表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
38/122

良く出来ました

 よろしくお願いします。


 幼き頃の追憶。

 一商人から、養蚕、絹製品で一代で財を成した山中家。元々貴族への憧れと、出世欲の強かった父は、朝廷への献金と賄賂で『栄爵えいしゃく』という爵位を手に入れ悲願を達成した。


 けれど、いい時代はそう長くは続かず。


 仕事一筋、遊びを知らず生きて来た父。貴族の末席、栄爵とはいえ貴族社会に触れ、舞い上がり、徐々に自分を見失なっていく。


 毎夜、歌だ踊りだと貴族の宴に駆り出され、此れに嵌り、溺れ、いつしか自身の根幹となった商いもおざなりになり、それに比例し、売り上げも下降の一途を辿る。


 気付いた時には修復不可能な程の事態となっていた。


 これに拍車をかけるように、海を渡って安価な絹生地の参入と、それにより絹製品の大暴落とで、山中家は死に体の有様。

 不幸はまだ終わらず、止めにと蚕の病気が蔓延、絹糸の生産が皆無となってしまった。


 本来なら、対策やら金策にと奔走しなければならない立場の父だが……。

 実際は、現実から目を背け、毎夜行われる宴に興じ、酒に溺れ、女を買い、金をばら撒く。

 貴族社会に骨の髄まで染まり、いつしか骨抜きにされていた。


 商いも立ち行かなくなり、莫大な負債を抱える事となった。


 貴族社会に固執する父は、一縷の望みを掛け妹『はつ』を城中へと奉公に出し、前領主様に見初められ厳伍様を妊娠するも、その後始めた父の新しい事業はことごとく失敗に終わり。本当の最後が訪れる。


 貴族への献金も途絶え、当然爵位も剥奪。領主様と繋いだ細い糸も「成金風情が」と、嘲笑されるばかりで上手く行かず。

 自身の基盤となる商いと誇りを同時に失い父は……。気を病んだ父は精魂尽き果て遂には、自決してしまった。


 貴族社会から弾かれた叔母の『初』も厳伍様を出産に至りはしたが、側室でありながら『使用人』扱いの日々を強いられ、心労が祟り心身を病み、幼い厳伍様を残し自ら命を絶った。


 あれだけいた取り巻き連中も、金が無いと解ると直ぐに、蜘蛛の子を散らすように消えた。


 家も家財道具も全て取られ、莫大な負債を抱えたまま、簡素な荒屋での母と俺だけの二人暮らしが始まった。


 しかし、不運はまだ終わらない。


 貧しいなりに母がいてくれたお陰で、それなりに幸せだった荒屋での暮らし。けれど母は、その年の流行り病に罹り、金も無く医者も呼べず、日々衰弱する母を看病するだけの暮らし。


 でも、母がいる。母が生きていてくれる。それだけで十分だった。しかしそれすら叶わず、母は……帰らぬ人となった。


 痩せ衰えた母が俺の今後を憂いで、死の間際にくれた言葉。



「宗石。……あなたは自由に生きなさい」



 涙ながらに、優しい微笑みと共にくれた最後の言葉。母が願いを込めた最後の言葉。


 だが、この時の俺には届かず、湧き上がる激情に身を任せる事しかしなかった。出来なかった。

 激情、激憤、激怒、胸の中に修羅を燃やす事でしか、自分を保つ術を持ちえなかった。力の無い自分に対し、理不尽な世界に対し、理屈抜きで俺は怒り狂っていた。


 全てのものが敵だと認識した。



 怨敵を作る事でしか、母の死を受け入れることが出来なかった。

 自分を誤魔化し、欺くことでしか乗り越えられない。それ程までに俺は母を慕っていたんだ。



 ……愛していた。




 頭が真っ白になる。



 “ 食べんさい。宗石 ”


「……っあ」


 ミア婆……。


 “ 宗石さん。ありがとう ”

 ──タツさん。


 “ お前さんが居てくれて、ホンマ助かっとる ”

 ──マサ爺。


 “ ワシ等にも上手い弓の使い方教えろ。そうだ、そうだ。宗石は、国一番じゃから ”

 ──シンさん。マツオキさん。


 “ 宗石せんせー、もっと読み書き教えてー。おいら算術。オイラはお絵描き。それ勉強じゃねえよー。あはははっ ”

 ──リンちゃん。カブ。ソウタ。


 “ 宗石・・・宗さん・・・宗ちゃん・・・せんせー・・・宗石さん・・・宗・・・ ”

