猛牛
先週投稿しました『良く出来ました』の内容ですが、出来がイマイチ納得出来ず、幾らか修正致しました。読んで頂いた皆様、大変失礼致しました。すみません。
ではまた、よろしくお願いします。
薄闇のはびこる座敷の中、目の前に落ちたソレは『く』の字形を作っている。
肩口あたりから、鋭利な刃物で切り落としたであろうソレは、二の腕から食いちぎられ、赤い筋繊維をこびり付けながら、白磁色の骨を晒している。
先端、モミジの葉のような小さな手は、人差し指と中指が欠損していた。
紛れもない本物の人の腕。子供の腕だ!
……こいつ、人食ってやがる!?
──。
「っおえっぷ!っえぇぇえ!」途端にせりあがる胃の内容物。マスクをズラし、その場で吐き散らした。
ありえねぇー! マジ、ありえねぇんだけど!!
胃液だけ吐き出しなんとか嘔吐感を去なすと、今度は、抑えようの無い怒りが込み上げてくる。
この腕の本体、この子の気持ちを思うと、恐怖や辛さ痛みを思うと──体中の血が沸騰し脳みそが破裂しそうになる──どうにかなっちまいそうだ。
ダメだ! 冷静になんなきゃ。
時間が無いんだ、怒っている場合じゃない。姫さんを助ける為に俺は此処にいるんだろっ!
俯いたまま胸に手を添え、イエ姉の事を考える。
一緒にお手手つないで帰る、お手手つないで帰る、お手手つないで帰る、お手手つないで帰る、お手手つないで帰る、お手手つないで帰る、お手手つないで帰る、お手手つないで帰る……。
絶対イエ姉と、お手手つないで一緒に帰る!!
ふうー、何とか怒りは呑み込めた。イエ姉ってやっぱスゲーな。思い出すだけで気持ちが落ち着いたよ。
神様、仏様、イエ姉様ってモンだな。
強張っていた体が脱力したモンジは、ついでに上がっていた眉尻も下げた。
「ガタッ!」前屈みの体制を戻そうと動いたら、頭を襖にぶつけてしまった。
ヤッバ、まずった! バレたか!?
綿姫様が居ない事に、コッソリ逃げだす算段だったモンジ。その全身に緊張が走る。
冷や汗を流すモンジは、例の如くまた、襖の隙間からコソ〜と覗き込んだ。
ガボーン! やっぱバレてた。
背を向け座っていた筈の象さんが、今はしっかりと立って、コッチを見ている。
眉毛の無い怖い形相。赤く燃える双眼は離れた位置に付いており、軟骨の無い鼻は上を向いている。
ポカンと開けられた口からは、牙が覗き、下唇から顎に掛けて血で汚れていた。
──紛れも無い、人食いだ。
それも然り目を剥いたのは、コイツの巨大さにもあった。二メートルはありそうな天井に、禿げ上がった頭が届きそうである。しかも、湯気まで立ち昇っている。
く、首はどこ? 正月の、のし餅みたいな顔の下には弛んだ肉が幾重にも重なり、首が確認でき無い。直接肩の上に、段々にお供えされてる感じだった。
身長的には土門さんとドッコイだが、横幅が兎に角広い。コンパスで円を描くと、すっぽりと収まるフォルムだ。
円から突き出た四肢も、腕は大木、足は巨木と規格外な体をしている。
禿げた頭と対照的に、もっさりと生えた胸毛、デップリ垂れ下がる腹にも毛が渦を巻いている。とにかく気持ち悪い。
……アレッ!? コイツ、まさか!
毛が渦巻、垂れ下がった太鼓腹の下に生えている巨木の間に、変な物がぶら下がっている。
黒光したドス黒の巨大ナマコ!? ギネス級の巨大ナマコが、顔を覗かせている。
コイツ! 履いてませんよっっ!!
とにかく明るい芸人の逆バージョン! なんちゃら100%のお盆なし!! 凶悪なモンをブラつかせていやがった。
とんでも無いもの見せられて、もっと気持ちが悪くなってきた。
襖の裏ですぐさま視線を切り、モンジは180度回転、逃げの体制を取る。バレちょる事は、バレちょるし、元よりこんな所は用無しだ。
“ どん、どん、どん、どん…… ”
向けた背中に、嫌な音と地響きが伝わる。
よせばいいのに、劇画調に変わっていく顔でモンジは、ついつい振り向いてしまった。
バァーン!! と襖を跳ね除け、ラグビータックルさながらに肩を突き出す豚男が、猛烈な勢いで突進して来た!
