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選ばれなかった者たちの牙  作者: 孔雀丸


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12/12

【第十二話】 選ぶ覚悟

第十二話です。

この話は、勝てない話です。

おかしな書き出しだと思うかもしれませんが、本当にそうで。

牙蓮まで押し込めて、「いける」と思った瞬間に魔盾牙。

追撃しようとしたら、霧香の毒霧。

その奥に、烈王。

詰んでる。

十彩獣団は、ちゃんと全力を出しました。

それでも敵の撤退を止めることができなかった。

勝利の形には、なりませんでした。

でも。

このシリーズを書いていて思うのは、「勝てない話」でこそ、キャラクターの芯が見えるということで。

強いから立つんじゃない。

迷わないから進むんじゃない。

怖くて、悔しくて、足りなくて。

それでも並ぶ人間たちの話を、この十二話ではずっと書いていました。

牙蓮への南海の言葉。

霧香の予告への綾実の返し。

最後の十人それぞれの一言。

長い戦いの、ようやく「始まり」です。

どうか最後まで、お付き合いください。

 桃色の閃光が、牙蓮(がれん)の脇腹を切り裂いた。


 致命じゃない。


 だが、それが問題だった。


 殺せなかったわけじゃない。

 見逃されたわけでもない。


 ――止められた。


 その事実だけが、焼けた鉄みたいに牙蓮の自尊心へ食い込んでいた。


「……っ、は」


 脇腹を押さえた指の隙間から、ぬるい血がこぼれる。

 牙蓮は笑った。


 さっきまでの芝居めいた笑いじゃない。

 喉の奥で骨ごと軋む、獣の笑いだった。


「ほんっと、腹立つ……」


 唇の端から血を垂らしたまま、牙蓮は南海(みなみ)を睨む。


「分かった顔で止めに来るやつが、一番むかつくんだよ」


 夕暮れの空気が、深紅の鬼気にひび割れた。

 焦げたアスファルトの匂いに、鉄錆びた血の匂いが混じる。


 南海は桃麗刀(とうれいとう)を構えたまま、一歩も引かなかった。

 その隣に、友紀(ゆき)が並ぶ。


 朱迅剣(しゅじんけん)の切っ先は、灰になった翠羅(すいら)のいた場所を越え、次の敵だけを見ていた。


「逃がさない」


 低い声だった。

 熱ではなく、痛みで研がれた声だった。


 南海が静かに呼ぶ。


「牙蓮」


 その声は柔らかくない。

 静かだからこそ、刃だった。


「もう、好きにはさせない」


 牙蓮は肩を揺らして笑う。


「好きにした結果が、これだよ」


 血のついた指を見せるように持ち上げ、続けた。


「先生を殺した。母親を殺した。警官も殺した。鬼になって強くなった。――で?」


 一拍の間。


「あたしは、こっちへ来ただけ」


「違う」


 南海は即座に言った。


「あんたは来たんじゃない。突き落とされたんだ」


 牙蓮の目が細くなる。


 南海は半歩だけ前へ出る。


「怒りを握ったつもりで、握られてる」


 その瞬間だけ、牙蓮の笑みが消えた。


 夕焼けの色まで止まったみたいだった。


「……言うね」


「本当のことだから」


 図星だった。


 認めた瞬間、今の自分が空っぽになる。

 だから牙蓮は、獣みたいに歯を剥くしかない。


 次のぶつかり合いで決まる。

 誰もがそう悟った。


 ◇


 だから、十彩獣団の動きは速かった。


翔一(しょういち)、上!」


 (れん)の声より先に、橙の影が空へ跳ぶ。

 翔一は壊れた標識を蹴り台にして舞い上がり、そのまま敵陣の頭上へ突っ込んだ。


「固まってんじゃねえよ!」


 烈翔棍(れっしょうこん)が、空気ごと裂く。

 荒い。

 だがその荒さが、敵の並びを崩す。


 停滞した戦場の空気が、一撃でひっくり返った。


