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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
37/122

激情

 よろしくお願いします。


 間延びした刻の狭間に一閃が閃く。

 煌く刹那の銀線は弧を描く。

 剣筋にそう光りの残滓(ざんし)に、蒼き残像を残した。


 ── ッサン


「……あっ」


 不全より零れ堕ちる吐息。

 繁忠の渾身の一刀は、しじまごと奴の体を真っ二つに切り裂いていた。


 ── 繁忠の十八番は、抜刀術。

 

 懐深くに飛び込んだ繁忠は、強烈な踏み込みと、更に腰を落とし低い体制から、不全のガード下、丹田に向け、鞘走りからの神速の抜刀を見舞っていた。


 “ ドドォ──ン! ドガァ──ン!……”


「……あっ」


 爆音に再び時が動きだす。

 あり得ないと言いたげに不全は瞠目する。

 固まる奴の眼前で繁忠は、屈んだ体をスックと立ちあげた。


「ズル……ドンッ! ブッシャ──ッ!」


 ガードした状態で硬直する不全の上半身は、横へとスライドし、下半身を残したまま畳の上へとズリ落ちる。そして大量の血をぶちまけた。

 溢れる血塗れた臓腑を晒し、上半身だけの不全の体は己が体液、赤黒い鮮血の池へと無言で沈む。


「すぅ───。ふぅ───」


 ここで繁忠は、忘れていた呼吸を思い出す。


 息を整え、未だ立つ下半身を蹴倒すと血振りを一つ。刀身から血を払い、労るよう愛刀を鞘に収めた。


 視界が赤く染まる。

 繁忠は自身の目に指を添えた。

 その指を見た瞬間、眉頭を下げ、目を細め、憮然とした繁忠は、頭上より流れ出た血が視界を遮っている事に気付く。


 更に上唇を上げ繁忠は、不快感を現にすると、おもむろに懐へと手を突っ込み、手拭いを取り出して顔を拭った。

 今更見なりなど気にする事もあるまいてと、彼は頬被りのように手拭いを頭に巻いて止血をした。


 側から見れば頬被りと獣皮を纏っている所為で、これからドジョウでも掬いに行きそうな格好ではあるが、本人は至って真面目で、愉快の欠片も無い。


 ツイッと、奥座敷に視線を送った繁忠は鼻に皺を寄せ逡巡するも、フンッと鼻息一つで要らぬ憶測を払拭。ズカズカと、閉め切られた襖へと近づいて行った。


 ──この奥には、全ての元凶である厳伍が潜んでいるはず。もう一戦、構える覚悟は出来ている。


 この落とし前だけは取って頂かねばと、厳伍の(しるし)を貰うべく繁忠は、躊躇なく襖を開けた。


 ゆるい行燈の灯りに、金箔で飾られた壁が、天井が、眩く黄金色を反射する。


 一目で見渡せる部屋の中でもとより、ここに居るはずの厳伍の姿が見当たらない。


 もう一度、座敷の中に視線を走らせる。

 調度品と言える物が何も無い部屋。真新しい畳の上に、布団が一組あるだけ。煌びやかな刺繍を施された布団ではあるが、それだけだった。


 ……いや、待てよ。影になって見づらいが、床の間に飾られた掛け軸に違和感を感じる。


 繁忠は駆け寄り掛け軸を捲ると、やはり! 裏にはポッカリと隠し通路が伸びていた。


「フンッ。小物の癖に、逃げ足だけは天下一品よの」


 瞼を下げ、含み笑みを作る繁忠は「フフッ」と自傷気味に笑う。

 さきほどの不全との果し合いでの、自身の未熟さを含め自笑した訳だが、繁忠の表情は険しいままだ。


「……綿姫様でも迎えに行こうかの」


 そう言葉を零した繁忠は、愛刀に手を置き、爪先を出口へと向けた。


「モンジ……。死ぬなよ」


 らしく無い漏れ出た言葉に相好を崩した繁忠は──いつもの、厳つい岩を張り付けたような、武骨な顔に戻っていた。



♢♦︎♢♦︎♢♦︎



 “ キンッ! カンッキン! ッキ、キン! ッカン!…… ”


