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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
33/122

少女の願い

 よろしくお願いします。


「でかしたぞ土門!」


 ご満悦の厳伍が不細工に笑う。


「……はい」


「しっかし、見れば見るほど腹立たしい顔しとるのぉ、この子猿。そうは思わんか土門よ!」


 こいつの醜悪顔が近い。

 ギョロ目、でかっ鼻、風采の上がらない厳伍の面構え。よくみりゃあ、ムックみてぇな顔してんなぁ。

 普通にムカつく──頭の上のプロペラへし折んぞッ、ゴラッ! プロペラ無いけども。


「……はぁ」


 食傷気味に答える土門。

 うんざりしている土門さんと、目線が合う。

 俺は土門さんに捕らわれた体で今現在、厳伍のまん前にいた。ご丁寧に縄でグルグルに縛られ、猿ぐつわまでされてだ。


 眼前では、派手派手金ピカ衣装を纏った、ひと形ムック。こいつのメンチとムカつく啖呵を、吐き気を我慢しながら堪能中である。


 だが、いかんせん、このチビのオッサン……メチャクチャ口が臭すぎる! 生肉の腐ったみたいな、酸味のキッツい匂いがする! 冗談抜きで戻しそうだ。


 なんでこいつ、こんな臭っいの?

 こいつの内臓が腐ってんの? それとも、脳味噌がとろけて出でるとか? わかった、こいつそのものが汚物なのか、なーる、それなら納得だ。

 

 といっても、しんどっ! 鼻、ひん曲がる。

 死臭? 汚臭? 漏らしてる? 胃腸炎? 歯槽膿漏? まぁ、なんでもいいけど、匂いでマジ気持ち悪くなってきた。オエッ。


 砦の内部、最上階の厳伍プライベートルームにてモンジは、いまにも死にそうな顔を横に逸らした。

 後ろには土門さんと、土門さんの仲間のフリをしている繁忠(獣の皮を装備中)がいる。


 ギャーギャー五月蝿い、ちんちん侍を無視して、座敷の中をザッと見渡す。


 調度品も何も無い二十畳程の座敷と、奥には襖に仕切られてはいるが、奥座敷の存在も見て取れた。


 そして現在の状況。

 俺達三人は部屋の中央にいて、俺等をサンドするみたいに、厳伍がすぐ目の前と、奴の後ろには手足の長い、カマキリみたいなオッサンがニヤけて立っている。

 後ろには、屈強そうな鎧武者五人が、出口を塞いで俺に睨みを効かす。総勢七人に挟まれている訳なんだが。

 八面六臂(はちめんろっぴ)を得意とする俺でも、この人数なキツいかな。なんちゃって。



 そんで、なんで俺達がこんな事に為っているかと言うと──。

 繁忠の立てた作戦が、俺の案と前回の四季様の案を足して二で割ったような作戦だそうで。

 つまりは、厳伍と面識のある俺を餌に、土門さんと土門さんの仲間に扮した繁忠が連行と。して、この三人で砦内部に潜入するってヤツを敢行中でありんす。


 計画では頃合いを見計らって、内部から土門さんのお仲間達を使い誤報を流して貰いぃの、混乱させ、外から四季様から貰った爆弾で威嚇爆破。更に混乱効果倍増って感じかな。

 砦の中をパニック状態に陥れつつ、その隙に綿姫様を掻っ攫おうって、算段らしい。


 とはいえ、厳伍もそんな単純な嘘に引っかかる程、アホじゃ無いだろ? ってな具合の、真っ当な意見も出たが。土門さんの、この言。


「厳伍様、んっ、うんっ! もとい、厳伍は異常なまでに執念深い男故、怨みのあるモンジ殿を使えば十中八九、上手く行くと思うのだが」


 だそうで。土門さんのこの一言で、皆んなも渋々だが、この作戦に納得し現在に至る。


 それにしてもこいつ、卍本物のアホだったな! 土門さんの「森山村を逃げ出す際、要注意人物を捕まえてきた」なぁんて、猿でも解る嘘っぽい話を、スンナリ信じ込んでいたからな。


 おめでたいと言うか、それともよっぽどの自信が有るって事なのか? まぁー、何にせよ、繁忠の作戦の第一段階はクリアって事になるから、別にいいか。



 後すこしで土門さんとそのお仲間頼りになる、混乱作戦の開始となる。でも、これもバッチリ、抜かり無いはず。


 道程、厳伍の部屋に来るまでに土門さんは、元集落の仲間を見つけると、手の平サイズの小さな紙きれをコッソリ渡していた。作戦内容と協力要請が書かれた紙きれだ。

 十人以上の元集落の仲間に渡していたから、おそらく大丈夫だろう。本音は、期待半分、不安半分って言う所だが。


 もとより、土門さん本人は信頼している。

 まだ知り合って間もないが、彼の言動、行いに、優しさや温かみを感じて、人間性ってやつ? とにかく、信頼出来る人だと思ったんだ。ただし、土門さんのお仲間のなると、話は別だ。

