22 トロッコと蝙蝠
「青葉」
優しげな眼差し。茶色がかった髪の毛が一房、額に落ちる。
「かえるぞ」
差し出された手をおれは握らない。
「おれ、もう中学生だよ。子どもじゃないんだから」
父さんは少し驚いた顔をしたあと、破顔した。
「そうだったな……中学生になったんだもんな…」
「そうだよ」
「早いなあ、子どもの成長は」
「……おっさんみたいなこと言ってる」
「いや、おっさんだからな」
「ふん」
「ははは。……」
父さんは笑ったあと、遠くを見るような顔をして黙りこんだ。
「父さん?」
「…………ああ、ごめん。さあ、帰ろうか」
「うん」
……もう、手は繋がないけれど、心は繋がっているから。
おれは口にだしたら恥ずかしい言葉を、心で呟いた。
懐かしい夢をみた気がして、目を覚ました。
夢の内容は覚えていないけど、父さんの夢をみたと思う。
父さん……心配してるかな。
リュウセイとユウを帰して、1つの不安が消えたことで、おれの頭は無意識に父さんのことを思い出したのかもしれない。
心配だけど、とにかく会えるのはまだ先のことだ。今はそれを待つしかないんだ……。
扉が開く音がしてブルーとチビが入ってきた。
「アオバくん、おはようございます」
「おはよう」
チビがすりっとおれの肩あたりにごっちんしてくれる。お礼にと鼻の頭辺りをなぜながら、おはようと返した。
「ごめん、さっき起きたばっかでまだ着替えてない」
「気にしないでください。私が早く来てしまっただけですから」
着替えようと身を起こしてはた、と止まった。
今おれが着ているのはパジャマのような服だが、唯一の自分の服であるオズに来た時に着ていた服はどこだ? 一応、あれが一張羅なわけで……。
「ブルー、おれの服っていま洗ってたりする?」
「ちょうど、洗濯済みの服を持ってきたところです」
服を受け取る。
「ありがとう! 着替えるよ」
さっそくパジャマを脱ぎ着替えてしまう。よし!
ぽけっとベッドの横で待つブルーに言った。
「用意できたけど、すぐに出発する?」
ブルーはハッと身じろぎする。
「どうした?」
ブルーは背筋をのばした。
「あ、いえ、なんでもないです。ちょ、朝食を食べてから行きましょう」
言われて、自分のお腹が空いていたことに気が付く。
「食べられますか?」
「食べれる。おなか空いてたこと、忘れてたよ」
「元気になったとはいえ、病み上がりですからね。無理せず行きましょう」
と微笑んだ。
おれたちは朝食を食べてから花の谷へ向かうことにした。
花の谷へ向うにはトロッコでいくという。
トロッコって、土木作業とかに使うもの? という認識しかないんだけど……。大丈夫なのかな。
おれの心配をよそに、ブルーに連れられて降りた神殿の地下の空間の広さに圧倒された。
「すごい、神殿の下にこんな場所があるなんて……」
「初めて見るとびっくりしますよね」
ブルーは笑って言った。
「神殿の真下は空洞になっているんです。トロッコの発出所もここにあります」
「そうなんだ……」
おれは中庭にある球体の光がポツポツと設置され、幻想的な地下空間を眺めながら震えた。
地下だからか、ひんやりした空気は半袖のカッターシャツ1枚しか着ていない身からするとちょっときつい。ーーと、バサリと肩に布がかけられた。
「このローブ、着ていてくださいね。トロッコの上はもっと寒くなりますから」
「え、でも、これってブルーのだろ。ブルーだって寒いだろ」
「私は大丈夫です。着込んでますから」
ブルーはニコリとした。
「あ、ありがとう」
魔法使いのローブは、大きく温かかった。
発出所の駅員さんが渡してくれたきっぷを手に、小さなトロッコへ乗り込んだ。先頭はブルー、おれ、一番最後はチビだ。
大きいチビはなんとか納まりました、といった感じだが、小さな箱にみっちりおさまり真顔でじぃっとしているチビの様子は、動画でよく見た箱入り猫とほぼ同じなわけで……。
「うわ……かわいすぎる」
思わずこぼれた呟きに、チビは目を細めて音もなく鳴いた。
おれとチビがそんなやりとりをしているうちにブルーは駅員さんと挨拶を交わし発出準備を進めていた。
「では、花の谷行きが発車します」駅員さんが笑顔でいった。
「ありがとうございます」
ブルーがお礼を言い終わると、トロッコは静かに進み始めた。だんだんとスピードをあげていく様にちょっと怖くなり、前を向くブルーに聞こえるように大声で言った。
「これ! 結構はやいな!」
「はい! 風が直接あたるので早く感じるのもありますが……!」
頑張りましょう! とちょっと振り向いて言うブルー。
……い、いや、結構きつい。
後ろのトロッコをみると、チビも固まっていた。
チビ……! お互い、がんばろうぜ!
とにかく、頑張るしかないというブルーの言葉に納得し、あとはひたすら我慢したのだった。
※ ※ ※
「アオバくん?」
背中に温かな重さを感じてブルーは背後に目を向けた。
アオバからは眠っているようで、ちらりと見えたいつもより幼く見える寝顔にブルーは微笑んだ。
ーーチッ、チッ、チ。
ブルーが前を向いた瞬間、不自然な音が耳に入った。
微かな音だったが、気になり、走り続けるトロッコを確認して辺りを見回すが特に変わった所がない。
妙な違和感にブルーは考え込む。
「にゃーあお」
チビが声を上げた。
「チビも……なにか気になりますか?」
「ニャ」
短く返事を返す妖精にブルーは頷いた。
「何だか見られていた気がするんですが」
すると、チビが乗るトロッコの最後尾から、何かが飛び立つ音がした。
「!」
ーーあれは蝙蝠だ。
黒く塊はバサバサと宙を飛び線路とは逆の洞窟の奥へと飛んでいった。
ブルーはコウモリが消えた方向を見ながらぽつりと呟いた。
「チビと同じですね」
あの蝙蝠は妖精族だ。
ブルーはなぜか確信した。明らかに、こちらを探る意思があった。
「……」
考え込むブルーとは反対に、チビは興味がないのか、大きな欠伸をした。
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