 集落の皆んな……。


 走馬灯のように浮かんでは消える、仲良くしてくれた集落の人達のお日様のような笑顔。懐かしさが込み上げてくる。



「……ぁっ」


 ……あそこは違った。


 ……集落の、あの人達は違った。


 身分も階級も関係無い。


 真平集落での暮らしは安らぎで満ちていた。


 誰もが助け合い、些細な事で笑い合い、奢らず見栄を張る必要もない、腹の内を晒して何でも話せる、そんな暮らしが出来た。



 腐敗、腐臭、腐乱、鼻のまがる、思わず目を背けたくなるような腐り切った、薄汚い肥溜めみたいな世界では無く──。


 幼き頃の、まだ貴族社会に入る前のような──。


 家族が集う、暖かくも、安らぎに満ちた穏やかな時間──。



 でも、死んだ。


 みんな死んだ。


 俺が殺したようなもんだ。



「オェッ!オプッ!オエエ!」

 突然、襲われる嘔吐感に、空っぽの胃袋を絞りきり、やっと胃液を吐き出した。


「はぁ、はぁ、はぁ、あっ……あぁ!」


 あぁー、まただ! また無くしてから気づいた。

 そうだ、そうだった、あの集落での暮らしが俺にとって、どれ程大切なものだったのか。


 失って、初めて気付かされた。



 っ……グッ! 頭が痛い! 割れちまいそうだ! 

 今度は、顔を顰め苦しそうにもがく宗石。

 己の吐いた胃液に額を擦り付け、髪を掻きむしりながら苦悶の表情を浮かべている。


「ああぁぁぁぁぁ! ぁあ”あ”ぁぁぁぁぁ!!」


 鈍器で直接、頭の内側から殴られているような痛みに、四つん這いで宗石は、在らん限りの声を絞り出す!


「!?……。」


 はっ、遠くで声が聞こえた。……違う、頭の中からだ。


「宗石。……あなたは自由に生きなさい」


 かぁ、さん? どこからか、母の最後の声が聞こえた。


 宗石は、涎と吐瀉物で汚した顔を晒す。


 母の柔らかな温もりを思い出す──心に棘のように刺さっていた言葉を思い出す──誤魔化し続けて来た言葉を思い出す。


 胸の内側から塗り固めたメッキが剥がれ、剥き身な心を曝け出す。母の最後の願いが胸を打つ。


 ── 自由に生きなさい。


 自由に生きて来たつもりだった。思いのままに生きて来たつもりだった。でも、違っていた。

 家に固執し、怨恨で他人を傷つけ、呪縛で己を殺す。

 

 まさに、雁字搦めでしかなかった。


 ……俺は、何にでもなれたんだ。


 宗石の胸のつかえが消える。思考を曇らす霧が晴れる。心を縛りつけていた楔が外れた。


 グウッ! 胸に痛みが走る! 体の真ん中に、杭を打たれたような痛酷が走り、宗石は身を捩る。


 ──心の痛みに身を捩る。


 今まで無視出来たもの、目を逸らせて来たものに襲われる。


 ──肥大した罪悪感が、見え無い杭となって、体を貫いていた。


 胸を押さえ、慘痛に蹲る宗石は、良心の呵責から自らの罪の意識に身を裂かれる。体の震えが止まらない。全身から油のような汗が噴き出す。


 とうとう耐えきれずに、床の上で小さく丸まり、宗石は閉ざしてしまった、全てを。


 奇しくも、家族を無くした直後の、あの時の土門の姿そのままに──。



「……宗石」


 ポツリと土門は彼の名を呼んだ。

 幽鬼の如く、ゆらり顔を上げた宗石。

 そこには、途方に暮れた男の顔が張り付いていた。


 その生気の無い目に映った者は──。


 幸せを感じた集落での暮らし。あの時のまま、強面で優しい眼差しの『真平集落長 真平土門』の顔が、そこにはあった。



「宗石。……お前は集落の仲間だ。……いつでも戻って来い」


 それだけ言って土門は踵を返し立ち去る。

 その背中に縋るよう伸ばした右手は、空を掴み──力無く床に落ちた。


「土門さん! 俺は、俺は……」


 拳を握りしめ、言葉の続かない宗石に土門は、背中越しに手をひらひら降り……そして。


「ああ。……解ってる」


 そう一言だけ返した。後ろで崩れ落ちる宗石の体。小さく、幼子のような格好で泣きじゃくる。


 土門はそれ以上は語らず、大槍を引き抜くと、いつの間にか隣に居た繁忠に、声を掛けられた。


「いいのか? 土門」


「ああ。……あとは、あいつ自身の問題だ」


 そう、救いはあいつの中にしか無いと。

 一応のケジメをつけた土門ではあったが、その表情は優れない。これでいいのかと、未だ自問自答を繰り返している。




 “ あなた、良く出来ました ”

 

 不意に脳裏に響いた、嬉しそうなクロエの声。


 ふふっ。鼻で笑い、綻ぶ顔を頭を垂らし隠して、そして目を瞑った。


「フンッ! 当然だ、お前が選んだ男だぞ。俺は」


 土門はあの頃のように、何でも見透かす愛妻になけ無しの強がりで応えていた。


 瞼の裏には微笑むクロエの姿、その傍らには愛娘シロの姿が映る。二人仲良く手を繋ぎ、当時のままの笑顔でそこに居る。


 幸せに暮らしていたあの頃のように── 頬を伝う一筋の雫。


 土門は、目を開き前を向く。

 誓いを立てた信者の如く、迷いなど消し去り、強い眼差しを前に向けた。

 全てを呑み込み、腫れ上がった魂に恐れなど持たずに土門は、顔を上げ真っ直ぐとその先だけ見つめて、力強くまた歩き出していた。



♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



 土門と別れモンジは焦っていた。城に火が付いた事で、綿姫様捜索時間の更なる短縮に追い込まれたモンジ。 ……絹さんの所為でもあるが──とにかく焦っていた。


 もう、手当たり次第に行くしか無い!