 実際、見ず知らずのオッサンを信頼出来る程ワタクシは、お気楽でもお人好しでも無いからな。


 多少の不安も残るが、今更粗探しをした所で詮無いことで、こと、この事に関しては土門さんを信じるしか、あるまいて。

 て、ことで。あとは、繁忠の作戦開始の合図を待つだけになる。

 

 繁忠の合図で、砦外からの援護爆破or射撃、プラス誤報作戦がいよいよ始まるからな。


 絹さん、河口兄弟、土門と愉快な仲間達(捕虜四人組)による、弓プラス爆弾攻撃が開始される手筈と成っている。いやが応にも、緊張感が高まってきた。


 厳伍の動向を伺うモンジ。

 未だ悦にいった顔つきで、御高説を垂れ流している。細長い男は、ほぼほぼ聴いていないのに。

 あと少しの辛抱だ。もうすぐで、待った無しの本番『綿姫様救出作戦』が始まる。

 上手く行けばの話しだけど……。ヤバイ、緊張でウンコしたくなって来た。


 ん? そう言えばで、イエ姉の名前が無いって? いやいや、いやいやイエ姉もキッチリと、自分の役目を果たしてましたよ。


 マスコット的な? ゆるキャラ的な? そんな感じで。


 だって砦に来るまでの道中、愉快な仲間達や河口兄弟、ずっと鼻の下伸ばしっ放しで彼女等を見てたモン。

 アイツ等のイエ姉と絹さんを見る目なんか、漫画のエロ目そのものになっていたからね。ホント笑っちゃうぐらい。


 イエ姉が可愛いのは俺も認める。事実だから仕方がないな。絹さんも巫女装束のお陰か、いつもより三割増しに美人さんだ。

 言わば、いずれ菖蒲(しょうぶ)杜若(かきつばた)ってぇ、もんだな。うん、まさに眼福だった。


 まぁ、彼女達のお陰で、これから殺し合いに向かうみたいな、殺伐とした雰囲気なんて微塵も感じることも無く。むしろ、ほのぼのした感じでこの砦まで来れた訳だ。

 皆んなの緊張を解すという意味でも、彼女は充分過ぎる程役目を果たしてくれたと、俺は思うよ。


 これは余談だが、イエ姉に触ろうとした愉快な仲間達と、それを強引に阻止した河口兄弟の間で、取っ組み合いの喧嘩とあい成り。

 不詳ワタクシが取り持ったんだが、彼等の仲がとんでも無く険悪になったのは、言うまでも無い。




「でもぉ、厳伍さま〜、おかしく無いですか〜。捕まっていた土門ちゃんが、こうも都合良くこの子を攫ってくるなんてぇ、ちよっと出来過ぎじゃぁな〜い?」


 手足の異常に長い、どピンク着流しのキモ男が口を挟んで来た。 うっせぇオカマ! てめぇは喋んな、バカ、バカ、バーカ! モンジ心の声である。


「あぁ、そうかも知れんな。だがな不全、兄上に動きがあったなんて、報告は来ておらんで──なあっ!」


 言いながら厳伍は鞘ごと刀を腰から抜くと、横薙ぎで振りかぶり、モンジの顔面を殴り付けた。


 ゴブッ! 猿ぐつわの所為でモンジの声がクグもる。鞘の先端、コジリで殴られたモンジはその場で派手に転倒した、


 クッソ痛ってー! ふざけんなハゲッ! ……でも、コイツが余裕ぶっこいてる意味が、ようやく分かった。

 仮に森山村から仕掛けれても、この砦ならどうとでも対処出来るって、そう思っていたからか。ふざけやがって!!


 

 倒れたモンジが厳伍を睨みつける。

 厳伍は鼻で笑い、舐めた視線でモンジを見下ろす。片足を持ち上げたと思ったら、モンジにすかさずストンピングの嵐を叩き込んだきた。


 余りに一方的な厳伍の仕打ちに、土門は見かねて動こうとするも、後ろに控えている繁忠に肩を掴まれ、苦い表情でとどまった。


「え〜、でも〜、この子ホントに強いの〜。そうは見えないけどなぁ〜」


 狂ったようにモンジを蹴りたぐる厳伍の横から、鷹揚に語る不全が、ねっとりとした目線で覗き込む。

 既に鼻血まみれのモンジに不全は、気色の悪い薄笑みを見せていた。


 不全と呼ばれたこの男、両の腰に長刀を挿している。二刀流なのか……。


「このっ! 猿がっ! ちょこまかとっ! じゃまっ!ばかりっ!しおって! からにっ!!」

 

 ガツガツとモンジを蹴りつけながら、厳伍が吠えまくる。モンジはただ小さく丸まって、これに耐えていた。


「……それで、どうするのぉ、この子。……要らないなら、あたしにちょうだい」


 爬虫類のような無感情な目を細め、不全は寒気のする声でおねだりをする。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ワシは男なんぞ興味も無いからのう。欲しいなら、お主にくれてやるわい! かぁっ、ペッ!」


