表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選ばれなかった者たちの牙  作者: 孔雀丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/12

第11話 思想の衝突

第十一話、お届けします。

前話でついに姿を現した烈王――覇竜十傑の中でも、これまでとは明らかに空気が違う男です。

名前は横垣光介。

怒鳴らない。燃えない。ただ、乾ききった怒りだけで立っている。

今回はそういう敵と、慎悟が真正面からぶつかる話です。

正直に言うと、烈王はずっと書きたかったキャラクターでした。「悪い奴」じゃない。「間違った方向へ行ってしまった人間」として。彼の言葉には、完全には否定できない重みがある。それでも慎悟は否定する。そこに十彩獣団という物語の芯があると思っています。

南海と牙蓮の話も、今回の核になっています。

「分かるよ。分かったうえで、否定する」

この一行だけのために、南海というキャラクターを作ったと言ってもいいくらい。

友紀と翠羅のぶつかり合いも、ぜひ最後まで読んでもらえたら嬉しいです。

では、どうぞ。

 夜の繁華街は、もう街の顔をしていなかった。


 砕けたガラスが歩道を鈍く光らせている。

 傾いた街灯が、折れた骨みたいに闇へ突き出ていた。

 焼け落ちかけた看板が風に煽られるたびに、火の粉を吐く。


 焦げた匂い。

 鉄の焼ける臭気。

 それに混じる、血に似たぬるい熱。


 人の悲鳴は、もう遠い。


 代わりに夜を満たしているのは――鬼の咆哮と、刃のぶつかる硬い音だった。

 そして、その只中を走る、十の色。


翔一(しょういち)、左を裂け! 健太(けんた)、中央を止めろ! 慎悟(しんご)、前!」


 (れん)の声が飛ぶ。


(つばさ)、結界を右に半歩。綾実(あやみ)、次の角を読んで。六秒後、正面二体。伊織(いおり)、その前に落として」


「了解」


 返答と同時に、白が鳴った。


 伊織の一射は、叫びより静かだった。

 なのに屋上へ跳びかけた鬼の額だけが、遠くで小さく砕ける。


 翔一は橙の残光を引きずって、敵陣の頭上へ突っ込んでいった。

 荒い。だが狙いは鋭い。

 蹴散らすのではない。乱すのだ。


「道、あけろォ!!」


 鬼の列が崩れた瞬間、健太が前へ出た。

 玄牙棒(げんがぼう)がアスファルトを叩き、重い衝撃が地を走る。

 突進してくる鬼たちの足が止まった。


 止めた、ではない。

 そこで戦場そのものを堰き止めた。


 その中央に、慎悟がいる。


 蒼王(そうおう)を握るだけで、仲間の呼吸がひとつに揃う。

 誰かに見せつけるための華はない。

 だが、彼が半歩進めば、その半歩に全員の動きが噛み合った。


 後方では、歩美(あゆみ)が傷ついた者のもとへ一直線に駆けていた。

 迷いがない。

 黄の札が飛ぶたびに、崩れかけた膝が戻り、伏しかけた意識が引き戻される。


