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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
20/122

夢の中で

 本日、21時に『女剣士』のタイトルで別の作品を投稿します。暇つぶしで読んで頂けたら、嬉しいです。

 それではよろしくお願いします。


 炭を溢したような、真っ黒な視界の中。


 進む先に小さな光が見えて来た。


 進むほどにその光りは、微に確実に広がっていく。


 進めば進むほどにその光りは、僅かながら広がって。


 眩い光りのその中に、小さな人影が見てとれた。


 進むほどに光りは広がるが、人影はボヤけたままでチラチラと動いている。


 進むほどに、進むほどに、その光りは広がりを見せ、視界の半分にまでなっていた。


 ボヤけたままの小さな人影は、こちらに気づくとおぼつかない足取りで近づいてきた、その不思議な光景に、遂に足が止まってしまった。



 フイに聴こえた懐かしい声。


「おどどー。おかえりー」


 ボヤけた小さな人影が発した言葉、かつて当たり前のように聴いてた言葉、もう二度と聴くことの出来ない声音に電撃が走った。


 とっさに土門は駆け出していた。


 逢いたくて、逢いたくて、でも二度と会う事の出来ない愛娘がこの光りの中にいる。そう思うと居ても立っても居られなかった。


 巨躯のオッサン(真平 土門 まひら どもん)は、無我夢中で走った。


「おどどー。おどどー」


 その舌っ足らずな愛娘の声に、土門は全力で近付こうとひた走る。


「しろー! しろー!」


 愛娘の呼び声に、いつしか土門も娘の名を叫びながら走っていた。


 微かに広がる光りの中に、細身の女性らしい人影が見え始める。強い逆光で目が眩む。その女性らしき人影もまた、ボヤケたままでその顔までは分からない。


 けれど、土門には分かっていた。その物腰に、その立ち姿に、見紛うはずが無い。

 自分が唯一愛した女性なんだと、愛する妻なんだと確信する。


「しろー! くろえー! 今いくから、まってろーッ!!」


 流れる涙で視界が霞む。叫びすぎで喉が焼けるほどに痛い、それでも土門は叫びながら走り続ける。


 愛する家族の元へと、全身全霊で走り続ける。


 徐々に広がる光りの中へ、もっと早く、もっと早くと、我が身を急かして……。


 あと少しで届きそう、そう思った瞬間。



「あなたッ!!」


 妻クロエの叱責する声が、土門の耳元で聞こえた。




 ハッと我に帰る土門。目に映ったその場所は、ただの何も無い地面の上だった。

 木の杭を突き刺さしただけの、簡易的な檻の中。

 木の桶が一つと、呉座が敷かれているだけの簡素な檻の中で、独り土門は寝かされていた。


 涙のあとで湿った目元。土門はそれを指で弾く。落とした視線で、首に下げていた筈の巾着袋が無いことに気付いた。


 深呼吸をひとつ。大きく吸った空気の中に、今見た夢の出来事を一切合切乗せた土門は、その空気を一気に吐き出した。

 

 平静を取り戻した土門は、檻の外からの視線に気づく。当然の事だ、罪人に監視が付かない筈は無い。

 

