32 神子の役割と選定の儀
水のトンネル内の休憩所に到着。
おれたちはこじんまりしたアーチ型の屋根の下のベンチに座った。
「結構歩いたなー」
「…そう?」
さすがに足が疲れてやっと座れるという心持ちのおれとは反対に、スーイは平然としている。
「このトンネル、思ったよりも長いな。どこまで続いてるんだ?」
「…この休憩所はトンネルの中間地点にあるから、今歩いてきた距離と同じくらい先がある」
「す、凄いな」
こんなに巨大で長いトンネルの水槽なんて……いや、これは水槽ってレベルじゃないか。
ふとトンネルの外を見ると小さな魚達が塊になって泳いでいた。時おりキラリと光がのぞく。
……なんだろう。
「…あれはピグミーていう魚。…集団の中に数匹光る個体がいて、仲間の魚を誘導してる」
おれの疑問を読み取ったようにスーイが説明してくれた。
「へぇ~…………って、スーイ! おれの頭読んだ!?」
「…読んでない。何となくアオバが知りたいかなって思っただけ」
それにしても、勘がいいなあ。
スーイはコチラを見た。
「…アオバは召喚の儀の魔法陣から、こっちに来たんだよね」
「そう。学校帰りだったんだけど、急に眩しくなって、次の瞬間にはこっちの世界にきててさ。それで、急にブルーに、間違えて喚んでしまったって謝られて」
一気に話したあと、言葉を切った。
「おれと一緒に来た小さい子たちは、こないだ帰れたし。本当に喚び出されたことが間違いなんだと思う。それに、ブルーとは1年後に帰してもらう約束もしてるんだ」
何も言わず耳を傾けるスーイに続けて言った。
「スーイには迷惑かけないから」
「…迷惑?」
「えっと……み、神子候補の邪魔はしないっていうか」
……何か、おれ、言い訳してるみたいじゃないか?
いつの間にか自分の心臓がどきどきと波打っていることに気付いた。
スーイはそんなおれの様子を知ってか知らずかわからない様子で口を開いた。
「…僕は神子になりたくて、神子候補になった。…ブルーさんが何を話したのか知らないけど、選定の儀は間違えない。…きっとアオバが呼ばれたことは意味がある」
「ーーえ?」
「…アオバは神子のこと、どこまで知ってる?」
「神子のこと……」
そう言えば、実際に神子がなんなのかほとんど知らない。けど、確か、最初にブルーが沼地の屋敷で……。
「神子は世界の穢れを浄化する……とか聞いたけど」
答えたおれに、スーイは頷いて言った。
「…それは大事な神子の仕事のひとつだよ」
スーイは続けた。
「…神子はこの世界にとって希望の象徴みたいな存在でもある」
「希望?」
「…そう。…みんなの希望になりたくて神子になることを目指す人。…特殊な地位にある人が神子候補になったり、色々いる。…最終的には選定の儀によって選ばれる」
今更だけどあの召喚ってほんとに重要なものだったんだ……。ブルーたちは何も言わないから、喚ばれたことは大した事じゃないんだって、正直少しホッとしてた……。
……いや、わざと言わなかったのか?
おれが最初から帰ることばかり口にしていたから。おれやリュウセイたちに余計な負担かけないように、とか……。
「ーーおれがガキなだけってことか」
「…なに?」
おれの呟きにスーイが眉をひそめた。
「……ブルーのやつ、何も言わないから、あの召喚がそんなに大事なことだったなんて、知らなかった」
あいつ……。
「…アオバが気にすることじゃないよ」
優しい声にぎくりとした。
「え?」
「…召喚者本人も、誰が召喚されるのか全くわからない状態で行なわれるのが選定の儀。…そんな中、アオバが来た」
そう言われて、ちょっと気まずくなっておれは黙り込んだ。
スーイのような神子候補にとっては、やっぱりおれって納得いかない存在だよな。
「…今、神殿が水の国に現れたことは知ってるよね」
暗い思考になりそうな所にスーイが質問を投げかけてきた。
「あ、ああ」
「…神殿の中に『神子の椅子』があることも知ってる?」
「いす? それは、知らないけど……神子が座る椅子ってことか?」
言葉のまんまだけど。
「…うん、そんな感じ。…そこへ行かない?」
スーイに連れられて、海底に出現した神殿にやってきたおれは、非常識な景色に大声で叫んでいた。
「水のトンネルもびっくりしたけど、これは凄すぎるっていうか、流石にファンタジー過ぎない!?」
隣にいるスーイが不思議そうにおれを見て言った。
「…アオバってよく驚くね」
「いや、だってさ。水の中に建物があるなんて誰でも驚くって……」
ちょっと前に大きな森の中にあったはずの神殿が、確かに今度は水の中にあった。
「ほんとにあの神殿と同じなんだ」
海底に建つ神殿には、その周りを大きな空気の膜が覆っていた。このお陰で息ができるわけだけど……水のトンネルの時も思ったけど、水圧とかどうなってるんだろう。
そもそもこの海底に来れたのもスーイの魔法のおかげで、水の中でも呼吸ができるという魔法をかけてくれた。
身体全体を空気の膜が覆い、海に入っても息が出来た。そのままスーイに引っ張られる様に神殿まで連れられてきたのだ。
正直、驚くべきことばかりで疲れた……!
「…また驚いてる」
心なしか、スーイが笑っているように見えた。
「そりゃそうだよ……」
パシャリ。
水音がして、音の方を振り返った。おれたち以外にやってきた人だ。神殿の関係者だろうか。ライさんと似たような服を着ている。……ただし、ずぶ濡れだった。
「だ、大丈夫ですか?」
タオルとかあればよかったんだけど、持ってない。ポケットにあるハンカチを取り出した。
「ハンカチくらいしかないんですけど」
その人は笑って、大丈夫、ありがとねと言って神殿の入り口へ歩いていった。
「あの人、ここまで普通に泳いできたのかな……いや、息続かないよな、さすがに」
海底までの距離はかなりあったはず。
「…あの人は、変身魔法を使ったみたいだね」
「変身魔法?」
「…そう。…たぶん、魚に変身かな?」
スーイが首を傾げた。
「魚!? す、すげー」
あ、だから濡れてたんだ。
「…海底の神殿には、それぞれの方法で行くことになってる」
「へえ……あ、転移魔法だったっけ? あれがあったら、海底でも行き来が便利そうだけど、できないのかな」
濡れちゃう人がいなくなるんじゃない?
「…転移魔法は高度な技術と特殊な条件が必要な魔法だから。…簡単にはできない」
「へ? そうなの? ブルーが使ってたからてっきり普通の魔法なのかと……」
「…あの人、腰が低いから分からなかったかもしれないけど、凄い人だよ」
「……」
まじか。意外すぎる。
そんなことを話しながら、おれとスーイは神殿の中にある『神子の椅子』の部屋へと進んだ。
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