 板張りの狭い通路に剣戟の音が響き渡る。

 終始薄ら笑いの鎧武者、宗石と、太眉を吊り上げ口を真一文字に結んだ土門は、一進一退の攻防を繰り広げていた。


 狭い空間故に、長物の土門の攻撃は突きが主体となる。極めて単調なものではあるが、奮戦していた。

 これを有利と見なし宗石は、土門からの攻撃を両手持ちの太刀で難無く居なし、弾き、隙あらばと懐に飛び込んで行った。正味、宗石の攻撃に土門は、若干押され気味であった。


「はは、こう言っちゃあなんですがね、弓も剣も手を抜いた事が無いんで。俺、そこそこ強いですよ」


 ニヤケ顔で余裕しゃくしゃくの宗石に対し、単調な攻撃しか出せない土門は、額に汗を滲ませている。


「けどね! どちらかと言えば、剣術の方が得意ですけど──ねっ!」


 土門の繰り出した突きを、踏み出した利き足と勢いで太刀を振るい、此れを弾いた宗石は、すかさず土門の懐に飛び込む。


 左に弾かれた大槍で胴がガラ空きになった土門。ここぞとばかりに宗石が踏み込み切迫、黒の弾丸となって間合いを喰らう。


 大槍は横壁に突き刺さる。瞬時に槍を手放し、土門は両腕でガードッ。


 次の瞬間、刺突で突っ込んで来た宗石の剣先が、土門の利き腕である右腕を貫いていたッ!


 心臓を狙った宗石の刺突は、刀を半分ほど土門の腕にめり込ませ、胸元でカツンと硬い物に当たり、止まった。


 土門の胸元にあった物、それは──。


 愛娘シロの宝物が詰まった巾着袋であった。

 土門の首からは、それがぶら下がっている。

 その巾着袋には、クロエとシロが河原で拾った七色に光る綺麗な石が入っていた。


 ──それが砕けた、砕け散ったッ!


 想い出の品が砕ける感触に、土門の顔も見る見る憤怒の表情へと変わって行く。


「っむん!」


 全身に力を込めた土門。

 特に両腕が筋肉により膨張し、倍程も膨れ上がっている。

 拳を強く握り締め、岩と見紛うほどの左拳を眼前に晒して土門は、やわら後ろへと大きく振りかぶった。


 驚愕を晒して宗石は、表情を凍り付かせる。

 薄ら笑いから一変、焦りだすと、土門の右腕を貫いた刀を抜こうと力を込めるも……全くもって抜け無い!

 岩と同化されたが如くビクともしない刀に、焦りから驚愕の表情へと変えていた。


 血走る両目、宗石の頬に冷や汗が伝う。そこに──。


「っむぅん!」


 剛拳が出張るッ! 大気を押し除け振り抜かれた土門の左ストレートが、宗石の顔面に炸裂した!!


「ヘブッ!?」


 大岩で思いっきり殴られた衝撃然で宗石の体は、軽々と後ろへと吹き飛ばされていた。


 柱に激突し崩れ落ちる宗石に、右腕に刺さった刀を抜き去り放り投げた土門は、のしのしと近づいていく。

 右腕から滴る血も全く気にせず土門は、宗石の前で仁王立つ。

 

 土門の立ち姿はまるで、人などひと薙で屠れるほどの、正真正銘の巨大熊の威圧を湛えていた。


「かっはっ! ……クッ……クソッ、いっそ、一思いに殺せばいいだろっ!……俺はあんたらの大事なモンを奪った張本人だ!!」 土門の眉がピクリと跳ねた。


「むんっ!」

 