 土門はその視線を無視して、呉座の上に胡座(あぐら)をかいた。そしてそのまま静かに瞑目する。

 ここで一考。土門には腑に落ちないことがあった。何故俺は生かされているんだろうと、疑問が浮かぶ。その疑問に納得いく理由が見つからない。


 あの状況、あの場面では確実に殺される筈だった。それだけの事を、自分はして来たのだから。しかし自分は生きている、その事実が理解出来なかった。



 近付く足音。檻の前で止まった人物に土門は薄く目を開ける。

 見上げた先には、厳つい岩を貼り付けたような顔に、鋭い目つきをした偉丈夫が立っていた。


 見透かしたような顔でこの男は、土門本人を突き抜け、土門の脳裏を見据えている、そんな気がした。

 未だ脳裏に妻と娘の影が残る。愛する家族を見られているようで、何とも気持ちが落ち着かない。




「……話しを聞きたいのだか」



 静かに語るこの男。繁忠は無表情のまま問うて来た。揺れる松明の明かりに、この男の機微を掴みきれず土門は、瞑目で答える。



 些事とばかりに、話しを続ける繁忠。


「……これはお主の持ち物で、間違いないか」


 袖口から繁忠は、向日葵柄の巾着袋を取り出した。それを胸の前にかざして見せてくる。土門の肩がピクリと反応をした。


 薄目を開け眉間に皺を寄せる土門。それも刹那のことで、身じろぎもせずまた、瞑目でその答えを示した。



 バサッと、何かが檻の中に投げ込まれた。まさかと思い、土門は再度薄く目を開けた。


 目の前には向日葵柄の巾着袋。


 フンと鼻を鳴らし、踵を返し立ち去る繁忠に。


「お前が拾ってくれたのか?」


 始めて発した土門の問いを、繁忠は背中越しに受け止める。


「イヤ、ワシではない。お主と相対したアイツ……モンジだ」


 それだけ言うと、繁忠は檻から離れていった。土門は、サッと巾着袋を拾い上げるとすかさず中身を確認した。


 亡き妻と亡き娘の髪の毛の束、それと娘の宝物であるデンデン太鼓と綺麗な石を確認すると、慈しむよう胸元で抱きしめ、ソッと懐にしまった。



 そして土門は姿勢を正し、歩き去る繁忠の背中に深々とお辞儀をした。

 背中越しに感じた土門の謝礼に、繁忠の口元も柔らかいものに変わっていた。




♦︎♢♦︎♢♦︎




 一艘の笹舟が川面を流れていく。


 川の流れに身を任せ、小さな笹舟は進んでいく。


 アッチにぶつかり、コッチにぶつかり、ゆらゆら、ゆらゆら、転覆せずに流される。


 飛び出た岩に引っかかり、渦に巻かれてクルクルと、頼りなさげに笹舟は、それでも前へと進んでいく。


 抗う術を待ち得ない、流れるままに流される。


 小さな、小さな笹舟は、先へ先へと流される。




 夢だと分かる夢の中で、その笹舟がまるで自分自身を見ているような、そんな気がしていた。

 


 夢がボヤけていく。夢が消えていく……。



「……のとー。……いぃは、インコのいー。トイチのちぃは、乳首のちー。トイチのとぉは、トイレのとー。トイチのいぃは、インドのいー。トイチのちぃは、乳首のちー。トイチのとぉは、トンボのとー。トイチのいぃは、イモリのいー。トイチのちぃは、乳首のちー。」


 どんだけ乳首好きなんだよ! 中学生男子か!


