コミュニケーションの上級テクニック「人にあげるのは自分のお金じゃなくてもいいんです」
ゲーム時間の午前5時はリアルの17時。
季節は同じ、春の空。
「豊かさとは暴力である。貧しきものへの暴力である」
スタスタ。
「あらあら」
ユサユサ。
「と言いますね」
クルっ。
「だってだって!セイちゃん!」
ふわふわ。
「あーそー」
ぺったんぺったん。
「・・・なるほど、ですわ」
ユサユサ。
「わたしたち、イジメられてる?」
ふわふわ。
「あー?」
ぺったんぺったん。
「ほらほらほら」
ふわふわ。
「指さすなーーーーーっ!オッパ、胸の話カー!!」
森から街道。
程なく城門。
教都をキョウトと読めども和風ファンタジーではない。
西洋風っぽい城郭都市だ。
スフィアが非日常を目的にしたゲームであり、ユーザーの大半が日本人だからいたしかたない。
ただプレーヤーの美意識は日本風なワケで。
ニートと聖、ネコカフェ一行はギルド『聖球寺』のメンバーに囲まれて歩く。
「豊かさに悩み、乏しさに苦しみ・・・宿業ですわ」
ユサユサ。
「豊かな悩み?」
「あーあれですね!肩が凝るとかカワイイブラが無いとか!」
「なーにが悩みだ!これ見よがしに揺らして『イヤらしい視線が』とか言うんだろーが!本気でイヤならサラシまいとけ!」
腕をブンブン、脚をジタンダ。
「あらあら」
聖がセイの手をとった。
「女性の成長期は中学生までありますわ。ほんの数年で驚くほどに変わります」
にっこり。
「わたしも中学校の二年生の頃に今のサイズになりましたから」
フリーズ。
それ以降は成長しませんでした、と。
14歳で成長が止まるのは極めて平均的です。
文部科学省統計より。
フリーズ中。
「あら?」
セイとトモ。
二人は中学生。
何年生かは訊かないで。
これだけは言っておく。
女性の成長は中学生で頭打ちである。
以後、大きくなるのは特殊な例外である。
あー15歳くらいならあり得ます。
まあギリギリ希望を抱くのは高一くらいまで。
14歳くらいで見切りをつけた方が迫りくる絶望に対処しやすいです。
そもそも胸がある方が少数派ですからね?
嘆くことも悲しむこともありません。
ただ「みんな」と同じように選ばれなかっただけ。
それだけですそれだけのことなんです。
日本のカップサイズがガラパゴス化して独自の成型技術で歩いても走っても縄跳びしても形が一切変わらない何かを基にした日本独自基準なのはなぜかと言えば言わなくていいですかそーですか。
男性はむしろ高校生からが成長の本番なので、思春期に女子と縁がなかった男子は「高校生になったら胸が大きくなる」とかなんとか男だけの基準で言っちゃうのであ……いや別に本人が良いならいいんじゃないですか。
まさに。
まさに。
暴力である。
殴られてるのは貧乳か童貞か?
