5 自己紹介と来訪者
ひとまず。
いや、正直にいうと頭が拒否反応を起こしているけれど……話が進まないので理解したことにしよう。
などと、無理やり気持ちに整理をつけようとする中、
「あの。今さらで申し訳ないのですが、改めて皆さんのお名前を伺ってもいいですか?」
とブルーが申し訳なさそうに言った。
そういえば、昨日おれだけが名前を言ったんだっけか。リュウセイとユウについては、まだだった。
「改めてだけど、俺は草野青葉」
「クサノ、アオバくん」
ブルーは真面目な顔で復唱し、今度は兄弟に目を向けた。
「えっと、リュウセイ。ユウ。ちょっときてくれる?」
おれは大きな猫……チビにまとわりついていた2人を呼ぶ。
「いま、自己紹介をしてるとこ。2人の名前もブルーに教えてあげてくれるかな」
「お願いします」
金髪男は真面目な顔でしゃがみ込んで、兄弟と目線を合わせた。
まず、リュウセイが口を開く。
「えっと、ハヤシリュウセイです」
「ハヤシリュウセイくんですね」
今度はキョトンとしているユウに向き合うブルー。ユウは3人から注目されて恥ずかしそうにうつむき、押し黙ってしまった。
「ユウの名前、兄ちゃん達にも言えるかな?」
こんな時、無理にうながすのも良くない派の俺は黙って待つ。ブルーも特になにもせずに穏やかにニコニコとしている。
「ユウ、名前いえる?」
リュウセイがユウの背中に手を置いた。ユウは小さな身体をもっと小さくする。
知らない人間を前にして、話すのは怖いよな。しばらく様子を見ていると、ユウはそっと口を開いて一言。
「ユウくん……」
おお。
おれは念のための補足として、付け足した。
「ユウはリュウセイの弟だよ」
ブルーは笑顔で頷いた。
「ハヤシリュウセイくんとユウくんですね。教えてくださりありがとうございます」
「なう」
いつの間にか近くに来たのか、チビがリュウセイとユウの背中にふわふわの頭をぐっと押し付ける。
チビの存在に安心したのか2人に笑顔が戻る。
「帰ることがおれたちの目的だけど、当面は……えっとブルー、の世話になっていいだろうか」
「もちろんです。皆さんのことは責任もって私が守ります!」
何故か力強く握りこぶしまでつくる様子がおかしくて、笑いそうになりつつ、内心死ぬほどほっとした。
おれは隣りでチビにじゃれついて遊ぶリュウセイとユウを見た。
この子たちを帰してやらないとさすがにまずいだろ……人として……。
「よろしく頼むよ。それでさ。おれたちはなんとか帰りたい。帰る方法も一緒に探してくれるかな……?」
灰色の目の男はおれをじっと見て言う。
「必ず」
思ったよりも力強い声。
「この件で、私よりも話がわかる友人を呼びました。彼が来たら紹介しますね」
良かった。ブルーはちゃんと動いてくれているんだ。そっと息を吐いた。
「わかった。ありがとう」
その日の昼。ブルーと一緒に庭に出ていた。おれに案内したい場所があるらしい。
昨夜に見た曇天の空とはうってかわり、青空が広がっている。風もなく、穏やかで気持ちが良い。屋敷の周りは建物はなく、石垣で囲まれた庭から外は、だだっぴろい沼地だった。
「なんか……この家以外なにもないな。誰も近くに住んでない?」
「はい。この辺りはウチしかありませんね」
「へえ。ブルーの他に誰か住んでる?」
「チビが一緒です」
ニコニコと話すブルー。……そういうことが聞きたいんじゃなくて……他に人はいるのかなとか、なんだけど……まあ、いいか。
「そっか。ちなみに、買い物とかどうしてんの?」
店とか何もなさそうだけど。
「ここは別邸みたいなもので、本来の私の家は町にあるんです。必要があれば行き来する形ですね」
「まじか。もうひとつ家あるなんて、凄いなあ」
「いえ、そんな」
ブルーは顔を赤くした。
「えっとですね。この沼地の家は魔法の練習のために持ったんです。お恥ずかしい話、魔法で失敗することが多くて……。人に迷惑をかけないために、人里離れた場所にしました」
「へえ」
魔法で失敗……。
確かに俺たちを召喚したことも失敗か。
そんな話をしながら、ブルーに井戸らしき場所へ案内された。
「ちょっと待っていてくださいね」
ブルーは懐から小瓶を取り出した。井戸の底に向けて小瓶の中身をゆっくりとたらす。それは白く光っている。
しばらくすると井戸全体が光り出した。
「アオバくんは、ここにしばらくはとどまることになりますので、安全のためにまず、自己の証明をしていただければと思います。この井戸の底に向かって名前を言ってくれませんか?」
「え、急になんだ?」
当たり前のように言うブルーに聞くと、男は真面目な顔で説明した。
「『自己の証明』というのは、いわゆる、魔法でして……。名前を井戸に教えることで……この場合は、アオバくんを私が登録した、ということになります。そうすると便利なことが……」
「登録? なんか……怖いんだけど」
「あ、いえ! こ、怖くはなくて。登録というか、うーん……そうですね。アオバくんがいる場所を私の魔法で感知できる、というものです。さすがに全区域とはいきませんが。簡単に言いますと、迷子にならないということです」
迷子。これは……。
「こども扱い……」
思わずムスッと呟いたおれに男は焦った様子で首を振った。
「いえ、こども扱いなどではなくて! アオバくん、リュウセイくん、ユウくんの安全を確保することが私の第一優先事項ですから! そういうことですので……」
おれ、リュウセイやユウと同じ扱いか。……まあ、こいつから見たらおれも十分こどもになるか。
「わかったよ。えっと、井戸に向かって名前を言うんだよな?」
ウンウンと頷くブルーの横を通り過ぎながらため息をつく。ええい、ままよ。
こういう時は、恥ずかしがってはだめなのだ。おれは光る井戸の底をのぞき込むと、「草野青葉!」と叫んだ。
クサノアオバ! クサノアオバ! クサノアオバ……。
井戸におれの声が響いた。すると光が大きくなりおれの身体も包み込む。
「おおっ?!」
ゆっくり光が消えていく。様子を見ていたブルーはホッとした顔になった。
その後、リュウセイとユウも同じように井戸に向かって名前を言い、自己の証明という魔法を受けた。
……あ、わかったぞ。これって迷子用GPSだ。
夕飯も食べ終えた頃。
「ブルー! きたぞ!」
バン!と勢い良く玄関の扉が開いた。
「やあ」
ズカズカと家に入ってきた大声の男。のんびりと迎え入れるブルーとは対照的な様子に、俺とちびっこ達は驚いて動きを止めた。
「おお、チビではないか!」
いつの間にか謎の男の横に来ていたチビ。慣れた様子で頭を擦り付けている。かなり懐いている様子だ。
豪快に笑ってチビの頭を撫でる男をマジマジと見てしまう。ブルーも大きい方だがこの男はそれ以上だ。2メートル以上はゆうにありそうなんだけど……。
そんなことを考えていたら、ギラギラした金色の瞳が俺を見た。
うわ。心臓がぎゅっとなる。
「貴様がアオバだな」
次にリュウセイとユウを見る。
「リュウセイ、ユウか」
2人は固まった。
「俺はタングステンという。ブルーの友人だ。よろしくな」
両手を腰にあて、歯を見せて笑う。あれ、もしかして昼間に話してた友人ってこの人……?
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