38 大空の諦観者
うわっ……とうとう理性が嘘をついた。by 坂追 竜治
馬鹿にしないでよ。私だって嘘の一つ二つはつくわ!!by 荒杉 理性
「理性って嘘が苦手だね。もうちょっと上手い嘘がつけられれば情報屋の僕を騙せたかもしれないのに」
ラウネンはやれやれと呆れた様子で苦笑し、ため息をつく。その反応から自分の言っていることを信用していないようだ。当然ね。証拠がなにもないと傍から見れば嘘八百を並べているにしか思えないから……。理性は完全に意気消沈し、あのカラスを幻覚で片付けようとした。
「でも……」
「でも?」
話をそこまでで終わらせないのか彼の言葉は続く。今度は理性が聴く番に変わった。
「あながち理性の言うことは正しいかもしれない」
「どういうこと?」
証拠もなしに何故正しいと言い切れるのか分からない。ここで信用しているからと言われても逆に自分が悲しくなる。しかしラウネンの言い分はそれと大きく違った。
「僕もカラスは見なかったけど、違和感を感じたかな。まるで誰かが見ているような……そんな感覚を。今は何ともないけど」
「魔法の類……なのかしら?」
一番可能性のあるものを自分は挙げた。この世界の中でも広く知れ渡っている魔法という名の(私からすれば)チートな手段。どんなことを起こしたってその理屈で通りそうな逃避語ともいう。
「僕も魔法についてよく知らないから分からない。ただ、情報屋の仲間に魔法士がいるからそいつの仕業じゃないかな?普段見かけない人がいるから警戒して理性のところに来たとか」
「警戒……かぁ」
確かにそれなら説明がつく。要は魔法で作ったカラスを召喚してこちらに飛ばして誰なのかを確認する為に自分の所へ来たと。それにしては嫌らしいカラスだ。背後まで近づいて大きな声で鳴いて驚かすなんて。その魔法士、悪戯心が過ぎるわよ。こっちは冷や汗ものなのに。
「ラウネン、理性」
ここで資料室の奥から来た先程の老人グロンザから声を掛けられた。流れていた空気が変わり、年上を相手にする重く真面目な雰囲気になる。呼び捨てにされたことがやや不満だが、ここは仕方ない。
「今日届いた君たちについての情報から見ると宿を取っているらしいね。だったらもう切り上げて宿に戻った方がいいぞ。そろそろ夜が更ける時間帯だから。続きは明日にしなさい」
まるで子供の遊びを見守っている親のような優しい言葉でこちらに言う。それは時間切れを宣告していた。これにより、スクレーンから頼まれた事柄は完全には果たせない。だからちゃんと見つけられなかったことを悔やむ。
「「分かりました」」
また、自分のこともまだ完璧には調べ終えていない。だから二人揃ってその返事は重かった。
「それからラウネン。約束通り今からオルフ村について事情聴取をするからな。私について来てくれ。理性にはすまんが、先に戻っていることを強く推奨する」
老人の“強く推奨”という言葉が“帰れ”に聞こえた。恐らく向けられた鋭い眼光のせいだろう。なので言い返そうにも言い返せなかった。
「待って下さい。理性はまだ、この街に初めて来たので場所を把握してないのです。せめて彼女に街の地図を渡してもらえませんか?」
ラウネンが引き止めてここで待たせてくれると思いきや、地図のお願いだった。どうやら彼も何か自分をここに置けない理由を知っているらしい。でも当然かな。秘匿に重きを置く情報屋だから……。
「地図か……ちょっと待ってくれ。確かポケットの中にあったな」
グロンザはそう言って茶色い衣服のポケットの中からA4サイズの一枚の羊皮紙を出すと、こちらに差し出してきた。その紙は長い間使われてきたのか、皺だらけで一部破れているが、インクで書かれた内容は健在だった。
「大事なお客さんが手に入れた情報を誰かの手に取られたら大変だ。だからこれを使って帰りなさい。全て詳細に記してあるから見つけるのは容易だろう」
理性は受け取った羊皮紙に目を通す。地図は正確に書いてあった。碁盤目状の街の建物一つ一つに番号が振られ、その詳細は裏表紙にある。まるでテーマパークのパンフレットのような識別方法だ。パッと見ただけで中には個人の家名すら確認できるのが凄い。でも……。
「いいんですか?これをもらっても」
「構わない。もうこの街は私の家の庭ぐらいに知り尽くしているからな。むしろ君のようにないと困る人の手に渡った方がいいのさ」
老人は柔和な笑みを浮かべると右手で出口のあるドアを指した。その行動の指す意図はもう自明である。やはり情報収集が最優先らしい。そして彼は優しそうで厳しい性格だと思った。
「罠は解除してあるから大丈夫だよ」
最後にそう締めくくるとグロンザはそのままこちらに背を向けて出口とは逆方向、つまり執務室へと歩いて行った。
「ラウネン、まだ調べ終わっていないけどまた明日来れるよね?」
向こうの姿が消えてから理性は立ち止まったままの彼に問いかけた。スクレーンの大まかな行程は聞いたが、肝心のこの街での滞在期間を決めていない。そうなると決定次第では十分な収集が出来ない可能性もある。