「これはこれは」
ニート。
とりあえずガールズトークは無視。
皆が前を向いた。
城門には僧兵が勢揃い。
僧兵が。
比叡山で焼かれそうな方々。
第六天魔王はよ。
「みなさん。歓迎、お礼申し上げます」
ニートが芝居がかった一礼。
一行の先頭で、門前に立つ。
見回した。
「お見事ですね」
ギルドカスタムメイド。
聖球寺戦装束。
平服としては袈裟や白衣なども充実。
ゲーム内クラスとは別に装束を揃えているギルドは多い。
だが、大手、大規模ギルドでここまで揃えているのは珍しい。
ゲーム内でも、いや、だからこそ費用や手間がかかる。
デザインを揃えても特殊効果が出る訳ではないのに金がかかる。
武具職人に頼むか公式アイテムでオーダーするとリアル/バーチャル選択の上でお支払。
希望は多くとも手が届かず、でもユニフォームは揃えたいのが人情。
『ギルド特典で登録できる無料の紋章を安値で旗印や装備にプリントするだけ』
が一番多い。
「セーラー服があって僧服が無いのは不思議ですよね」
公式アイテムの品ぞろえ。
つまり聖球寺の装束はフルオーダー。
「いらっしゃいませ」
そこに袈裟姿の青年が進み出た。
セイ、トモ、フミノに一礼。
「聖が兄、禎にございます」
「ご苦労様」
聖がほがらかにねぎらう。
セイは酢を飲んだような顔。
「兄妹なのにヘン?」
まるで主従。
ストレートなトモ。
青くなるフミノ、額を抑えるセイ。
まあ、他人行儀に見えるから、違和感はある。
それを初対面で訊くことかどうか。
聖は気にしていない。
ようにみえる。
「お茶をいただきながら、ご説明いたしましょうか?」
「いーです」
フミノ、眩暈。
ニートが肩を支えた。
本当に感じるままに口に出ただけで、他人の兄妹関係に興味がないトモ。
「では、こちらへ」
禎が向き直り、僧兵が別れた。
両サイドに立ち道を作る僧兵。
「なんつーか」
道の左右は武装した兵士(無言)、兵列の向こうには野次馬( ひそひそ )。
「パレード?」
イヤイヤ。
「護送だろ!」
聖が役人、ネコカフェが罪人?
「どーもどーも」
愛想を振りまくニート。
「前向きだな」
野次馬の中には微笑んだり軽く会釈する者もいる。
「相変わらず、ですのね」
聖、ニコニコ。
「相変わらず、ではないのですね」
見回した。
普段であればゲーム内の早朝は人が少ない。
スフィアでは昼夜が現実と逆。
ゲーム内の早朝は現実では夕方になった頃合い。
昼間から遊んでいるプレーヤーは少数派だが、続けるにせよ終えるにせよ上がり時。
ユーザーの大半を占める生徒学生がインするのはもう少し後。
社会人はもっと後。
今、事情はまったく異なる。
プレーヤーの大半はゲーム内/スフィアの昼夜に合わせた生活にしようとしている。
見た目の昼夜に従った方が生活サイクルを整え易いからだ。
……時差ボケのような状態は多発しているが。
ならば今、リアル(夕方)/バーチャル(明け方)。
つまり。
プレーヤーには、この時間に街路を埋める習慣はない。
「なにもかも普段通りにはいきませんが」
聖が見回した。
早朝から集まっているプレーヤーたち。
囁きはあるが、基本は静か。
「皆さん眠そうだ」
一昨日立ち寄った時はまだまだ騒然としていた。
攻略最前線のカマルから蹴りだされて、教都で一泊したのだけれど。
ここは攻略圏と育成圏を分けるターミナル都市。
だから人口は多い。
初心者、中堅、攻略組。
まちまちに集まり、大事件に遭遇すれば騒々しくもなる。
はじまりの街から育成圏の5番目の街、教都。
ここから先は廃人が集う攻略圏。
都市間移動は通常ゲートが使われる。
歩きで行けば街から街への移動は時間がかかりすぎるからだ。
能力平均値プレーヤーで隣の町まで5~6時間。
はじまりの街から5番目の教都まで街道を歩けば20~24時間。
しかも疲労値をポーションで、モンスターをスキルその他で、ゼロタイムで吹き飛ばしてなおその時間。
もちろん手間取るかもしれず、殺されるかもしれない。
デスゲームでなくたって、そんなプレイは普通しない。
ゲートなら、街から街へノーリスクノーコストで移動出来る。
