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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
25/122

誰よりも優しい人

よろしくお願いします。


 【一月前、土門の集落】



 緑深い森の中、木々の間にポッカリと開けたその場所に、革製の白っぽいテントが並んでいる。

 およそ十人は入れそうなテントが、幾つも並んだその前で、幼い子供達がキャッキャッと叫びながら、泥ダンゴ作りに精をだしていた。

 それを横目に女達は、各々のテントの前で家事仕事に勤しんでいる。とても長閑で、ゆったりとした時間が流れる場所だった。


 木々の間から、ニmはあろう大男が姿を現す。その男は全身に熊の毛皮を纏い、腰には鳥が数羽、背中には猪と大弓を担いで、木々の間を狭そうに抜けて来た。


 最初に気付いたのは、この大男の妻クロエだった。洗濯物を干す手を止め、彼女が大男に手を振ると、泥ダンゴ作りに夢中だったはずの娘のシロも、パッと顔を上げた。そして満面の笑みを咲かせ、大男に駆け寄って行く。



「おどどー、おどどー、おかえりー」


 ヨタヨタと愛くるしい姿で近寄って来る愛娘に、大男『真平まひら 土門どもん』の顔が瞬時にトロける。

 元々堀の深い目付きの鋭い男ではあるが、娘の前ではデレデレだ。


「シロー。いい子にしてたか?」


 彼は猟で射止めた猪を地面に落とすと、両手を広げ愛娘を胸の中へと招き入れる。


「しろはいつもいい子。アハハ」

「あー、知ってるよ」


 担ぎあげられて、キャッキャッとはしゃぐシロに、土門の強面の顔もいつしか、良いお父さんの顔になっていた。

 土門に続いて、獲物を担いだ男達がゾロゾロと森の中から現れる、すると子供達は父親の元へと走りだし、また同じ光景が其処彼処で見受けられた。

 そして女達は家事仕事のかたわら、微笑みながらその光景に目を細めている。

 いつもの風景、いつもの優しい時間がそこにはあった。


 皆が皆、平和に暮らせる集落をと土門は、常日頃からそう思っていたし、努めていた。



 土門の集落には、三つの掟が有る。

 『一つ、神の宿る山で狩が出来るのは男だけ、その為二日以内に集落に戻るべし』

 『二つ、神の宿る山で必要以上の殺生は禁止する。よって狩は七日の間の内二日だけとする』

 『三つ、神の宿る山で人を殺してはいけない、仮に殺した場合は自らの命をもって償うべし』


 土門もまた、歴代の長同様にこの掟を大切に守っていた。


 彼の集落では狩以外の日は、一家総出で干し肉造りや動物の革を加工したりと、それを卸してはお金に換え足りない物を補ったりと、細々ではあるがこの集落も幸せにやってこれた。


 いつものように狩に出掛けた男達。

 この日は森の中がやけに静かで、獲物の姿がとんと消えていた。二日かけても山鳩二羽だけと、散々な狩の結果に終わり、男達からはもう一日だけと、狩の延長を望む声が相次いでいた。


