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前科 交通事故の死神   作者: エントラル
第3章 旅路
33/54

27 導くこと

携帯を更新したらバグが爆発的に増えてしまった……。by Entral

「ソルーク……」


理性は今の状況を呑み込めなかった。こうも堂々と自分の前に幽霊が現れるのは意外だったのだ。


(理性……)


突然ラウェンドが警戒するように周りに目を向け、自分に警告してきた。緋色の目には焦りの色が見える。


(何?)


(僕ら……囲まれてる)


えっ……。彼の言葉に動揺したが、理性の目にはソルークの幽霊以外何も映っていなかった。あるのは暗闇に包まれた廃屋だけ。


(私には見えないわ)


(でもいる。どんどん集まって来てる!!)


ラウェンドは顔を真っ青にして後ずさったが後にも何かがいるのかその足も止まる。完全に怯え、自分から離れなかった。翼が震えていて今にも逃げ出したいという心情が伺える。


(何が集まって来てるの?)


(人間だよ!!見えないの!?)


それからしばらくしてソルークの背後から青白い光の膜が出現し、自分達を取り囲んだ。最初は中に何も映って見えなかったが段々形を成してきて人間の姿となっていく。しかもそれは一つに留まらず、何十にも増えていった。


そしてしまいにはラウェンドの言葉通り、人間に囲まれていた。恐らくはオルフ村に住んでいた村人の幽霊。数はここからでは分からない。子供から大人まで大勢いて、その全ての視線が理性ただ一人に注がれていた。


村人達の表情に生気はなかった。無表情で自分をずっと見つめている。中には怒りの形相で睨み付けてくる者もいて理性はその視線に耐えられずに目を背けてしまう。彼らが何が言いたいのか解るような気がするから。


「何故戻ってきた……?」


その幽霊の大群衆の中、ソルークが代表するように自分に尋ねてきた。別段感情など籠ってなどない。異様な静けさの中、彼の言葉がこだましながら辺りに響く。


「貴方がたを弔うためです……」


理性ははっきりと自分の目的を述べた。道具を取りに戻るのもそうだが本命はこちらも含まれている。道具を取りに戻ってきたなどとは言えなかった。


「弔う……だって?ふざけるな!!」


幽霊の中の一人の若い男性が叫び、青白くなった両手を理性の首に伸ばして飛び掛かろうとしたが、他の仲間に押さえられた。その男性は襲撃の時に理性が見た村の護衛兵だった。目が血走っていて怒りの感情が伺える。


「落ち着け。早まるな」


ソルークが冷静になれと促すが、本人は熱くなっていた。抑えようとする村人の制止を振り切ろうと暴れた。


「死神の分際で!!俺たちを見殺しにしてよくも!!」


そして怨みを込めた低い声で吐き捨てるように彼女に言い放った。


「呪ってやる……」


理性にその言葉が冷たい槍の如く胸を貫いた。もはや怨念といってもよかった。自分のせいで何の罪もない人間を巻き込んでしまった。その責任は自分にある。


彼と同じようにこちらに敵意を向けてくる人がちらほらいた。感情を抑えているが、今にも襲ってきそうだった。


男が大人しくなり、静かになったところで村人の視線が自分とソルークに一斉に注がれ、やり取りを見守った。


「ごめんなさい……では済まされないですよね。私が……ちゃんとしていなかったから……こんなことに……」


理性は許されないと分かっていながらも全員に頭を下げて謝った。顔を合わせるのが初めての人が大半で、彼らのことを自分は知らないが少なくとも平和な日々を暮らしていたのは分かる。それを自分が奪ってしまった。


「理性、謝ることはない。我々は十分にお前の思いを受け取ったから」


ソルークは理性に近づいて彼女の頭を優しく撫でた。幽霊なのに撫でられる感覚があった。理性はまた涙を流し始めている。顔は穏やかで愛情が籠っていた。


「でも……私は……」


「もう……いいんだ。終わってしまったのだから。今更変えることは出来ない。それに……」


やや間を置いてソルークは告げた。


「我々は君をこれ以上苦しめたくない。後悔を引き摺らせるのは私は……望まないからな」


ラウネンの納得した考えと同じだった。彼は責任を引き摺り続けることを望んではいない。先へ進めと言いたげだった。


「それに……君がこの世界に迷い込んでしまった理由を考えると君も我々と同じ被害者にあたるかもしれない」


「この……世界?」


理性はソルークの言葉を疑った。自分は彼に異世界から来たということは一切伝えていないはずだった。なのに今……。


「君は交通事故という原因で来たのだろう?しかもそれは死神道具に刻まれた予言通りに引き起こされた」


「……!!どうしてそれを……」


ソルークは異世界のことを知っている。しかもラウネンにすら話さなかった死神道具によってここに来たことも。理性は驚くしかなかった。


「どうやら人は死を迎えると同時に自分の知る範囲での真実を知ることができるらしい。だから私は君の本当の出自を知ったのだ」


「私も……一度は交通事故で死んでいます。なのにどうして私は真実を知ることが出来なかったのですか?死神についても」


ふと、疑問が残り現幽霊のソルークに尋ねた。彼が知ることが出来て自分は知ることが出来ないなんて理不尽だった。


「それは……分からない。少なくとも生きていることが確実だったという推測しか出来ない」


「そうですか……」


理性は落ち込んだ。この理不尽に送られた死神道具についての真実が知りたかった。解ればこの先自分はどうするべきか決められると思っていたからだ。


「話を振り出しに戻そう。我々を弔ってくれるのなら、頼む。みんなの中にはこの世に未練を残し、この場所から離れることが出来なくなってしまった人がいる。私もその一人だ」


