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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
35/122

因縁の相手

 よろしくお願いします。


 城内。

 板張りの廊下に勢いよく飛び出たモンジ。流れ出た鼻血をからし色の袖で無造作に拭うと、身を屈め、慎重に歩を進めて耳を側立てた。


 この階に人影は無いが、下の階より聞こえてくる、慌てふためくような叫声や怒号に、モンジの硬くなっていた顔が少しだけ和らいだ。


 作戦は上手くいっていると確信したからに、他ならない。


 ィヨシッ! 順調に事が進んでいる! あとは綿姫様を探して、連れ出すだけだ!!


 しらみ潰し作戦の開始である。モンジは、下階段の手摺りを掴む。と、そこに──。


 暗闇から飛び出した人影! 閃く銀線が続く。


 “ ッガン! ”


 反射で挙げた義手で間一髪、これを弾いた。


 弾いた勢いでバランスを崩したモンジに、返す刀で横薙ぎの一刀が迫るッ。


 目を剥くモンジは、咄嗟に廊下に身を投げ、這いつくばることで何とか回避。カサカサと廊下を這いずり奴との距離を取った。 あっぶねぇー! 俺の反射神経、マジ神がかってたッ。


 四つん這いで冷や汗ダラダラのモンジと、その後ろに仁王立ちの襲撃者。


 壁際まで逃げていたモンジは、直ぐさま立ち上がると襲撃者を睨む。備え付けの行燈の灯りに、黒い鎧武者の姿が浮かぶ。


 利き手に抜き身の脇差をぶら下げ、不気味な頬面で顔までは分からない。


 無手のモンジは義手を盾に、腰の小刀に手を掛けるも。 ……あっ! 没収されてたんだ!

 スカスカと腰を弄るモンジ、武器となり得る物を必死に探すが、ここでその右手が掴んだ物、それは……。


 四季様から貰ったおぞましさの塊である。巾着袋に封印した小さき悪魔『黒の式神 じいぃ』だけだった。敵前にて、アングリと口を開けたモンジ。バカ丸出しである。


 鎧武者は、ジリジリと間合いを詰めて来る。片手で刀を構え、徐々に近付いてくる鎧武者相手にモンジは、妙案頼りで脳味噌をフル回転させていた。


 どうする? アイツを呼ぶか? いや、アイツを呼んだら最後、動け無くなっちまう。アイツは綿姫様救出後に使いたい。じゃぁ、やっぱり……。


 モンジは腰に回した右手で、帯にぶら下げた巾着袋を触る。


 ダンッ! 飛び込み上段で、一気に間合いを詰めて来た鎧武者ッ。

 とっさに、義手を盾に両手で構えるモンジ!


 “ ガンッ! ガンッ、ガンッ、ガンッ!……”


 右手で義手を押さえ、歯を食い縛りこれに耐えるモンジに、鎧武者は容赦の無い打ち込みを浴びせ続ける。


 強烈な打ち込みに腹がガラ空きになる。頬面越しに鎧武者が、笑った気がした。

 次の瞬間、鎧武者の爪先立てた前蹴りが、モンジの腹に突き刺さる!


 ガッハッ! 弾かれたモンジ。蹴られた勢いで壁に背を激突させ、激痛と嘔吐感でそのままズルズルと尻餅をついてしまった。


 蹲るモンジに、脇差をゆるりと振り上げる鎧武者、袈裟斬りで振り下ろされた、その刹那!


「ッフン!」


 “ ッドン! ” と、モンジの足先に、床板に、刃の潰れた槍の切先が木屑を飛散し、めり込んでいた。


 脇差を弾かれ、取り落とした鎧武者は無手となる。瞬時にバックステップで後ろへ飛んで、間合をとる。


「モンジ殿、無事か?」


 危機一髪、助けてくれたのは土門さんだった。いや、マジで死んだと思ったよ!


