正解と再会
囚人と看守の会話。
「お暇します」
「どうぞ」
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「戻りません」
「わかりました」
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「シスターが危険でして」
「支援はいつでも惜しみません」
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ニートは窓から飛び出した。ゲームの中であっても奇行ではあるが、議長は怪しまない。
(クラウンがいるからね~)
扉の外は。
ニート、議長に詰問され締め上げられているハズの、が部屋を飛び出したら。
クラウンはニートを引き留め、尋問を始め、人を呼び出し、彼らが話を聞きたがり、クラウンが尋問しながら説明し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・収拾がつかなくなる。
シスターが危ない。
間に合わなければ、大変な事になる。
議長は思う。
ニートがなにも言わなかったから、自分に出来る事はない。
今は会議や会合をキャンセル。
いつ呼ばれても対応出来るように。
「出来ることがない、ってのは」
辛いものだ。
それなりに慣れてはいても。
「知られないように、時間を稼がないと」
議長のため息。
クラウンが、ニートの動きをしったら、本当にシスターの命とりになりかねないから。
ニートは残念だった。
あそこで時間をとられておきたかった。
欲を言えば、2~3回押し問答をしてから出たかった。窓から。演出として。
中二的自家撞着演出ではない。
『引き留められて時間を無駄にした』
『やむなく、振り切って、飛び出した』
『これじゃ間に合わないかもしれない』
とアピールしたかったのだ。
評議会の場所である円形劇場には有力ギルドの連絡役や、事務担当プレイヤーが詰めていた。
目撃者は第三者、議長配下のギルド『黄金の夜明け』に所属していない者達が理想だが、その辺りはどうとでもなる。
切り崩しはニートにとって、朝の挨拶程度の話だし、人数が多い集団なぞ刻まれるためにある。
その発想がおかしい。
と言われる事が多くもないが皆無でもないニート。
人にわざわざ種明かしする機会が多く無いだけで、たいていの人は『おかしい』って言うから世の中捨てた物じゃない。
と言うことは『おかしい』と言わない人間がいるのだからこの世の終わりは近いかもしれない。
それより、と言って良くはないが、ともあれ。
なんでそんなアピールが必要だったかと言えば備えである。
なんに備えているんだお前はと言えば最悪の事態に。
つまりは簡単な話。
『手遅れになったのは引き留められたから』
という事にして皆様の理解を得る為だ。
ああ!引き止められなければ助けられたのにな!一生懸命緊急事態だって言ったのに!引き止めるんだもんな!!なんでこんな犠牲が出たんだろうな?誰かが邪魔しなければ防げたのにな!当事者だけが悪いとは言えないんじゃないかな???
こんな感じ。
セイやトモがいたら
『まず助けに行こうぜ!小細工より先によ!!』
と激怒して、殺されそうな発想。
まあ、安全圏だから八つ裂きか。
とはいえ、ニートにも言い分はある。
議長との問答に費やした時間は、問題対処の為に状況を確認しながらやっていた。
確認待ちの間に議長をひっかけるべく務めただけ。
つまり、ニートがいろいろ企んだこととシスターの末路には関係がない。
末路っていうな、末路って。
誰の迷惑にもなっていない。
良くも悪くも状況を変えていない。
まったく問題はない。
んな訳ないだろう、とか、『いろいろって企んだ』って企みは一つじゃないのか、とか、誰かを助ける片手間に誰かを陥れるマルチタスクはそんなのおかしいよ!
と死ぬまでに気がつくか怪しいニートである。
ニートはシスターが殺されたら評議会を潰すことにした。
今、決めた。
シスターは皆に慕われている。
ギルドを超えた人望は希有なものだ。
シスターが傷つけられたら、何を置いても敵討ちに走るプレイヤーは、四桁に届くだろう。
殺した連中と殺された連中。
戦争になる。
どんな戦争になるか。
ギルド『蝦夷共和国』は開戦決意と同時にシスターをフィールドに放り出して始末。
シスターの信奉者がそれと気がつく前に、皆殺しに出る。
標的の辛抱者たちは大半が中堅レベル以下のプレイヤーだ。
安全圏から力づくで追い出して、刈り尽くすだけ。
レベル違いの戦闘はそれぐらい差がある。
これでほぼ終戦。
PK上等の土方達なら、成算ははある。
ニートが知恵を貸してもいい。
その蛮行はプレイヤーの大半から非難されるだろう。
信奉とまでいかなくとも慕うものは無数にいるのだ。
だか、誰が止められる?