「── っ!?」
瞬間、歯を食い縛りモンジは、義手を前に右手で押さえ防御の構え。
「ッドォン!!」
寸秒、豚男の強烈なタックルが接触──爆砕した!!
車に轢かれた衝撃然で、モンジの体は軽く弾かれ宙を舞う。
「ッガッハ!」
そのまま落下し、畳で背中を強打、ガリガリと背中を滑らし止まった。階段近くまで弾かれたモンジは、部屋の入り口から頭だけを廊下に出して、止まっていた。
「ブフゥー、ブフゥー、ブフゥー」
「……ック、フッ、ゴフッ」
宵闇に浸る部屋の中、豚男の鼻息とモンジの呻き声だけが聞こえる。
衝撃で両腕が痺れ、頭が明点している。強打と摩擦で背中が熱痛い。目を白黒させながらモンジは、仰向けに倒れていた。
と、とにかく、逃げなきゃ!
モンジは奥歯を噛み締め立ち上がろうとするが、体が思うように動かない。
のしのし近付いてくる豚男。目の前まで来ると、丸太のような腕を伸ばして捕まえようとして来る。
辛うじて動く両肘で逃げようとするが、肘だけじゃあ上手く体が進まない。捕まるのは必須だ! 万事休す、そう思った瞬間。
「ト、トンッ」豚男の手が止まった!
目を見開くモンジの鼻先、今まさに掴もうと開いていた豚男の手の平に、細長い棒状の杭が二本刺さっていた。
「──モンジさんっ!」
振り向けばあの少女である。
下階段のすぐ側に、忍び装束のモモが、棒手裏剣を投擲した格好でそこに居た。
モンジと視線を交わすと同時にモモは、駆け出していた。腰に忍ばせたクナイを逆手に、疾風のごとく駆け出す。
「タッ、タタタタタ……」
「っぶお!」
豚男も向かってくる少女を敵と認識。
モンジを無視し、体ごと少女に向ける。モンジの頭の上で揺れる、醜悪な巨大ナマコが風を切る。モンジは体を回転させ、この場を離脱した。
──肉薄する少女と豚男!
掴みかかろうと振り抜いた豚男の腕に、ブォン! と風圧でモンジの前髪が捲れる。そして少女の体が瞬間──消えた。
いや、下に潜った! 股の間をスライディングですり抜け、クナイで足の腱を切り裂こうとした少女。
しかし傷は浅く、滑りながらに振り向きクナイを投擲──見事にヒット!
堪らず片膝を落とした豚男に、横壁を駆けのぼりモモは、天井を蹴り上げ勢いをつけ、無防備な豚男の後頭部へと強烈な踵落としを見舞った!
「おお──、スゲ──ッ!」
忍者さながらモモの軽業に、素直に感嘆の声が漏れる。
膝をつき頭を振っている豚男を尻目に、モモが駆け寄って来た。
「モモちん、すげぇなぁー。モモちんって強いのな、助かった。ありがとな!」
「なっ! モモちん!? ……モモは、モモはそんなに強くは無いです」
満面の笑みで語るモンジに、途端に顔を朱に染め、尻窄みになるモモの返答。目を伏せ、はにかむ笑顔が嬉しそうに見えた。
「っぶも!」
いつの間にか回復していた豚男。膝裏のクナイを引き抜くと、モモ目掛けて投擲してきた!
「ック!」
咄嗟の事で、横っ飛びでモモに飛び付き、これを回避。
あっぶっ、あっぶねえー。俺の反射神経、ゾーン入ってた、多分──ふ、ふざけんなブタ野郎!
「モンジさん。……重たいです」
毒を吐くモンジの下で、真っ赤な顔のモモが、栗色の瞳を泳がす。鼻先が触れ合う程の距離である。咄嗟の事で、モモを押し倒す感じになっていた。
「ごっ、ごめんっ!大丈夫だった?」
「はい。……ありがとです」
口を窄めて、もじもじ礼を言うモモは耳まで真っ赤だ。急いで体を離したモンジもまた、真っ赤な顔をしていた。
俺は思った。敵前でありながら何だろう、甘酸っぱい。
「っぶおぉぉ!」
“ どん、どん、どん、どん、…… ”
未だ四つん這いの俺達目掛け、腕を前に突き出し豚男が突進して来る! 重い足音、豚男が走るたびに畳も揺れてる。
「コッ」
「!?」
城壁に異音! やな予感。モモに覆い被さるモンジ──次の瞬間。
“ ドガア──ン!! ”
横壁で爆発ッッ!