 南海(みなみ)はそのすぐ傍らで、桃の光を薄く広げていた。

 受け止める。包む。流す。

 剥き出しの痛みでさえ、彼女の周囲では一度だけ呼吸の形を取り戻す。


 翼の結界は、戦場そのものの地図を書き換えていた。

 通すべき者だけを通し、踏み込ませるべき場所だけを残す。

 その緻密さの上を、綾実の未来視が滑る。

 危険の来る角度。崩れる寸前の箇所。

 その全部を、蓮が最短の指示へ切り詰めて投げた。


 突破。

 制御。

 維持。


 三層が、同時に動く。


 誰かひとりでも欠ければ崩れる陣形。

 だが今は違った。


 十彩獣団(じゅっさいじゅうだん)は、十人そろっている。


「歩美、右後衛!」


「うん!」


 倒れかけた肩が黄に押し戻される。

 その隙間へ、友紀(ゆき)が紅い火花みたいに潜り込んだ。


「そこォっ!!」


 朱迅剣(しゅじんけん)が閃く。

 斬る、というより、突き抜ける。

 鬼の胴が斜めに裂け、敵の密度が一瞬だけ薄くなった。


 押せる。


 そう思った、そのときだった。


 ――――――


 戦場の空気が、沈んだ。


 音が消えたわけじゃない。

 もっと悪い。

 全部の音が、ひとつ重いものに押し潰された。


 見えない鉄塊が、夜の上から落ちてきたみたいだった。


 鬼たちが先に黙る。

 翔一が顔をしかめた。


「……来やがったか」


 燃えさしの明かりの向こうから、黒と深緑の気配が歩いてくる。


 騒音の真ん中にいるはずなのに、その男の周囲だけが異様に静かだった。

 静かすぎて、耳鳴りがする。


 慎悟は蒼王を握り直した。


 理屈より先に、皮膚が分かる。

 こいつは違う。

 群れの一体じゃない。

 この場の空気ごと支配する側の敵だ。


 男が止まった。


 感情を削ぎ落としたみたいな目が、慎悟だけを見た。


「……君か」


 低い声だった。

 怒鳴りもしない。

 それなのに、その一言だけで背筋が冷える。


「お前が、烈王(れつおう)か」


「今はそう呼ばれている」


 淡々とした口調のまま、男は続けた。


「本当の名は、横垣光介(よこがきこうすけ)だ」


 人の名前だった。

 その人間らしさが、かえって不気味だった。


春見勉(はるみやつとむ)暗爪(あんそう)。……あれは、僕が斬るはずだった」


 慎悟の喉が、小さく鳴る。


 烈王の目には怒りがあった。

 だが燃えてはいない。

 抱えすぎて乾ききった、消えない灰のような怒りだった。


「奪われた者には、奪い返す権利がある」


「……」


「壊された者には、壊した者を終わらせる権利がある。裁きは、僕のものだった」


「ふざけるな」


「君は横から断ち切った。因果も、順番も、僕の復讐も」


 その声には熱がない。

 ないからこそ、異様だった。

 怒りを抱えているのではない。

 怒りだけで立っている声だった。


「だから君は危険だ、北潟慎悟(きたがたしんご)


