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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
27/122

唾棄すべき者の正体

 よろしくお願いします。


 加合様(医者)の元へと、モンジが少女を連れ急ぎ走っていた頃、賊供の居城『砦』の一室では異常な行為に耽る、小男の姿があった。


「つまらん、つまらんっ、つまらんのおッ! チッ、お前は全然面白くないっ!興が醒めるわ!!」


 地上四階、二十畳ほどの簡素な座敷の中で、裸婦を前に怒気を強めるこの小男は、飛び出しそうなギョロ目を剥いて、目の前の女を憎々しげに見つめている。


 この小男こそが、領主様の弟君『田之上 厳伍』である。


 彼の目と鼻の先には、荒縄で腕を縛られ、その腕で天井から吊るされた全裸の女性が、力無く項垂れていた。

 長い髪で覆われた素顔は窺えないが、女性のメリハリのある体つきと玉の肌に、若い女性だと一目で分かる。


 彼女は時折、押し殺すように呻き声をあげていた。それもそのはず、彼女の色白の腕と肉感的な太腿(ふともも)には、何本もの畳針が突き刺さっていて、さながら剣山のような、痛々しい見た目になっていた。



 俯く彼女は声を殺し、ぐっと唇を噛み締めている。

 声を発すること事態が負けだとばかりに、ひとり抗い続けている。


 言われも無い、拷問に耐える彼女。

 腕と太腿に刺さる針穴の脇からは、幾本もの血の筋が出来ていて、彼女の滑らかな肢体を這うように、すべり落ちてゆく。


 しなやかな脇の下から、たわわな胸元を通り、細くくびれた腰を伝って、張りのあるヒップへと血は流れる。

 (もも)脹ら脛(ふくらはぎ)、浮いた足先へと滑り落ちて。最後はポタポタと、浮いた足先へと血溜まりを作っていた。


 クソがッ! 叫ぶや否やまたブスリと、しかめっ面の厳伍が女性の太腿に針を突き刺す。


 うっ! クグもった声。声を殺して耐える彼女。俯いたままで、髪に隠れたその表情は、食い縛る口元だけを見せていた。


 おもむろに彼女の前髪を鷲掴みにし厳伍は、女の素顔を強引に晒す。無理矢理、頭を持ち上げられた彼女、その顔が(あらわ)となった。


 鋭く睨みつける瞳。

 鼻筋の通った上品な顔立ちで、小さめな唇は色艶も良くふっくらしている。

 全体的に小ぶりな顔立ちに若干、幼さを残してはいるが、長い睫毛と形のいい柳眉に、大人の女性らしさを感じさせている。

 普段は母性あふれる優しい瞳に、今は大粒の涙を溜めて厳伍を睨み返していた。


 現領主、厳元様のご息女『綿姫様』の顔がそこにあった。


「その目、兄上にソックリだな。胸クソ悪い!」


 吐き捨てるように厳伍の口から出た言葉。

 ただ単にワシより早く生まれただけ、ただ単に正妻から生まれただけ、ただ単にワシが妾腹だっただけ、平々凡々な兄上よりワシの方が優れているのは確実なのに。

 自身の能力を過大評価する厳伍。彼にとって、現領主『厳元』は邪魔者以外の何者でもなかった。全てを手に入れた厳元の事を、厳伍は心底疎ましく思っていた。


「ペッ!」

 厳伍の吐いた唾が、綿姫の剥き出しの乳房を汚す。


「厳伍さま〜。いらっしゃいますか〜〜」

「なんじゃ!」


 締め切った襖戸の奥から、間延びした緊張感の無い声が聞こえて、苛立ちのまま厳伍は答えた。

 

「失礼しま〜す」と襖戸を開けて入って来た男。その男は、座敷の中に屈んで入ってくる程の長身の男で、手足が異様に長い特殊な体つきをしていた。

 

