31 水の国の神子候補と水のトンネル
「えっ?」
この人が水の国の神子候補!?
「スーイといってな。先ほども話したが、今は俺の城で暮らしてもらっている」
「…よろしく」
スーイがおれに向かってポツリと言った。
「あ、うん。おれは……ってさっき言ったか」
おれも自己紹介をしようとしたけど先ほど話したことを思い出す。
「わざわざ船にまで乗り込んでくるとはな」
タングステンが面白そうな表情で言う。
「…ばれてた?」
スーイは平然とした態度でタングステンに返した。
「最初からな。目的はアオバか」
最初からって……タングステンはスーイが船に乗っていたことをそもそも知ってたってことか……、て目的?
「…アオバがどんな子かと思って」
スーイが言った。
「え、おれ?」
「…そう」
その様子を見てタングステンは豪快に笑っていった。
「はははっ! ともかく、今は昼食の時間だからな。船室に食事を用意した。アオバ、行くぞ」
「わ、わかった」
「スーイも来ないか?」
タングステンがスーイを誘った。
「…いい。仕事がまだ終わってないから」
言って、船の後部へ歩いていった。
食事をしている間に、船は城近くの港へ戻る。
そして城内に戻ると、玄関ホールにスーイが立っていた。
「あ、スーイだ」
「ああ。話した通り、奴はここに住んでいるからな。仕事も終えて戻ったのだろう」
含みのある声でニヤリとタングステンは笑った。
「…どうも」
軽く挨拶をするスーイは、さっき船にいた時とは違う白い服を着ていた。
「仕事は終わったの?」
聞くとスーイは頷いた。
「アオバを待っていたのか」
タングステンが言った。
……ん? 今、おれの名前いった?
「……」
スーイは無表情のまま黙っている。それを見てタングステンは笑った。
「はは、すまん。言わなくてもいいことだったな」
なんとなく不穏な空気を感じるんだが。な、なにか適当な話題ないかな。……そうだ。
「ス、スーイはこの城で暮らしてるんだよな?」
あ、勢いで呼び捨てにしてしまった。
「…うん」
スーイは特に気にしていないみたいだ。おれは内心ホッとしつつ聞いた。
「部屋どの辺?」
「…僕の部屋はーー」
「タングステン!!!」
スーイの声がかき消されるくらいの大声がホールに響いた。
階段上から聞こえた声の方を見ると、そこに青と水色のドレスを着た女の人が立っていた。
ーーわっ、キレイな人だ。
そのまま女の人は、ドスドスと階段をくだり、おれたちの前までやってきた。
え? この人、背、高っ。
女の人はタングステンの両肩をガシっと掴んだ。
「あの人たちを止めてくれっーー……っあ」
女の人は叫んだあとに、おれとスーイの方を見て固まった。そして、なぜかみるみる青ざめる顔。
……あれ、どっかで見たことあるかも。
「ブルー、久々だな。お前のその格好」
タングステンが呑気な声で言った。
ーー今、タングステンに掴みかかっている女の人がブルーだって!?
