良く出来ました
よろしくお願いします。
幼き頃の追憶。
一商人から、養蚕、絹製品で一代で財を成した山中家。元々貴族への憧れと、出世欲の強かった父は、朝廷への献金と賄賂で『栄爵』という爵位を手に入れ悲願を達成した。
けれど、いい時代はそう長くは続かず。
仕事一筋、遊びを知らず生きて来た父。貴族の末席、栄爵とはいえ貴族社会に触れ、舞い上がり、徐々に自分を見失なっていく。
毎夜、歌だ踊りだと貴族の宴に駆り出され、此れに嵌り、溺れ、いつしか自身の根幹となった商いもおざなりになり、それに比例し、売り上げも下降の一途を辿る。
気付いた時には修復不可能な程の事態となっていた。
これに拍車をかけるように、海を渡って安価な絹生地の参入と、それにより絹製品の大暴落とで、山中家は死に体の有様。
不幸はまだ終わらず、止めにと蚕の病気が蔓延、絹糸の生産が皆無となってしまった。
本来なら、対策やら金策にと奔走しなければならない立場の父だが……。
実際は、現実から目を背け、毎夜行われる宴に興じ、酒に溺れ、女を買い、金をばら撒く。
貴族社会に骨の髄まで染まり、いつしか骨抜きにされていた。
商いも立ち行かなくなり、莫大な負債を抱える事となった。
貴族社会に固執する父は、一縷の望みを掛け妹『初』を城中へと奉公に出し、前領主様に見初められ厳伍様を妊娠するも、その後始めた父の新しい事業はことごとく失敗に終わり。本当の最後が訪れる。
貴族への献金も途絶え、当然爵位も剥奪。領主様と繋いだ細い糸も「成金風情が」と、嘲笑されるばかりで上手く行かず。
自身の基盤となる商いと誇りを同時に失い父は……。気を病んだ父は精魂尽き果て遂には、自決してしまった。
貴族社会から弾かれた叔母の『初』も厳伍様を出産に至りはしたが、側室でありながら『使用人』扱いの日々を強いられ、心労が祟り心身を病み、幼い厳伍様を残し自ら命を絶った。
あれだけいた取り巻き連中も、金が無いと解ると直ぐに、蜘蛛の子を散らすように消えた。
家も家財道具も全て取られ、莫大な負債を抱えたまま、簡素な荒屋での母と俺だけの二人暮らしが始まった。
しかし、不運はまだ終わらない。
貧しいなりに母がいてくれたお陰で、それなりに幸せだった荒屋での暮らし。けれど母は、その年の流行り病に罹り、金も無く医者も呼べず、日々衰弱する母を看病するだけの暮らし。
でも、母がいる。母が生きていてくれる。それだけで十分だった。しかしそれすら叶わず、母は……帰らぬ人となった。
痩せ衰えた母が俺の今後を憂いで、死の間際にくれた言葉。
「宗石。……あなたは自由に生きなさい」
涙ながらに、優しい微笑みと共にくれた最後の言葉。母が願いを込めた最後の言葉。
だが、この時の俺には届かず、湧き上がる激情に身を任せる事しかしなかった。出来なかった。
激情、激憤、激怒、胸の中に修羅を燃やす事でしか、自分を保つ術を持ちえなかった。力の無い自分に対し、理不尽な世界に対し、理屈抜きで俺は怒り狂っていた。
全てのものが敵だと認識した。
怨敵を作る事でしか、母の死を受け入れることが出来なかった。
自分を誤魔化し、欺くことでしか乗り越えられない。それ程までに俺は母を慕っていたんだ。
……愛していた。
頭が真っ白になる。
“ 食べんさい。宗石 ”
「……っあ」
ミア婆……。
“ 宗石さん。ありがとう ”
──タツさん。
“ お前さんが居てくれて、ホンマ助かっとる ”
──マサ爺。
“ ワシ等にも上手い弓の使い方教えろ。そうだ、そうだ。宗石は、国一番じゃから ”
──シンさん。マツオキさん。
“ 宗石せんせー、もっと読み書き教えてー。おいら算術。オイラはお絵描き。それ勉強じゃねえよー。あはははっ ”
──リンちゃん。カブ。ソウタ。
“ 宗石・・・宗さん・・・宗ちゃん・・・せんせー・・・宗石さん・・・宗・・・ ”
集落の皆んな……。
走馬灯のように浮かんでは消える、仲良くしてくれた集落の人達のお日様のような笑顔。懐かしさが込み上げてくる。
「……ぁっ」
……あそこは違った。
……集落の、あの人達は違った。
身分も階級も関係無い。
真平集落での暮らしは安らぎで満ちていた。
誰もが助け合い、些細な事で笑い合い、奢らず見栄を張る必要もない、腹の内を晒して何でも話せる、そんな暮らしが出来た。
腐敗、腐臭、腐乱、鼻のまがる、思わず目を背けたくなるような腐り切った、薄汚い肥溜めみたいな世界では無く──。
幼き頃の、まだ貴族社会に入る前のような──。
家族が集う、暖かくも、安らぎに満ちた穏やかな時間──。
でも、死んだ。
みんな死んだ。
俺が殺したようなもんだ。
「オェッ!オプッ!オエエ!」
突然、襲われる嘔吐感に、空っぽの胃袋を絞りきり、やっと胃液を吐き出した。
「はぁ、はぁ、はぁ、あっ……あぁ!」
あぁー、まただ! また無くしてから気づいた。
そうだ、そうだった、あの集落での暮らしが俺にとって、どれ程大切なものだったのか。
失って、初めて気付かされた。
っ……グッ! 頭が痛い! 割れちまいそうだ!
