片岡 九郎太郎右衛門
拙い文章ですが、小さな恋の物語を書いてみました。暇つぶしにと、読んで貰えたら幸いです。
この後、21時に投稿させて頂きます。『墓守り紋次の物語』同様、『あなたに逢いたい』もよろしくお願いします。
本陣の中を物色し始めた繁忠。賊共の何かしらの手掛かりを探す目的なのだが、陣膜も無地、陣旗も無地、椅子二脚と木の机の上に地図が一枚だけと、手掛かりと成る情報は殆ど無かった。
ただ、地図の内容は森山村の詳細な地図で、半分ほど既にバツ印が書かれている。そして地図の右下には、マルの中に下に稲穂、中央に中の変形逆文字が書かれた家紋らしき印が記されていた。
賊の頭目……。厳伍様に似ていたような気がしたが……。 ワシの、気のせいか?
見た事の無い家紋に、顎に手を置く繁忠は首を傾げる。
落ちた頭目の安否を確かめるべく、岬の上から崖を見下ろす。すると船が一艘、外海に向かっているのが見えた。
フンッ、逃げられたか。
死体を確認するつもりだったが、まんまと逃げられてしまって繁忠の厳つい顔が曇る。
見つけた地図を懐にしまうと、陣を出て絹の前に立った繁忠は深い溜息をついた。気になる事も増えた所為か、あまり顔色も良くない。
絹もまた、腕を組み、凛とした立ち姿を見せるが強がりと判るほどに、その白磁のような肌が疲労の所為か、青みがかっている。
前回から続けざまの今回の襲撃事件。目まぐるしい緊急事態の連続に、戦経験の乏しい二人は思っていた以上に疲弊していた。
「……それで、どうするの? この状況」
先に口を開いたのは絹だった。大雑把な質問に口を曲げた繁忠は、視線を村へと落とす。
視界に映るのは、這々の体で逃げ惑う賊共に、それを追い回す村の男達。
形勢はすっかり逆転している。その切っ掛けを作った当の本人、モンジはここでお尻を突き出した格好で気絶している。
『モンジ』不可思議なチカラを使うこの少年。繁忠は気付いていた、彼の中に宿る者の正体を。
おそらく『村岡 九郎太郎右衛門』であろうと。
無手を主とした、鬼神の如き戰人。
無手と言っても、拳士ではない。全ての武器に精通していると言う意味で……言わば化け物、まさしく鬼神だ。
十年前の前帝暗殺に関わる人物として、極悪人認定されていた男でもある。その後、直ぐにこの男は処刑されている。
幼少時、繁忠はこの男の戦いを一度だけ観た事があった。当時、冷夏続きで飢饉も頻発し、この辺りも百姓一揆が盛んに起きていた時期でもある。
あの頃の戦事は、貴族のあいだで祭り事と同様に扱われ、決戦の場には貴族観衆が詰めかけていた。勿論、百姓一揆鎮圧も例外では無い。
父親に連れられ、決戦場での幼い繁忠が目にした光景は、今でも彼の脳裏に、おぞましい恐怖として刻まれている。
戦の『いの字』も知らぬ幼い繁忠は、現地のただただお祭り騒ぎの様相に心踊らされていた。
敵軍、森を背に百姓どもが農具片手に陣を敷く。自軍、甲冑武者の横並びの陣形が壁を造る。耕作場である平地を挟んで睨み合う状態だ。
自軍かまびすしい喧騒の最中、戦場となる平原に躍り出たのは、たったの四人である。
百人を超える一向一揆衆を前に、四人編成の武者が挑む前代未聞の光景、命知らずの作戦である。
いや、この時点で作戦と呼べる代物ではないのかも知れない。
槍、大槌、大刀と各々の武器を携える四人の荒武者ども。その中に冷たい目をした、眉目秀麗、無手の男が一人いた。その人物こそが『片岡 九郎太郎右衛門』その人であった。
当時、最高にして最強と言われた軽甲冑を着けたこの男『片岡一人で、戦が変わる』とまで言われた男である。
確かに最強ではあったが、勝ちに非情で残酷であると噂の最悪の戦人でもあった。
“ ドオーーンッ! ”
銅鑼の合図を皮切りに決戦が始まる。百姓どもは怒号と土煙を巻き上げ迫り来るッ!