 変てこな歌にツッコミながら目が覚めた。徐々に目を開けると、……白い天井が見える。

 ほんのり香る消毒液の匂い。何の気なしに目だけを動かし辺りを伺う。

 白いベッドに、白い部屋。天上から吊るされた仕切りカーテンに……。どうやらここは、病院の一室らしい。


 目の端に映るガラス窓、夕日の所為かオレンジに光るガラス窓の側に、斜陽に包まれた筋肉質の背中が見えた。


 ゴツい体でパイプ椅子に腰掛け、窓枠に頬杖と、物憂げな横顔で、斜陽に包まれながら窓の外を眺める筋肉達磨は、未だ変てこな歌を歌ってる。



 変てこな歌の張本人は……優作だった。



「……⁉︎」


 声を掛けようとするも、アレッ!おかしい、声が出ない。


 かろうじて動くのは眼球だけ、目だけで何とか自分の体を確かめる。

 すると体に掛けられた布団からいくつもの透明なチューブが伸びているのが分かる。

 ……なんなん、俺ってかなりの重体なん? なんか酸素マスクみたいのも顔に付いてるし。


 混乱してしまったが、優作の姿が見れてホッとしたのも事実で。津波に巻き込まれてから、ソッチの世界の情報を知る術が無かったから、凄く気にはなっていたんだ。

 だから、優作の元気な姿が見られて心底安心した。

 気になっていた事の一つは、解消された訳だ。


 俺はここで大きく息を吐いた。そしたら優作がパッとこっちに振り向いて、薄目を開けている俺に気付いてくれた。

 驚いた顔で優作は、ガタッと椅子を鳴らし立ち上がると、慌てて駆け寄ってきた。



「トイチッ! トイチが気が付いた!? ……トイチ! トイチ!」


 あー、うるさい。耳元で叫ぶなよ。手も握んじゃねぇ! あー、もー、やめろゴリラッ、気持ち悪い! 嬉しいくせに、気恥ずかしさから毒を吐いてしまう。


「ちょっと待ってろよトイチ! 今、先生呼んでくるから!」


 捲し立てるよう話す優作。前のめりな走り方で廊下に出て行ってしまった。


 騒がしい奴。また一つ溜息がでた。だけど……。結局、あの世界のことは夢オチだったって訳か。


 とても夢とは思えない程、現実的過ぎる夢だった。……あの大立ち回りも、繁忠も、絹さんも全てーー夢。


 ……そして、イエ姉も夢。


 何か、胸にポッカリと穴が空いたような、やり残した事を思い出した時みたいに、何ともスッキリとしない。

 モヤモヤもするし、不快感しか出て来ない。


 フと思う。俺はまた、一人か、と。


 日常の生活に戻るってことは、また一人に戻るってことだ。少しの間の事だったけど、それでもイエ姉との暮らしが素直に楽しくて、嬉しくて、このまま続いて欲しいって本気で思ってしまっていて。


 寂寥感(せきりょうかん)って言うのか、猛烈な寂しさが体の内側を襲ってくる。勿論、コッチの世界から離れた時も寂しさや孤独感はあった、あったけれども。


 ……次元が違うって言うか。……イエ姉に逢えないって思うと切なくて、ただ切なくて。


 もう一度、イエ姉に逢いたい。この時俺は、心の底からそう思っていた。



 けれど、そう思った瞬間、四肢を楔で繋がれたように下へと、思いっきり引っ張られ出したッ!

 かろうじて、手が動く! しかしその手は空を掴むだけで何の役にも立たないッ。


 な、何なんだ! ナニが起きてるんだ! 何で引っ張られてるんだよッ!?


 文句を言っても返事などあるはずもない。だけど、この状況下でひとつ気付いたことがある。


 ……体じゃない、意識だけが引っ張られているんだ!


 気付い時にはもう遅かった、グンッと一気に意識を持ってかれ、目の前が真っ暗になる。そして……。



 ハッと気付いたら目の前にーーってか、仰向けの俺の腹の上に猫がいた、太った三毛猫が!?


 オォフッて、ビックリして変な声がでちゃったよ。……それに、この猫よく見たら『よっちゃん』じゃねぇか!


 トレードマークの二本の尻尾をクネクネさせて、香箱座りでジッと見据えてくる。

 よっちゃん? ……でもよかったな、無事で。やっぱ気になってたからね。イヤイヤ、別に忘れてた訳じゃないから。


 そんなことを考えていたら、よっちゃん。面白い顔でデカイ欠伸をして、伸びーをして、のしのしと俺の腹から降りてくれた。

 ゆっくりとした足取り。よっちゃんは土間にドンッと重そうに飛び降りると、またのしのしと歩いて、そのまま外に出て行っちゃった。


 大物感溢れるよっちゃんに目を奪われて、見えなくなるまで目で追いかけてしまったよ。


 土間って……!? えっ、またモンジに戻ってんジャン!

 


ありがとうございました。

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