「このままじゃ、家に帰れねぇ。長、頼んます。もう一日だけ狩を続けましょう」

「家のチビ供、腹ぁ、空かして待ってるんです。お願いします」

「おっ母に殺されっちまう。どうか助けるとおもって……」


 次々と訴えられる男達の『狩の延長』を望む声に土門は、頭を抱え一人悩んでいた。しかし、ひとりの若者の言葉で土門は決断をしてしまった。掟を破る決断を。


「ビンッ!……ドサッ!」


 土門の目の前に、心臓を貫かれた山鳩が降って来る。


「お話中、すいません」


 礼儀正しく頭を垂れる青年。

 彼の正確無比な弓の扱いに「おー!」と皆から感嘆の声がもれる。矢を放ったのは『林下はやしした 宗石むねいし』と言う青年だった。

 左目に黒の眼帯をつけている青年は、一つしか無い右目で土門を見据える。


「僕からもお願いします。もとより冬を越えて集落には、備蓄の食料も物資も足り無い状況。どうか一日だけ狩の延長を認めて下さい」


 土門も解っていた、分かっていたが、歴代の長が繋いで来た掟を破る事に彼は、煮え切れないでいた。


 しかし、宗石の言葉と男達の願いを土門は無下にする事も出来ず、渋々ながら延長を認めてしまった。

 集落の為にたった一日だけの延長と、土門は無理矢理に自分を納得させて。

 それは、集落の現状がそれ程までに、ひっ迫した状況に陥っていたからに他ならなかった。


「よし、取ったるぞぉ!」

「チビ供、たらふく肉持って帰るからな!」

「母ちゃん、気合い入れて頑張るからな!」


 長である土門の了承を得て、俄然、息を吹き返す男達。

 宗石もまた、土門に対し静かに頭を下げていた。


 『林下 宗石』

 三ヶ月程前に突然集落に現れた青年。所謂流れ者だった。脛に傷のある奴が偶に集落に流れて来るなんてよく有る話だった。

 歴代の長同様、土門もこの訳の分からぬ男を集落に入れたが、碌でもない男どころか目端の効く良く働く男で、片目に黒の眼帯を付けてる割に狩の腕も土門の次に上手かった。


 人あたりも良く、狩も上手い宗石は、一か月もしない内に集落に馴染み、土門の右腕として集落の纒め役にまでなっていた。



 この時の土門は、自分の下した決断に自分自身を呪いたくなる程後悔することになるとは、夢にも思っていなかった。




 一日延長という事で、集落から離れた森の奥まで狩に出ていた土門等、男達。

 結局、掟を破ってまで延長した狩もそれほどの成果も挙げられず、肩を落としながら集落に戻っては来たが。

 そんな彼等に、更に追い討ちをかけるような事態が集落では起こっていたとは、この時の土門は知る由もなかった。



 隣を歩く宗石が沈んだ顔で口を開いた。


「土門さん、すいません。我が儘(わがまま)聞いて貰って、しかもこんな結果しか出せなくて……」


「……こういう時もあるさ。まぁ、ここいら辺も獲物が取れなくなって来たからな。また近い内に、次の場所に移動するかな」


 落ち込む宗石を少しでも楽にさせようと土門は、軽い感じで応えてしまう。


「次の場所って、森の中にまだ有るんですか? 似たような場所が」


「あー、あと二箇所程な。ここから西に三日程歩いた所と、更にそこから三日半って所に。獲物の減り具合で、周っているんだが……。今回は獲物の減りが異常に早い。流石に俺も焦ったよ。ハア!ハァ!ハァ!」


 豪快に笑う土門に、苦笑いの宗石。しかし笑いながら土門の頭の中には、移動の際の食料確保と移動の段取り、集落総勢七十名の当面の生活にほとほと頭を悩ませていた。


 スンスン、土門が鼻を鳴らす、森の中が焦げ臭い。嫌な予感に顔を顰める。

 男達もすぐに異変に気付き、その一人がスルスルと木に登った。


「土門さん!集落が火事ですぜ!!」


 集落の方向を指差し叫ぶ仲間に、男達は皆驚愕する。この時土門は、二の句も告げず走り出していた。


 “ クロエ! しろ!  待ってろ、いま行く!”


 巨体でありながらも器用に木々の間を走り抜ける土門に、男達も必死について行く。



 森を抜け集落に辿り着いた土門は……。目の前の光景に……言葉を失った。


「……あ、あ」


 燃えていた、全て燃えていたんだ。……テントも。……倉庫も。……家族も、全て燃えていた。


 山火事と見紛うほどに、赤々と燃え盛る炎。 固めた表情とともに土門は、膝から崩れ落ちていた。


「しろ? ……しろ! クロエ、クロエェェーー!!」


 思い出したように叫ぶと、落ちた膝に力を入れ土門は大地を蹴った。


「しろ、しろ、しろ! クロエ、クロエ! たのむ、たのむ、返事をしてくれぇぇぇーー!!」


 血を吐くほどに叫ぶ土門は、炎に巻かれたテントに頭から突っ込んで行く。

 後から来た男達も同じだった。自分の妻や子供、老いた両親の名を叫びながら走っていく。


 ただ一人、宗石を除いて。

 彼だけは、冷めた目で炎に巻かれる集落を、只々眺めていた。口元に薄く笑みを讃えて。



 焼け落ちる寸前のテント。迷わず飛び込んだ先で見た物は、彼が生涯忘れられなくなる程に、辛い光景だった。



 裸に剥かれたクロエの姿と、クロエが必死に抱きしめている……シロ。

 シロを庇うよう背中を丸めたクロエ、その体には乱暴された後が幾つも残っていて、トドメとばかりに(つば)の部分まで深々と背中に突き刺さった刀が、シロもろとも串刺しにしていた。