迎え撃つのはたったの四人。百対四である。
幼い繁忠は固唾を飲んでそれを見守っている。自ずと注目してしまうのは片岡本人であった。
しかし、直ぐに繁忠は目を見張る事となった。
度肝を抜かれた。
それはまるで別次元の出来事のように思えて……。奴が竜巻の中心であるかの如く、人が紙切れのように吹き飛んでいく、弾かれていく。信じられなかった。
無手の片岡が突っ込んだその先に、駆け抜けた道筋に沿って死屍累々の山が築かれて行く。
何が起きているのか幼い繁忠には理解不能だった。
もうやってる事が滅茶苦茶過ぎたんだ。
片岡が手にしている得物は、刀であったり、槍であったり、ナタであったり、鍬や鎌なんかもあった。しかも目欲しい物が無くなると、落ちてる小枝なんかも使っている。勿論、拳打、体術も駆使して。
人間竜巻のよう、戦場に旋風を巻き起こす片岡に、まるで自分の庭のよう縦横無尽に駆け回る奴の姿に、空いた口を塞ぐのも忘れ、幼い繁忠は見入ってしまっていた。
まさに、鬼神さながらに返り血を浴びるこの男の姿に、人を超越した動きに、声を失い繁忠は例えようの無い恐怖を覚えてしまった。
一揆衆の頭や腕が、空に舞う。半刻も待たずに血の海と化した戦場に、この湧いては消える忌避感と嫌悪感に、堪らず繁忠は自身の足元に嘔吐してしまっていた。
気付けば怒号飛び交う戦場は、いつのまにか静寂に包まれていた。決戦場となった近隣住民の耕作場。
ただ広いだけの畑跡地に、もう人影は四つを数えるしか立ってはいない。そう、無謀と思える作戦を行った、四人の武者しか残っていなかった。
地獄絵図。まさにそのものの光景、屍の山、飛び散った肉片、むせる程の血の匂いと臓物の絨毯。死体で赤く染め上げた大地に戦の何たるかを、幼い繁忠は思い知らされていた。
始まりこそお祭り騒ぎの貴族観衆も、目の前で起きた惨劇に、鳴き方を忘れたカナリヤのように静まり帰っていた。
ドン、ドン、終わりを告げる銅鑼の音に、いそいそと帰り支度を始める貴族観衆。その表情は一応に硬く、重いものになっていた。
ポンッと、肩に置かれた手で我に帰る。銅鑼の音に気付かぬ程、集中する我が子に対し父親は言葉を選ぶ。
「気にするな。……アレは別者だ。尋常じゃない」
そう掛けた言葉が息子に対して発したものなのか、己に対したものなのか、未だ繁忠は分かりかねていた。ただ、自らが汚した赤く染まる死の大地に、一人佇む『片岡 九郎太郎右衛門』の姿が強く印象に残っている。
返り血で赤黒く染まった体をそのままに、頭を垂らし死者に黙祷を捧げるその姿に、自分の犯した業を余さず受け入れようとするその態度に、片岡もまた一人の人間である事を思い出させた。
武術を極めんとする者には解る、前回しかり今回のモンジの体捌きや足捌き、そしてその動きに『片岡 九郎太郎右衛門』を繁忠は見ていた。
モンジに宿ったこの人物。幼い繁忠に恐怖を植え付けた男の名に、村の襲撃事件解決の思わぬ助っ人の登場に、繁忠は無意識に笑みを浮かべていた。
「気持ち悪いわね! 繁忠」
答え待っているにも関わらず、考え込んでしまった繁忠に、イラ立ちを隠せず絹は一喝する。笑みが一瞬で苦笑いへと変わる繁忠は、尚も楽しそうだった。
「だ、か、ら、どうするのって聞いてるのっ。わ、た、し、は!」