粉塵に巻かれる二人と怪物。
「ゲホッ、ゲホッ! やってくれるなぁ、絹さん。でも、グットタイミング。今は感謝だな」
思わぬ形でピンチを救われたモンジは、絹さんに感謝をひとつ。
見渡せば部屋中にもうもうと煙が充満し、木屑が飛び散っている。
「コホッ、ケホッ……モンジさん。……重たいです」
本日二度目のクレーム!
爆発の衝撃でまた、モモの上にガッツリ覆い被さっていた。って言うか、抱きしめていた。
「──す、すんませんっ!」
慌てて飛び退くモンジ、視線を外す二人は共に茹で蛸状態だ。
壁に空いた横穴から風が入り、徐々に視界がクリアになっていく。
すると見えて来た豚男の姿。耳を塞ぎしゃがみ込み、足元には水溜りが出来ている。
こいつ、ションベン漏らしてやがる! ……爆発!? 音が怖いのか?
弱点らしき物が分かった所で、敵う相手では無いと既に匙を投げているモンジは、モモの腕を掴み逃げの体制を取る。
「ぶもぉおお!」
元気に復活する怪人。
それは許さんとばかりに、ゆっくり頭を持ち上げ、血走る双眸で睨んでくる。
爆発の原因は俺等にあると思ってるっぽい。あながち間違いでは無いが。まずいな、逃げれなそう。
ドンッ! 拳を畳に落とすと、右肩を突き出し豚男は、元気一杯突っ込んで来た!!
モモを抱きしめ、横っ飛びでタックルを躱す。モモを庇った所為でまた畳に背中を擦って、再度痛熱い思いをする。
「っいってぇ! っあっちぃ! ……平気かモモ!!」
「……モモは平気……です。ありがと……です」
畳の上で横向きに抱き合う二人。モンジの腕の中で、小さい体をもっと小さくして、赤く発光した顔を隠すモモ。恥じらうよう消え入りそうな声で応えた。俺は思う。なんだべ、コレ……あまずっぺぇ。
「ぶごおお!」
タックルの勢い止まらず、奥の襖をぶち抜き姿を消していた豚男の怒号が響く。
怒り心頭で、隣りの座敷からヌッと出てきた。
極寒の秘湯の如く、全身から蒸気を発し、マッパの所為もあってか、まるで、ひとっ風呂浴びて来たみたいな姿である。
隣りの部屋に温泉でも沸いてんのか?
「モモ! 逃げるぞ!」モモの腕を引くモンジ。
「ダメです!」薄い眉を吊り上げ、モモはモンジの手を振り解いた。
「……あいつは、どこまでもモモ達を追いかけて来ます。モモには分かります。そうなったら綿姫さまの身に危険が──モモがここであいつの足止めをします。その隙に綿姫さまをお願いします」
上目遣いの栗色の瞳は、強い意志を発していた。
普通に見れば、まだ小学生並みの体躯の少女。お胸の方も低学年ほど……だった。こほん、それはさて置き。
こんないたいけ?な少女をひとり、あんな怪獣の前に置き去りにして、スタコラ逃げれる訳ないヤン。
こえーけど。マジ、ビビってるけど。膝、ガックガック震えてっけど。……俺は男子だからな、女子の前で気張ってなんぼの男子だからな! だから……やってやるさ。
「俺も参戦するぜ。二人でこの窮地を乗り越え──」
「いえ、結構です。……モンジさん弱そうですし、足手まといですから」
ガビーン、瞬殺、戦力外通告されたー! ちょっとカッコ付けたつもりだったのに、足手まといって……。シレッと辛辣な事言われたー。
項垂れ凹むモンジを余所に、モモは腰から最後のクナイを抜き出す。逆手に構え臨戦態勢をとる。
「来ますっ!」モモのアーモンド形の瞳が角度を増す!
「っぶもおぉぉぉぉ!」
どん、どん、どん、どん……!
猛烈な勢いで向かって来る豚男、ってか猛牛だなありゃあ。
「モンジさん! 行って下さい!!」
トンッ、とモンジの肩を押し出し、疾風の如く駆け出す少女。鼠が猫に闘いを挑む、ことわざ通りの絵面に見える。
押された肩を摩り、俯いていた顔を持ち上げるモンジではあるが、その表情は不敵な笑みを浮かべていた。
ありがとうございました。




