41 黒尽くめの男と頼み事
おれたちはドアが開いた半分の隙間からなんとか部屋から出た。
倒れていた人はよく見たらびしょ濡れだ。全身黒い服を着た男の人。
「だ、大丈夫ですか!」
「…なんでここに人が」
「死んでんの?」
「ヒノコ! 縁起でもないことを……! もしもし! おーい!」
返事がない。
ヒノコの言う通り死んでるとかないよな……? そうだ……授業でやった、蘇生方法……!
おれはうつぶせで倒れている人をひっくり返し仰向けにした。
「しっかりしろ!」
顔に近づけて大声で声をかけるが、返事はない。長い前髪で隠れて顔があまり見えないけど、顔色は真っ青だ。
返事がなければ、意識はないということ。おれは顎を少し上にあげ気道を確保する。そして人工呼吸をするため顔を近づける。
「…アオバっ?」
「はあっ!?」
なぜか焦ったような声が聞こえたあと。
「がはっ…」
目の前の人が目を覚まし咳き込んだ。
「げほっーーげほっ、げほ、げほっ」
そのまま水を少し吐き出す。
「大丈夫ですか!?」
まだ肩で息をしているけど、おれの問いに「ああ」と応えてくれた。
「ーー良かったあ」
思わず座り込む。
「…あ? ア、アオバ……」
「へ? なんでおれの名前を……て、ああ!」
黒尽くめの服と長い前髪に隠れた顔……。
神殿が森にあった時、中庭で会ったコモリじゃないか?
「コモリ、だよな? なんでここにーー」
濡れた長い前髪からのぞく瞳と目が合う。その茶色の目は揺れていた。
「頼む」と小さな声。そのまますがるようにしがみつかれる。
「あいつを……フォルを助けてくれ……!」
「フォル?」
コモリはおれの両うでを掴んだまま苦しそうに言った。パタパタと雫が足に落ちた。
「アオバにこんなこと……頼む立場じゃねえことは分かってる、けど」
「どういうーー」
ぼふんっ。
急な爆発音におれの言葉はかき消された。
「えっ?」
大きな羽。とがった耳。丸い瞳。さっきと同じ黒ずくめ……ではあるが全然違う!
「こ、こうもりっ!?」
おれの目の前には巨大な蝙蝠が現れた。
なんでっ?! ……てあれ、コモリがいないってことは、この蝙蝠が。
「ーーコモリなのか?」
蝙蝠の黒茶の丸い目がおれの顔をうつした。
「アオバから離れろ!」
「…昨日の!」
ヒノコの怒った声と、スーイの緊迫した声に、水の国の侵入者のことを思い出す。
「き、昨日は悪かった。本当に……っ、申し訳ない……」
蝙蝠がしゃべった!
「……俺にできる事なら、なんでもするから、フォルを助けてくれ……っ」
しぼり出すような声が頭に響く。コモリのものだった。
「コモリ、話聞くから」
「…アオバ」
スーイが制止するような声を上げた。
「ごめんスーイ。ちょっとだけ」
スーイは少し黙り込んでから小さく言った。
「…ちょっとだからね」
「ありがとう」
コモリはおれの上からどき、床に座り込む。
大きな黒い羽は縮こませても、廊下いっぱいスペースをとっていた。おれは起き上がり、改めてコモリを見る。
「どうしたんだ?」
「フォルが……フォッシルウッドは魂の在り方を制御されてる」
「…まさか」
スーイか驚きの声をあげた。
た、たましいの? ちんぷんかんぷんだけど、まずいことなのかな?
「…根拠は?」
「ない。俺がそう思ってるだけだ」
「…話にならない」
スーイの呆れた声に被せるようにコモリが言う。
「ブルーだ」
え?
耳馴染みのある名前にドキリとした。
「……ヤツと会ってから、フォルは弱っていった。今、もう、限界がきてるんだ」
コモリは苦しそうに続けた。
「俺は、ブルーがフォルに耳打ちしたのを見た。フォルはヤツの甘言につられたんだ。その後なんだ。フォルが召喚の儀に細工を仕掛けたのは」
「ーー召喚の儀に!?」
スーイが目を見開き、身を乗り出した。
「…そんなこと、できるはずない……!」
真っ黒い蝙蝠の顔が苦しそうに笑ったように見えた。
「できたんだ。フォルはそういう女だ」
「…そんな」
「ただし、あいつ1人では無理だ。……俺はブルーはこうなると分かって、フォルを利用したと思っている」
「そんで。おれたちにどうしてほしいんだよ」
緊迫した空気の中、場違いなほどのんきなヒノコの声。
「……助けてほしいんだ。でも、助け方が分からない。もう薬草も、なにも効かない」
しぼり出すような苦しそう声。
「…その前にひとつ。…アオバを狙った理由は?」
おれ? ーーあ、そっか、昨日のはおれが狙われたんだったか?
しかし、スーイの問いはコモリに届いていないようで、巨大な蝙蝠はうわ言の様に呟いた。
「ーーブルーから、始めたんだ。あいつならフォルを、救えるんじゃないかってーーーー」
「うわっ」
突然、黒い塊は力が抜けたように崩れ落ちた。おれの上に。
「アオバ、大丈夫!?」
ヒノコの問いかけに返事をする。
「おれは大丈夫! コモリのほうを見てくれ!」
「ーーったく、わかったよ。ピーも来て!」
ピーがおれとコモリの間に頭を突っ込んで出来た隙間から這い出る。
「ピー、ありがとな」
赤い大鷹を撫ぜると小さく「ピッ」と返してくれた。
コモリの様子を見ていたスーイが立ち上がる。
「…気絶しただけみたい。…妙に弱ってるのが気にはなるけど、今は何もできない。…それより、ブルーさんのことが気になる…」
「なんか、やらかしたのかな?」
ヒノコが気楽な声で言う。
「…さあ。…わからないけど、とにかくタングステンに報告してくる。…ヒノコはここでコイツ見張ってて」
「おっけー」
「…アオバは、もう一度着替えた方がいいよ」
スーイがびしょ濡れのおれを見ていった。
「はは……そうする」
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