今度は、顔を顰め苦しそうにもがく宗石。
己の吐いた胃液に額を擦り付け、髪を掻きむしりながら苦悶の表情を浮かべている。
「ああぁぁぁぁぁ! ぁあ”あ”ぁぁぁぁぁ!!」
鈍器で直接、頭の内側から殴られているような痛みに、四つん這いで宗石は、在らん限りの声を絞り出す!
「!?……。」
はっ、遠くで声が聞こえた。……違う、頭の中からだ。
「宗石。……あなたは自由に生きなさい」
かぁ、さん? どこからか、母の最後の声が聞こえた。
宗石は、涎と吐瀉物で汚した顔を晒す。
母の柔らかな温もりを思い出す──心に棘のように刺さっていた言葉を思い出す──誤魔化し続けて来た言葉を思い出す。
胸の内側から塗り固めたメッキが剥がれ、剥き身な心を曝け出す。母の最後の願いが胸を打つ。
── 自由に生きなさい。
自由に生きて来たつもりだった。思いのままに生きて来たつもりだった。でも、違っていた。
家に固執し、怨恨で他人を傷つけ、呪縛で己を殺す。
まさに、雁字搦めでしかなかった。
……俺は、何にでもなれたんだ。
宗石の胸のつかえが消える。思考を曇らす霧が晴れる。心を縛りつけていた楔が外れた。
グウッ! 胸に痛みが走る! 体の真ん中に、杭を打たれたような痛酷が走り、宗石は身を捩る。
──心の痛みに身を捩る。
今まで無視出来たもの、目を逸らせて来たものに襲われる。
──肥大した罪悪感が、見え無い杭となって、体を貫いていた。
胸を押さえ、慘痛に蹲る宗石は、良心の呵責から自らの罪の意識に身を裂かれる。体の震えが止まらない。全身から油のような汗が噴き出す。
とうとう耐えきれずに、床の上で小さく丸まり、宗石は閉ざしてしまった、全てを。
奇しくも、家族を無くした直後の、あの時の土門の姿そのままに──。
「……宗石」
ポツリと土門は彼の名を呼んだ。
幽鬼の如く、ゆらり顔を上げた宗石。
そこには、途方に暮れた男の顔が張り付いていた。
その生気の無い目に映った者は──。
幸せを感じた集落での暮らし。あの時のまま、強面で優しい眼差しの『真平集落長 真平土門』の顔が、そこにはあった。
「宗石。……お前は集落の仲間だ。……いつでも戻って来い」
それだけ言って土門は踵を返し立ち去る。
その背中に縋るよう伸ばした右手は、空を掴み──力無く床に落ちた。
「土門さん! 俺は、俺は……」
拳を握りしめ、言葉の続かない宗石に土門は、背中越しに手をひらひら降り……そして。
「ああ。……解ってる」
そう一言だけ返した。後ろで崩れ落ちる宗石の体。小さく、幼子のような格好で泣きじゃくる。
土門はそれ以上は語らず、大槍を引き抜くと、いつの間にか隣に居た繁忠に、声を掛けられた。
「いいのか? 土門」
「ああ。……あとは、あいつ自身の問題だ」
そう、救いはあいつの中にしか無いと。
一応のケジメをつけた土門ではあったが、その表情は優れない。これでいいのかと、未だ自問自答を繰り返している。
“ あなた、良く出来ました ”
不意に脳裏に響いた、嬉しそうなクロエの声。
ふふっ。鼻で笑い、綻ぶ顔を頭を垂らし隠して、そして目を瞑った。
「フンッ! 当然だ、お前が選んだ男だぞ。俺は」
土門はあの頃のように、何でも見透かす愛妻になけ無しの強がりで応えていた。
瞼の裏には微笑むクロエの姿、その傍らには愛娘シロの姿が映る。二人仲良く手を繋ぎ、当時のままの笑顔でそこに居る。
幸せに暮らしていたあの頃のように── 頬を伝う一筋の雫。
土門は、目を開き前を向く。
誓いを立てた信者の如く、迷いなど消し去り、強い眼差しを前に向けた。
全てを呑み込み、腫れ上がった魂に恐れなど持たずに土門は、顔を上げ真っ直ぐとその先だけ見つめて、力強くまた歩き出していた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
土門と別れモンジは焦っていた。城に火が付いた事で、綿姫様捜索時間の更なる短縮に追い込まれたモンジ。 ……絹さんの所為でもあるが──とにかく焦っていた。
もう、手当たり次第に行くしか無い!