「まさか」
おれは思わず呟き、目の前の女の人の顔をマジマジと見つめた。
「あっ……の、その……」
女の人の顔が青から赤に変わる。
「ほんとにブルーだ……」
確かに、よく見ると体格が良すぎる気がする……。
タングステンが震えるブルーの腕を外しながら言った。
「兄弟のかわりに謝ろう。すまんな、ブルー。だが、皆、貴様が好きなのだ」
「あの人たち、やり過ぎだっ。と、とにかく、お前も来てくれ」
ブルーも真っ赤な顔でタングステンを恨めしそうに見て言った。
「じゃ、ちょっと失礼します」
ブルーはちらっとおれを見てそそくさとタングステンと一緒に階段の上に消えていった。
い、行っちゃった……。
2人の姿が見えなくなったと思ったら奥の通路から、タングステンが顔を出した。
「スーイ! アオバのことは任せた!」
そう言って、あっという間に消えていった。
「…相変わらず、タングステンは強引」
ちょっと不服そうに呟くスーイを見る。
「おれ、泊まる部屋に戻れれば大丈夫だから、その部屋教えてもらえれば……って、スーイが部屋の場所わかるわけないよな」
正直なところ、来たばかりの大きな城の中で、一度しか案内されてない部屋にたどり着く自信がない。
スーイに聞いてみようかな。
「…行ってみたい所ある?」
とふいにスーイが聞いてきた。
「え?」
「…だから、行きたいところ。…僕が案内する」
「いいの?」
頷くスーイ。相変わらず無表情だけど、嫌がっているわけではなさそうだ。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかな」
お礼を言うと、スーイは小さく「…別に」と小さな声で呟いた。
うーん、『行きたいところ』か……。
「おれさ、ここに来たのも初めてだから、何も分からないんだ。えっと、スーイのオススメの場所教えてくれる?」
「…いいよ。ただ、まずは昼ご飯にしよう。…着いてきて」
歩き出すスーイのあとを、おれは慌てて追いかけた。
スーイのオススメは、水のトンネルという所らしい。
「…城前広場から下った所にあるから、近いよ」
というスーイの言う通りで、城のすぐ外の大きな広場から、下にくだる階段があった。
「ここから下に降りてくってこと?」
「…そう。行こう」
そのままスタスと歩くスーイを追いながらおれも階段を降りていく。
どれくらい下ったのだろう。それすら分からないくらい降りた気がする。
「スーイ、あとどれくらいーー」
「…着いた」
おれが問いたけと同時にスーイが呟いた。
「着いた?」
「…うん」
「やった、やっと着いーー」
顔を上げ、辺りを見たおれは止まってしまった。
「ーーみ、水の中…!?」
そう。そこは水の中だった。いや、正確には違う。水族館にある水槽トンネルのバカでかい版っていうのかな。とにかく余りの迫力に呆気に取られてしまう。
「す、すげー!!」
「…そう?」
大声で騒ぐおれの横でスーイは平然としていた。
「だって、こんな……」
目を凝らしてよく見るとおれの何倍も大きい魚がユッタリと泳いでるのが見えた。凄い。
「ト、トンネルの中は明るいんだな」
不思議な事にしたトンネル内は全体が明るい。こんな海底みたいな所に電気って届くのかな?
「…そういう魔法が施されてるから」
「へえ〜」
魔法すごい。
「…それより、ちょっと歩く?」
スーイはトンネルの奥を指さした。
「もちろん!」
長いトンネル内をおれとスーイは海中を眺めながら歩いた。
「凄いな、見飽きないんだけど」
「…そんなに?」
「それはもう! あ、スーイはここに住んでるんだもんな。もう普通の光景?」
「…そうかも」
「はは、やっぱそういいもんか」
全身を発光させながら泳ぐ魚の群れが現れて、おれは思わず足を止めた。
きれいだなあ。
「…アオバのことは、召喚された時から知ってたんだ」
少し前を歩くスーイがいつの間にかコチラを見つめていた。
「おれを?」
スーイは続けた。
「…タングステンが異世界から召喚された神子……候補と船に乗るって知って、僕も船に乗った」
「……」
「…神子候補になって調子にのっている様なヤツだったら。…こらしめてやろうと思った」
スーイが目を伏せる。
「…でも船の上でアオバとタングステンの会話を聞いて、僕の勘違いかもしれない…と思った。…ごめん」
そして唐突に謝った。
「え、何が?」
何に対して謝っているのかわからず、思わず聞いた。
「…勝手に勘違いしたこと。…盗み聞きしたこと」
「ああ。そんなこと……」
スーイがこちらを見た。
「スーイは神子候補なんだろ? こっちの世界では、神子候補の中から誰かが召喚されて、神子が決まるって聞いた。それなのに何も分かってない…あ、おれみたいな奴ね。そんな奴が、しかも異世界から召喚されたら……納得いかないよな」
スーイの無表情の顔が驚き変わったように見えた。
「…あはっ」
わ、笑った?!
「…アオバって変なやつ」
すぐにまた、無表情になる。
「へ、変なやつとはどういう意味だよ」
「…言葉の通り」
「なんだよ……」
相変わらずの無表情なんだけど、どこか嬉しそうに見えるんだけど……。
スーイは、何かを思い出したかのようにピタリと立ち止まり振り向いた。
「…この先に休憩所がある。…そこで少し休もう」
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