16 朗報と紙ひこうき
夕方。神殿の中庭にある公園からのぞく空がオレンジ色になった頃。
「さあ、もうこれでおしまいで〜す。皆さ〜ん、帰りますよー」
ブルーが大声で子どもたちにいった。
子どもたちは「やだー、もっとー」と返し、おれとブルーが帰ることを主張する。こんなやりとりを何度か繰り返し、やっも子どもたちは諦め⋯⋯もとい、納得してくれた。
⋯⋯はー、これでやっと終われる⋯⋯子どもたちは可愛いけど、さすがに疲れた。リュウセイとユウにも声をかける。
「リュウセイー、ユウー、帰るぞー!」
よっぽど楽しかったのか、2人はまだ遊びたそうにほっぺたを膨らましている。
「ほら、皆にバイバイは?」
おれが促すと、寂しそうな顔をしつつも、2人とも一緒に遊んだ子たちに向かって大きく手を振った。
名前も知らない子どもたちも、リュウセイとユウに手を振り返す。
「またあそぼー」
「またねぇ!」
「お兄ちゃんたちもさよーならー!」
「バイバーイ」
おれやブルーにまで手を振ってくれて、胸のところがあったかくなった気がした。
「⋯⋯いろんな子たちがいるんだな」
おれはぽつりといった。姿だけでいうと、猫耳の子や尻尾がある子など、地球ではなかなか見ることができない子たちだった。けれど、
「子どもってどこもおんなじで、元気がありあまりすぎ」
「はは⋯⋯ですね」
ブルーは笑って頷いた。
戻った部屋には誰もいなかった。
「タングステンはまだ上で話をしているようですね」
「みたいだな」
あれから、結構な時間がたっているはずだ。まだかかるのかな。
「もう遅いですし⋯⋯そうですね。今日は、夕食をこの部屋で食べましょう」
ブルーは「夕食を持ってきますね」と言い、チビにおれたちを任せて部屋を出ていった。
結局、この日はタングステンは戻らず、おれたちは夕食のあと眠りについた。
次の日の朝。勢いよく開いたドアから目を輝かせたタングステンが入ってきた。
部屋の奥でチビと遊んでいた兄弟から「タングステンだー!」「おはよー」と声をかけられると、
「おはよう!」
と返し、おれとブルーが座っているテーブルに着き、にやりと笑った。
「いい知らせだ! 地球に帰れることになったぞ」
「ほ、ほんとうかい?!」
ブルーが叫んだ。
「!!」
おれは、全身の肌がぞわりと毛羽立った感覚がした。これは喜びだ。
よ、よかった……。
「ただし」
タングステンが言葉をきった。
「ひとりずつだ。まず、ひとりが帰り、次に帰るもうひとりは1年後になる」
「それは……」
明らかにトーンダウンしたブルーの声。
「しかしだ。今すぐ帰れるのはひとりだが、小さな子どもならふたりでも飛べるそうだ。そうするとーー」
「リュウセイとユウは帰れるんだな!?」
おれはいつの間にか立ち上がっていたようだ。驚いた顔のブルーとタングステンがこちらを見上げていた。
「……ああ」
タングステンは頷き、続けた。
「リュウセイとユウなら、大人ひとり分に換算される。アオバの言うとおり、彼らならすぐにでも帰ることができる」
「……でも、いいんですか? そうするとアオバくんは……」
「もちろん。すぐにでも帰れるんだろ? さっそくーー」
「はははは!」
タングステンが大声で笑った。
「な、なに!?」
「気に入った!」
「は?」
大男は立ち上がり、おれの頭を撫ぜた。
「おいっ」
なんでいきなりこども扱い!?
思わずタングステンを睨みつける。
タングステンは「すまん」といいながら、おれの頭をクシャクシャにしてから手を離した。
なんなんだよ……。
「アオバくん、ありがとうございます」
ブルーが深々と頭を下げる。
「いや、大げさだから」
「2人はすぐにでも帰れるようにしましょう。タングステン、今日は?」
「問題ない。先生がすでに準備を進めている。夜に儀式を行う」
「わかったよ、ありがとう」
それから、ブルーは兄弟を呼んだ。
チビと遊んでいたリュウセイとユウは不思議そうに顔を見合わせてやってきた。
ブルーは2人に目線を合わせていった。
「おうちに帰れることになりました」
兄弟はそろって目を丸くした。
「ママにあえるの…?」
リュウセイがぽそりと呟く。ユウの大きな目にみるみる水の膜ができる。
「ママ〜」
おれはふたりを抱きしめた。
リュウセイとユウが落ち着いてから、改めてブルーが言った。
「これから、私とタングステンは先生の手伝いにいってきます。チビ。アオバくんたちと一緒にいてくださいね」
「ぅにゃーう」
チビは目を細めておれたちを見て鳴いた。
「昼食の時間にはおれが戻る。悪いが、部屋で待っていてくれ」
とタングステン。
「部屋にあるものは自由に使ってもらって大丈夫ですから」
そうして、2人は足早に出ていった。
「帰るのって夜ってこと?」
リュウセイが恐る恐る聞いてくる。
「そうだよ。準備に時間がかけるみたいだな」
「……」
少しがっかりした顔のリュウセイ。ユウも兄とおれの顔を見比べて、
「かえるのまだ?」
と丸い顔をしかめた。
「おれと遊んで、お昼ゴハン食べて、また遊んだら、すぐに帰る時間になるよ」
まだ2人はちょっと不安そうだ。
うーん。なんか面白そうなもないかな。
辺りを見回す。ーーベッド横のテーブルの上、紙があった!
