3 知らない場所と知らない姿
ブルーはまだやることがある、とのことでチビと一緒に下の階へ戻っていった。
俺は着ていた上着を脱ぎ、タンスのうえに置いて伸びをした。
つ、つかれた……。
なんか、もうなにも考えたくない。けど、頭はグルグルと不安な疑問ばかり作り上げる。
帰れない?
ブルーは信用できるのか?
チビってなんだ?
この世界は?
本当に戻る手立てはないのだろうか?
この子たちだけでも帰れないのか?
おれは……。
どんどん沸いてでてくる不安の数々を諦めたように見つめる。
明日、ブルーとまた話をしなくては、と決意を固めた。
ねみ……。
朝だ。
地球ではない知らないどこかの別の世界であってもいつもと変わらない朝は来た。
ベッドとタンスしかない部屋には大きな出窓がついていて、そこから朝の光が差し込んできている。
常人の神経しか持ち合わせておらず、結局目が冴えてしまい、昨日はあまり眠れなかった。
やっと眠れたと思ったら、下の階から微かに匂う食べ物の香りに目を覚ましたのである。
ぐうう。とお腹が鳴った。
隣にはリュウセイとユウがまだ眠っていたが、彼らを置いて下に行くのは心配だ。
かわいそうだけど、起こして一緒に朝ご飯をもらおう……。
「リュウセイ、ユウ」
2人の肩を軽く揺する。
「朝だよ」
「……あさ……?」
ムクリと、リュウセイが起きた。寝ぼけた顔でおれを見て驚きの表情。
「おはよう、リュウセイ」
「お、おはよ」
「朝ごはん食べに下に行こうぜ」
「あ、うん」
「ユウも起こそうか」
「うん。ユウー」
リュウセイがユウを抱き起こす。
「う……にゅ……」
ユウはまだ眠たいと言いたげに、身を縮こませた。
「昨日、色々あったもんな。まだ眠いかな?」
おれが覗き込むようにユウを見て言うとリュウセイは頷いた。
「でも、起きなきゃ」
再び「ユーウ」と声をかける。
「抱っこして下に連れてこうか?」
おれの言葉に、リュウセイは申し訳なさそうな顔をした。
「でも」
「大丈夫だよ。……ユウ、抱っこしていい?」
小さな弟の方に声を掛けると、ぱちりと目を開けて手を広げた。
「だっこ」
「おう」
寝起きのあたたかい小さな身体を抱き上げた。
くん、とカッターシャツが引っ張られる。リュウセイだ。
「ありがと」
「うん」
階段を降りながら、それにしても。と思った。2人は特にぐずることもなく起きてくれた。おれがこの年齢の時はもっとワガママだった気がする。
父さんがよく「寝起きのアオバは、抱っこ魔で大変だった」と笑っていたのを思い出した。
この兄弟は、おれが思う以上にしっかりしているのかもしれない。
眠そうな兄弟を連れて、らせん階段を降りていった。
「おはようございます」
一階の大きなテーブルに人数分のコップに飲み物を注いでいたブルーがこちらを見て言った。
「おはよう」
パンやスープなどの朝ごはんが用意され、スープのような良い匂いが広がっていた。おれの腹がぐぅと鳴った。
ブルーはにこりとした。
「お腹、空きましたよね。私もペコペコです。一緒に食べましょう」
「うん」
「食事の前に顔を洗いましょうか。右の奥に入った所で顔を洗えますので」
おれたちは、居間の奥にある手洗い場に案内された。
そこには捻ると水が出てくる蛇口があって、地球と同じく水道が通ってるってこと? うーん……。おれは疑問に思いつつも、先にリュウセイとユウに顔を洗わせた。
「ほら、こっち向いて」
タオルで小さな顔を拭く。
2人のまだ幼さの残るふっくらしたほっぺがなんだか安心する。
ブルーは、この世界がおれたちの世界とは違うと話していたが、この洗面所や昨夜眠ったベッドの部屋などをみると、地球と様子とは大きく変わらないように見える。
不思議だ。
てか、異世界に召還された……というのが嘘なんじゃないのか? なんて思うわけで。
頭に渦巻き始めた不安を蹴散らし、俺は冷たい水で顔を洗った。タオルを取ろうと顔を上げた。
ふと真横を見ると壁に小さな鏡に気付き、覗き込み……息が止まった。
「は?」
鏡にうつったおれは、髪の毛も目も緑色だった。
俺は黒髪、黒い目で顔のいたって平凡な中学生だったのに。
いやいやいやいや……なんで?!
