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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
19/122

墓守りイエの思い

 今夜21時に、『湖のほとりで』のタイトルで恋の物語を投稿します。暇つぶしに読んで頂けたら、幸いです。


 それでは、よろしくお願いします。


 ー 半日前の出来事 ー



 あの子酷いッ! 今までずっと、お出かけもお風呂の時もお布団も、いっつも一緒だったのにっ! いつも一緒にいようねって約束してたのにッ!


 可愛いらしい顔を焼きたてのお餅のようにプクーッと膨らませている彼女。朝からご機嫌ナナメなイエは、腕組みをしながら居間の隅の段差に腰掛け、不貞腐れていた。

 

 紫陽花色の流水に桜吹雪をあしらった着物柄、渦文に桜の帯と少し季節感のズレた御召し物の彼女は不機嫌全開である。

 足指に引っ掛かけた草履をブラブラと、家の出入り口を只々睨みつけている。



 後ろをコソッと付いてくだけでいいのに! 邪魔なんかしないのにッ!

 記憶喪失なんだから、わたし、すっごく心配なんだからネッ!


 大丈夫、大丈夫だからと、逃げるように家を出て行ったモンジの姿を思い出し、イエは納得出来ず更に頬を膨らませた。



 まだ、いってらっしゃいも言って無いのに。


 両足をバタバタさせて、ムーッと唸るイエ。そして項垂れる。

 


 やっぱりこの所為なのかな。



 赤茶けた癖のある前髪が顔を隠す。見つめる先は、火傷あとの残る自分の両腕。落胆と共に口に溜めた空気が漏れ出した。

 実際、少し引き攣る所為で家事仕事が人よりも時間が掛かかる、しかも冷たい水や寒い日は指が動かしずらいのも事実だった。


 だけどそれは今更のことで、私的にはちゃんと出来てると思うんだけど……。尻窄みになって行く彼女の思考。


 ……わたし、耳も聴こえない。


 自分でトドメを刺してしまった。そして更に落ち込んでしまう。彼女の動きが止まる。静寂が訪れる。


 虚な瞳で物思いに耽る彼女。落ちた頭は上がる気配はない。このまま暫くの沈黙。


 急にガバッと顔を晒した彼女。何か不都合でも生じたように、眉間に皺を刻み驚きの表情を見せる。


 

 こんなんじゃ私、お嫁にも行けないじゃないッ!


 心の中で叫ぶが、また直ぐに暗い顔になって、自然と頭が落ちて行く。ドンドンドンドン落ちて行く。


 またもや一時の沈黙が続いた。



 いつの間にか止まっていた足が、再度パタパタと動きだす。そしてパッと上げたその顔は、満面の笑みを咲かせていた。


 うん、決めたッ!わたし、モンジのお嫁さんになる!!


 そう自分の中で宣言した彼女。その表情は、すこぶる明るいものになっていた。

 さっきまでの落ち込みはどこへやら、首をふりふりリズムを取って、彼との明るい未来に想いを馳せる。



 記憶の無い彼もチョット男っぽくて、カッコいいし〜。お顔も相変わらずのオメメパッチリ、おでこつるんで可愛いし〜。実際、来年で彼も十五歳になってホントの大人になるから〜、そしたら絹ちゃんの神社で結婚式挙げて〜、お金があんまり無いから〜、ささやかな物になるけど〜。


 ん? ちょっとまって、彼は派手にしたいかも。そうなるとー、もっとお金を貯めなくちゃだねー。

 でもでも、ここはしっかりと彼と相談しなきゃだねー!

 一生に一度のことだし、初めての共同作業だしね。


 うん、うん、と真剣な顔で一人頷くイエ、その頬はほんのり紅く染まっていた。けれど、彼女の妄想には一番大事なものが抜けている。……それはモンジの気持ちである。

 彼の預かり知らない所で、彼の将来が決まって行く。しかも、彼女の妄想はこれっぽっちじゃ止まらない。



 二人の愛の巣は、取り敢えずここで我慢してー。……んー? もう少し新婚らしさが欲しいかな? そしたら手直しが必要だな〜。


 それと〜、彼との子供は〜……。……彼との子供は? 彼の子供。……彼との子作り。



 火がついたように、全身を真っ赤にする彼女。誰もいない家の中で、恥ずかしい妄想に耐え兼ねて、堪らず両手で顔を隠した。



 フーッと長めに息を吐いて、両手を降ろした彼女。その表情は落ち着いたものにはなったが、心臓の鼓動はまだまだ五月蝿いままだった。

 顔が熱い。両手で顔をパタパタ仰ぎながら、それでも彼女の妄想は終わらない。



 うんっ! 最低二人は欲しいな!男の子と女の子! 