 烈王が刀を抜く。

 黒緑の光が夜に滲み、その場だけ温度が落ちた。


「世界の筋を壊す異物だ」


 次の瞬間、姿が消える。


「慎悟!!」


 蓮の警告より速く、衝撃が来た。


 蒼王を立てる。

 金属音が裂け、慎悟の足がアスファルトへ沈む。

 腕の芯が痺れた。


 速い、だけじゃない。

 一撃ごとに、処刑みたいな確定がある。


 だが慎悟は退かなかった。


 退いた先には、仲間がいる。


 ――――――


「守るだけでは、足りない」


 烈王の刃が蒼王を擦り、火花を散らしながら首筋を狙う。


「背負うものが多い者ほど、決断は鈍る」


「知るか!!」


 慎悟は真正面から弾き返した。

 蒼い火花が夜に散る。


「人を傷つけた奴を止めるのに、順番なんか要るか!」


「要る」


 烈王は即答した。


「奪われた者にしか、終わらせられない怒りがある」


 また来る。

 重い。

 受けるたびに、骨まで軋む。


 それでも慎悟は目を逸らさなかった。


「……お前の痛みが嘘だなんて言わない」


 烈王の目が、わずかに細くなる。


「でも、その怒りを誰かを壊していい理由にはさせない」


「綺麗事だ」


「綺麗じゃない」


 慎悟は半歩、踏み込んだ。

 押されながら、押し返す。


「守るってのは、綺麗な言葉じゃ済まない。痛いし、遅れるし、迷う。……それでも」


 蒼王が唸る。


「俺たちは選ぶ」


 たった一言だった。


 その一言に、歩美が顔を上げた。

 綾実が息を呑む。

 翼が結界の角を締め直す。

 蓮の視線が、前へ鋭く通った。


 烈王の刃が沈み、慎悟の蒼が押し返す。

 夜気が爆ぜた。


 ――――――


 その横で、紅が走る。


 友紀は、揺れる黄緑の残像を追っていた。


 翠羅(すいら)の動きは定まらない。

 笑い声だけが耳元を撫で、次の瞬間には背後から爪が来る。


 友紀は振り向かず、身を沈めた。

 頬を熱い風が掠める。


「ねえ、友紀。まだ分かんないの?」


 翠羅の声が、近いのか遠いのか分からない。


「弱いままじゃ、誰にも必要とされない。強くなって、奪って、上に立って――それでやっと、見てもらえる」


 今度は正面。

 黄緑の爪が閃いた。

 友紀は朱迅剣で受け、火花を散らす。


「高校を中退して、全部なくして……でも第三の進路で変われた!なのに、なんであんたらはそんな顔で立ってられるの!?」


 その叫びは、鬼のものじゃなかった。

 壊れかけたまま置き去りにされた、一人の少女の声だった。


 だからこそ、友紀は目を逸らさない。


「私だって、怖いよ」


 翠羅の動きが、一瞬だけ止まる。


「弱い自分なんか見たくない時もある。逃げたい時だって、何回もあった」


 友紀は剣を引かない。

 一歩、前へ出る。


「でも、それを誰かから奪う理由にはしない」


 朱迅剣が赤く脈を打つ。

 炎ではない。

 迷いごと燃やして前へ進む、紅だった。


「私は、もう逃げない!!」


 友紀が消える。


 次の瞬間、翠羅の懐だ。


朱迅(しゅじん)――朱天光刃陣(しゅてんこうじんじん)!!」


 紅の斬線が幾重にも交差した。


 遅れて、翠羅の身体が止まる。


「……そんな……」


 黄緑の輪郭が、端から灰になって崩れていく。


「人生が……変わった、というのに……」


 最後の声は、呪いでも怒声でもない。

 ただ、空っぽだった。


 友紀は剣を下ろす。


 勝った。

 そのはずなのに、胸は少しも軽くならない。


 倒したのは怪物じゃない。

 壊れたまま、置き去りにされた過去だった。


 ――――――


「……友紀」


 南海の声に、友紀が振り向く。


 その先に、牙蓮(がれん)がいた。


 血を舐めたみたいな笑み。

 足元には、切り捨てられた鬼の残骸。

 だが一番おぞましいのは、その目だった。

 濁っていない。

 むしろ、澄んだまま壊れている。


「やっぱり甘いねえ、あんたたち」


「……牙蓮」


 南海の喉が震える。


 一瞬だけ、昔の記憶がよぎった。

 照りつける日差し。

 ボールの音。

 汗の匂い。

 同じコートに立っていた時間。


 全部、もう戻らない。


「辛かったのは、分かる」


 南海は言った。

 声は震えていた。

 それでも、目は逸らさない。


「苦しかったことも。誰も助けてくれなかったことも」


「へえ」


 牙蓮が首を傾げる。


「じゃあさ、これも分かる?」


 彼女は笑ったまま言う。


「うるさい母親も斬った。止めに来た警官も斬った。邪魔だったから」


 空気が凍った。


 翼の結界が揺れ、蓮の呼吸が止まり、友紀の指先が強張る。