「あっあっ、あぁぁぁぁ! ぁあぁああああああああああああッ!!」


 土門は二人を抱え、燃え盛るテントから飛び出していた。腕の中に抱えるクロエとシロを抱えて。


 遅すぎた。苦悶の表情のまま二人は既に、事切れていた。


 煤けた顔で土門は急ぎテントから離れ、二人を地面にソッと降ろした。彼は、苦痛に満ちた表情でクロエとシロの顔に優しく手を置き、安らかな表情へと変えてやった。


 感情を無くしたその顔で、地に付けた膝をゆっくりと持ち上げる。

 落ちた視線。自分の体を見ると、クロエとシロの血がベットリと付いている。……クロエとシロの血がベットリと。……クロエとシロが・シ・ン・ダ。


 土門の顔が見る見る変わっていく。

 髪は逆立ち、目を切り裂き、眉は太く尖る。鼻に幾重にも皺を刻み、口は鋭い牙を剥き出しにしていた。怒髪天を突く。


「うおぁぁああああッ! おあぁああああああッ! ぉうおおおおおおおおおおおッ!!」


 土門は正気を失った。……壊れてしまった。


「ガァァァァーー! グガァッ! グガアァァァ! ガアアアァァァァーー!!」


 手負いの獣の如く暴れ回る土門。焼けたテントを薙ぎ払い、木をへし折り、大木に頭突きをかましている。彼は、完全に怒りの矛先を見失なっていた。


 他の男達も似たり寄ったりで、怒りのまま暴れる者や深い悲しみに沈む者、茫然自失と空を見つめる者と皆、悲しみに打ち(ひし)がれていた。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」


 どれほどの時間、暴れたのだろう。

 いつしか土門は、頭や拳、肘、膝、足と、至る所から血を流して大の字に倒れていた。


 “ クロエ、しろ、俺もそっちに行くよ ” 閉じた瞼からひとしずく涙を溢して。


 土門は、自らの死を選んでいた。


 そして二人の傍に座り込むと、優しく二人を抱きかかえ、愛しむようぎゅうと抱きしめた。周した左手はクロエの背中に、右手は刀の持ち手に添えて。


 彼は二人を突き抜けた刀の切っ先を、自らの心臓に突き付けた。


「全部、俺の責任だ。クロエ、しろ、ゴメンな。俺も直ぐにそっちに行くから」


 大粒の涙を流す土門の顔からは既に、怒りの感情は消えていて、その変わりに深い悲しみの色が貼り付いていた。


 全てを諦め、途方に暮れた男の顔がそこにはあった。


 “ クロエ、しろ、待っていてくれ。俺もいま行く ”


 土門は、握り締めた刀に力を入れ──。


「土門さん! 集落を襲った奴らの、足跡見つけました」


 手が止まった。顔を上げた土門の目には血の涙が流れていた。


「宗石、案内しろ」

 怒気を孕む(はら)んだその声に、宗石の全身が粟立つ。

 宗石の案内で確かに足跡はあった。足跡を辿る先にあるのは……森山村。鼻息を荒げ、そのまま一人で森山村に歩きだす土門。


「チョ、チョ、チョ、チョット待って下さい土門さん、一人で行く気ですか?」


 宗石を無視し、歩き続ける土門に止まる気配が無い。


「土門さん、土門さん! とりあえず、ご家族を……。せめて、クロエさんとしろちゃんを埋葬してからにしましょう」


 “ クロエ、しろ ”

 土門の歩みが止まる。途端に視線を落とし、項垂(うなだ)れる土門を宗石は、皆の待つ集落へと連れていった。


 そして残された者で、殺された家族、仲間を埋葬してやった。男達の悲痛な叫びや嗚咽の中、土門が手にしている物は、土門に残された物は。


 クロエの腕に抱かれていたしろが、最後の最後まで握り締めていた、向日葵柄の巾着袋だけだった。


 中を開けて見ると、シロが大好きだったデンデン太鼓と、家族で川遊びに行ったときクロエとしろが拾った七色に光る綺麗な石だけ。

 土門は懐からクロエとしろの髪の毛の束を取り出すと、しろの宝物と一緒に巾着袋にしまう。そして大事そうに懐にしまった。


 “ クロエ、しろ……しろ。……クロエ ”


「ふっ、ふぐっ、ふっ、グッ、うっ、ふぐっ……」


 猛烈な怒りからの猛烈な悲しみ。感情の乱高下にもう、何も考えられない。何をすればいいのか判らない。


 止まらない涙を延々と流しながら、クロエがいつも言っていた言葉が耳に蘇る。


 “ あなたは、誰よりも優しい人だから ”


 そう、愛する妻の声が語りかけてくる。


 優しくても、愛する人を守れなきゃ……意味ないだろ!!


 力の限り地面を殴った土門は、そのまま小さく(うずくま)ってしまった。彼は全てを投げだし、貝のように閉ざしてしまった。


 「土門さん、人数を揃えましょう。……幸いにも、田之上様(領主様)の弟君と知り合いですので、助けを乞いましょう」


 頭上より宗石から掛けられた声に、廃人のように土門は頷いていた。


 復讐する事で命を繋いだ。



 そして宗石に導かれるまま砦に向かい、俺達は森山村を襲撃した。ただ、クロエの言葉が耳にこびり付いていて『人を殺さない』って条件で、領主様の弟君、厳伍様に仕えていたんだ。


 そう話終えると、土門さんは神妙な面持ちで。


「本当に、申し訳無かった……」


 深々と頭を下げてくれた。




ありがとうございました。

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