不機嫌顔に、更にイラ立ちを加速させる絹。モンジと熊皮の巨体をサッと見回し、繁忠は幅広の袖に腕を隠し息をひとつ吐く。
「もう、ほぼ終わっているし。このデカイの連れて、勝鬨で閉める。……モンジを頼めるか?」
「あっそ。……わかった」
聞いておきながら、さして興味無さそうに応える絹。その視線の先は、情け無い格好で気絶しているモンジの姿。
「ねぇ。手伝って」
気怠げにお願いされた繁忠は、ヒョイとモンジを担ぎ絹の馬に引っ掛けるよう乗せた。未だ起きる気配の無いモンジの右手には、向日葵柄の可愛いらしい巾着袋がしっかりと握られていた。
「フンッ。甘いのよ、モンジのくせに。……だけど。だけど、あなたは本当に、誰なの」
気絶中のモンジに絹は問いかける。答えなど期待していない問いに、繁忠が同調した。
「記憶が無いと言っていたが、最近のコイツを見ていれば、まるで別人だしな」
「加合様(医者)の請け売りだが、記憶を無くした奴は往々にして、大人しく成るらしいんだが……。コイツは、自分に信念を持って行動している。まるで、逆だな」
モンジを見据えながら、二人は会話をする。当事者である少年はピクリとも動かないが。
「まぁ、ワシの知ってるモンジは、気弱って言うか、ヘタレって言うか、煮え切らないって言うか、とにかくイエにベッタリの、金魚のフンみたいな奴だしな」
アゴに手を当て少年を語る繁忠は、悪戯好きなガキ大将みたいな顔になっている。
「あー、確かにそうね。臆病者で、小心者で、自分では何も決められ無い、自分から動こうともしない。良く言って、優しいだけのグズね」
吐き捨てるように話す絹。二人からの酷い言われように、絶賛気絶中のモンジは文句も言えない。
馬の鞍でうつ伏せに、手足を力無く垂れ下げるグズの少年に、絹は目を細める。
毒を吐いた張本人である彼女は、懐かしむよう微笑んでいた。
「それで、絹はどう思う」
繁忠の問いに絹は眉間に皺を寄せて一瞬悩むが、合点がいった様子で。
「どう?って、モンジが危険かどうかってこと?」
あぁ、と一言。繁忠は真剣な眼差しで絹を見据える。
すると絹はフフッと、小さく笑い。そして……。
「敵の間者って感じには、到底思えないわ。だって間抜けなのは変わらずだもん。それに、イエ姉が懐いてるわ、それが答えね」
フフッと、また小さく笑う絹に繁忠も表情を崩す。
「そうだな」
と、絹の意見に同意した。そしてまた繁忠は村を見下ろす。眼下に広がる景色に、ほぼ鎮圧された村の様子が窺えた。
「では、終わらすか」
「……そうね」
晴れやかとは言えぬ彼等の表情。復旧作業もおわらぬまま二度目の襲撃を受けた惨憺たる村の現状が、二人の心中に重くのし掛かる。
大きな溜息を吐く繁忠、村へと向かうその足取りはとても重たい。そんな繁忠の後ろ姿に絹もまた、小さな溜息を洩らし、胸の中にある憂いを呟くように落とした。
「……紋次。本当のあなたは、どこにいるの?」
吹きつのる潮風に、踊りだす黒髪に、絹は堪らず遠い海に瞳を細める。
いつの間にかの曇天で、遠くかすかに轟く雷鳴の音に、近い未來に不安を募らす。
しけ始めた海原に、落とした問いに答えは要らない。虚ろい易い梅雨空の下、絹はひとり、思い馳せる事しか出来ずにいた。
ありがとうございました。