 その中で、南海だけが動かなかった。


 怒りより先に、悲しみが来たからだ。


 目の前にいるのは、完全な怪物だと言い切るには、あまりにも人の傷を残している。

 だが、人の傷を残しているからといって、越えていい線まで消えるわけじゃない。


「可哀想とか思ってる?」


 牙蓮の笑みが、さらに深くなる。


「やめてよ。そういうの、一番気持ち悪い」


 南海は静かに息を吸った。


「……違うよ」


「は?」


「可哀想だなんて思わない」


 桃麗刀が、音もなく持ち上がる。


「辛かったことと、あなたが誰かを壊していいことは、同じじゃない」


 牙蓮の笑みが消えた。


「誰も助けてくれなかったことと、あなたが人を傷つけていい理由は、繋がらない」


「……っ」


「分かるよ」


 南海の声は、今度は震えていなかった。


「分かったうえで、否定する」


 その瞬間、友紀は見た。

 南海の中で、何かが切り替わるのを。


 ただ受け止めるだけの優しさじゃない。

 悲しみを知ったまま、境界を引く強さ。


 桃の鬼気が、静かに膨れ上がる。


 風が震えた。

 折れた街路樹の枝が、音もなく跳ねる。


 牙蓮の目が細くなる。

 獲物を見つけた獣の目だった。


「いい顔するじゃん、南海」


「……もう一回、ちゃんと否定してあげる」


 南海が踏み込む。


 真正面からぶつからない。

 牙蓮の爪を流し、受け、ずらし、懐へ沈む。

 桃麗刀(とうれいとう)の刃が、柔らかく、それでいて確かに牙蓮の肩口を裂いた。


「っ、あはっ!」


 牙蓮が笑いながら跳び退く。

 血が散る。

 それでも笑う。


 獣性のまま、人の言葉だけを使っているみたいだった。


 ――――――


 その震えごと、慎悟は感じ取っていた。


 烈王の重圧。

 牙蓮の獣性。

 翠羅を斬った友紀の痛み。

 それでも立ち続ける、九人の色。


 背後で、十の色が立っている。


 慎悟は蒼王を持ち上げた。


「――行くぞ」


 短い号令だった。


 だが、それで十分だった。


 友紀が紅を灯す。

 南海が桃を静かに引き絞る。

 翔一が口の端を吊り上げ、健太が一歩前へ出る。

 歩美は傷を見て走り、伊織は呼吸を澄ませ、綾実は来る未来を睨む。

 翼は戦場の形を固定し、蓮は最短の勝ち筋だけを見た。


 十の色が、夜を裂く。


「俺が止める!!」


 慎悟の蒼と、烈王の黒緑が激突する。


 紅がその脇を貫き、桃が獣の爪を受け流し、橙が頭上から敵陣を乱す。

 黒が地を踏み抜いて前線を固定し、白の一射が雑音を断ち、黄が倒れかけた背を戻す。

 紫が崩れかけた均衡を縫い止め、緑が逃げ道そのものを奪った。


 怒りと覚悟が、砕けた街の中心で正面からぶつかった。


 戦いは、まだ終わらない。


 けれど、もう誰ひとり、選ぶことを他人に預けてはいなかった。


 夜が、もう一度裂けた。



 ――――――


 烈王は下がらなかった。


 慎悟の渾身の一撃を弾き返し、男はただ静かに立っていた。

 息一つ乱れていない。


「……面白い」


 初めて、感情らしいものがその目に灯った。


「もう少し、壊してみろ」


 慎悟の足が、震えた。


 分かった。

 今まで戦っていたのは、この男の本気の半分以下だ。


「……っ」


「選ぶ覚悟があるなら、証明してみせろ。北潟慎悟」


 烈王の刃が、今度は違う軌道で来た。


 蒼王を立てる。

 間に合わない――

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

第十一話、いかがだったでしょうか。

烈王との決着は、まだ出ていません。あの「本気の半分以下」というのは、本当にそうで、慎悟はまだその壁の前に立ったばかりです。正直なところ、今回の慎悟は「勝てていない」。それでいいと思って書きました。押されながら、それでも退かない。その姿が、今の慎悟には一番誠実だと思ったので。

南海については、書きながら少し泣きそうになりました。牙蓮との場面です。共感する、ということと、許容する、ということは全然違う。それを体で示せるキャラクターに育ってくれたな、と。

友紀が翠羅を斬ったあとの「胸が少しも軽くならない」という一文は、第三章の慎悟と南海が盤角・岩砲を倒したあとの重さと、地続きの感覚で書きました。この子たちは、勝ったことを素直に喜べない。それがこの物語のリアルだと思っています。

次話は――終わりが近づいてきます。

烈王は本気を出す。十彩獣団は、どこまで立っていられるか。

引き続き、よろしくお願いします。

ブックマーク・★・感想、本当に励みになっています。いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