1-2 誰だ、テメェは
次に紫苑を叩き起こしたのは学校中に鳴り響く火災報知機のような警報だった。部外者が校門をくぐったのだ。無機質然とした女性アナウンス音声が怖気を誘う。
驚いて目を覚ました紫苑が時計を見ると、すでに夕方の6時を指している。
「やっべ、寝過ごした!」
紫苑はカバンを取ると急いで教室を出た。走って1階の下駄箱に向かう紫苑の頭の中でまた声が呼ぶ。
「Vγ…」
「うるせぇよ!廊下をかけるなと言いてぇんだろ?」
「違う、何で警報が鳴ってるか気にならない?」
「んなもん気にしてる場合か!急がねぇと校舎に閉じ込められちまう!」
でも、紫苑は内心気づいていた。警報が鳴ったということは誰かが学校に侵入したのだと。もし、それが能力者だったら、出くわしたら何をされるかわからない。ケンカでも勝てる保証がないと、紫苑は感じていた。
もっとも、この時間になると部活動などで残っている生徒たちも帰宅準備を始めるが、警報の影響で校舎に残っていた学校関係者は全員避難していて校舎の出入り口を閉める人は事実上いないのだが、今は校舎から出ることしか頭にない紫苑はそのことに気づいていない。
3階に差し掛かった時、2階に続く階段がシャッターで封鎖されていたので反対側の階段に向かうことにした。
その途中、人の姿が見えた。自分と同い年の少女だ。でも着ている服が学校の制服じゃない。ショートヘアにブレザーのような青い服だが、末広がりのようなリボンに胸の下にベルト、腰に何本ものペットボトルを下げている。
不意に、紫苑の制服の内ポケットにしまっていたスマホが鳴った。着信音とも、メッセージを受信した音とも違うアラーム。スマホの画面を見ると、何かのアプリが勝手に起動したようだ。
「Vアプリだあ…?」
紫苑はあっけにとられた。
Vアプリは紫苑の父が生前、紫苑が能力者に襲われるのを想定して秘密裏に紫苑のスマホにインストールしていたのだ。紫苑が能力者と対峙した時、起動するようにできている。
もっとも、今の今までアプリが起動しなかったのは、前述の理由から紫苑が能力者と関わる…もしくは接触するのを極力避け続けてきたからだ。
Vアプリは主に対峙する能力者のデータを表示する機能がある。
画面にはこう表示されていた。
Code name:ウンディーネ
Real name :此秦瑞希(このはたみずき)
V-code :Vδ
ability :水
ability type :禁呪[Grimoire]
「バカオヤジ、いらんことすんなっての!こんなことがわかったところで…」
そう言ってスマホを再び内ポケットにしまおうとしたが、ふと、何かに気が付いて再びスマホの画面を見る。
昼休みに見たときはスマホの電池が半分近くしかなかったが、今見てみると、持ってる間電池の残量ゲージが増え続けているのだ。スマホを充電器につないでいるわけではないのにだ。
「どうなってんだ、こりゃ?」
紫苑が今の状況を頭の中で整理しようとするのを声が遮る。
「Vγ、来る!」
「あ?」
紫苑がスマホから顔を離すと、いくつかの「水玉」が紫苑の目の前に迫っていた。すんでのところで紫苑は水玉をかわした。文字通り、流れ弾となった水玉は壁に当たると銃創のような穴をあけた。
「あっぶねえな、何すんだよ!!」
紫苑が少女のほうを向く。少女は片手を前に出したまま言う。
「よそ見してるヒマはないわよ。あなたに聞きたいことがあるの」
「何だよ!」
「Vβはどこ?」
「知んねえよ!!こっちはこれから帰るとこなんだよ、邪魔すんじゃねえ!!」
しかし、水使いは腰に下げたペットボトルを一本飲み干すと、手から触手のような水のムチを生成した。
「私、汚いものが嫌い。あなた、口の利き方が汚いわね!「掃除」してあげるわ!!」
「口封じの間違いだろ、オイ!だから能力者と関わりたくなかったんだよ!」
水使いが水のムチを振り回しながら近づいてくる。
「そうね、口封じとも言うわね。私たちのことも、今聞いたことも…」
そして、歩みを止めてムチを持った手を振り上げる。
「死んで忘れなさい!!」
水使いがムチを振り下ろした。紫苑はすんでのところで水のムチをかわす。ムチが当たった場所に長い水たまりができる。紫苑はムチをかわしながら頭の中のVαに問う。
「おい、Vβって誰なんだよ!お前の仲間か?」
「わからない、私も会ったことがない…でも、コードナンバーからするとあなたが「生まれる」前に組織にいたのかも…」
「組織?あたしが「生まれた」?組織の中でか?」
Vαが紫苑にとって理解に苦しむことを言い出した。だが、その間にも水使いの「ムチ」は紫苑を捕らえようとする。そして、紫苑を捕らえそこなったムチが地面を叩くたびに廊下が水浸しになっていく。壁や柱には亀裂が走り、攻撃をかすめた紫苑の制服にも切れ目が入る。
「何だよ、コレ!水がかかるなんてレベルじゃねえぞ」
ところが何度かムチを振り回しているうちに、水使いの動きが鈍くなっていく。そして攻撃がやんだ。水のムチがまるで水道の蛇口を閉められたかのごとく、弱弱しく細くなって、ついには連なった雫となって地面に落ちた。
「かっ!?こっ、けっ…けっほ、けっほ、けっほ…も、もう…燃料……切れ…?」
水使いが咳き込んで肩で息をする。唇もカスカスで脂汗がにじみ出ている。脱水症状を起こしたようだ。慌ててもう一本のペットボトルの水を飲む。
「燃費悪くないか?お前の能力…」
そこに頭の中の声が言う。
「彼女の能力は禁呪。能力を行使するのに代償がいる…あの子の場合は能力を使うたびに水分を消費するみたい」
「それで腰にペットボトルを下げていたのか」
「うるっさい!」
水使いがペットボトルの水を半分くらい飲むと、ペットボトルを地面に落とし、サッカーボールのように蹴飛ばした。
「おい、だからってモノに当たるなよ!」
紫苑が防御態勢を取ろうとすると、頭の中の声が叫ぶ!
