女子はエゲツない
よろしくお願いします。
火の海、地獄の入り口へと身を投じた少女。
受け身を取り、前転をしながらコロコロと炎の中を転がり続ける。
やがて壁にシコたまぶつかり、ぶつけた箇所、頭頂部を摩りながら、片膝、涙目で後ろを振り返る。
幸い、転がった先は安全地帯で、火の手はまだ届いていない。
「いてて……。火事故に、家事場?」
炊事場を目にした少女は、自分のつまらない冗談に苦笑いした。
燃えやすい、油や薪や麻袋といった諸々が分断に保存してある炊事場。そこを爆破され引火し大火事となった、分かり易い大惨事であった。
熱と煙で視界が悪い。細い袖で鼻と口を塞ぎ、彼女は呼吸器官を守る。
近くに扉がある事に気づいた少女。身を低くし壁伝いに扉に近付き、恐る恐る引き手に手を掛けた。
音を立てず慎重に扉を開け、片目だけを覗かせ、通路の様子を伺う。
少しだけ開いた扉の奥、少女の後ろには、ほぼほぼ火に飲まれた炊事場が見て取れる。
“ ドガァーーン、ドォーン……。わぁーー!……バタバタ、タ、タ、タ……。ドォーン……パラパラ。……バタン、バタン、タタタタ……バタバタバタ…… ”
爆音そして、慌てふためき走り回っている鎧武者等の足音が聞こえる。
モモは扉の隙間からスルッと身を乗り出し、目の前にあった柱の影に隠れた。
そして、スンスン鼻を鳴らし綿姫の匂いを探る。
きな臭い匂い、自分の髪の焼けた匂い、木の焼ける匂い、鎧武者等から感じる据えた匂い、鉄、血の匂い、埃の匂い……あの少年、モンジと呼ばれていた人の匂い。──煙で鼻の奥が、ツーンと痛くなって来た。
「ダメです。爆弾の匂いと火事の煙の所為で、モモの鼻が効かないです」
鼻の痛みに目を潤ませ、モモが小声でボヤく。嗅覚に自信があるモモは、綿姫様を見つけられず、その場でガックリと肩を落とした。
「とりあえずで、あの子と合流でしょうか。綿姫様の所在が判るかもですし……」
柱の影で独り言を呟きモモは、上り階段を探べく、柱からチョットだけ顔を出した。
敵を警戒する小動物のように、チョコチョコと首を振る。城の正面出入り口のチョイ後ろ側に、少し見え辛い位置ではあるが、階段らしき物を発見した。
城の出入り口では、鎧武者等が我先に逃げ出そうとするもんだから押し合いへし合い、すし詰め状態になっている。
「おバカな奴等……」心の声が漏れる。
城の構造一階部分は、中央に四部屋と、その周りを廊下で囲んでいて、炊事場だけが外に飛び出した造りとなっている。
このまま正面入り口に向かえば近道だが、兵共に見つかるのは必須。ならばと、周り込む事で見つからずに階段まで辿り着けるだろうと、迷わず安全策を選択した。
フンスッ!と自らに気合い込め、両腕を顔に巻き、煙を防ぐ格好でモモは。
「綿姫さま……」と、ほんの少しだけ溢れる想いを零し、移動を開始した。
壁伝いに忍び足で進むモモ。途中、地下への階段を見つけるが今はスルー。次の角を曲がれば上り階段が見えてくるはずだ。
モモは通路の角に身を隠しながら、その先を確認。階段の奥、正面出入り口に浮き足立つ鎧武者等の背中が見える。しかも、やかましい。彼女にとっては、好機である。
再度忍び足で階段下、影になっている部分に身を潜ませ隠れた。
耳を澄ましモモは、身を小さくする。
ダンダンダンダンッ!と頭上より階段を降りる音に、息を殺しひたすら待ちの姿勢をとる。
続いて階段を降りる足音は、あと二人ほど。モモは気配を消して、ただジッとその時を待つ。
続く二人が降りたあと、上の階の音が止まった。 多分、誰もいないはず。
今しかないッ!
モモは階段下より身を乗り出し、一気に階段を駆け上がった。
登り切った先に柱が見える。柱の影に身を隠そうと、階段より身を躍り出した瞬間。
あっ! 小さく声が溢れた。
急に首根っこを掴まれ肝を潰した。
階段手摺りの影、そこから現れたのは鎧武者に、ガッチリと裏襟を掴まれた。
首吊り状態の彼女。
虚をつかれ凍結する少女を、まるで犬ッコロでも引っ張るよう雑に引き寄せた鎧武者は、空いた腕で直ぐ様少女の首を締め上げた。
「……お前、あの時の小娘だな」
密着し、耳元で囁かれた声に、彼女の時が止まる。
顔の横から放たれたこの声!? この声は知っている。モモが砦から抜け出した時に、追いかけて来た鎧武者の一人だ! 間違いないッ!!
