第87話 乙女の恋慕は凍らない03
「ミズキはわたくしをどう思っていますの?」
「雌豚」
「…………」
半眼。
ジト目。
然もあらんが。
およそ年頃の女の子に対する批評としては、断首刑も辞さないレベルの罪深き放言だった。
「乙女として見てくれないんですの?」
「精進しろ」
バッサリと斬りつける。
容赦というものが欠落している物言い。
その御本人はまったく動揺もなく、どころか顔色一つ変えずに淡々と事実の一片を語るような口調。
「やっぱりセロリと?」
「あれは懐いているだけだな」
「カノンの王子様」
「口頭契約だ」
「わたくしにもワンチャン」
「あったらいいな」
サクリと言った。
次瞬に感じたのは悪意の一欠片。
悪寒。
寒気。
「――――――――」
そこからの反応は早い。
サラダの深緑の頭を掴むと急激に引き下ろす。
ついでに自身も身を低くする。
「っ?」
いきなりの凶行。
が事態は推移する。
「ぐ! が!」
矢の刺さった通行人が苦しんだ。
毒矢だ。
真っ昼間から襲ってきたらしい。
ソレと覚って姿勢を低くしたミズキである。
一応サラダも納得する。
「レディに対する冒涜だ」
とは思うが、
「死ぬのは嫌だ」
も常にある。
ミズキが傍に居るため最悪のケースは防がれるが、
「だから死んでもいい」
には繋がらない。
既にミズキは結界を張っていた。
索敵。
探知。
「一人か」
すかさず判断。
ミズキ一人を狙うなら妥当だが、
「サラダまで巻き込むのはな……」
すこし怒気を混じらせている。
「度が過ぎたな」
ミズキは倒れ伏したサラダに、
「死にたくなければそのまま倒れてろ」
無情な言葉を吐いて敵に接近する。
矢が襲ってきた。
スルリと避ける。
もはや人間の常識を越えていた。
人外の御業だ。
ミズキ自身の修練の成果でもある。
勿論躱した毒矢は、
「ぐっ!」
「がっ!」
「っつ!」
通行人に当たる。
実はミズキは狙っていたりして。
「くっ」
弓に矢をつがえる。
「――――――――」
より早くミズキの接近が早かった。
「――疾駆――」
加速。
さらに詠唱。
そして宣言。
「――鎌鼬――」
風の斬撃が襲撃者の脚の腱を切る。
そこからは空打ちだった。
拳。
殴打。
流れるような戦闘不能。
魔術師でありながら武術も修めつつ。
街路に引きずり出して、警察に委ねる。
テロリスト一党。
別案件とは考え難い。
「何ですの?」
サラダには意味不明だろう。
「最近狙われててな」
やけっぱちに吐き捨てる。
「ミズキがですの?」
「俺がですの」
コックリ。
首肯。
「警察は?」
「対処療法だな」
仕方ない。
犯行声明を出して殺人を犯す馬鹿も居るまい。
「護衛を回しましょうか?」
「お前は俺の魔術を知っているだろ」
「……そうでしたわね」
そこは納得できるらしい。
「それにしても……」
思案するサラダ。
エメラルドの瞳は危惧を映した。
「祭りではしゃぐ人間もいるってことだな」
サクッと言ってのけるミズキ。
パールの瞳は何を訴えかけるでもない。
「そもそもが規格外」
これは事実。
その上で、「正常主義者の異常性の証明」のために被害を出したのだから何と言うべきか。
無論、毒矢の刺さった被害者は全て治癒してのけたが。
「そういう問題でしょうか?」
サラダの疑念はまこと正しい。
 