 肩で息をしながら、モンジを踏みつける厳伍。最後にモンジの顔面目掛け、唾を吐きかけて来た。


「ありがとう〜、厳伍さまぁ。むふぅ〜ん、さぁて、何処からちょん切ろうかしらねぇ〜、うふん。まずは、その綺麗な緑色の目からくり抜こうかしらね〜。うふふっ」


 ビクッと全身が跳ねた。

 怖気を感じたんだ、この声に。

 ウットリした顔で、平然と恐ろしいことを言うこのオカマに、モンジの体が更に縮こまる。


 これを機に、土門と繁忠の視線がかち合い、頷き合う。そして……。


 懐から一本の矢を取り出した繁忠。

 やわら振りかぶり、格子窓の向こう、月明かりも乏しい夜空に向かって矢を思いっきり放り投げた。

 放物線を描いて飛び去る矢は、ピューと言う高音を発しなから闇へと消え去る。投げた矢は鏑矢、これが開始の合図だった。


 虚を突かれ、動きが止まる厳伍。待った無しの作戦の始まる。


 繁忠は鏑矢を放つと直ぐ様鯉口を切る。

 振り向きざまの一刀で五人いる鎧武者の内の二人に、刀を振り抜いた。動きを止めていた鎧武者二人の、首が飛ぶ。


 鮮血が舞う中、繁忠の鮮やかな手並みに、場の空気も変わる。


 土門も足元に転がるモンジの縄を切ると、低い姿勢から大槍の一振りで、残りの三人の足元を掬った。

 勢いよく宙に踊る三人。彼等はその背中をしこたま床に打ちつけ、呻き声をあげる。形勢逆転である。


 あまりの二人の早技に、厳伍の口はパクパクと声を忘れ、唖然とした顔は青ざめていた。

 ただ、隣りにいた不全は嬉しいそうに恍惚とした表情で、目を薄めている。


「お、お、お、お、お前ら! ワシを騙したな!! ……不全、不全、早ぅ、何とかせい!!」

 

 厳伍のやっと絞り出した言葉に、不全は舌舐めずりで応える。


「やぁっと、やぁっと、あたしの出番が来ましたぁ〜。うふふ、存分に愉しみましょ〜〜」


 愉悦の表情で生き生きとし始める不全は、両の腰の大太刀に手を掛ける。するりと現れた一際長い刀身が、鮮やかな銀の光りを放った。


 開いた不全の双眸に、繁忠の姿が映り込む。

 ニィと弓なりに湾曲させた眼は、映る繁忠を黒く塗り潰した。

 またベローンと出した薄い舌で、満遍なく唇を舐め回す不全。奴は目尻に皺を蓄え、艶っぽく微笑んだ。


 俺はというと、猿ぐつわを外しながら次やるべき事を考えていた。綿姫様の救出が第一目標、それは揺るがない。

 だが綿姫様が何処に囚われているか分からない現状、時間も無い中で地道に探すしか他に手立ては無い。とにかく動くしかない。急がなきゃ。


 痛みを訴える右頬に手を当てると、うっすらと血が滲んでいた。この時ばかりは、当然とばかりに見て見ぬ振りをかます。時間が無いからな。


 砦の中に居る土門さんのお仲間が、姫さんの居場所を教えてくれれば、助かるんだけど……。

 淡い期待も泡と消え、今の立ち回りの音を聞きつけ、鎧武者等が四人、座敷の中へとなだれ込む。と、そこへ──おっぱじめやがった。


 “ ドドォーーン ” “ドォーーーン” “ドガァーーン ” “ ……パラパラ ”


「なっ、何の音だ!これは……かっ、雷か!?」


 笑みを零すモンジを他所に、無意味に首を振る厳伍。

 初めて聞く爆発音と揺れる城内に、厳伍と鎧武者等は、あからさまに狼狽えていた。


 外からの攻撃が始まった! 急がないと、なにせ時間が無い。爆弾が三十発しか無いからな。十五分から二十分、予測だがそこら辺が勝負だろう。

 爆弾が底をつく前に姫さんを連れ出し、ここを抜け出さなきゃ!


「ッモンジ!」


 繁忠が叫ぶ。

 あぁ、分かってる。やるしかない!


 鳴り響く爆音に、茫然自失の鎧武者。俺は獣の如く四肢を使い、鎧武者の足元をすり抜け座敷の出口へ走った。

 

 フと座敷の奥で、脛を在らぬ方向に折り曲げた鎧武者三人の姿が見えた。

 トドメを刺さぬ土門さんに彼らしさを感じ、自然と口元が緩む。


「ッキン!」


 背後に金属を弾く音。

 知ったこっちゃ無い。当たらなきゃあ、それでよし。

 俺は、この座敷から勢いよく飛び出した。ああそうだ、俺は約束したんだから。


 少女の願いを叶えるってな。




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