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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
36/122

女子はエゲツない

 よろしくお願いします。


 火の海、地獄の入り口へと身を投じた少女。

 受け身を取り、前転をしながらコロコロと炎の中を転がり続ける。

 やがて壁にシコたまぶつかり、ぶつけた箇所、頭頂部を摩りながら、片膝、涙目で後ろを振り返る。

 幸い、転がった先は安全地帯で、火の手はまだ届いていない。


「いてて……。火事故に、家事場?」


 炊事場を目にした少女は、自分のつまらない冗談に苦笑いした。

 燃えやすい、油や薪や麻袋といった諸々が分断に保存してある炊事場。そこを爆破され引火し大火事となった、分かり易い大惨事であった。


 熱と煙で視界が悪い。細い袖で鼻と口を塞ぎ、彼女は呼吸器官を守る。


 近くに扉がある事に気づいた少女。身を低くし壁伝いに扉に近付き、恐る恐る引き手に手を掛けた。


 音を立てず慎重に扉を開け、片目だけを覗かせ、通路の様子を伺う。

 少しだけ開いた扉の奥、少女の後ろには、ほぼほぼ火に飲まれた炊事場が見て取れる。

 

 “ ドガァーーン、ドォーン……。わぁーー!……バタバタ、タ、タ、タ……。ドォーン……パラパラ。……バタン、バタン、タタタタ……バタバタバタ…… ”


 爆音そして、慌てふためき走り回っている鎧武者等の足音が聞こえる。


 モモは扉の隙間からスルッと身を乗り出し、目の前にあった柱の影に隠れた。

 そして、スンスン鼻を鳴らし綿姫の匂いを探る。


 きな臭い匂い、自分の髪の焼けた匂い、木の焼ける匂い、鎧武者等から感じる据えた匂い、鉄、血の匂い、埃の匂い……あの少年、モンジと呼ばれていた人の匂い。──煙で鼻の奥が、ツーンと痛くなって来た。


「ダメです。爆弾の匂いと火事の煙の所為で、モモの鼻が効かないです」


 鼻の痛みに目を潤ませ、モモが小声でボヤく。嗅覚に自信があるモモは、綿姫様を見つけられず、その場でガックリと肩を落とした。


「とりあえずで、あの子と合流でしょうか。綿姫様の所在が判るかもですし……」


 柱の影で独り言を呟きモモは、上り階段を探べく、柱からチョットだけ顔を出した。

 

 敵を警戒する小動物のように、チョコチョコと首を振る。城の正面出入り口のチョイ後ろ側に、少し見え辛い位置ではあるが、階段らしき物を発見した。


 城の出入り口では、鎧武者等が我先に逃げ出そうとするもんだから押し合いへし合い、すし詰め状態になっている。


「おバカな奴等……」心の声が漏れる。


 城の構造一階部分は、中央に四部屋と、その周りを廊下で囲んでいて、炊事場だけが外に飛び出した造りとなっている。

 このまま正面入り口に向かえば近道だが、兵共に見つかるのは必須。ならばと、周り込む事で見つからずに階段まで辿り着けるだろうと、迷わず安全策を選択した。


 フンスッ!と自らに気合い込め、両腕を顔に巻き、煙を防ぐ格好でモモは。

 「綿姫さま……」と、ほんの少しだけ溢れる想いを零し、移動を開始した。



 壁伝いに忍び足で進むモモ。途中、地下への階段を見つけるが今はスルー。次の角を曲がれば上り階段が見えてくるはずだ。


 モモは通路の角に身を隠しながら、その先を確認。階段の奥、正面出入り口に浮き足立つ鎧武者等の背中が見える。しかも、やかましい。彼女にとっては、好機である。


 再度忍び足で階段下、影になっている部分に身を潜ませ隠れた。


 耳を澄ましモモは、身を小さくする。

 ダンダンダンダンッ!と頭上より階段を降りる音に、息を殺しひたすら待ちの姿勢をとる。

 続いて階段を降りる足音は、あと二人ほど。モモは気配を消して、ただジッとその時を待つ。

 続く二人が降りたあと、上の階の音が止まった。 多分、誰もいないはず。


 今しかないッ!


 モモは階段下より身を乗り出し、一気に階段を駆け上がった。

 登り切った先に柱が見える。柱の影に身を隠そうと、階段より身を躍り出した瞬間。

 

 あっ! 小さく声が溢れた。


 急に首根っこを掴まれ肝を潰した。

 階段手摺りの影、そこから現れたのは鎧武者に、ガッチリと裏襟を掴まれた。


 首吊り状態の彼女。

 虚をつかれ凍結する少女を、まるで犬ッコロでも引っ張るよう雑に引き寄せた鎧武者は、空いた腕で直ぐ様少女の首を締め上げた。


「……お前、あの時の小娘だな」


 密着し、耳元で囁かれた声に、彼女の時が止まる。


 顔の横から放たれたこの声!? この声は知っている。モモが砦から抜け出した時に、追いかけて来た鎧武者の一人だ! 間違いないッ!!