強引に時を動かし、すかさず腕に仕込んだ棒手裏剣を取ろうと手を伸ばすモモ。しかし腕ごと掴まれ、鎧武者の極め技に、成す術を無くす。
最悪はこれだけに止まらず、自らの腕で首を締め上げる形となってしまった。
「んん〜、……ん〜、んんんっ、ん〜〜……」
暫くの間、身を捩り足をバタバタとさせてもがくモモではあったが、やがて体から力が抜け、グッタリとしてしまった。
「手間かけさせやがって! ……だがこれで、厳伍様からタンマリ褒美が貰えるかもだな。グフフ」
棚ぼたならぬ絵に描いた餅に歓喜して、鎧武者の手が、ほんの僅かだが緩んだ。
カッ! と、満おじしてモモの両目が開いた。
すかさず鎧武者の両腿に足裏を乗せると、極められた首を軸に一気に天井へと飛び上がった。
そして天井を蹴り付け、体を一回転させたモモは鎧武者の背後に降り立つ。
隙をつかれた鎧武者は足を浮かせ、モモの軽業からの反撃になす全ても無く、背中からしこたま床に叩きつけられていた。
「ッガッ!」
早技、軽業、一瞬で、床に大の字にされた鎧武者は呆気に取られている。
それをゾッとしない表情で見下ろすモモ。
視界が遮られる。鎧武者の眼前には少女の汚れた足底だけが映る。
「や・め・ろ……」
悲鳴にも似た声が虚しく響いた。
躊躇などあり得ない。モモは振り上げていた足を、容赦なく鎧武者の顔面に──叩き落としたッ!
「ッンガ!!」
鼻っ面に踵から落とした足で、奴の面具が割れる。剥き出しになった鼻から、血が吹きだす。モモの足裏には、軟骨を割った感触が伝わる。
足を顔面に残したまま、ニィと笑みを見せる少女。
やおら、血塗れの汚顔を踏み台に、ヒラリと宙を舞った。
華麗に舞うモモは空中で一回転。
鎧武者の体を飛び越え、開いた足の付け根、股間へと踵から──舞い落ちたッ。
「グチュ。ッピューー!」
笛のような悲叫をあげて、顔面血塗れの鎧武者は泡を吹いて気絶してしまった。
彼女の足裏に柘榴を踏み潰したような感触が残った。
「フンッ! 肩に受けた矢のお返し。命だけは取らないであげる」
冷ややかな目でこう吐き捨てるとモモは、直ぐさま柱の影へと身を隠す。
「スンスン……。もう一個上の階ですね。モンジって子の匂いが、微かにしますね」
何事も無かったように呟く少女は、顔をしかめる。
煙が階段を煙突代わりに昇る様に危惧して、急ぎ柱から身を乗り出した。
その煙る、霞がかる二階から、目の前にある階段に飛び移った少女は、跳ねるよう階段を駆け上がっていった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「ウフフフッ。受けているだけじゃあ、ジリ貧になるわよ〜」
厳伍のプライベートルームにて、長い腕で器用にもムチの如く長刀を扱う不全が、不敵に笑う。
吠え面をかかそうと不全は、これ見よがしに余裕の笑みを浮かべて、繁忠を挑発している。
──理由は単純、痛ぶるのが大好きだから。
ルーム内では不全を中心にして左右の壁には、無数の切り傷、抉り取られた後が出来ている。しかしこれも単純な事だった、不全の振るう長刀の切り傷だった。
奴は、ルーム内一杯を剣線で隙間なく、埋め尽くしている。
上下左右斜めにと、縦横無尽に迫る高速の刃は、青眼に構える繁忠に容赦無く襲いかかる。
不全からのお喋りにオール無視を決め込む繁忠は、此れを愛刀一本で冷静に捌いていた。
愛刀『鴉斬り丸』。繁忠の元服祝いにハト爺が打ってくれた一振りだ。
太刀より僅かに小振りの打刀拵、先反りの一刀である。
波模様の波紋が美しい乱れ刃で、繁忠のお気に入りの一振りでもあった。勿論のこと、脇差も大小拵の一振りを腰に挿している。
愛刀を使い、最小の動きだけで繁忠は、不全の予測不能の斬撃に対応していた。
不全は喜び勇む。
目前にいる久々の強敵に、耳まで口を裂いて笑みを作り出す。
「たのしい〜〜。たのしいぃわぁ〜〜」
長く筋肉質な腕で不全は、ムチのように長刀しならせ、力任せに振り回している。
戦法も駆け引きもあったもんじゃない。明解な殺意、蹂躙せんが為だけに、あらゆる角度の剣筋を繰り出していた。
──奴の剣は、狂人故の殺人剣である。
