30 クロモスク
段々と寒くなってきたわね。by 荒杉理性
朝起きて陽が昇らないとすぐに眠気が自分に襲いかかってくるな。by 多代崎 翔
二日目は予定通り早朝にクラマドの巣窟を出発した。すでに用意が出来ていた二人に起こされてしまい、一人仲間を待たせて急いで荷造りを済ませた。今まで五月蝿い代物だった目覚まし時計が恋しかった。あれさえあればこんな迷惑掛けなかったのに。
今回の行程は山を登ることはなくなり、比較的緩やかだった。森の中をひたすらに歩く、適度に休憩をとる。たまに川に掛けられた緑色の苔に覆われた橋を渡る。それだけだ。一度ソルケット村へ向かう村人の一行とすれ違い、自分達の旅を心配されたが。
一日目には見落としていたが、一定距離ごとに日本ならば一里塚みたいなものが立っていた。
←50jw ソルケットまで
←10jw レル・ベルタまで
→20jw クロモスクまで
jwの意味は分からない。 多分こちらの世界での距離単位だろう。人が一日で歩ける距離は大体30~40キロと言われているからキロメートルなら妥当かなと思う。自分の足でここまで歩いたんだと驚くが便利補正(要は自動車基準の思考)でたったそれだけと落胆する。でも近づいているのには変わりない。
「大分歩いてきたのね、私達」
塚の存在を自覚して5つ目を目撃してから理性は呟いた。もう歩き始めてから休憩を挟んで3時間といったところか。いわゆる自分基準で考えれば学校に通うために下宿か否かの境目を越えた訳だ。
「そうね。でも街と街を移動するならこんなことざらにあるわよ」
スクレーンは何故そんな当たり前のことを?と説明に困ったように眉をひそめる。
「うっ……確かに」
理性はしまったと思った。村同士がこんなに離れていたら当たり前だよね。うん。
「そろそろクロモスクの目印が見えてくるはず何だけど……」
ラウネンが理性の情報不足についての言及から話を反らそうと、森の木々の間から見える先の道にわざとらしく目を凝らす素振りで言う。常識知らずと自覚させられて心が痛む中で彼の助け船は有難かった。
「あっ。そうだったわね」
スクレーンは彼の言葉に反応し、すぐに話が逸らされた。彼女はラウネン同様に先の道に目を向けて、その目印なるものを探し始める。
何という単純な性格だろうかと理性は思うが、自分にとってはそれが有難い。彼女が前を見ている隙に二番目に歩くラウネンは最後尾の自分の方を振り返り、静かにグッドサインを送ってきた。
ありがとう。理性はその言葉の代わりに頷きで返した。
「ほら、見えたわよ」
背後のやりとりを知らないスクレーンは目印を見つけたのか、足を止めて二人に顔を向け、その方向に指を指した。ラウネンにとっては確認で、理性にはクロモスクを知るヒントとして彼女の示す先に視線を向ける。
未だに森ばかりが続いていたが、遥か向こうに木材を使ったらしき大人の身長の1.5倍の高さの小さなアーチが設けられて、その更に先には林道の出口を表すような眩しい光がこちらへ降り注いでいた。
「あれは何?」
「クロモスクのシンボルを模したアーチよ。ほら、よく神殿の入口にあるアーチみたいな、アレ。近づいてみれば分かる」
スクレーンの例え話にはついてはついていけないが、神殿の入口にあるアーチというのは神社にある鳥居と考えておいた。
しばらくして三人はアーチに到着すると、理性は林道に佇むそれを見上げた。放物線状のアーチには自分には理解不能な文字の羅列がびっしりと書かれ、中には動物を模した絵があった。例を挙げるならば鹿、熊など山に棲む生き物達。長年そこにあったのか植物の蔓が巻きつき、緑色の苔すら生えている。
しかし動物が描かれているのは自分とは反対方向のソルケット村で、自分達が目指すクロモスク方面側には人間しかいなかった。
「ラウネン、何で表裏で描かれている絵が全く違うの?」
理性は気になってラウネンに訊ねた。こういった謎めいた建造物には自分は興味を引かれる。理由はひとえに森の中にひっそりと建つ存在が神秘的だったからだ。
「これは昔からあったらしくて、旅人にこの先に何があるのかを教えるためにあったみたいだよ」
ラウネンは理性のために説明を加えた。しかし、その説明は曖昧で彼でさえも知らない部分があるらしかった。
「なるほどね……」
じっくりと観察したがこれといってそれ以上の発見はなかった。不可解な文字を解読できれば……違うかもしれないが。解ってクロモスクの歴史を伝える古代の遺物といったところか。
「もうクロモスクはすぐそこよ。いつまでも古びたアーチなんて眺めていないで街に入りましょう」
時間が少ないというスクレーンがさっさとアーチをくぐり抜けていて、森の出口からこちらに向かって苛立ったように言う。呆れているのか溜め息すらついていた。
「そうね。彼女には時間がないことだから配慮しないと」
「いいの?もう」
ラウネンが残念そうに横から声を掛けた。
「ええ。今は観光に浸るときじゃないから。先を行きましょう」
理性はスクレーンの事情を考え、アーチの姿を目に焼き付けてからその下を抜けて急いで彼女の後を追った。今は観光ぶる暇はない。それを思い出して。
二人がスクレーンに追い付くと待っていた彼女は出口の方向を指して嬉しそうに宣言して林道から眩しい光の中に入った。二人もそれに続いた。
「ここがクロモスクよ」
そこからは林道がなくなり、開けた場所に出た。周りに森が茂っているが、人の手が加えられているので道には雑草一つ生えていない剥き出しの地面が一本の線のように自然の地形を貫いて伸びていた。