 強引に時を動かし、すかさず腕に仕込んだ棒手裏剣を取ろうと手を伸ばすモモ。しかし腕ごと掴まれ、鎧武者の極め技に、成す術を無くす。

 最悪はこれだけに止まらず、自らの腕で首を締め上げる形となってしまった。

 

「んん〜、……ん〜、んんんっ、ん〜〜……」


 暫くの間、身を捩り足をバタバタとさせてもがくモモではあったが、やがて体から力が抜け、グッタリとしてしまった。


「手間かけさせやがって! ……だがこれで、厳伍様からタンマリ褒美が貰えるかもだな。グフフ」


 棚ぼたならぬ絵に描いた餅に歓喜して、鎧武者の手が、ほんの僅かだが緩んだ。


 カッ! と、満おじしてモモの両目が開いた。


 すかさず鎧武者の両腿に足裏を乗せると、極められた首を軸に一気に天井へと飛び上がった。

 そして天井を蹴り付け、体を一回転させたモモは鎧武者の背後に降り立つ。


 隙をつかれた鎧武者は足を浮かせ、モモの軽業からの反撃になす全ても無く、背中からしこたま床に叩きつけられていた。


「ッガッ!」


 早技、軽業、一瞬で、床に大の字にされた鎧武者は呆気に取られている。

 それをゾッとしない表情で見下ろすモモ。


 視界が遮られる。鎧武者の眼前には少女の汚れた足底だけが映る。


「や・め・ろ……」


 悲鳴にも似た声が虚しく響いた。

 躊躇などあり得ない。モモは振り上げていた足を、容赦なく鎧武者の顔面に──叩き落としたッ!


「ッンガ!!」


 鼻っ面に踵から落とした足で、奴の面具が割れる。剥き出しになった鼻から、血が吹きだす。モモの足裏には、軟骨を割った感触が伝わる。


 足を顔面に残したまま、ニィと笑みを見せる少女。

 やおら、血塗れの汚顔を踏み台に、ヒラリと宙を舞った。

 華麗に舞うモモは空中で一回転。

 鎧武者の体を飛び越え、開いた足の付け根、股間へと踵から──舞い落ちたッ。


「グチュ。ッピューー!」


 笛のような悲叫をあげて、顔面血塗れの鎧武者は泡を吹いて気絶してしまった。

 彼女の足裏に柘榴(ざくろ)を踏み潰したような感触が残った。


「フンッ! 肩に受けた矢のお返し。命だけは取らないであげる」


 冷ややかな目でこう吐き捨てるとモモは、直ぐさま柱の影へと身を隠す。


「スンスン……。もう一個上の階ですね。モンジって子の匂いが、微かにしますね」


 何事も無かったように呟く少女は、顔をしかめる。

 煙が階段を煙突代わりに昇る様に危惧して、急ぎ柱から身を乗り出した。

 その煙る、霞がかる二階から、目の前にある階段に飛び移った少女は、跳ねるよう階段を駆け上がっていった。



♦︎♢♦︎♢♦︎♢



「ウフフフッ。受けているだけじゃあ、ジリ貧になるわよ〜」


 厳伍のプライベートルームにて、長い腕で器用にもムチの如く長刀を扱う不全が、不敵に笑う。

 吠え面をかかそうと不全は、これ見よがしに余裕の笑みを浮かべて、繁忠を挑発している。


 ──理由は単純、痛ぶるのが大好きだから。


 ルーム内では不全を中心にして左右の壁には、無数の切り傷、抉り取られた後が出来ている。しかしこれも単純な事だった、不全の振るう長刀の切り傷だった。


 奴は、ルーム内一杯を剣線で隙間なく、埋め尽くしている。

 上下左右斜めにと、縦横無尽に迫る高速の刃は、青眼に構える繁忠に容赦無く襲いかかる。

 不全からのお喋りにオール無視を決め込む繁忠は、此れを愛刀一本で冷静に捌いていた。


 愛刀『鴉斬り丸』。繁忠の元服祝いにハト爺が打ってくれた一振りだ。

 太刀より僅かに小振りの打刀拵(うちがたなこしらえ)、先反りの一刀である。

 波模様の波紋が美しい乱れ刃で、繁忠のお気に入りの一振りでもあった。勿論のこと、脇差も大小拵(だいしょうこしらえ)の一振りを腰に挿している。

 

 愛刀を使い、最小の動きだけで繁忠は、不全の予測不能の斬撃に対応していた。


 不全は喜び勇む。

 目前にいる久々の強敵に、耳まで口を裂いて笑みを作り出す。


「たのしい〜〜。たのしいぃわぁ〜〜」


 長く筋肉質な腕で不全は、ムチのように長刀しならせ、力任せに振り回している。

 戦法も駆け引きもあったもんじゃない。明解な殺意、蹂躙せんが為だけに、あらゆる角度の剣筋を繰り出していた。


 ──奴の剣は、狂人故の殺人剣である。


 繁忠は呼吸を整え始める。

 相手の肩の動き、筋肉の動きを読んで、不規則かつ高速の二刀の連撃を捌いていく。


 “ ッキン! カキンッ! キ、キンッ! ッカッキン! …… ”