 容赦の無い前蹴りが、宗石の胴丸に突き刺さる。


 っがぁ! 柱を背に息と胃液を大量に吐き出した宗石は、見るも無様に転がる。それに比べ、見下ろす土門の姿はどこか物悲しい。

 虫の息で横たわる宗石の胴丸には、中央が陥没してヒビが入っていた。


 逆光の所為で表情の見えない土門、顔面が影で覆われたその口が開いた。


「宗石。……お前は何がしたいんだ」


 前回と全く同じ質問だった。

 宗石は痛みの余り(うずくま)った姿勢のまま頭を持ち上げ、土門を睨み返す。

 散り散りになった怨嗟を必死に掻き集め、己に発破をかけていた。


「クソッ! ……俺は、山中家を背負って立つ男なんだ! 生半可に家を継いだ訳じゃないっ! 一度没落したからなんだ、俺が、俺が立て直してやる。お前になんぞにこの気持ちが解るものか!!  …がっはっ」


 激情の吐露に、土門は静かに次の言葉を待つ。宗石の本心……本音が知りたいのだと。


 みるみる宗石の顔つきが変わってゆく。見開いた目に精気が戻り、その表情も精悍になる。悪意を増幅させていた。


「お前に解るものか……。辛酸を舐め、泥水を啜って、それでもお家再興の為と、誇りすら捨てて。心を殺し、俺は此処まで来たんだ! お前如きに解るものか!」


 火を飲み込んだが如く、声を加熱させる宗石の激情。鬼の形相で震える足を叩いて宗石は、その場で強引にそそり立つ。


「生まれて此の方ずっと頑張ってきたんだ! 一族の悲願背負って、必死に生きて来たんだ! お前如きにわかるか、分かってたまるかぁぁぁぁ!!」


 憎悪を燃やした目で、拳を振り上げ、宗石は走り出していた。自分は正しいのだと、間違っていないのだと、自らの生き様を正当化させようと宗石は、血反吐を吐きながらも雄叫びを上げる。


「おおおおおぉぉおおぉぉぉぉ!!」


 ッバキ! 憤りのまま振り抜いた拳は土門の顔面に直撃、彼の口端から血を伝わせた。


 振り抜いた拳で勢い余り、バランスを崩した宗石はフラつく。

 バッゴッ! そこを土門の強烈な右フックを左頬に食らい、血を盛大に飛散させる。

 殴られた勢いで一瞬、体を浮かした宗石ではあったが、それでも右足で何とか踏ん張り、右フックで土門の脇腹を抉る。

 手応えありと思った瞬間に頭上より、土門の大岩の如き両拳が背中に落ちてきた。


 ッガッア! 堪らず背中を海老反り、目を剥いて口を大きく開いた。

 解っていた。肉弾戦では土門の方が、二枚も三枚も上をいっている事を。敵いっこない事を。

 視線が落ちる。足元を見つめ宗石は、破裂した水風船のように大量の血反吐を、床板に吐き散らした。


「カッ! ……ック、クソッ!」

 意地でも倒れまいと、頭を下げ、体をくの字に曲げながらも宗石は、両足に力を込め立ち続ける。


 彼は、気骨の体現して見せた。


 猛る宗石を前に、ふっと、笑みを洩らして土門は、瞑目する。


 ──やっと聞こえて来たんだ、こいつの悲鳴が。泣き叫ぶ、心の声が。


「……それで、お前は幸せなのか?」


 ふわり、つむじに落とされた大人しやかな土門の語り。


 !?……。宗石の表情は強張る。殺し合いの合間に出る台詞では無いと。


「ハァ、ハァ、ハァ……お前は何を言って──」


 両手を膝に置き、倒れまいと耐えている宗石。そこに綿毛のような柔らかい言葉が重なる。


「お前の幸せは、どこにあるんだ?」

 

 両膝に置いた手に力が入るッ。膝を砕きそうな程に食い込む指ッ。

 頭に血が昇る、馬鹿馬鹿しいと反論しようとした、その瞬間。


「宗石。お前は自由なんだぞ……。もっと肩の力を抜け」


「あっ……」


 諭すような土門のやわい言葉に、爪先を見つめる宗石の時間(とき)が止まる。


「ぁっ……」


 琴線に触れたこの言葉。かつて聴いた事があるこの台詞に、心の奥底に仕舞っていた記憶が次いぞ蘇る。


 まだ、擦り切れる以前の自分。

 幼き頃の、幸せを肌で感じていたあの頃の自分に。宗石の記憶は戻って行った。



 

 ありがとうございました。

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