31 孤立したメニュー
今回は残念ですが話は大きくは進みません。作者として気になる部分があったので、情報屋に行く前の食事の話を出します。情報屋は第32話から。
一気に寒くなったような気がする。by 荒杉 理性
クリスマスがやや近し。 by 白庄 天海
何か違和感が……。by 荒杉 理性 Take2
昼食の場所に選んだのは街の中心街に近い建物群の中で灰色の石を切り出して建てられた寂れた食べ物屋だった。無論庶民向けで安価な価格設定である。
確かに表通りにも露店で食べ物は買えるが、落ち着いて静かに食事を取りたいというスクレーンの希望からここに決定した。理由は人目がある所は苦手だからということ。
「ようやく食べ物にありつけるわね」
店の奥の方にあった四人掛けのテーブル席に三人が腰掛けると理性は壁に画鋲で貼られたメニュー表を見ながら言った。すっかりお腹を空かせてすでに何回も鳴っている。
メニュー表には聞いたことのある食材を使っているものから、全く想像もつかないネーミングセンスの料理までずらりと並んでいた。しかも後者が殆どで。
ブレスカレットの雷焼き *28ペンス
ハスバット肉の煮込みシチュー 32ペンス
クロモーラとキャベツのサラダ 25ペンス
etc………
*ペンスはシールの下の通貨単位 1シール =100ペンス。(物価は日本を参考に10分の一に落としたもの)
メニューに目を向けていたが、好奇心で周囲の五月蝿く聴こえる世間話が気になってしまい耳を傾ける。一体この世界ではどんな会話があるのか、と。するとこんな会話が。
「今日の売り上げはどうだい?、兄弟」
「まあまあといったところか。あのクレーマー兵士め。俺の丹念込めて鍛え上げた太刀に傷が少しついているからって返金だの取り替えろだの文句言い付けてきやがった」
「ここ最近オーダーが厳しいよな。形さえあればまだいい方なのに。少しの傷は鍛冶師としてもね……」
隣の席の会話は二人の商人が早くも今日の調子を議論している。こんな昼間から。休憩中だろうか?
「鉱石発掘現場でこんなものを拾ったんだが、鑑定してくれないか?」
「むむ……これはエメラルドか。でも小さ過ぎるから売り物にはならんだろうな」
茶色いマントで身を包んだいかにも考古学者みたいな中年の鑑定士が目の前の労働者に現実を突き付けていた。
「えっ……!?そ、そうか……」
反対側の隣席。エメラルドは珍しいとは思う。しかし石に米粒以下の塊としてねじ込まれた状態で鑑定と言われても……。と理性はちらりと土埃で汚れたシャツを着こみ、髭もじゃの鑑定士と同年代の労働者の持つ石を見て静かにツッコミを入れる。
加えて何でお金絡みしかないのかしら、と更にため息が漏れた。
「理性はどれにするか決めた?」
関心が周りの世間話に向いているところをラウネンに話し掛けられたので思わずビクッと反応してしまった。
「えっ……えっと……じゃあこれを」
理性は慌ててしまいメニュー表の内容をろくに確認せず、適当に差してしまった。
「えっ……理性はこれを……?」
「一番マイナーなメニューね」
間隣に座っているラウネンが意外そうな顔をしてこちらを見て、スクレーンが薄いリアクションで冷静にコメントを残した。空気が何だかおかしいものに変わる。
理性はあれっ?と面食らって自分が差したメニューを今度ははっきりと確認した。そして差したメニュー名に驚き、口が開いてしまった。
ラーメン 25ペンス
えっ……?
メニューにはそう書かれている。まさかと思って目をごしごしと擦りもう一度見る。夢でも幻覚でもない。そこには自分には馴染み深いネーミングの食べ物があった。
「なんで……こんなものがここに……?」
ラーメンって加工食品(主に麺が)じゃないの?と口では言えないが頭の中で疑問符が浮かぶ。
「自分で選んだのに何変なこといっているの?」
スクレーンはその反応に冷めた口調で言う。ラーメンという言葉には無関心。当たり前のように触れない。
ラーメン……。その存在はここにはミスマッチなものに見える。更に他のメニューとは違うオーラを放ち、孤立したネーミングとして表の中に埋もれていた。
「貴方はラーメンを食べたことある?」
マイナーとコメントしたスクレーンに取り敢えず尋ねた。異世界ならば名前がラーメンでも蓋を開ければ他の料理だったとしてもおかしくないからだ。
「……いいえ」
竹みたいな形の水筒のギャップを開けて彼女は水を飲みながら静かに首を横に振る。
「それ以前に出てきたところを見たことがないわ」
むしろ貴方は食べたことあるの?と尋ね返しそうな疑いの眼差しでこちらに目を向ける。しかし、気配から実行に移る前にラウネンが介入した。
「この世界の味じゃないっていう話だよ。とあるチャレンジャーが自信満々で頼んだ感想だけど」
「なるほどね……」
この世界の味じゃない……か。だったら自分の知るラーメンの味だったりして。
「で、理性は本当にそれで決まりなの?私は止めないけど」
「それでいいわ」