「アラッ、お楽しみ中でした? お邪魔だったかしら」


 どピンクで派手な着流し姿。

 目が痛くなるくらい、どギツい出立ちのこの男は、爬虫類に似た無感情な目を細めた。


「フンッ! つまらん女だ。クソだな、兄上の娘は!」


「ムフン。……なら、いっそ、殺しちゃう?」


 長い手足でシナを作るこの男の、無感情な目が妖しく光る。人を殺めるのが好きで堪らない様子だ。


不全ふぜん、お主も知っておろう。この娘には、ワシの子を孕ませんといかん事を」


「あくまで血筋に(こだわ)るんですね〜。厳伍さまは」

 やれやれと言った様子の、不全と呼ばれたこの男は、仮面のような不気味な笑みで微笑んだ。


「いずれ、下之領、上之領、野之領、武之領はこの常之領によって統合される。その時こそ純粋な田之上の血が、その領地を治めにゃならん。……今の兄上のやり方では、ヌルくて敵わんわ!そう思わんか不全。兄上じゃダメだ、ワシは近い内に兄上を超えてみせる」


 下克上とも取れる自身の発言に、勝手に酔いしれ、不敵な笑みを浮かべる厳伍。


 城中では支持層の薄い、後ろ盾も乏しい厳伍は、自画自賛する事で己を鼓舞する。誰の目から見ても厳元より統治能力の低い厳伍に、不全は苦笑いをしながら小声で呟く。


「誰の入れ知恵かは知りませんが。でもまぁ、神輿は軽い方が担ぎやすいって言うしね。あたしはお金さえ貰えれば、何でもいい訳だし」

 勿論不全の声は、未だ悦に入る厳伍の耳には届いていない。


「おい、誰か! この娘をサッサと連れて行けッ!」


 厳伍の呼び声に、すぐさま黒い鎧武者二人組が座敷に入って来た。そして丁重に綿姫を連れて行く。


「して、不全。用事があって来たのであろう。早う申せ」


「ムフン。少し困った事が起きちゃったの〜。ネズミを〜、一匹逃しちゃってぇ〜」ゆらゆらとシナを作り、甘えるように話す不全。


「それで当然、ネズミの行き先は解っておろうの」


「フフッ、もちろんよ。も・り・や・ま・む・ら・ヨ」

 楽しげに話す不全、厳伍もほくそ笑む。


「チッ、あの村の小猿と巫女には借りがあるからのう」

 そう言うと厳伍は、真新しい額の傷をさする。


「愉快な事になりそうね!」


「フンッ、あの村にはワシにとって必要なお宝があるからの。あのお方からの依頼品だがな。お宝大事で万が一を考えて、最低限の人数で攻め入ったが、もう面倒くさいわ。いっそのこと、村ごと叩き潰してやろうかの」


 不敵な笑みだが、厳伍の目は笑っていない。


「あら〜、楽しみ〜。今度はあたしも連れて行ってね。いっぱい殺してあげるから。これであたしの報告も済んだし、もう帰るね。じゃあ、ねぇ〜」冷たい視線と気味の悪い微笑みでそう言い残すと不全は、足音も立てず座敷を出ていった。


 独り残された厳伍。

 座敷の奥、閉め切りの奥座敷まで歩いて行く。そして徐に閉め切りの襖戸を開け、その中へと入っていった。


 真っ暗闇のなか厳伍は、手慣れた風に近くの行燈に火をつける。

 行燈から出る弱く広がった焔の光に、闇に隠された座敷の中が朧げに見えて来た。


 金色に輝く部屋の内装。座敷の全面に金箔があしらわれている雅な部屋だった。


 座敷の中央、まだ青臭い香りのする畳の上に、細かな刺繍が施された布団が一組だけ、敷かれている。布団の膨らみで、誰かが寝ているのが分かった。

 厳伍は後ろ手で襖を閉めると、歩を進め、その人の側にドッカと腰を降ろした。


「もう少しの辛抱ですぞ。母上」


 満面の笑みで厳伍は、先程とは打って変わり、優しい声音で語りかける。しかし、母上と呼ばれたその人は、何の反応も見せない。


「兄上を蹴落としたあと、ワシはこの領地をもっと大きくして見せまする。勿論、母上の血筋で、ですぞ。……だから、だから、いつものようにご褒美をくだされ。頑張っているワシに、ご褒美をくだされ」