「土門さん。……助かった」


 未だ痛む腹を押さえ、嗚咽に耐えてやっと絞り出せたのがこれだった。せりあがる胃液に酸味のきいた唾が溜まる。


 強面な顔を崩した土門さんは、涙目の俺に一瞥。その答えに頷くと、太い眉を吊り上げ鎧武者へと睨みを効かせた。

 一時の沈黙のあと、鎧武者からあっけらかんとした間の抜けた声が返って来た。


「!?……あれっ! 土門さん。何やってるんですか?」


 無手の鎧武者が話し掛けて来た。それを無視して大槍を腰に構える土門さん。


「いやいや、俺ですよ。宗石ですよ……あっ、面具か」


 そう言って鎧武者は、頬面と兜を外し顔を晒す。切長の目にのっぺりとした印象の顔立ちである。そこに、分かり易い特徴的な物が顔に貼り付いていた。


 この男、左目に黒の眼帯をしている。それを見た途端に土門は、目を剥き唖然とする。

 そして瞑目し、再び目を開けるとそこには、静かで、けれども怒りで満ち満ちている男の顔が現れた。


「……宗石。お前、なぜ俺を騙し……。いや、アレは俺の失態だな。宗石……お前は一体何がしたいんだ?」


 低く、地の底から聞こえるような土門の声。ビリビリとくる殺気に、モンジは思わず生唾を飲み込んでいた。


「嫌だなぁー、土門さん。何がしたいだなんて今更。……俺はあんた等を助けたかっただけですよ。……間抜けなあんた等をね」


 へらへら笑いながら、持っていた面具と兜を床に落とす『宗石』と呼ばれたこの男。


「……例えばコレとかもね。……コレ、本当に痒くて。変装がてら、我慢して着けていたんですよ」


 宗石は左目の黒い眼帯を外すと、何の躊躇も無く、無造作に後ろへと眼帯を放り投げた。

 その顔はニヤケた顔のまま、傷の無い涼しい両目で土門を見据えている。


「名前もね、『林下 宗石』なんて名乗ってましたけど、本当は『山中 宗石』ってモンでして。もし、あんたの仲間に山中家を知っている奴がいたら面倒だと思ってね、変装までしたんですけど……。こう見えて山中家ではそこそこ顔がしれてましてね俺は。それでわざわざ眼帯と偽名を使ったんですが。……杞憂でしたね」


 山中家って確か、厳伍の母方の名前だよな。……じゃあ、厳伍の親戚って事なのか? 元々厳伍と繋がりがあったって訳なのか!


「クッ、しっかし笑えますよね、あんた等の集落。俺の嘘八百信じ込んでスンナリ仲間にして、挙句に集落の備蓄したモンも、ほとんどは俺が横流ししてたって言うのに、誰もその事にすら気付かない。ククッ、超ウケる。狩場だって事前に、砦の奴等にあらかた獲物を狩り取って貰いましたからねぇー、獲物なんている訳無いでしょ。勿論、獲物は砦の皆さんが美味しく頂きましたけどね」

 

 俺の盾となり、背中を向けている土門さん。宗石の物言いに、大熊の皮を纏ったその背中から、陽炎のように蒸気が立ち昇っている。


「……お前は何がしたいんだ、宗石」


 更に低い声で再び問う。氷の世界、極寒の地を思い起こすその冷た過ぎる声音に、土門の猛烈な怒りが感じ取れた。


「簡単な事ですよー。俺は厳伍様のお役に立てれば、それでよかったんですから。砦に兵が足りないって厳伍様が嘆いてましたからね。集落から『無駄な人員』を省いて、あんた等を無料(ただ)で砦の兵隊にしたんですから。ククッ、本っ当あんた等、間抜けを通り越して愚か者ですよね」


 “ ッドン!!”