「リュウセイ、ユウ。おれ……ずっとこんな頭してた?」
おれを待っていたリュウセイとタケに聞くと、2人は顔を見合わせた。
「うん。みどり色」
とリュウセイ。
「みどー」
無邪気に目を輝かせてユウも言った。
「……」
おれは染めてないし、目もこんな……カラコンが勝手に入ってるとか?
いや、ないない。入れたこともないし。
自分で自分にツッコミを入れる。
つまり、こっちに来てから変わったということだろうか。そうなるとリュウセイとユウも変化していないとおかしいけど、2人は黒髪と黒い目だ。
「お兄ちゃん、だいじょうぶ…?」
眉間にシワがよったおれに、ふたりは不安そうな表情になる。
「あ、ごめんな。大丈夫」
おれは笑顔をなんとかひねり出した。
「朝ごはんができましたよ」
戻りが遅いことに心配したのか、ブルーが顔を出す。微妙な空気の俺たちを察したようだ。
「なにかありました?」
「おれの髪の毛って昨日からこれだった?」
緑の頭を指差して問う俺にブルーはハテナ顔で頷いた。
「? はい」
「本当は黒いんだけど、緑色になってる」
「え?」
「目も黒だった」
「ええっ!?」
ブルーはおれの目を覗き込む。
「緑色ですよ」
「自分でも驚いてる」
「変化したということでしょうか」
「わかんないけど……」
ん、てことは?
「リュウセイとユウは? 二人とも、髪の毛とか、どこか変わったとこある?」
急に名前を呼ばれた兄弟はビックリ顔でおれを見上げた。
「鏡、届かないから見れない」
「おお……」
壁にかかった鏡が高い位置にあって、背が小さい二人には届かなかったらしい。
「私が持ち上げてもいいですか?」
ブルーが一人ずつ持ち上げて鏡を覗かせたが、二人ともうつった自分に驚いたりしなかった。
「リュウセイ。ユウの髪の毛とか、いつもと変わらない?」
「うん」
「ユウはどうかな? お兄ちゃんはどこか変わった?」
ユウはまじめな顔でリュウセイを仰ぎ見た。う〜?とうなる。
「たぶん、変わってないってことじゃないかなあ。鏡で見たおれの顔、いつもとおなじだし」
と冷静な兄。
「そっか……。ありがとう」
おれだけ変わったってことか?
「体調に変化はあります?」
ブルーは真剣な顔だ。
「ない」
身体の不調は全くない。強いて言うなら……。
ぐうぅー。
「お腹がめちゃくちゃ空いてる」
パンとスープ……ここが異世界とは思えない普通の朝食を食べ終え、ブルーと改めて向かいあった。
まだ小さなリュウセイとユウはじっとしていられず、まるまっているチビの元へ一直線。眠そうなチビのふかふかな大きな背中や三角の耳を撫ぜたり、つついたりして遊んでいた。チビは意に介さず、二人の好きなようにさせている。
チビには悪いが、兄弟は任せた。
ともかく俺はブルーに聞かなくてはならないことがあるのだから。
「ブルー……さん」
食後のお茶を飲んでいたブルーはカップを置いた。
「『ブルー』でいいですよ」
「……」
この人、おれより年上だよな? 呼び捨てとか……まあ、いいか。
「えっと、じゃあブルー。改めて話したい」
「はい」
「昨日、手違いでよんだとか、ここが違う世界だとか話してたけど……」
ブルーが背筋を伸ばしたのが分かった。
「はい。まずは……ここはヘルクスと言われる世界で、地球とは違う世界です」
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