 幼な子のように嘆願する厳伍は、勢いよく布団を剥ぎ取った。母上と呼んだ人物が現となる。

 そこには土気(つちけ)色した肌に、枯れ草のような長い髪、窪んだ瞳と、上を向いた鼻は縮み上がり、無数に皺の寄った口はポッカリ空いたままの、いわゆる。


 全身干からびた自身の母親のミイラが、横たわっていた。


 肌着一枚羽織っただけのミイラを見つめ厳伍は、瞳を爛々と輝かせている。むせる程の防腐剤の匂いも気にせず、うっとりと頬を染めていた。


「ワ、ワシだけの、ワシだけのオッパイでちゅぅぅ」


 そう言うと、堪らんとばかりにミイラ化した母親の胸元を開け、そのしなびた乳房にしゃぶりついた。


「ん〜ちゅぱ、ちゅぱ。ん〜母上、母上、ちゅぱ、ちゅぱ……ハア、ハア、ハア、ちゅぱ、ちゅぱ。ハア、ハア、ハア、ハア……」


 ミイラ化した自身の母親相手に、股間を弄る厳伍。いきり立つ股間をしごきながら独り快楽に(ふけ)る、男の姿。おぞましい厳伍の姿が、そこにあった。



 一方、治療を終え地下牢へと連れて来られた綿姫は、這うような格好でひとり、月へと祈りを捧げていた。

 冷たい石牢の中、潰れた布団ひと組みしか無い殺風景な地下牢の中で、薄手の肌着一枚だけの綿姫は必死に手を合わせている。


 その袖と裾からは、包帯を雑に巻かれただけの腕と太腿を覗かせている。

 怪我の痛みに、這うような格好しか出来ない綿姫は、それでも両手を合わせ、一心不乱に神様へと祈りを捧げていた。


「神様お願いします。どうか、モモが無事で有りますように。モモが今後の人生で、幸せで生きられますように。神様、どうか、宜しくお願い致します」


 地下牢の上部、小さな格子窓から見える朧月(おぼろづき)に、必死に手を合わせ、祈る彼女。

 彼女は上下関係抜きに親友だと思っているモモの為と、自身の境遇も顧みず誠心誠意、祈りを捧げていた。


「モモ、あなたは幸せになれる女の子なの。それだけは忘れないでね」


 閉じた瞳に映る親友モモの姿に、ここまで劣悪な環境の中ですら彼女は、優しく微笑む事が出来ていた。



♦︎♢♦︎♢



 少女を抱え道場へと急ぐモンジ。彼の軽やかな足取りに、少女の軽さも窺えた。


 加合様、加合様っと。

 実際まだあった事無いけど……どんな人なんだろう。あんま怖い人じゃなきゃいいけど。

 まあ、与一郎って助手の男の子は偶に見かけるけどってか、ガン見しちゃうけどね。


 だってぇ、気になるじゃん。俺のファーストキッスの相手なんだから。優しそうな可愛らしい男の子だったから良かったけど。って、なにがいいのっ!


 そんな事を思いながら、病院代わりになっている道場まで来ました。荒い息を散らす俺と、さっきより静かになったこの子。この子、大丈夫か? 気になる。急がないと。


 足早に道場の入り口に入ったら……。なんと、待ち受けていたのは絹さんだった。えー、なんでいんの?