信奉者以外は悔しく、悲しく、恨んでも、なにもしない。
何かするような意思は初戦で折れる。
不意打ちでも何でも、デス・ゲームの最中に四桁に届く犠牲者が出れば当然だ。
止められる、責められるとすれば、同じレベルにある攻略組くらい。
北方攻略組は加害者である『蝦夷共和国』に追従するだろう。
もともと、過疎エリアを自分たちで盛り上げた北方の連中。初心者育成が中心のシスターに世話になったプレイヤーが一番少ない。
南方攻略組はもともとまとまりが弱い。
バザールの商人プレイヤーが中心だが、『義を見てせざれば勇無きなり』なんてタイプじゃない。
商人を選ぶプレイヤーは、いくつものゲームを渡って来たヴァーチャルゲームのベテランが多いからシスターに義理はない。
配下の冒険者こそシスターの教え子が多い。
だが、中心となる商人が動かないから、組織化はしない。
西方攻略組は一番人数が多く、シスターに義理があるプレイヤーが多い。
だが、間違いなく動かない。
今進んでいるリトライ作戦の為に、ギルド『GG』から大量のアイテム情報を得ている彼ら。
もともと畏敬をもたれていた『GG』が西方のリーダーになりつつある。
当然、『GG』ギルドマスターのユエは誰が何故どのように死のうが死んだか殺されても、気付きもしない。
ユエが動かない事に、代わって動くやつなんていない。
『蝦夷共和国』は止まらない。罰せられない。
誰もが非難はしても、誰も何もせず、個々の愚痴で終わるだろう。
めでたしめでたし。
嫌な事件だったね。
この悲劇は二度と繰り返してはならない。
で済めば構わない。ニート的に。人間的にはどうだろう?
それで収まらない連中がいる。
事態を防ぐ力はない。
道理を棄てるほど弱くはない。
根絶やしに出来ない程に数がいる。
評議会、シスター亡き後それを率いる『黄金の夜明け』。
クラウンは大変に道徳的な発想が好きである。
議長も人としてまっすぐだ。
クラウンが糾弾し、議長が紛争を防ぐ。
ギリギリまで。
大変困る。
ニートが。
ニートが考えるにほかのプレイヤーも困るだろう。
ニートは『平穏』に暮らしたい。
いや、暮らす。
ニートは、自分が、自分たちが弱いと知っている。
心地よく生きる為に、安定した精神の隣人を必要としている。
反目する勢力がにらみ合い、延々と非難と小競り合いを続ける世界。
まるで内戦中の国に住むようなもの。
ニート以外だって、そんな場所で安心して暮らすのは無理だろう。
争いは防ぐ。
防げないならしかたない。即終わらせる。
終わらないなら、終わらせる。
恨み辛みを長引かせて、膿んで爛れるような関係を、ゲーム世界に広げさせない。
刹那の恐怖、巨大な恐怖で、道義も恨みも凍り付かせよう。
表に出せないくらいに強烈に。
そのためにじゃまになるなら、評議会を片付けよう。
シスターの死に責任がある事にしてしまおう。
議長が使えないなら、クラウンで仕方ない。
正論を怒鳴る彼を陥れれば、正論は潰れる。
評議会が空中分解すれば、中立的なギルドをそそのかして育成圏を安定させてもらおう。
攻略圏と育成圏の心理的な隔絶を決定的にしよう。
悪くない。
ニートはゆっくり振り返って、手を降った。
窓から、評議会の看板がかけられた円形劇場のど真ん中、に着地。
目を丸くする人々。
ニートには、ネコの頭上から、驚き凍りつく少女が見えた。
アーネ。
教都の街で別れた『黄金の夜明け』のメンバー。
命令を無視してまで運営の少女、フミノをかばいギルド内の立場を失ったアーネ。
上司のクラウンから制裁を受けぬように、手柄を探しているアーネ。
ニートを嫌っており、フミノが巻き込まれなければ、迷わずニートに敵対するアーネ。
アーネは、クラウンが、ニートを憎んでいる事を知っている。
(こんどこそ、手柄をものにしてください)
これはニートのせいではないだろう。
ニートのせいだというものはいないだろう。
一見すると、議長の部屋から強引に脱出してきたように見える。
誰にもツッコまれないとどこまで行き着くかわからない。
人間とは怖いものである。