 力任せに、大槍の石突を床に叩きつけた土門。彼の髪の毛が逆立って見える。槍を持つ手も若干震えている。


「……むだなじんいんだと」


「ええ、無駄でしょう。女、子供、ましてや年寄りなんて。ただ飯ぐらいの役立たずですからねアイツ等、違いますか?」


 真顔で本音をのたまう宗石に土門は、諦めたように大きく鼻で溜息を吐く。


「……モンジ殿、スマンが綿姫様の件、お願いしても宜しいか? どうやら此処で、ケリをつけなきゃならん相手のようだ、スマンな」


 優しい語り口ではあるが、土門さんの空々しい話し方に、決戦前夜の静けさにも似た雰囲気を感じてしまった。

 怒りを通り越して、今にも破裂してしまいそうな感じに思えたんだ。


 俺は目の前の土門さんに、背中しか見えない土門さんに、不安を抱えたままこう釘を刺した。


「土門さん! あんたは優しい人だ。だから……だから俺は土門さんを信じてる!」


 こう言っていた。


 俺は思う。 

 優しい人とは、正しい事をする人だと俺は思っている。

 人は誰でも間違うもんだ、当たり前過ぎてヘソで茶が沸いちまう。でもそれを、自分に対しても他人に対しても、正しい方向に導ける人が、本当に優しい人だと俺は思うんだ。

 俺は土門さんが優しい人だと思った。土門さんなら、きっと分かってくれると信じたんだ。



 ああ、と背中越しに手をひらひらさせる土門。モンジは階段の手摺りに手を掛け、たまゆらに土門を見る。

 そして意を決したように、歯を食い縛り、前を向いて。微かに煙り出した階段をモンジは、駆け降りていった。


 フッ、モンジ殿。クロエとおんなじ事を言いおって。


 モンジから亡き妻クロエと同じセリフを聴いて、怒り心頭で加熱した思考が幾分冷めていく。

 冷や水を浴びせられた気分で土門は、自分が何たるかを思い起こした。


「何してくれてるんですか土門さん! あのガキ逃がしちゃあ、駄目でしょうが!」


 苛立ちそのままに噛み付く宗石。眼光紙背を徹す、土門は静かな瞳で大槍を構えた。


「宗石、お前に男の優しさを教えてやる。……どっからでもかかってこい」


 静かに語る土門。その面差しは普段の仏頂面では無く、穏やかで渋い色気のある顔をしていた。



♦︎♢♦︎♢♦︎



 板塀を飛び込えたモモ。裏側にある足場へと音も無く降り立った。一つに纏めたポニーテールが、ふわりと背中に遅れて落ちてくる。

 片膝を落とした姿勢でモモは、身を潜めて辺りを見回していた。


 つるりとしたおでこに、眉上で切り揃えている前髪、薄い眉と、吊りがる大きな瞳の少女は、屈んだ姿勢のまま闇へと紛れる。

 瓜実顔に小さな鼻と口とに、まるでリスのような小動物を連想してしまう少女は、薄い胸に手を添えた。


「……綿姫さま」


 憂いを乗せて少女は、呟いていた。


「領主様が攻めて来たー! わぁ──、ギャ── 」


 下から聞こえる兵共の叫び声。紫色の忍び装束の少女は警戒しながら、ソッと足場より下を覗き込む。


「そんな訳無いじゃない」


 と、ポツリ呟いた。右往左往の兵等を他所に、影に潜み、中央の城『伏魔殿』へと視線を移す。


 “ ドドォーーン! ドォーン! ……パラパラ ”


「やっぱり、あそこからですか」


 未だ援護爆破の最中、潜入ルートを探っていたモモが真っ先に目を止めた箇所、それは……。


 絹が感情の赴くままに、意図せず爆破してしまった箇所、城の一階部分。

 少し出張った城壁に、大人一人が有に通れる程の横穴が空いていた。

 しかも既に火の手は広がっており、消火もせずに只々兵共はパニックに陥っている。火の勢いは侮れないが、潜入するには条件の揃った場所ではあった。


 少女は下を確かめ、兵の切れ間に足場より、ヒラリと地面へと舞い降りる。

 着地と同時に直ぐ様、側にある馬の厩舎の影へ、篝火の影へと身を隠す。その手際は、いっぱしの忍者さながらである。


 “ ドォーン! ドガァーーン! ……パラパラ ”

「わあ── ! ギャ──! ヒヒィーン……」


 爆破に合わせて、兵共の叫びや馬の嘶きが響いた。目の前にある横穴を見据え、モモは迷っていた。


 バンッ! 正規の出入り口が乱暴に開き、ゾロゾロと兵共が飛び出して来た! モモは小さな体を更に縮めて、闇に紛れる。


 “ ギギギギ…… ”


 飛び出して来た鎧武者等の手で、東門が開けられ始めた。初めての爆弾攻撃に混乱し、兵共が勝手に逃げだそうとしているっぽい。


 モモの推測もあながち間違いでは無い。

 現に、元々城の外に常駐していた兵等もこぞって、今にも開きそうな東門へと殺到し始めたからだ。


 “ ドガァーーン! ドドォーーン! ……パラパラ ”


 未だ爆撃が続く中、逃げ惑う兵の切れ目にタイミングを見計らい、いつでも飛び出せる格好のモモは、未だ息を潜めている。


 目の前には赤く燃え盛る横穴、離れた場所にいても熱を感じる程の火の海である。

 まるで炎の怪物が口を開けて、獲物を待ち構えているようだった。


「……綿姫さま。モモが今お助けに参ります。だから、もうちょっとだけ待ってて下さい」


 モモは綿姫を思い、祈るよう両手を胸にあて自らをを鼓舞する。

 ひとえに、少女にとってはかけがえの無い人だからと、大好きな人だからと、いつまでも一緒にいたいと思う人だから。少女はその想いだけで、小さな体に闘志を燃やす。


 ───人が消えた!


 えいっ! と、遂に少女は、炎揺らめく地獄の入り口へと、その身を投じた。


 

 ありがとうございました。

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