほっぺをペチペチされた事でモモの意識も徐々に覚醒する。


 緩慢に瞼を持ち上げるモモはグッタリしている。

 彼女の目線の先には、輝くエメラルドグリーンの瞳が──今にも溢れ出しそうな程、涙を溜めていた。


「あぁ。……モンジさん?」


 掠れた声。まだ意識は朦朧としているが、応えてくれた。


「ももっ、ももっ、ゴメン。ゴメンよ。俺、俺、躊躇してしまった。あのままやれたのに……。ゴメン、ごめんなさい」


 眉尻を下げ叱られた子犬のように全身で項垂れるモンジ。とうとう涙のダムは決壊し、血で汚れた頬に白い筋を幾重にも残す。



 無意識だった。モモは無意識に手を伸ばし、彼の前髪を撫でていたんだ。


 だって……。だって、あまりに一生懸命だったから。


 あまりに、かわいそうだったから。


 あまりに……。あまりに、可愛かったから。


 次の瞬間、ギョッと瞳を見開いたモモ。信じられ無いって顔をしている。急にモモに頭を撫でられ、モンジもキョトンとしていた。


 顔を真っ赤っかに目を白黒し出すモモは、撫でていた手をサッと離し、両手でわちゃわちゃ誤魔化しにかかる。


「あのっあのっ、モモは違くて! モンジさんの涙が流れて! つまりはそう言うんじゃ無くて! 今日はいい天気だったから!」


支離滅裂な事を言い出すモモに、モンジは一瞬、放心状態。次いで、袖で無造作に顔を拭い涙を消した。

 その後出て来たのは、わんぱくな少年っぽい、いつものモンジの顔が現れる。そして情け無い笑顔と一緒に安堵して見せた。


「もも! 後は俺に任せてくれないか? 俺にちょっと考えがあるんだ!」


 未だわちゃわちゃしているモモに、モンジは真剣な顔で語気を強める。


 もう腹は決まっていたから。切り札のアイツを出すと決めたから。


 これ以上モモだけに負担をかけたく無い。他人の(ふんどし)だろうが、何だろうが関係無い。俺がケリをつけてやる。


 助けたい人を全力で助ける! そう、決めたんだ。


 未だ爆音の響く中、モンジは決意で闘志を燃やす。敵うはずのない敵だと分かっている。けど、真っ向から対峙すると俺が決めたんだ。


 俺は、俺の大事な人を守るって決めたから。


 モモの目の前で、じわじわとモンジの体がどす黒い、不気味なオーラで包まれ出した。



 ありがとうございました。

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