はじまりの街にインして五番目の教都に移動してお札を買い込み、二番目の街マルタで新人を勧誘し、四番目のクーロンで隊列を整えてフィールドへ。
なんてことも出来る。
便利な便利なゲートだが万能ではない。
未踏破の街には行けない。
まあ、ゲームの基本が未踏領域の探検なのだ。
そしてなぜか、育成圏のゲートは教都までしか行けない。
はじまりの街から一足飛びにゲートで進めるのは、五番目の街である教都まで。
そこから先は一度ゲートを出て、教都からゲートに入り直して攻略圏の街へ。
ゲート移動制限が育成圏と攻略圏を分けた、と言うべきだろう。
育成圏がメインになる中堅以下のプレーヤーも、観光その他で一度は攻略圏の街を訪れる。
攻略組も新人勧誘その他で育成圏に行く。
ターミナルとなる教都はスフィア世界で二番目にプレーヤーが集まる街だ。
「った」
過去形。
「中くらい?」
野次馬の装備。
前線で炎上中の攻略組はともかく、初心者が見当たらない。
「朝一じゃねーな」
野次馬の人数が、だ。
普段なら2~3時間後(リアルタイムで午後7~8時)のフィールド出発ラッシュ並みの人数。
「いろいろありまして」
聖。
「てーか、あんたら坊主?」
周りの事より目先の事。
「わたくしたちが、ですか?」
「しゅーきょーだんたい!」
トモが両手上げ。
「そうですね、全宗連の研修ですから、宗教関係ではありますね」
聖が向き直った。
「でも、わたくしたちは学校の生徒ですし、僧侶としての資格はありません」
全宗連は現実社会の仏教系神道系宗教の連絡会だ。
「学校?研修?授業?」
「修行です」
?なセイ、トモ。
「まあ、詳しい事は発案者に訊いてくださいな」
視線を向けた。
セイ、トモがそれを追う。
ニートが上を見た。
頭上のネコは寝ている。
「ネコさんじゃありませんよ?」
「オッサンーーーーー」
ニートはフミノの両肩を掴み、反転。
「盾にしてんじゃねー」
「すごーい!諦めないね!」
え?え?え?なフミノ。
「酒の上での出来心です」
「下戸だろ!」
「ええ酒(席)の上で」
「わたくしたちは飲んでいませんよ?」
「般若湯ですよね」
「あらやだ」
弁明?
「つまり」
聖たちはもともとバーチャルゲームのプレイヤーだった。
それはただの趣味。
「教師が否定的で活動に支障がでましたの」
もちろんゲームは学業その他に影響は無かった。
だが、結論在りきに理屈は無力。
「つい、恥ずかしながら、愚痴がでました」
その時のゲームで聖たちの盟友だったのがニート(のプレーヤー)。
「いろいろお話しましたわ。……理は利にして力、俗にあたりて換金す、と」
セイは額を抑えた。
「発想の転換のキッカケの後押しをほんの少し少々」
ニートは流れるように言葉紡ぐ。
「皆さんと私の楽しいゲームを円滑に進めたいな、という気分がしまして」
つまりは『聖たちを戦力として生かす為、ゲームを続けさせる必要があった』と。
「わたくしたちの学校が仏教系なのはご存知でしたから」
ニートは雑談で宗門論争をして知っていた。
「雑談?」
ともあれ。
『宗教における仮想世界』
というレポートを聖が父に提出した。
「わたくしの筆とは申しませんが」
え?
「父?」
全宗連理事。
「友人にも賛同頂きました」
神道系学校の生徒で、全宗連顧問の娘。
顧問が正式に申請を上げた。
「予算編成末期、いろいろな案件が浮き沈みする中」
予備予算の最終駆け込み審査後。
余剰資金。
突っ張りあいでどこに回しても角が立つ。
繰り越す訳にいかないお約束。
繰り越してしまえば来期から予算が減る。
何としても使い切り、むしろ不足を演出すべき。
新企画が通りやすい。
付け加えられる単語は霞ヶ関からばらまかれる無駄テキストからコピペ。
布教、新信徒、宣伝効果、業界とのコラボレーション、総務省工作、財務省対策。
ソレっぽいカタカナの低予算で手垢がついてない企画。
非主流ゆえに無視出来ない神道系から提出された研修企画。
主流有力者の後援賛同。
「後は関連校生徒有志にて参加者を募った事にいたしました」
事に?