おれは紙を、正方形の形に整えた。折り紙のヒコーキを折る要領で、紙ヒコーキを作る。
……こんなもんかな?
手にとって空気の抵抗を確認したりしてみる。
不格好だけど、なんとか飛ぶかな。
「それなにー?」と、ユウの高い声。
いつの間にか、リュウセイとユウが目を輝かせたて紙ヒコーキを見つめていた。
「もしかしてヒコウキ?」
リュウセイがいった。
「そう。ちょっと作ってみたけど……よっと」
手に持っていた紙ヒコーキを飛ばしてみた。
「「わああああ!」」
2人が嬉しそうに声をあげた。
「よし、飛んだ!」
不格好な紙ヒコーキのわりには、結構飛んだかも。真っすぐに落ちていった紙ヒコーキを兄弟は拾いに走っていった。
「アオバ兄ちゃん、おれも作りたい!」
「ゆうくんも!」
「いいよ。じゃあこっち集合ー」
おれはメモ帳を手にした。
昼過ぎに戻ってきたタングステンは、床に落ちている沢山の紙ヒコーキの残骸に目を丸くしていった。
「なんだこれは?」
「みてみて!」
ユウがちょっと不格好な紙ヒコーキを誇らしげに掲げた。あれはユウがひとりで作り上げたものだ。……もちろんおれが手伝ったけど。
「ゆうくんがつくったの」
「ほお」
タングステンは顎に手をあてて、紙ヒコーキをまじまじと見つめた。
「良い形だ」
「えへへー」
ユウはタングステンに褒められて、満面の笑みを浮かべる。
「ぼくはこれ! 紙ひこうきっていうんだよ」
リュウセイもタングステンに紙ヒコーキを見せた。リュウセイはなかなか器用で、おれが少し教えただけで、簡単に同じモノを作って見せてくれた。
「紙ひこうきというのか。リュウセイのものも良くできているな」
タングステンの言葉にリュウセイも得意げだ。
「これね、飛ぶんだよ。見てて」
リュウセイが慣れた手つきで紙飛行機をスッと飛ばした。紙飛行機は真っすぐに飛び、壁に当たって落ちた。「おお!」と声を上げるタングステン。
「すばらしい!」
「ゆうくんのもみてー」
今度はユウは大きく振り被り紙ひこうきを持った腕を振る。ユウの紙ひこうきは 真上に飛んで旋回しながら落ちた。
「ユウの紙ひこうきもいい飛び方をするな」
2人はタングステンに褒められてご満悦だ。そのまま紙ひこうき話に花が咲きそうになっていたので、おれはあわてて口を挟んだ。
「タングステン、準備は順調?」
「アオバ。ああ、問題ない。予定通り、夜に儀式を行うぞ」
言ってから、手に持っていた紙袋から食べ物を取り出しテーブルに並べた。
「お昼ゴハン?」
リュウセイが身を乗り出して言った。ユウがピョンとはねた。
「おなかすいたの!」
「そうだ。遅くなってすまんな」
約束通り持ってきてくれたみたいだ。
「ありがとう! 凄くうまそう!」
「はは、少し冷めてしまったが味は保障する」
並べられたのは、野菜や肉ののったピザパンと、卵焼きが入ったかご4人分。それと、白い液体の入った瓶。牛乳瓶みたいだ。
「俺も一緒にいただこう。リュウセイ、ユウ。紙ひこうきについてはあとで俺にも教えてくれ。まずは食べようか」
「うん!」と嬉しそうに席に着く2人に続きおれも座った。
昼食のあと。リュウセイとユウ、タングステンは部屋で一緒に紙ひこうきを作ることになった。
おれも一緒に作ると言ったら、なぜかリュウセイとユウは「ちょっとだけアオバにいちゃんは向こういってて」「廊下でまってて」などと言う。
しょんぼりしているだろうおれに、タングステンが口を開いた。
「そうだ、アオバ。チビと共に昨日遊んだ公園を散歩してきたらどうだ?」
「そうだな、そうするよ……」
おれは何故か満足そうな兄弟に見送られて公園へ向かった。
中庭の公園は、昼食の時間だからだろうか。人の姿がなかった。
「誰もいないな」
「うにゃ」
チビがおれの呟きに律儀に返事をしてくれる。
公園の外周には遊歩道があり、散歩したら楽しそうだ。ちょっと歩こうかな、と考えているとチビが近くのベンチの上に飛び乗って丸くなった。
「おれ、ちょっとその辺歩くけど、チビは待ってる?」
「ぷぅ」
チビは瞑った目を薄く開け、こちらを見て返事をするようにひと鳴きした。
チビと離れて公園と広場をぐるりと囲む遊歩道を歩く。低木が綺麗にならぶ小道は中庭だとは思えないほど、開放感があった。
「きもちーなぁ」
思わず呟く。
「確かに」
唐突に後ろから声がして、おれは飛び上がった。
「うっわ……!」
心臓がキュッと冷えた感覚。
「はは、すげー飛んだ」
振り向くと、そこにフードをかぶった黒ずくめの男が笑っていた。
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