 火花が飛び散る。

 閉ざされた空間に、甲高い金属音が鳴り響く。繁忠の体に細かな切り傷が無数に増えて行く。


「もう〜、つまらないわねぇ、あなた。男ならヤンチャに斬り掛かって来なさいよぉ〜」


 防戦一方の繁忠。

 これに痺れを切らし、奴がほざいてきた台詞である。眉一つ動かさず、繁忠は一貫して無言を貫く。阿呆の相手は無駄だとばかりに。


 しかし、冗談抜きで、空間的にも間合い的にも一縷の隙の無い奴の高速連撃に、侮れない節は多分にある。

 奴の型に嵌まらぬ剣技は、所謂我流、天才肌の技であろう。

 それとは対局にワシの剣技は、基本に忠実な型に拘る道場剣術。まさに水と油の対決である。


 ──笑止。剣術とは、基本が全てである。


 揺るぎない信念で繁忠は、愛刀『鴉斬り丸』を駆使し一撃、一撃を着実に捌き、いなし、弾き、そして静かに呼吸を整えていく。


「もうっ! 本気の本気出しちゃう!」


 受け身の繁忠に、我慢の限界とばかりに不全が我鳴る。ふっ、と表情を消した不全。袖口から『何か』を放った。

 連撃に合わせ、飛来する『何か』が繁忠に迫る。


「── キンッ!」


 瞬時に片手で脇差を抜いた繁忠は間一髪、飛来物を弾く。


「ん、もう!」


 憤然とした奴は、蹴りまで織り交ぜてきた!

 片足を上げ何とか躱すも、連撃の手数が多少減る代わりに、投擲と下方よりの蹴りが加わっていた。

 

 防戦範囲が否応なく広がる。繁忠の額に汗が伝う。連撃に併せての投擲に肝を冷やし、あまつさえ死角より放たれた蹴りに、反応が遅れそうになる。


「……ふふ」


 ここで初めて繁忠が相好を崩した。


 こと、剣の才覚で言えば、おヌシの方が上なのであろう。認めざる事に過ぎん。

 しかしだ、駆け引きとならばワシとて、貴様に遅れをとらん筈。


 繁忠は不全の猛攻に食らいつく──ただ一瞬、刹那の瞬間を待ち侘びて。


 ” ッカカン! キンッ! ガッ! カンッキン! キンキン! ……”


 いつ終わるとも知れない不全の同時攻撃。

 ジリジリと後退する繁忠は、薄皮を幾重も斬り裂かれていく。鳴り止まぬ爆音は、城外での援護を如実に語っていた。


「……すぅ──。ふぅ──。……すぅ──。ふぅ──。……すぅ──。ふぅ──。……──」


 血濡れた体とは裏腹に、次第に呼吸が整い、心が透明になって行く。無我の境地『空』に近付いてゆく。


 視界が開き視野が広がる──相手を見るとも無く見やる──全ての攻撃を捌きつつ、ひたすらに時を待つ──風の無い凪いだ海の如く、心を静かに、ただその時を待つ。


 不全の連撃に、些細な綻びが生じて来た。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……頑固ね、あなた。頑固を通り越して石像みたい。うふふっ、好きになりそう。はぁ、はぁ、……だから逝く前にあなたに教えてあげる。……あたし、今まで負けた事が無いの」


 手数の多い不全の、息が荒れ始めてきた。繁忠の狙いがピタリと嵌る。


 ── 大技を仕掛ける瞬間が、最大の隙を生じさせる。


 不全は投擲した棒手裏剣を残し、半歩後ろに身を引いて、両腕を腰に貯める。 


 大技の予兆──刻は来せりッ!!


 刹那、脇差を放り頭を下に、前傾姿勢で一気に間合い飛び込む繁忠ッ! 軸足での強烈な踏み込みで畳が抉れた。


 更に頭を落とし、瞬時に刀を納刀。左手で鞘を、利き手で『鴉斬り丸』を握り締め一気に加速するッ。


 顔を狙った棒手裏剣は、繁忠の頭皮を削り抜けて行った。ギ、ギッ、強く握り締めた刀身から悲鳴が聴こえる。


「きえぇぇぇぇぇぇーー!」繁忠、咆哮一声!!


 瞬間、危険を察知した不全は大技キャンセルで、大太刀を合わせ瞬時にガード体制。


 ── 遅すぎる。


 繁忠は間髪入れずに鞘を握る左手で鯉口を切った。ダンッ、踏み込む利き足で足裏が陥没する。


「きえええええええええええええええええッ!!」


 肉薄した状態から繁忠は、奴目掛けて渾身の一撃を放っていた。


 

 ありがとうございました。

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