「多分……明日くらいならここに来られると思う。でもスクレーンが急いでいるって言っていたから無理は出来ないかな」
「となると……今夜の取り決めが重要になるわね」
急いでいるのなら恐らく明日にでも出発したいと言うだろう。最低限食糧をここで調達して、すぐにでも次の人里を目指す。今優先されているのは自分の調べ事よりもスクレーンのシャロボス行きだからどうしようもない。
「それよりも理性、地図でちゃんと宿屋まで戻れる?」
「戻れるわよ。私はそこまで方向音痴じゃないから」
心配してくれるのは嬉しいけど、年下の少年からされると何か馬鹿にされているような気がしてムッとしてしまう。理系の科目でも地理だけは負けないという自信はあるのだから。ぶっちゃけここで役に立つか分からないけど。
「ここで夜に調べ事は出来ないの?」
徹夜という言葉があるがそれはどうだろうか?と希望があったが、ラウネンには想定内の質問だったのか即答された。
「グロンザに頼めば出来るけどそうなるとここで一夜を明かすことになる。夜は衛士の哨戒があるのと、治安が悪いからね。迂闊には宿屋から動けない。それに今夜みんなで予定を決めるから余計に」
「そうね……」
何のメッセージもなしにここに留まることは流石に出来ないし、持ち帰った情報が今後の旅を左右するからどうしても帰る必要がある。全員がいなくては会議が成り立たない。ラウネンの意向次第でも決め事が振出しに戻されることだってあるのだ。前回の洞窟に野営するときにもめたときがその例。
「一度宿屋に戻りましょう。やっぱり先の行程の方が大事だから」
「うん。じゃあ先に戻ってて。後で合流する」
「分かったわ」
二人はそうしてお互いに頷くと背を向けて踵を返してその場を後にした。理性は資料室の扉に手を掛けたときに振り返ったが、ラウネンの姿は本棚の陰に隠れて見えなくなっていた。
さて……宿屋に戻ろう。スクレーンにはなんて言えばいいのかしら?
自分優先で調べていたから時間があまり裂けなかった。でも、魔法士の情報だけでも回収できたからないよりはマシだわ。あとはなんて言い訳すればいいかな?
何段も続く階段を重い足取りで上がりながら思った。はっきり言って今日は疲れた。午前は旅で歩き詰め、午後は資料室で調査。精神的にも肉体的にも限界だった。
はぁ……。早く宿屋のベッドで横になりたい。今夜は熟睡間違いなしだわ……。
理性は疲労感いっぱいにため息をつきつつも、ポケットに入っている今回の収穫に手を添え、笑顔を零した。多分大丈夫。この情報があれば死神に襲われる可能性を低く出来る。
ラウネンとスクレーンは私が無事にシャロボスまで送る。
理性は固く決意した。
太陽が傾き始めたクロモスク市街のある赤レンガの建物の上に人影があった。その人影はじっと右斜め方向にある建物の扉をじっと見つめ、その場から微動だにしない。全身を黒いマントで包み、顔すらフードで隠すくらいの徹底した格好で。
その手には長い一本の黒い杖が握られていた。杖の先にはカラスの装飾が付き、装飾の目にはめ込まれた小さなルビーが影で太陽の光を浴びていないのに赤く不気味に光っている。
そしてその人間の肩には一羽のカラスが止まっていた。杖のルビーと同じ赤い目をしたカラスが。止まる主と同じ場所を見据えていた。
「そろそろ出てくるかしら?」
カァッ!!
それに呼応するかのように肩のカラスではなく、目の前に飛んできたカラスが鳴く。彼女がその鳥に向かって手を差し出すと、何の警戒をなしにその手に止まった。そして手にしたカラスと向かい合い、しばらくの間お互いに視線を交わす。
「ふぅん……。成程ねぇ……」
何かを読み取っているのか独り言がその間続き、理解し終わると手のカラスをそっと空に返した。飛び立ったカラスは50m離れた建物の屋根に止まって動きを止める。既にそこにいた黒い目のカラスは驚いて散り散りなって逃げていった。
「どうやら“消殺”の死神はやられたみたいね。まあ、あいつに至ってはやられてもおかしくない戦い方だから予想はしてたけど……」
彼女はそう呟き、フンッと鼻で笑う。肩のカラスはこの知らせに高笑いのつもりなのか何度も鳴いた。その鳴き声は低く、まるで地響きのような普通とは違う響きがあった。
「私は“消殺”ほど簡単にはいかないわよ、無名の死神」
直後、彼女の耳に甲高い音が聞こえてきた。紛れもない自分の待ち侘びていた音。この音の先に求めていたものがあることを示す幸運の福音。思わず含んだ笑いがマントのなから浮かんだ。
「さて、手合せと行きましょう」
彼女はそういうと手に持つ杖を天に掲げた。すると彼女の背後からおびただしい数のカラスの群れがどこからともなく舞い上がり、空を黒く覆い尽くした。しかし、出現したカラスは五月蠅い鳴き声をあげなかった。その為周囲に聞こえるのは羽ばたきの音だけ。数に似合わない静寂さは空の不気味さを更に強調した。
「荒杉 理性……」
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