「駄目!爆弾!!防いだら腕がなくなっちゃう!」
「うお、マジか!!」
紫苑が横に飛ぶと、壁に当たったペットボトルははじけて壁を大きくえぐった。
「よく気付いたわね。じゃあ、これはかわせるかしら?」
水使いは左手に水のムチ、右手には250mlのペットボトルを3本くらい持った。
「無茶苦茶だ、コイツゼッタイあたしを殺す気だよ」
紫苑が言うと水使いは冷たい笑みを浮かべる。
「何をわかりきったことを…言ったでしょ?私たちのことは死んで忘れなさいって」
そういうと、紫苑の背後めがけてペットボトルを3本とも投げた。爆風で間合いの近くまで吹っ飛んだ紫苑を水のムチで仕留めるつもりだ。
「Vγ、前に飛んで!」
紫苑は言われたとおり、ペットボトルが地面に着弾する前に、前方に飛んだ。目の前に水使いがいる。拳とムチとでは全然間合いが違っていた。だが、紫苑は拳を構える。
「しばらく眠っててもらうぜ!」
だが、紫苑が拳を繰り出す前に、水使いはムチを振り上げた。
紫苑が大きく飛び退いて地面を叩く水のムチをかわした時、思わず水たまりに手をついた。
そのときだった…!
「ああああああああああ!!!」
水使いが叫んで崩れるように倒れた。まるで、何かに感電したみたいに。
紫苑が手をついた水たまりはちょうど、水使いの足元につながっていた。紫苑は一瞬ぽかんとしたが
「わけもわからないうちに決着がついちまったな…いや、まてや?」
スマホが勝手に充電されていたことといい、水使いが感電したことといい、まさかとおもった紫苑は近くの教室に入り、そこのテレビのコンセントを抜き、電極をつかんで力をこめる。
テレビがついた。
「おいおい、マジか…」
「『能力』が発動したわね」
はからずも紫苑は、手から電気を流す力を発動させてしまっていた。
教室を出た紫苑は倒れている水使いに近づく。まだ息がある。気を失ってるだけだった。
そのまま紫苑は校舎の反対側の階段を降り、2階に差し掛かった。やはり1階に続く階段がシャッターで塞がれている。
「くそったれ、また遠回りかよ」
警報が鳴り響く中、紫苑は再び反対側の階段に急ぐ。その途中、今度は金髪にベルトのついた緑色のブレザー…さっきの水使いと同じ服の少女にでくわした。水使いより年上な感じの外人風の少女だ。
「アナタ、ここに来る途中にミズキに会ったはずよね?あの子はどうしたの?ワタシもミズキも一般生徒は口封じしろと言われてるんだけど…」
「だからと言って罪のない一般生徒を殺していいわけねえだろ!」
そこに頭の中の声が告げる。
「用心して!今度のはさっきのような「まぐれ」は効かないわ!」
再びスマホが鳴った。Vアプリが起動したのだ。そこにはこう表示されていた。
Code name:シルフ
Real name :ヘレン・ヴィドミナ
V-code :Vε
ability :風
ability type :神託[Gifted]
スマホをしまって紫苑はつぶやく。
「ちい、能力者にでくわすなんて今日はホントについてねえ!しかも一度に二人もかよ!!こっちは頭ン中のおせっかい野郎だけでもすでにおもっくそまいってるってのに!!」
紫苑の手から火花が飛んだ。