繁忠は呼吸を整え始める。
相手の肩の動き、筋肉の動きを読んで、不規則かつ高速の二刀の連撃を捌いていく。
“ ッキン! カキンッ! キ、キンッ! ッカッキン! …… ”
火花が飛び散る。
閉ざされた空間に、甲高い金属音が鳴り響く。繁忠の体に細かな切り傷が無数に増えて行く。
「もう〜、つまらないわねぇ、あなた。男ならヤンチャに斬り掛かって来なさいよぉ〜」
防戦一方の繁忠。
これに痺れを切らし、奴がほざいてきた台詞である。眉一つ動かさず、繁忠は一貫して無言を貫く。阿呆の相手は無駄だとばかりに。
しかし、冗談抜きで、空間的にも間合い的にも一縷の隙の無い奴の高速連撃に、侮れない節は多分にある。
奴の型に嵌まらぬ剣技は、所謂我流、天才肌の技であろう。
それとは対局にワシの剣技は、基本に忠実な型に拘る道場剣術。まさに水と油の対決である。
──笑止。剣術とは、基本が全てである。
揺るぎない信念で繁忠は、愛刀『鴉斬り丸』を駆使し一撃、一撃を着実に捌き、いなし、弾き、そして静かに呼吸を整えていく。
「もうっ! 本気の本気出しちゃう!」
受け身の繁忠に、我慢の限界とばかりに不全が我鳴る。ふっ、と表情を消した不全。袖口から『何か』を放った。
連撃に合わせ、飛来する『何か』が繁忠に迫る。
「── キンッ!」
瞬時に片手で脇差を抜いた繁忠は間一髪、飛来物を弾く。
「ん、もう!」
憤然とした奴は、蹴りまで織り交ぜてきた!
片足を上げ何とか躱すも、連撃の手数が多少減る代わりに、投擲と下方よりの蹴りが加わっていた。
防戦範囲が否応なく広がる。繁忠の額に汗が伝う。連撃に併せての投擲に肝を冷やし、あまつさえ死角より放たれた蹴りに、反応が遅れそうになる。
「……ふふ」
ここで初めて繁忠が相好を崩した。
こと、剣の才覚で言えば、おヌシの方が上なのであろう。認めざる事に過ぎん。
しかしだ、駆け引きとならばワシとて、貴様に遅れをとらん筈。
繁忠は不全の猛攻に食らいつく──ただ一瞬、刹那の瞬間を待ち侘びて。
” ッカカン! キンッ! ガッ! カンッキン! キンキン! ……”
いつ終わるとも知れない不全の同時攻撃。
ジリジリと後退する繁忠は、薄皮を幾重も斬り裂かれていく。鳴り止まぬ爆音は、城外での援護を如実に語っていた。
「……すぅ──。ふぅ──。……すぅ──。ふぅ──。……すぅ──。ふぅ──。……──」
血濡れた体とは裏腹に、次第に呼吸が整い、心が透明になって行く。無我の境地『空』に近付いてゆく。
視界が開き視野が広がる──相手を見るとも無く見やる──全ての攻撃を捌きつつ、ひたすらに時を待つ──風の無い凪いだ海の如く、心を静かに、ただその時を待つ。
不全の連撃に、些細な綻びが生じて来た。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……頑固ね、あなた。頑固を通り越して石像みたい。うふふっ、好きになりそう。はぁ、はぁ、……だから逝く前にあなたに教えてあげる。……あたし、今まで負けた事が無いの」
手数の多い不全の、息が荒れ始めてきた。繁忠の狙いがピタリと嵌る。
── 大技を仕掛ける瞬間が、最大の隙を生じさせる。
不全は投擲した棒手裏剣を残し、半歩後ろに身を引いて、両腕を腰に貯める。
大技の予兆──刻は来せりッ!!
刹那、脇差を放り頭を下に、前傾姿勢で一気に間合い飛び込む繁忠ッ! 軸足での強烈な踏み込みで畳が抉れた。
更に頭を落とし、瞬時に刀を納刀。左手で鞘を、利き手で『鴉斬り丸』を握り締め一気に加速するッ。
顔を狙った棒手裏剣は、繁忠の頭皮を削り抜けて行った。ギ、ギッ、強く握り締めた刀身から悲鳴が聴こえる。
「きえぇぇぇぇぇぇーー!」繁忠、咆哮一声!!
瞬間、危険を察知した不全は大技キャンセルで、大太刀を合わせ瞬時にガード体制。
── 遅すぎる。
繁忠は間髪入れずに鞘を握る左手で鯉口を切った。ダンッ、踏み込む利き足で足裏が陥没する。
「きえええええええええええええええええッ!!」
肉薄した状態から繁忠は、奴目掛けて渾身の一撃を放っていた。
ありがとうございました。




