2 小さな兄弟と怪しい屋敷
「にいちゃ……だっこ…」
ユウの小さな声が聞こえた。
帰るところがないおれたちはブルーの家に向かっていた。先導して目の前を歩く金髪男に続いて、俺とリュウセイ、ユウは夜道をゆく。
おれの腕に縋り付くリュウセイと、そのリュウセイにしがみ付くユウの存在があるため、ちょっと歩き辛い状態なのだが……。
ユウは今まで歩けたのが不思議なくらいだ。
ユウは小さな手をリュウセイに向けてのばしていた。しゃがみ込んで兄弟を見ると、ユウが初めておれを見てくれた。思ったよりも根性がありそうなまん丸な顔だが、まだ、涙が光っている。
「リュウセイ、ユウ。今までよく頑張って歩いたな。すごいぞ。それで、今からだけど、おれがユウを抱っこして歩きたいんだけど、どうかな?」
問われて、ユウが兄を見た。リュウセイは弟とおれを交互に見て困った顔で言った。
「……いいの?」
「もちろん」
おれはユウの目を見て聞いた。
「ユウのこと、おれが抱っこしていい?」
「……ん」
ユウが手を伸ばした。
良かった。
暖かな小さい体を抱いて立ち上がる。リュウセイを見ると「まだ行けるぜ」といった風に神妙な顔で頷いた。
「行こうか」
再び歩き出すおれたち。
「うお」
気が付かなかったけど、ブルーが振り返っておれたちの眺めていたようだ。バチッと目が合う。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、平気。待たせてごめん」
「いえ」
歩き出すおれ達をチラチラと振り返りながら前を歩くブルー。そのブルーの前を謎のでかい猫……チビがシッポを揺らしながら、のしのしと進む。
出発前にブルーが「チビは夜目がきくんですよ」と自慢気に話していたが、ほんとにその通りみたいだな。
見た目通り、猫と同じ夜行性ってことかな?
しばらくすると、ユウはおれの腕の中で眠りについた。眠った子供の体温は高く、ずしりと重かったがおれは歩いた。
定期的に振り替えってこちらを確認していたブルーは、何か言いたげな様子だったがおれは黙っていた。
途中、何度か空が赤く光る。そのたびにブルーは険しい顔をした。
「申し訳ないのですが、もう少し歩みを早めないといけないようです。その……私に預けるのは心配かもしれませんが、ここからは私が代わりに抱っこしてもよろしいでしょうか?」
「…………」
正直、迷った。
一度は信じると決めたが、結局は初対面の怪しげな男ということは変わりない訳で。この、小さな子をまかせていいのか?
……まあ、リュウセイとユウにとっては、おれだって初対面の怪しげな男なのだけれど。
「……ねこ…ちゃん」
いつの間にか起きていたのか、ユウがポツリと言った。
「あ、チビに乗ってみますか?」
「のりゅ!」
「乗りたい!」
兄と弟の声がかぶった。
もしかして、ねこ好き兄弟?
それから、ユウとリュウセイはチビの背中に乗らせてもらうことになった。おれの心配をよそに、ふわふわの塊の上に乗った途端、二人は歓声を上げた。
二人を乗せたチビは相変わらず先頭を歩き、おれの歩くスピードが遅くなるとピタリと止まりそれをブルーに教えた。
「この保護区を抜けたら、私の家はすぐですので」
歩きながらブルーは、おれたちが呼び出された場所は保護区だと教えてくれた。
見た目的には大きな森林公園みたいな感じで、木々は沢山だが、整備はされているようで小道のような空間が所々にあった。
ただ、その小道も夜になるととにかく暗く、何も知らない立場からしたら恐ろしい。
更に赤い雷が轟くわけで。リュウセイとユウが怯えたのは仕方ない。おれだって正直怖い。
とその時、唐突にチビとブルーが歩みを止めた。おれは大きな背中に顔面を激突してしまう。
「ぶわっ!?」
意外と力強いのか、びくともしない金髪男。
ごめんと謝るおれに振り向いたブルーは笑い返す。大丈夫ですよ。そして、嬉しそうに言った。
「到着しました」
……やった!
