23 花の谷と先生
「着いたあ!」
おれたちはトロッコに揺られながら花の谷に到着した。
途中ちょっと寝てたからか、あっという間に着いた気がする。
ーーそれにしても、広いなあ。
花の谷は地下にあるというのだが、かなり広大な空間で天井も高い。ドーム10個分くらいはありそう。昔、父親と野球を見に行ったことを思い出した。
洞窟内だから、暗いところを勝手にイメージしていたが、天井から微かな陽の光が差し、岩肌や地面の所々に光る植物が生えている。
「明るいし、きれいだな」
思わず呟き、隣を見るとブルーがぼうっとしたまま言った。
「ーー本当だったんだ」
小さな声が聞こえた。
「え?」
ブルーはびっくりした顔でこちらを見た。
「あ、ああ、いえ……その…。この花の谷はトゥビット先生の所有の土地なんですけど」
「うん」
「花の谷の『花』はトゥビット先生の意識とリンクしていて感情に左右されるーーーと、言われていまして。それが、“本当だった”ことにびっくりしてしまいました」
「えーと……どうゆうこと?」
ブルーは苦笑いした。
「普段はここに様々な花が咲いているのですが、召喚の失敗でショックによって大半の花が散ってしまったそうなんです」
召喚の失敗って、おれやリュウセイたちが呼び出されたやつだよな。
あれのせいで……。
「なんか、トゥビット先生に悪いことしたかも」
「いやいや! アオバくんはなにも悪くないですよ! わたしの責任ですから……と、とにかく!」
ブルーが咳払いをしてあらたまった。
「先生のところへ行きましょう」
うなっ、とおれたちのうしろで待っていたチビが声をあげた。
「ここがトゥビット先生の家です」
ブルーが嬉しそうに言う。
見上げた先には真っ白な木で出来た大きなログハウスのような家。周りには木がたくさん生えていて風に揺られている。
木のトンネルの奥に見えるのが玄関かな?
思わず先を覗こうとしたら、「おや」という聞いたことのある声。
「早かったね」
横の茂みからトゥビット先生が現れた。
「先生、お忙しいところすみません」
「あ、あの、先生こんにちは!それで、こないだはリュウセイとユウを家に帰してくれて本当にありがとうこざいました!」
「はは……アオバくん、落ち着いて」
思わず食い気味に言ってしまった! なにしてんだ、おれ。
「す、すみませんっ」
頭を下げると、ポンと頭を撫でられる感触。
「いや、こちらこそ。わざわざ来てくれてありがとう」
顔を上げると優しい眼差しと目が合った。
「君の回復を待てなくて申し訳なかったね。アオバくんがあの時、なぜ倒れたのかもまだわからない状況だし……」
言って、先生は黙り込んだ。
「先生……?」
「おっと、悪い癖がでてしまったね。立ち話はよくないな。こちらへどうぞ」
先生に促され、おれたちは葉っぱのトンネルを抜けた先の玄関横にある休憩スペースに案内された。
「ふふふ、ちょうど良かった。おすすめの飲み物があるんだよね」
ウキウキした調子で透明の赤い液体が入った瓶をもってくる先生。それを見て手慣れた様子でテーブルにコップを並べるブルー。
「今年の花の汁だよ」
「花の汁⋯えっと、色水ですよね?」
昨日ブルーと飲んだオレンジの色水と違うものだろうか。
「色水? ……へえ、いい呼び方だね」
先生はぶつぶつ呟いている。
「今年のということは……」
ブルーが恐る恐る言うと、先生はにっこりした。
「うん。どうにか残っていた花をかき集めてね、作れたのさ!」
おお……!
「先生!」
ブルーがわなわなと立ち上がる。
「よ、良かったです……全部枯れていなくて!」
「ははは。さて、今年の貴重な花のし……色水は僕たちで飲もうね」
とくとくと赤い液体を3つのコップに分けていく。チビがその様子をみて、プウといった。
「昨日ブルーと、オレンジの色水を飲んだんです。すごく美味しかったです」
先生の目尻が下がった。
「うれしいなあ」
ちなみに、赤い色水もとびきり美味しかった。
それから、本来の目的だったチビについての話をすると、先生は驚きながら、隣に座るチビの頭を撫でた。
「……うん。確かに全体的に少しだけひと回り小さいなあ」
気づかなかった、と先生が呟いた。
「軽い検査は神殿でもしたのですが、特に体調も問題はないんです」
ブルーは心配そうな顔だ。
「この症状はいつから?」
「私が気付いたのは、リュウセイくんとユウくんが帰った次の日の昼頃です……」
「ぼくが神殿を出たあとだね」
「私が気が付かなかっただけで、もっと前からチビは小さくなっていたのかもしれないのですが……」
「そうかもしれないし、違うかもしれない……でも、状況はわかったよ」
トゥビット先生は左手の手袋を外しながら言った。
魔法の手。
おれや小さな兄弟にもやっていたことをチビにもするんだ。
「はじめようか」
「お、お願いします!」
ブルーは頭を下げた。
「チビ、ちょっと失礼するよ」
先生はチビの前足をそっとにぎった。チビはピクリと耳を動かしたあとはじっとしていた。
しばらくして、先生が口を開いた。
「どうやら、チビの一部がリュウセイくんとユウくんにくっついて地球に行ってしまったみたいだね」
「「!!?」」
ど、どういうこと?
