21 色水と皆のそれぞれ
暫くしておれは目を覚ました。
ちょっと寝てた…?
寝起き特有のぼんやりとした感覚に身を任せていると、ベッドの横で丸くなっていたチビが立ち上がった。
そのままドアに移動したと思ったら、ドアを開ける音が小さく聞こえてブルーがするりと部屋に入った。
「うにゃ」
チビが頭をブルーにこすりつけている。
「ただいま」
優しいブルーの声がして、おれは身を起こした。
「おかえり」
暗闇で言う俺に、男は驚いたようだった。
「ああ、起こしてしまいましたか……」
ブルーは小声で言い、ドアのすぐ横の衣紋掛けに上着を脱いでかけた。
その間、チビはブルーにまとわりついている。歩きづらそうにしながらもおれのベッドまできて端に腰をおろした。
「すみません、うるさかったですね?」
「いや、ちょうど起きたとこ」
「そうでしたか」
ブルーはほっとしたように言った。
「では、元気になる飲み物をもってきましたので、ちょっと飲みませんか?」
誘われたおれは頷き、ブルーに呼ばれるままに引き戸で繋がっている端にある小さなテーブルについた。
「待ってくださいね」
ブルーはオレンジ色の液体が入った瓶を並べた。
「綺麗……」
これ……光ってるよな?
おれの口から思わず言葉がこぼれる。見間違えていないのならば、液体はぼんやり光っていて暗い部屋の中で幻想的な存在感を示していた。
「でしょう。これ、色んな花を絞ってできた汁なんです」
汁? さっき「飲みます?」って聞いてたよな。花から搾ったやつって飲めるのかな。
「汁……っていうと、なんか不安になるんだけど。これって飲めんの?」
小さな頃、道端の色とりどりの花を絞って、ジュースに見立てて遊んだっけ。それで、父さんにジュースだってウソついて、飲ませようとしたり……。
おれの不安を察したのかブルーは慌てて言った。
「もちろん飲めますよ。ちなみにトゥビット先生からいただきました」
先生から。おれは巻き毛を思い出した。
ブルーはコップをふたつ出してオレンジに光る液体を注ぐ。
「どうぞ」
ほのかに光るそれはとても綺麗だった。ブルーを見るとただただ、ニコニコしている。
ーーまあ、大丈夫だよな?
「じゃあ、いただきます」
恐る恐る口に含んでみると、すぐにすっきりとした甘さが広がった。
「おいしい!」
「でしょう」
ブルーは得意げに言うと、自らも一口飲んだ。
「うん、おいしいです」
控え目に呟くが、目がキラキラして喜んでいた。
「トゥビット先生、どこで買ったのかな?」
「ああ、これは買ったのではなくて先生の手作りなんです」
「え! すごい」
「ですよね。花の谷という所で採取したもので作ったんですよ」
「花の谷?」
なんか、聞いたことあるかも。なんだっけ。………あ。
「前に、タングステンが言ってたやつ?」
『花の谷の花が枯れた』とか話してたっけ?
ブルーはちょっとバツの悪い顔をした。
「そ、そうなんです。花の谷の花は、枯れているそうなんですが、いま出した汁は前に私が先生からいただいたもので……」
「そうだったんだ」
じゃあ大事に飲まないとだよな。
しばらくして、ふと気になっていたことをブルーに聞いてみた。
「気のせいならいいんだけど、チビが少し小さくなってない?」
小さく、といっても普通のネコよりも今だって比べ物にならないくらい大きい。けど、どうしてもほんの少しだけ小さい気がしたのだ。例えて言うなら、100%から90%になったくらい?
「……驚いた。わかります?」
「うん」
「アオバくんの言うとおり、少しだけ小さくなっています」
「……チビは大丈夫なのか?」
「体調は問題ないですよ」
「よかった……」
いつの間にか、おれの隣に座っていたチビを腕全部を使って撫ぜる。気持ちよさそうなチビだが、正直、撫ぜているおれの方が気持ちいいわ。
ーーやっぱりかわいい!
「いや、ついチビが可愛すぎて話が脱線しちゃうな。えとさ、なんでチビは小さくなるなったんだ?」
「それがわからなくて……」
「チビは元気なんだよな?」
「はい、体調が悪いわけではないみたいです」
「良かった……けども」
不思議なことがあるんだな……。
さすが魔法の世界。
となりにいるチビを再びなぜる。フワフワな毛並みと温かさを感じてホッとする。
「ただ、念のためトゥビット先生のところでチビを診てもらおうと思っています」
先生に? ……あ。
「先生のところに行くとき、おれも一緒に行ってもいい? リュウセイとユウを地球に帰してくれたお礼を言いたい」
ブルーはニコリとした。
「はい、一緒に行きましょう」
「今から……はさすがに遅いか。明日なら会えそう?」
「いえ、先生はいま神殿にはいないんです。少し前から花の谷へ行っていまして……」
花の谷。さっきの話にもでてきたとこだ。
「用があったみたいでどうしても行かないと、と話していました。アオバくんのことをとても心配していましたので、会えたら喜ぶと思いますよ」
「そっか。じゃあますます会いたいな。あと、タングステンなんだけど……」
「ああ、彼も先生と同じで今は神殿にいないんです。野暮用だと言ってましたけど⋯」
タングステンもか。みんな、忙しいんだ。
「タングステンにも改めてお礼が言いたくて……また会えるかな?」
「もちろんです」
ブルーは微笑んだ。
「では、まずはトゥビット先生の方ですね。明日朝からでかける予定なんですが……。アオバくん。体調は大丈夫ですか?」
心配げな様子のブルー。
「ああ、もう大丈夫!」
変な違和感や痛みもまったくない。
「よかった。じゃあ今日はもう寝てくださいね。また明日、起こしにきますので」
「うん、ありがとう」
うにゃん、とチビも立ち上がる。
「おや、チビも来ますか? すいません、アオバくん。チビは置いていこうと思ったのですが」
「いいって、大丈夫だから」
チビはベッドに座っている俺の肩あたりに頭をスリッとこすりつけた。ゴッチンのお礼にあご辺りを撫でてあげると嬉しそうに目を細めた。
「では、お休みなさい」
「おやすみ」
ブルーとチビは静かに出て行った。静かになった部屋で、おれはベッドに寝転ぶ。
リュウセイとユウは、地球に帰れたとブルーが言っていた。だからきっと大丈夫。
……本当に帰れて良かった。
おれも、1、2年後くらいにはあれで帰れるってことだよな。
そんな長い時間をおれは、ただブルーの世話になるだけでいいのかな。
いろんなことをグルグルと考えていたら、いつの間にか眠りについていた。
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