会計年度前にスタート可能。
既成事実はパーフェクト。
聖が口元を隠し微笑んだ。
「センコーは?」
「教員という仕事は権力に従属しやすいのです」
ニートの極論はいつものことではある。
「相対的強者として過ごす時間が多いですから、知性や思考力を失ってしまうのは仕方ないですね」
いやいやいやいや。
「いろいろあったわけですね」
流れを無視、というより気が付いていない聖がまとめた。
かくして聖たちは時間と、オマケに資金を確保出来た。
「みんなが幸せになって良かった良かった」
「否定してたセンコーは?」
ニートが顎をひねる。
「みんな以外はなんとも」
おい。
ともあれ。
日本有数の宗教団体にとっての端金は、余暇を狙ったゲームには有り余るくらい。
公的な活動として統制され決まった時間にまとまってプレイ可能。
レベルアップが止まらない。
「だから、ですよ」
ニートの声にセイが見回した。
雑然とした野次馬を遮る僧侶、でもある兵士。
ギルド『聖球寺』のメンバー。
「自明の権威、習慣化した統制、明確な指揮系統」
リアル/バーチャルを網羅した強固な力。
「思考停止と反射行動こそが組織です」
異常事態において『考えないこと』は最強の力になりえる。
セイにはよく理解出来ない。ニートも承知している。
だが、感じる。
聖『たち』。
「ゆえにこそ、覚者が教団作りに興味がないのでしょうね」
聖の合いの手。
『考えないこと』は宗教の根本原理に反する。
フミノが息を吐いた。
「至らざるが故に救えるものがあります」
とニート。
聖たちは在り続ける。
見失っても砕けない。
動揺しても混乱しない。
解決出来なくても維持出来る。
聖がLostすれば禎が継ぐ。
禎がLostすれば三番手が、四番手が、次々と。
揺るがない。
揺るがない聖たちが目の前にいる。
「よくある組織ゴッコならこうはいきません」
世界が揺らいだ日。
ゲーム世界の全域。
混乱した。
逆上した。
暴走した。
仲間割れ。
八つ当たり。
後悔と自責と自棄。
多くのパーティーやギルドが数日、保たなかった。
たまたま教都に居合わせたプレーヤーたち。
彼らの前には揺るがないモノがいた。
同じように困難にあい。
同じように何も判らず。
同じようにそこに居る。
「良くも悪くも基準が必要なのですよ」
攻略組が街の封鎖に乗り出して、一段落したらフィールド再攻略に乗り出した。
彼らにとっての日常を維持する為。
「至る道に善いことがある」
組織という軸にブレがないから揺るがない聖球寺。
街最大ギルドの泰然自若とした存在感に軸を見いだす教都のギルド、パーティー、ソロ。
「悟れないと役にたつんですね!わかります!」
トモをいい加減に黙らせたいフミノ。
「そのまま悟れないと残念なのですが」
あんまりそうみえない聖。
「そうみえないですね!したくない?」
トモ。
フミノが自分の胸を抑えた。
宗教家の前で、宗教家の信仰を全否定する仲間を持つと狭心症に近い感覚がします。
「したい、と思うなら悟れませんからね」
執着を捨てたい。
その思いこそ執着だろう、とはニート。
「ということは聖さんは悟りに進んでいるのでは?やはり良いことは善いことに繋がりますね」
論法はともかく、セイにもトモにも反駁する理由は無かった。
二人から見て何処かのマヌケがニートの思いつきに惹かれるのは日常だし。
「ニートさんは相変わらず楽しいですね」
聖がニートの前で振り向いた。
「やはりお話しましょう!」
「まてーい!!!!!!!!!!」