正直、おれはクタクタだった。
うにゃん。チビがこちらを見てひと鳴きした。チビの背中からブルーが抱っこでリュウセイとユウを降ろす。
兄弟はチビと離されて悲しそうな顔。すっかりチビに懐いたみたいだ。うん、猫は偉大。
「さて、ここをくぐリます」
ブルーが指差したのは、ちょっと寂れた金網でできたフェンス。
いやいやいや。
「ただのフェンスじゃないの?」
おれは恐る恐る聞いた。金網のフェンスの向こうには森が続いている。
「いえ、私の家に続く扉です」
ブルーが右手を金網のフェンスにかざしすと、一瞬でフェンスの一部が光る扉に変化した。
おれとちびっこ達はびっくりして声も出ない。ブルーは何でもないみたいに光る扉を開けた。開いた扉を押さえたまま、「どうぞ」とおれを促した。
扉の奥はさらに光り輝いて眩しい。光りすぎて真っ白だ。つまりどこに繋がっているかわからない。
「チビが先にいきますのでご安心ください」
ブルーはニッコリ笑った。
「大丈夫です。“本当”にこの先は私の家に続いています」
本当、とヤツは言った。
……もういいか。
「信じたからな」
おれはブルーをじっと見てそう言った。男は真顔でおれの目を覗き込み、頷いた。
「もちろんです」
ならよし。
脇に立つリュウセイとユウを見た。
「おれの手をちゃんと掴んでてな。大丈夫!」
明るく大声で言うと二人は大きな目をさらに見開き、なんとか頷いてくれた。
「にゃ」
チビがおれ達に向かって鳴いた。まるで「いくぞ」と語りかけているようだ。そのまま大きな猫は光る扉をくぐり抜けていく。
意を決し、ちびっ子達の手を引いてエイヤッと扉をくぐった。
眩しい光の渦のあと、目の前に現れたのはひょろりと長い三角屋根だった。
森と変わらず夜の景色だが、庭には所々にぼんやりと光る岩があって明るい。
「ほんとに移動した……!」
思わず叫んでしまった。おれにしがみついた兄弟は固まっている。
屋敷を囲む庭以外は何もなく、暗闇だった。
むうん、というチビの声が聞こえる。
「着きました!」
ブルーが背後からのっそり現れてそう言った。後ろを見上げると、思ったよりも近い場所にいた灰色の瞳とかちあう。
「森を抜けれたのは良かったけど、ここ、大丈夫なとこ?」
不安げな空気を醸し出すおれたちとは真逆で、ブルーは笑顔で答えた。
「大丈夫です。私の家ですから」
脳天気な声だ。
金髪男はおれの肩にそっと手をおいた。
「こちらへどうぞ」
スタスタと庭の低木を避けながら歩き、扉の前で手招きするブルー。
動けないおれの背中を何かがぐいと押した。
柔らかい感触。チビだ。
巨大な猫は「安心しろ」とでも言いたげに目を細めた。
心配していたブルーの家は、入った途端不安が払拭された。
「ふぁー、きれいな家だな」
黄色と茶色でまとめられた家具は、温かな雰囲気を作っていてホッとしてしまう程だった。
まともな所で良かった……!
慣れない森の中を歩いて疲れ切ったおれたちを、ソファに座らせたブルーは暖かい飲み物を用意してくれた。
よく知らない人間からもらった食べ物を口にするなんて、普通ならやらない。しかし、おれたち3人はとにかく疲れていた。 貰った飲み物を温かい飲み物を一気に飲み切る。ミルクみたいな味。
身体がじんわりとあたたかくなっていく。
「今日はもう遅いですから。休みましょう」
気が付くとおれの隣に座っていた幼い兄弟はうつらうつらと、頭を揺らし今にも寝そうだ。慌てて起こそうとしたが間に合わず。
「寝ちゃったな」
「疲れたんですね。2階に空き部屋がありますので、そこを使ってください」
「あ……ありがとう」
「いえ」
灰色の目が細められた。
ユウをブルーが抱っこして、リュウセイはチビの大きな背中に寝かせた。
居間から、直接上に伸びているらせん状の階段を上がる。
おれはリュウセイがチビの背中から落ちないように気をつけながら後ろを歩いた。
通された部屋は、3人が川の字になって転がってもありあまるくらい大きなベッドがあった。ブルーとチビはそっとこどもたちをベッドに置いた。
「ままぁ」
どちらの寝言かわからないくらい小さな呟き。
「寂しいよな」
「……そうですね」
ちょっとした沈黙が部屋を支配する。それをやぶったのはブルーだった。
「あなたは?」
見下ろす優しげな灰色の瞳。
「大丈夫」
俺は頷いた。
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