 男の子だったら彼みたいにカッコイイ子になるし、女の子だったら彼に似た可愛い子になるし。

 アレッ? どっちも彼似になっちゃう。フフッ、まぁ、いっか。

 ……可愛いんだろうなー、彼似の子供達。フフッ、ウフフッ。



 幸せいっぱいな、彼との未来予想図。いつしか機嫌の悪かったことなどすっかり忘れ、春の木漏れ日のような、暖かい笑顔を作っていた。

 


 アッ! いっけない。お墓の手入れをしなきゃ!



 妄想遊びに夢中になり過ぎて、墓守りである自分の仕事を忘れていた。


 すぐさま現実に戻り、急がなきゃと、土間に飛び降り棚の一番下にあるお掃除セットを目指す。


 膝を折り、伸ばしたその手がピタリと止まった。


 子供がらみで思い出した。心の内に秘めた彼女の記憶を思い出す。二人がまだ幼なかった頃の、彼と出会ったばかりの頃の記憶が蘇る。


 私は彼の口から、彼の本当の名前を聞いていたんだ。


 彼は自分の胸に手を添えて、既に耳の聴こえない私でも解かるように、ゆっくりとハッキリとした口調で教えてくれた。



『ト、イ、チ』って、彼は教えてくれた。


 

 だけど私は、この名前を私だけの心の奥底に仕舞い込んで、聞かなかったことにしたんだ。


 ……私は最低な人間だ。


 この時の私は、この名前が世に出てしまったら、彼はどこかへ行ってしまうんじゃないか、どこかへ連れていかれるんじゃないかって、子供心にそう思い込んでいた。


 いやっ、絶対にいやだッ!


 彼と離れるのが嫌で、彼と会えなくなるのが嫌で、……ただそれだけの理由で、自分勝手な理由で私は、彼の名前を封印した。


 私がわたしを軽蔑する理由だ。


 彼の本来戻るべき場所を、与えられる筈の幸せを奪ったのは、紛れもなく私だ。だから、せめて彼だけは幸せになって欲しい。


 いまさら私なんかが言うのはオコガマしいとは思うけれど、モンジだけは幸せになって欲しいと心の底から思っている。


 その為なら私は、全てを捧げる覚悟でいる。


 ……その上で、私を近くに居させてくれたら、それだけで私は幸せなんだ。


 これが彼女の贖罪であり、イエの本音であった。


 (つら)そうな表情で、痛む胸の内を隠すように彼女は、両手を胸に添えた。

 だけど、彼女が幼い頃に抱いた想いは日に日に募るばかりで、その答えは激しい動悸となって、添えた手の平では抑えきれない。

 


 私は彼を、モンジを心から愛してる。この想いだけは決して色褪せない。

 



 いけない!また物思いに耽っていた。たまに一人になると考え込んじゃうな。


 潤む瞳で耳まで赤い彼女は、小さくベロを出し破顔する。そしていそいそと、お掃除セットを持ってお寺まで急いだ。



 お寺の山門を潜る彼女、すぐに普段とは違う違和感に気付いた。目を閉じ鼻をスンスン鳴らして。


 ……海から来る潮風に混ざって、何か焦げたような匂いがする。


 顔を(しか)めたイエは風上の方、村のある方へと体ごと視線を向けた。


 ……!?


 また襲撃だッ! 既に村の入り口付近にある家屋は火が放たれていて、村人達は逃げ惑っている。


 女性や子供達を追い立てる漆黒の鎧武者に、物資を強奪する獣姿の男達が、村の中を我が物顔で駆け回っている。


 本来なら村から聞こえる警鐘の音や叫び声で、もっと早くに気付ける筈だったが、耳の聴こえないイエは気づきが遅れてしまった。


 再度の村への襲撃に避難場所は決まっている。あとは逃げるのみ、しかしイエは躊躇していた。


 お寺に大切な物を隠してるから。


 モンジに関わる大切な物、いづれ彼が必要になる物。あの日、彼が唯一持っていた物を。



 お寺のお堂に隠した、モンジにとって大切な物を取りに、イエは墓の中を急ぐ。お堂の中、誰にも見つからないよう、奥底に隠したソレを引っ張りだし懐にしまうとイエは、避難場所まで駆け出した。


 しかし、時は遅すぎた。


 お堂から出た彼女が目にしたのは、墓の中央に一人立ち塞がる漆黒の鎧武者。

 


 モンジッ!