ソルークは感謝するどころか頼むように理性に言った。目には苦痛の色が見える。


「私が……?」


確かめるように聞き返した。


「そうだ」


「でも、私はどうすれば……」


そんな方法など知らないし、自分が持ち合わせているはずがない。理性は村人の幽霊の大群衆を前にして苦悩した。


「君の死神道具を使ってくれ」


「えっ……」


理性はソルークの言葉を何かの聞き間違いではないかと思った。彼の意図が判らず、困惑する。


「でっ……でもそれは……」


死神道具は命を刈り取る道具。それを使うことは……つまり……。


「我々の魂を刈り取ってくれ。それがこちらからの頼みだ」


魂を刈り取る。それは本来の死神としての役割をやって欲しいことになる。理性には何故そうするのか彼らの意図が掴めなかった。


「何故……そうしなければならないのですか?」


「我々の魂を解放してくれ。この場所に囚われてしまった以上、この方法しかない」


彼らは望まぬ死を迎えた。故に未練が残り、自力でもその場所から離れることが出来なくなってしまった。それは永久に幽霊となってさ迷うことを意味する。彼らはそれから解放されたいのだ。


「でも……死神の力は……」


「死神の力は魂を刈り取るだけではない。刈り取った魂を無事に冥界に送ることができるはずだ」


自分が彼らを巻き込んでしまった。そして自分の手で彼らの魂を冥界に送り出さなくてはならない。理性にとってそれは辛かった。


「ここにいるみんなは……さっきの人みたいに私を恨んでますか?」


ソルークははっきりと首を横に振った。


「恨んではいないよ」


彼の言葉に続き、後方の村人達も証明するように笑顔で頷く。村人の中には自分より年下の子供もいた。一部には睨む人がいたが。


「じゃあさっきの人は……」


矛盾した意外な答えに理性は首を傾げた。


「ちゃんと理解してる。君が原因ではないことも。恨んでいるのは死神道具に対してだよ」


ソルークはそう言うと片手を上に掲げた。すると周囲を取り囲んでいた人の輪が解けて村人達が一列に並び始めた。


「もう時間だ、理性。村の人々を迷うことなく冥界に導いてくれ。今しかチャンスがないんだ。また後悔の感情に囚われたら取り返しがつかなくなる。結局死神の力に頼ることになってしまうが」


切迫した口調で理性に状況を伝え、村人達の方を振り返った。


「貴方には……未練はないのですか?みんなだって……未練を断ち切らずに行っていいのですか?」


理性は冥界に何の躊躇いもなく旅立とうとするソルークに尋ねた。ラウネンについてまだ一言も話題に上がっていない。自分としてはまだ行って欲しくなかった。


「私のことは後で話そう」


ソルークは最初に前置きとしてそう言い、まずは全体の総論を述べた。


「確かに未練はある。でも……死んでしまった人間にはもうどうすることも出来ない。我々は残った者に可能性を託すしかない。出来ないと分かっていて残る理由なんてないからね」


来世を見据える村人に配慮し、話を中断した。彼らは救われることを望んでいる、と自分も納得させた。そしてやや間を置き理性は頷く。


「……分かりました」


そうして刻印の中から漆黒の大鎌を出すと、先頭に立っている年寄りの女性の幽霊の前に立ち構えた。ソルークは最後に行くつもりなので理性の隣に魂を刈り取られない程の間隔をあけて立つ。


大鎌を持つ手が震えた。だが、やらなくては彼らを救うことは不可能だった。だから自分の感情を抑えた。


「では、始めます……」


相手は頷き、その場に跪いた。そして静かに目を閉じて救いを待った。


これは……自分の手でしか出来ない。魂を刈り取るが同時に囚われた魂を救うことでもある。だから……迷わなくていいんだよね。彼らが望んでいるから……。


(お願い、この人を救って……)


理性はそう強く念じて老婆の透明な身体に大鎌を振り下ろした。“死ね”とは言えなかった。自責の念があるから。


ちゃんと思ったとおりになるか不安だったが、大鎌は老婆の身体を透過し彼女の命の核に到達した。


ザクッ。


以前、人食い狼を倒したときのあの感覚が蘇ってきた。何かを深く切り裂いた手応えを感じ、彼女の命を刈り取ったことを嫌でも分かった。


すると彼女の青白い幽霊の姿が更に透明に薄れ始めた。身体からは白い小さな粒が空に向かって出てきた。もうすぐ死を迎える瞬間だった。


老婆には刈り取られた痛みも感じなかったのか、静かに目を開き理性に言った。その表情は感謝だった。


「ありがとうございます……」


それを最後に相手の身体が四散し、残った粒も夜の闇に消えていった。あまりにあっけないもので理性は悲しくなっていく。


二人目が理性の前に出た。二人目は今の老婆の夫らしい老人の男性。彼も彼女がやったことに習い、跪く。


理性は涙を流し、再び大鎌を振り下ろした。村人を救いために。命を刈り取り続けた。青い髪は乱れ、涙は溢れ飛び散った。


命が一つ、また一つと自分の手で消えて冥界に送られていく。だが、それによって彼らは土地に永久に囚われることはなくなりみんなと一緒に旅立てる。子供も赤子も……。


死神は必ずしも悲しみを与えるだけの与えるだけではない。時には救いの存在にも成り得るということを理性は思い知った。


そして村人を救うために大鎌を振り続け、ソルークを除く最後の一人を冥界に送り終えると理性はその場に力尽きたように膝をついた。

27.5話に続きます。明日を目標に執筆中……。

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