単純明快、おつむのあったかいモンジらしい作戦で動き出す。両手を両耳に付け、わざとらしいぐらいにグルーっと、視線と一緒に聴き耳がてら見回す。
多分、誰も居なそう。
曖昧な検証だが、もう、気にしている余裕が無い。
目の前には襖戸。コッソリ近づき、コッソリ開ける。覗き込むと、シーンと静まり返った二十畳程の和室である。
先程までいた厳伍のプライベートルーム同様、目ぼしいものが何もない。殺風景な和室であった。
ただ違っていたのは、正面と右手にまだ部屋があるって事だ。襖で仕切られているが、構造上、四部屋が四角く繋がっているのが妥当だろう。
迷っている暇も勿体無いと、モンジは灯りも無い、暗い部屋へと足を踏み入れた。
“ ドドォーーン! ……パラララ ”
「っぐが!」
足を止めたモンジ。爆発に合わせて、正面奥の部屋から声が漏れてきた! 誰かいる。
モンジは正面奥、閉め切った襖に忍び足で近寄ると、息を殺し、耳を襖に付けて、そーと中の様子を伺った。
「……くちゃ、くちゃ。……ズズ。……バキッ、ガリ。……くちゃ、くちゃ、ぺっ……」
何か咀嚼してるような音が聞こえる。 ……嫌な予感しかしない。
ゾンビ映画大好きっ子の俺としては、襖を開ければ映画さながらに碌な事が起き無い気もする……が。
でも、綿姫様がいるかも知れんしなぁ。……でもなぁ、怖いな、怖いなぁ、コエーなぁ。……っしぁ、ねえっ!
モンジは生唾を飲み込んで、恐る恐るソッと襖を開けてみた。それこそ、機織りの音が気になってコソ〜っと覗いた、昔話のお爺さんみたいにコソ〜ッと。
開けた瞬間! うわっ! っくっさ!!
余りの臭さに声をあげそうになった。五センチ程開けた隙間から溢れ出る激臭に、一瞬で涙目になるモンジは鼻を隠す。
アンモニア臭、汚物臭、足くさ臭やらがミックスされ、更に暫く寝かせて発酵させたような、異臭レベルの激臭で、一瞬、意識が持っていかれそうになった。
ヤッベ! 鼻もげる、息ができねぇー! 口で息したら味しそう。 後で腹下すかな?
モンジは鼻と口を手で隠しながら、身に着けている物でマスク代わりになる物を探す。手拭いを忘れた所為です。はい。
着流しの袖……硬そう、却下。
着流しの裾……堅そう、却下。
褌のびろーんとしてる所……ギリオッケー。よしっ、これだ!
って事で、手拭いを忘れたワタクシは、褌のびろーんをマスク代わりに使う事にした。
イヤッ、勘違いしないでよね! イエ姉がいつも洗濯してくれてるから、汚くないからね! と、自分を強く納得させるモンジでした。
びろーんのお陰で多少は匂いの平気になったモンジ。改めて襖から覗き込む、心無しか部屋の中が黄色く見える。奥に行燈の灯りが一個だけ、灯っていた。
けれど、そこに見えたものにモンジは、更に目を疑った! ……象!?
まるで象と見紛うほどの巨大な背中が、行燈の灯りに浮かんでいたんだ。
人間?らしからぬ巨体なソイツは、向こうを向いた状態で、つるっぱげ、背中毛全開で胡座をかいて座っている。
座敷の奥で、眼下に置かれた木のタライから何かを掴み取っては、くちゃくちゃと嫌な音を立てて、何やら貪り食っている。
“ ドォーン!……バララ、パラ ”
「ッブピ!」
爆発音! 悲鳴!? 驚き慌てふためいた様子でソイツは、熊の手程の太い手を使い耳を塞いでいる。
なんだろう? その手は赤黒く、血の色に染まっているようにも見える。
象男が腕を振り上げた拍子に、コイツが食っていたものが飛んきて、ドサッと目の前に落ちた。 ……なんだべコレ。
それを目にした瞬間、顔を顰め瞠目するモンジ。薄闇に見えたアイツの食べ物。それは──。
──子供のものと思しき、小さな白い腕!?
鋭利な刃物で切断されたであろう小さな腕が、肩から先の部位が、畳の上にくの字に転がっていた。
ありがとうございました。