 単純明快、おつむのあったかいモンジらしい作戦で動き出す。両手を両耳に付け、わざとらしいぐらいにグルーっと、視線と一緒に聴き耳がてら見回す。


 多分、誰も居なそう。


 曖昧な検証だが、もう、気にしている余裕が無い。


 目の前には襖戸。コッソリ近づき、コッソリ開ける。覗き込むと、シーンと静まり返った二十畳程の和室である。

 先程までいた厳伍のプライベートルーム同様、目ぼしいものが何もない。殺風景な和室であった。


 ただ違っていたのは、正面と右手にまだ部屋があるって事だ。襖で仕切られているが、構造上、四部屋が四角く繋がっているのが妥当だろう。

 

 迷っている暇も勿体無いと、モンジは灯りも無い、暗い部屋へと足を踏み入れた。


 “ ドドォーーン! ……パラララ ”

「っぐが!」


 足を止めたモンジ。爆発に合わせて、正面奥の部屋から声が漏れてきた! 誰かいる。


 モンジは正面奥、閉め切った襖に忍び足で近寄ると、息を殺し、耳を襖に付けて、そーと中の様子を伺った。


「……くちゃ、くちゃ。……ズズ。……バキッ、ガリ。……くちゃ、くちゃ、ぺっ……」


 何か咀嚼してるような音が聞こえる。 ……嫌な予感しかしない。


 ゾンビ映画大好きっ子の俺としては、襖を開ければ映画さながらに碌な事が起き無い気もする……が。


 でも、綿姫様がいるかも知れんしなぁ。……でもなぁ、怖いな、怖いなぁ、コエーなぁ。……っしぁ、ねえっ!


 モンジは生唾を飲み込んで、恐る恐るソッと襖を開けてみた。それこそ、機織りの音が気になってコソ〜っと覗いた、昔話のお爺さんみたいにコソ〜ッと。


 開けた瞬間! うわっ! っくっさ!! 


 余りの臭さに声をあげそうになった。五センチ程開けた隙間から溢れ出る激臭に、一瞬で涙目になるモンジは鼻を隠す。


 アンモニア臭、汚物臭、足くさ臭やらがミックスされ、更に暫く寝かせて発酵させたような、異臭レベルの激臭で、一瞬、意識が持っていかれそうになった。


 ヤッベ! 鼻もげる、息ができねぇー! 口で息したら味しそう。 後で腹下すかな?


 モンジは鼻と口を手で隠しながら、身に着けている物でマスク代わりになる物を探す。手拭いを忘れた所為です。はい。


 着流しの袖……硬そう、却下。 


 着流しの裾……堅そう、却下。


 (ふんどし)のびろーんとしてる所……ギリオッケー。よしっ、これだ!


 って事で、手拭いを忘れたワタクシは、褌のびろーんをマスク代わりに使う事にした。


 イヤッ、勘違いしないでよね! イエ姉がいつも洗濯してくれてるから、汚くないからね! と、自分を強く納得させるモンジでした。


 びろーんのお陰で多少は匂いの平気になったモンジ。改めて襖から覗き込む、心無しか部屋の中が黄色く見える。奥に行燈の灯りが一個だけ、灯っていた。


 けれど、そこに見えたものにモンジは、更に目を疑った! ……象!? 


 まるで象と見紛うほどの巨大な背中が、行燈の灯りに浮かんでいたんだ。


 人間?らしからぬ巨体なソイツは、向こうを向いた状態で、つるっぱげ、背中毛全開で胡座をかいて座っている。

 座敷の奥で、眼下に置かれた木のタライから何かを掴み取っては、くちゃくちゃと嫌な音を立てて、何やら貪り食っている。


 “ ドォーン!……バララ、パラ ”

「ッブピ!」


 爆発音! 悲鳴!? 驚き慌てふためいた様子でソイツは、熊の手程の太い手を使い耳を塞いでいる。


 なんだろう? その手は赤黒く、血の色に染まっているようにも見える。


 象男が腕を振り上げた拍子に、コイツが食っていたものが飛んきて、ドサッと目の前に落ちた。 ……なんだべコレ。


 それを目にした瞬間、顔を顰め瞠目するモンジ。薄闇に見えたアイツの食べ物。それは──。



 ──子供のものと思しき、小さな白い腕!?


 鋭利な刃物で切断されたであろう小さな腕が、肩から先の部位が、畳の上にくの字に転がっていた。


 ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