おれと、恐らく隣のブルーは固まっていた。
「一部⋯⋯?」
ブルーが言った。
「うん。全部じゃなくてほんの少しね。チビの意思でしたみたいだよ。こちらのチビは少し小さくなったようだね」
「チビとは長年一緒ですが、こんなことは初めてでーー」
「そうだね。ぼくも身体を分ける妖精は見たことがなかったよ」
チビを見ると、マイペースに毛づくろいをしていた。おれは兄弟がよくまとわりついていたチビの背中を撫でた。
「チビはリュウセイたちと仲良かったから、心配してくっついていったのかな?」
「どうだろうね。ぼくは状況が分かるだけで、なぜそうなったのかまでは分からないからなぁ」
「チビは、大丈夫なんでしょうか」
ブルーの表情は曇っていた。
「うん。一部がこの世界にないというのは正直、心配ではあるけれど、チビの様子を見る限り体調面の問題はなさそうだ。大丈夫」
先生はブルーの肩に手を置いた。
「先生……」
「チビは元気だけど、引き続きこのことは調べておくよ。ぼくも気になるしね」
いたん言葉を区切り、先生がこちらを見た。
「アオバくんの体調不良についてもね。何かわかったら知らせるよ」
話も終わり、ブルーは後片付けをかってでて、食器を持って先生の屋敷へ入っていった。
勝手知ってるその様子にふと思ったことを口にする。
「ブルーって、先生の家によく来ていたんですか?」
「うん。あの子が小さな頃からよく遊びに来てくれていたよ」
「へえ…」
ブルーの小さい頃かあ。ちょっと興味あるかも。
「どんな子でした?」
「そうだね……」
先生は懐かしむような優しい笑みを浮かべた。
「無口だったけど、真面目で正義感も強い子だったよ。……ただ、優し過ぎてね。自分のことよりも他の人を優先してばかりいて……それが原因でタングステンとよくケンカしていたっけ」
「あの2人が?」
「うん。タングステンも聡い子だったから、ブルーの行動の意味がすぐに分かったんだろうね。……でも、タングステンに何を言われてもブルーは変わらないから、ぶつかる事が多くて……しょっちゅう流血騒ぎになってたなあ」
あはは、と笑う先生。
「ーーびっくりなんですけど」
ブルーとタングステンが流血騒ぎって……。
「なんだかイメージが沸かない」
「今の彼らを見てたら、そう思うよね」
「はい……。今のブルーとはちょっと違うんですね」
ブルーのちょっと自信のないような謝り方や、困り顔、焦り顔なんかが頭に浮かんだ。……ちょっと情けない顔ばかりなんだけど。
「そうだね。まあ、今はかなり大人としての振る舞いはしているかな」
言って、トゥビット先生は遠くを見るような表情になった。
それにしても……2人とも今がでかいから子供の時も体格良さそうだよな。
そんな感じだから流血騒ぎになったのかな?
「2人とも子供の時から大きかったんですか?」
「いや、それがね。タングステンは大きい子だったけど、ブルーは小さな子だったんだよね」
「へえ……意外かも」
「はは、だよね。アオバくんもまだまだ育ち盛りだからね。これからが楽しみだよ」
「育ち盛りって……あ、そう言えば」
おれ、こっちにきてから髪の毛とか目の色が変わったんだよな。鏡も見る習慣ないし、忘れてた。
「どうしかした?」
先生が不思議そうな顔でこちらを見た。
「言うの忘れてたんだけど、おれの髪と目って本当は黒かったんです。だけどこっちの世界に来てから変わったみたいで……」
先生は目をまんまるくした。
「キレイな色だなぁとは思ってたんだけど……こちらにきてから変わった……?」
考え込む先生。やば、驚かせちゃったかな。
「でも、体調が悪いとか特に変わったことはなくて、色が変わったのは驚いたけど問題ないかなあと……」
先生はじっとおれをみてから、うん、と頷いた。
「……分かった。アオバくんの変化についても気になることがあるから、チビの件も含めて調べてみるね」
先生は微笑んで、おれの頭を撫でた。
「困ったことがあったらいつでも頼りなさい」
有無を言わさない雰囲気にちょっと気圧される。
「は、はい」
「そう言えば、アオバくんに連絡したいときには、ブルーを通せばいいかな?」
「あ、えと、はい。地球に帰るまで、1年は待たなくてはいけなくて。その間、ブルーのところに置いてもらうことになりました」
「そうか。うん。……ブルーはいい子だから心配はいらないね。アオバくんなら、あの子に遠慮なく甘えちゃっていいからね」
おれなら?
いやいや、甘えるとか……子供じゃないんだからさ。
「いえ、甘えるならチビに甘えます」
「ははは、確かにそうだね!」
「あれ? 盛り上がってます?」
のんきな顔をしたブルーが戻ってきた。
「いま、アンタの話をしてたんだ」
おれが言うと、ブルーは赤面する。
「えっ? な、なんですか? やな予感が……」
「ははは、大丈夫。恥ずかしいことなんてないだろう」
「先生まで……!」
ブルーは恥ずかしそうに大きな身体を縮こませた。
「…あの、私たちはそろそろおいとましますね」
「おっと、そうか」
先生はおれたちを見送るといって、庭の出口まで出てくれた。
「困ったことがあったら、またおいで」
おれは手をふって別れた。
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