 彼女は胸に仕舞い込んだ大切な物を握り締め、黒い鎧武者を睨んだ。


 彼女の精一杯の威嚇に、黒武者はさも楽しそうに首をコキコキ、抜き身の刀をクルクル回して近付いてくる。


 そして立ち止まると、これ見よがしに、隣にあった墓石を蹴倒した。


 ズンッ!と空気を震わす墓石の重たい音に、イエの肩が跳ねる。怯えた表情に変わる彼女を見て、更に上機嫌なる鎧武者は、刀の背で墓石を一つづつ叩きながら彼女に近付いて行く。


 墓石を叩く音、命のカウントダウンに、イエは身を竦めるしか無かった。



 モンジッ!



 まだ果たし切れていない彼女の贖罪と、胸に秘めた彼の出生の秘密。そして何より『彼に一目だけでも会いたい』と願う、その思いで彼女は自分自身を奮い立たせーー駆け出した。


 彼の元へ、(いと)おしいモンジの元へと駆け出していた。


 お寺の出入り口は、裏の通用口の扉が壊れたままなので、山門一つしか無い。

 ならばと、イエは墓石の外周をグルッと周り、外に出る算段を立てた。

 しかし、走り出した彼女に黒武者はすぐさま反応し、墓石を最短距離ですり抜けると、彼女に最も近い墓石を蹴倒し、足止めをして来た。


 倒された墓石は彼女の足を掠め、キャッと短い悲鳴と共に、イエはその場に倒れてしまった。


 (ひざまず)いたまま足首に走る痛みで顔を顰める彼女に、刀で肩をトントン叩きながら見下ろして来る、漆黒の鎧武者。


 それでも彼女は意を決し片足で立ち上がると、痛めた足を引きづりながら、寺の外へと歩き出す。


 彼に一目会いたいとその一心で、イエはなけ無しの勇気を振り絞り、歩き続ける。



 それを只々眺めてるだけの黒武者は、仮面越しにも分かるくらい、下卑た笑いを浮かべていた。

 理由は簡単、ここでは墓石が邪魔で刀を振り回せない、この女を切り刻めないと。

 そんなゲスにも劣る理由で、彼女が広い場所に出るのを待っていた、今か今かと待ち侘びていた。


 そんなこととは露ほども知れず、イエは足を引きづり必死に歩を進める。


 ひとえにモンジに会いたいが為だけに。



 モンジ、モンジ、モンジ、モンジ、モンジ、モンジッ!



 愛おしい彼を想いながら、心の中で彼の名を叫ぶ。


 やっとの事でイエは寺の山門に手を掛け、そして力の限り飛び出した。けれど、その拍子にイエは蹈鞴(たたら)を踏んで転んでしまった。


 荒い息のまま、なかなか追いついて来ない黒武者に、イエは振り返ってしまう。


 待ってましたと言わんばかりに、楽しそうに首をコキコキ、刀をクルクル回しながら、鎧武者は近付いてくる。



 逃げなきゃ! 早く逃げなきゃッ!! そう思った瞬間。


 熱い視線を感じた。


 わたしが感じた視線の先に……!? 彼がいた、いてくれた!!


 私は自身の置かれた状況も忘れ、彼に釘付けになった。わたしは嬉しかった。こんな、こんな私なんかの願いが叶ったから。


 彼は全身傷だらけで、それでもこんな私を迎えに来てくれた。


 私はそれだけで、天にも昇る気持ちになった。もう、思い残すことが無くなってしまった。


 嬉し過ぎて泣き出しそうな私は、それでも気持ちをグッと堪えて。


 だって、私が泣いてしまったら、優しい彼は自分のことそっちのけで、私を助けに来てしまうから。


 わたしは、彼が傷つくのは見たくない。


 彼だけは生きていて欲しい。だから逃げて欲しい。せめて彼の記憶の中にいる私は、笑顔のままでいたいッ。



 そしてイエは、愛おしいモンジに向けてーー優しく微笑んでいた。そしてこうも思った。


 モンジ、あなたを愛してます、と。




 ありがとうございました。

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