「まぁそれ安いからね。みんなお金は節約が鉄則だから」
自分達はれっきとした旅人である。ゲームの世界から違和感がないが、その正体は収入のないただのホームレスに他ならない。だから支出は限界まで抑えないとこの先が厳しくなってしまうのだ。
結局理性はラーメン、ラウネンが緑鶏と山菜の自家製シチュー、スクレーンがアンジルク猪の丸焼きと安価のパンに決まった。スクレーンの旅費はソルケット村からの援助金で賄われているので別払い。
「じゃあ頼んでくるね」
ラウネンはそう言い残すと席を外し、料理の出てくるカウンターへと歩いていく。ここは先払いかつ料理を運ぶ人などいない。いわばセルフサービスである。だから誰かがカウンターに行かなければならない。しかも席が奥のために距離は遠い。だからすぐに彼の姿は他の席に座る人影の中に紛れてしまい、見えなくなった。
席に残ったのは理性とスクレーンだけになった。
「なんか……いつの間にか貴方が同行するはずだったのに逆にこっちが同行させてもらう立場になってしまったわね」
理性は向かいに座るスクレーンに申し訳ない気持ちで言った。本当ならばこの街で彼女と別れるはずだった。しかし亡きソルークの遺言を受けて行き先を急遽シャロボスに変更、つまりは終点までの同行となってしまった。今だって迷惑を掛けていることに変わりはない。
「別に構わないわ。それに前に言ったでしょ。一人だと心細いから、って。こちら側としてはむしろ歓迎よ」
「ええ……」
それが理性にとっては懸念事項である。自分に関わる人を減らしたかったのに、この事態で自分の存在による騒動に巻き込まれる危険性が発生したからだ。目的地に着けばその先は問題ないがそれまでの段階が果たして無事に乗り切れるのかが心配だった。
「シャロボスまでの行程ってどんな感じなの?」
理性は不安になってスクレーンに尋ねた。疲れて旅のことを考えたくない状況だということを承知で。
「そう言えば説明してなかったわね。でもラウネンにもしなくちゃいけないから詳しくは夜でいい?」
「いいわ。今は簡潔に話して」
理性は簡潔な説明でも重要な情報なので、情報屋に行く前に知っておきたかった。
「じゃあ本当に簡単な説明をするわ」
少しの間左手を額に当てて要点を整理してから、スクレーンは話を始めた。
「この先、クロモスクを出てからはシャーレ街道を南下して二つの山を越えてワユーナ、ペレニードを通る」
また山を越えるの……?げっそりするような内容だが、顔を表に出すのを抑えて更に聴き続ける。
「それからはステーラ大陸橋を渡って港町のウォルト・バレーンに。そこから定期船に乗って海を越え、目的地シャロボスに到着する」
短くて簡単過ぎる内容だが、理性は頭に入れた。つまりは二つ山を越えて、二つの街を通りーの橋を渡りーの港から船に乗って目的地ということだ。
「それってどれくらい掛かるの?」
昔の旅の過酷さを中学時代の歴史の本やインターネット辞典で知っている理性はふと尋ねる。
「それはどっちの意味?金銭的に?それとも日数的に?」
「両方の意味で」
その問いにスクレーンは黙り込み、頭の中で過程を計算してシュミレートするかのように考え始める。
「うーん……。日数ははっきりとしないのよね。というより……その二つの質問は夜の計画で話すから未定よ。今は大まかな行程しか答えられない」
スクレーンはこの話が深入りしていることに気づいて考えるのを中断した。理性も夜の計画する内容に触れていると彼女からの指摘ではっとして追求の手を止める。
「そうだったね……。追求して悪かったわ」
「でも知りたい気持ちも分かる。だって旅自体、危険な移動だからね。むしろここまで何事もなく着けたのだって幸運なくらいよ」
話題が途中で中断してしまい、二人の間には読めない空気が立ち込め始めた。メインがそれだけに旅の内容以外にどんなものを振ればいいのだろうか?と理性は心の中で頭を抱える。
「おーい理性、スクレーン。料理頼んできたから。数分待てだって」
そのちょうどよいタイミングでラウネンが席へ戻ってきた。その手には三枚の小さな暗い焦げ茶色の木の板が握られている。おそらくは引換券だろう。
「ほら理性。これが君のでこっちがスクレーンの」
ラウネンは順に二人に引換券を渡し、理性は渡されたそれに目を落とす。表面にはラーメンという文字と識別番号が太い筆と黒い墨汁で雑に書かれていた。
墨汁って……。てっきり羽ペンの細いインクだと考えていたが、このthe東洋が起源の道具に面食らう。ここは西洋みたいな世界観じゃないのか……?
理性はラウネンが来た方向に目を向け、カウンターにいると思われる店員の姿を一目見ようとする。しかし、前述の通りラウネンが人だかりに紛れてしまうくらいなのでやはり見えない。
「どうかした、理性?」
自分がカウンターの方をじっと見ているのを、ラウネンは気になったらしい。
「ううん。何でもない」
前科 交通事故の死神 第31.5話に続く。
更新時刻:22:00