「アンタ、なんでまだこんな所にいんのよ!早く村長の家に行きなさい!!」いやっ、あんたこそ。


 顔合わした間に間に怒る彼女。

 いっつもイライラしてるよなぁ、絹さん。

 カルシウムが足りて無いんじゃないのかなぁ。

 小魚食べなさい、小魚。とまぁ、言えるはずもなく。


「あ、あのぅ。怪我人を運んで来たんですけど……」


 お姫様抱っこしてる女の子を見せる。

 けどこの子、俺の腕の中で身を縮めて萎縮しちゃってる。


 ホラッ、いきなり怒鳴るからこの子、小ちゃい体が、もっとちっちゃくなったじゃない! 迷子の子猫ちゃんみたいになってるよ! もう、いきなり怒鳴るとビックリするんだからね。ったくぅ、気をつけてよね!

 でも、まぁ、ホラッ、俺は慣れちゃってるから、俺にはいいけどさ。いや、良くないか!


「とにかく、いま加合様呼んで来るから、適当に空いてる布団に寝かしておいて!」


 俺の小言を見事にスルーしながら、瞬時に状況を理解してくれた絹さんは、急ぎ道場から出て行った。


 未だ十数人が横たわる道場の中で、言われたまま空いてる布団にこの子を運んでやるも、やっぱりさっきよりも元気が無い。


 息遣いも荒いし、熱もありそうし……大丈夫だろうか? 不安になって来た。

 傷の具合が思ったより深刻で、破傷風のような合併症を起こしているのでは、なかろうか。


 色々、悪い方悪い方へと思考が偏って行く。

 もともとのネガティブ人間の俺の性根は、何も変わっちゃいない。

 俺は彼女の為に何もしてやれない。いつまで経っても、小心者で役立たずなままだ。


 そんな益体の無いこと思って、勝手にヘコんでいたら、絹さんが加合様を連れて来てくれた。


「ほらほらモンジ、邪魔、邪魔ッ! バカ、どいて、どいて!!」


 乱暴に肩を押す絹さんに、素直に従う。

 ハイハイ、どきますよ。わたしはバカで役立たずなもんでね。


 加合様は女の子の側に腰をおろすと、首を触ったり脈を取ったり傷口を見たりと、本当に医者だった。

 失礼なと、思うかも知れないけれど、何でこんな事を思ったかと説明するとだな。


 加合様って結構なお爺ちゃんで、頭もヒヨコの産毛くらいの毛量しか無く、まだらに生えてるって程度のお爺ちゃんっぷりで。

 しかも、ガリガリ青白い顔と来たもんだから、ここに居る誰よりも病人らしいって思っちゃったわけ。この人、大丈夫?って、本気で心配になるくらいに。


「まぁ、この程度なら命に別状はないじゃろ。応急処置もシッカリやっておったしな。あとは傷口塞いで、薬で大丈夫じゃろ」


 お医者様の見立てはまずまずとの事で。

 それを聞いた途端に俺は、一気に脱力して、床にペタンと座り込んでしまった。


 ふぅ〜〜〜、良かったぁ。マジで良かったよぉ。いち時はどうなるかと思ったんだからぁ。ふぅ〜〜〜。


「まぁ、あんたにしては、上出来だったわね」


 腰に手を置き、高飛車な感じで絹は、モンジを見下ろす。


 初めて絹さんが素敵な笑顔で褒めてくれました。

 上からだけど、ん、待てよ。わたくし何もしてないんですけど……。でも、絹さんが褒めてくれるんだから、お手柄ってことでいいのかな。


「それよりあんた、こんな所で油売ってていいの? 村長の所に行かなくてもいいの?」

「あっ、忘れてた!」


 そう言って慌てて立ち上がろうとしたら、下からグイッと腕を掴まれた。


「……あ、あの、モモから村長に、お話しがあります!」


 怪我人とは思えぬ力強い手とその瞳が、俺の動きを封じる。

 俺達は彼女なりの、のっぴきならない事情を察して、取り敢えずこの場で話しを聞くことにした。



 ありがとうございました。

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