理性は地面に付いた足跡からこれは整備された道路だとすぐに見抜いた。そしてその道の先には目指していた街がすぐそこに見え、彼女は始めてこの世界での街の姿を目の当たりにした。恐らくこれが本線道。
「うわっ……!!」
街は昔の西洋の街にありそうな侵入者対策の赤レンガで積まれた高い城壁。その壁からは幾つか穴が開けられて矢が放てるような細工がある。壁の上からはいかにも古めかしい黒い鎧で防御をガチガチに固めた兵士が何人も警備に当たり、こちらを見下ろしていた。
建物は壁が高いせいか殆ど見えないが、奥の方に見える丘の上に建てられた白い城とその周りを囲む塔が一際目立って見える。さしずめあれが領主の城だと分かる。
「どう?これが僕らの世界での街だよ」
ラウネンは異世界から来た理性にスクレーンには聞こえない声で自分に言った。
「なんか夢が現実になったような……そんな感じね」
本当にファンタジー小説で読み、自分がイメージしていた風景に近いものだった。読み手だからこそ憧れを抱くが、いざその世界に立つとまた気持ちが変わった。
「二人とも立ち止まってないで早く入るわよ。話なら宿屋で幾らでも出来るから」
スクレーンは待ちきれないのか、会話に割り込んできた。今まで疲労の色が見えなかったのに、彼女の息が完全に乱れている。どうやらずっと溜め込んできた分が一気に出てきたようだった。
「貴方も無理していたのね。正直に言えば良かったのに」
その様子を見て理性は言った。このまま疲れなかったらどんなスタミナだよ、と彼女と比べて体力のない自分を情けなく思ったところだ。
「私は他人に弱みを見せたくないから」
疲労で不機嫌そうに返す。
「でも今、それを見せてるけど?」
「……取り敢えず行くわよ」
逃げた。理性はそう思った。どうしてあんなに負けず嫌いなのか?仲間にも弱みを見せたくないなんて……孤立した考えね。まるで多代崎のグループに誘われる前自分の態度みたい。
理性はその時になってようやく気付いたが、この道にいるのは何もこの三人だけではなかった。
大きな木箱を背中に背負い領収書らしき紙を睨む商人、街での商売を終え土産を風呂敷で包みこれから村へ帰る村人など、道には様々な荷物や服装を纏った人々がそれぞれの目的地に向かって歩いていた。
時代も文化も、価値観すら違う。しかし行き交う人々が目指しているものは自分の世界の人間と同じだろう。ただ生活スタイルが古いだけ。あとは変わらない。
「理性、行くよ」
立ち止まって見ていてラウネンとスクレーンとの距離がいつの間にか空いてしまい、彼から呼ばれた。
「ええ……」
理性はその声で我に帰り、急いで二人の後を追ってクロモスクの門を一緒にくぐり抜けた。門の前で守衛に目的を告げるとようやく通され、壁の外からは見えなかった庶民の街のクロモスクの全貌が明らかになった。
クロモスクの街並みは現代で言えば田舎の駅前周辺に存在する商店街に近かった。しかし建物がそれでも人通りは都会並に多い。よく観察してみれば街道は碁盤の目のようにちゃんと揃えられていてまるで平城京or平安京だ。街の奥、つまりは領主の城まで一直線に並んでいる。
「まずは今日の宿屋を確保しないと」
スクレーンは先頭で人混みをかき分けながら街の中を進んだ。その分けられた隙間に二人は容赦なく入り込み後に続く。
「そんな早く確保しないといけないの?」
理性は今の時間帯で迅速に行動することに困惑した。今は昼過ぎでお腹が鳴るような状態だった。自分なら宿屋より食べ物を優先するのに。
「こういう街の宿屋は毎日部屋の争奪戦があるんだ。安くしかも良いところから順にね。意外と厳しいんだよ」
スクレーンからまたえっ?とか、はっ?など言われないうちにラウネンが小声で自分に囁いた。当の本人には幸い聴かれていない。
「はぁ……」
自分の世界とあまり変わらないような……そんな気がした。現実は厳しいわね……。
宿屋は結局メインストリートから離れた宿屋街の中で取れた。しかし人が多くかろうじてあった形だった。人数が三人なので四人部屋を借りることにする。二人部屋を二つ取りたいがお金が高くつくために断念した。まぁもとからなかったからいいけど。
因みに宿屋の名前は「蒼鷺の渡る泉」。(意味が分からない)四人部屋:35シール(この世界の通貨単位)なり。スクレーンは元々一人分の旅費しか持たなかったので二人は自腹。
「はぁ……疲れたわね」
スクレーンはベッドに顔を埋めて呟いた。三人ともずっと歩き続けてきたので部屋の中に入り荷物を床に下ろすと、それぞれのベッドに(場所は争奪戦(窓側からスクレーン、理性、ラウネン))にダイブした。
「うわぁ……気持ちいい」
久しぶりの柔らかい布団に理性は締まっていた意識が自然と解けていく。同時に足が熱を持っていることにも気付いた。恐らく明日は筋肉痛だろう。
「ひとまずは体を休めよう。昼飯は少し間を置いてから」
ラウネンはベッドの上に大の字で横になりながら二人に提案した。
「賛成……」
スクレーンはやはり疲れたのか反応が鈍く、声のトーンが下がっていた。そして目を閉じるとすぐに寝息が聴こえてきた。
「構わないわ」
理性はベッドに敷かれた布団の温もりに心癒されながらも、起き上がって水筒から水分補給。喉がガラガラだ。窓の外からは賑やかな話し声が響いてくる。
「その後は理性」
ラウネンは横になったままベッドに腰掛けていた自分に言う。体は疲れて動けないが目は真剣そのものだった。
「ここにある情報屋に行くよ」
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