健太(けんた)、右!」


 慎悟(しんご)が叫ぶより早く、健太は玄牙棒(げんがぼう)を振り下ろしていた。


 大地が鳴る。


 重い。

 速くはない。

 だがその一打だけで、右側の鬼たちの足が止まる。


 進行そのものを叩き潰す、黒い盾の一撃だった。


 慎悟は中央へ踏み込む。

 蒼王(そうおう)を真正面に立て、牙蓮の殺気を正面から受けた。


 避けない。

 受け止める。


 甲高い衝突音が走った瞬間、後ろにいた全員の呼吸が揃った。

 蒼牙が前に立つだけで、戦場の軸が決まる。


「友紀!」


「分かってる!」


 赤い閃光が、慎悟の横をすり抜ける。

 友紀は迷いの間へ飛び込むように、敵の死角へ潜った。


 正面から勝ちに行かない。

 隙間を裂き、奥へ届く。


 牙蓮が反射で爪を振るう。

 だがその軌道の半歩外へ、蓮が滑り込んでいた。


「遅い」


 蒼流槍(そうりゅうそう)が、水みたいに角度を変える。

 受けず、ずらす。

 ぶつからず、崩す。


 牙蓮の重心がわずかに流れた。

 その一瞬に、友紀の刃がさらに深く入りかけた。


「そこ、止まって」


 (つばさ)の御札が放たれる。

 翠の光が幾重にも重なり、退路の形を削っていく。


 倒すより先に、動けなくする。

 戦場そのものへ罫線を引き直すような、冷たい布陣だった。


 牙蓮が舌打ちする。


 その隙に、歩美(あゆみ)が駆けた。


「南海、左腕! 慎悟、肩、浅いけど今のうち!」


 回復札が風を切り、傷ついた場所へ吸い込まれる。

 黄の光は派手じゃない。

 だが、その一枚一枚が仲間を立ち直らせる。


 綾実(あやみ)は一歩下がった位置で全体を見ていた。

 紫舞盾(しぶじゅん)がひらき、崩れかけた線を静かに繋ぐ。


「友紀、踏み込みすぎ。南海、次で受けて」


 派手に斬らない。

 倒すための剣ではなく、崩壊を止めるための刃。


 綾実の声が入るたび、戦線の乱れが一枚ずつ整えられていく。


 その後方で、伊織(いおり)が弓を引いた。


 深く息を澄ませる。

 叫ばない。

 構えも最小限。


 放たれた白い一射は、騒音だけを切り落とすみたいに静かだった。

 牙蓮の足元へまとわりつこうとしていた鬼気の澱みが、そこで浄められる。


 そして南海が、最後に前へ出た。


 牙蓮の爪を真正面から叩き落とさない。

 桃麗刀は流し、受け止め、逸らし、その奥へ踏み込む。


 相手の痛みを一瞬だけ想像してしまうからこそ、刃はためらいを知っている。

 それでも止めない。


「――ここで終わり」


 桃の閃光が、牙蓮の懐を裂いた。


 今度こそ、追い込んだ。

 誰もがそう思った、その瞬間だった。


 ――轟音。


 空気ではない。

 地面そのものを殴りつけたみたいな音が、腹の底まで響いた。


 友紀と南海の前へ、巨大な盾が叩き込まれる。


 現れたのではない。

 追撃そのものを叩き潰すように、落ちてきたのだ。


 黒と黄の重装騎士。

 金剛魔盾(こんごうまじゅん)――魔盾牙(まじゅんが)


 あまりにも厚い。

 あまりにも動かない。


 それは壁ではなかった。

 突破を許さないという意志だけで立っている、城門だった。


「っ!」


 友紀が跳び退く。

 南海の刀が盾の縁を滑り、火花を散らす。


 だが、びくともしない。


「どいて」


 南海の声は低い。

 怒鳴るより、ずっと冷たい。


 魔盾牙は微動だにしなかった。


「どく理由がない」


 少女の声。

 熱がない。

 冷たいというより、硬い。


「私は美里(みり)様の盾。ここから先には行かせない」


 盾が、さらに半寸だけ沈む。

 それだけで舗装がめくれ、ひびが蜘蛛の巣のように広がった。


 友紀が舌打ちする。


「邪魔」


「それが役目だ」


 その一瞬で、牙蓮が後ろへ跳ぶ。

 血の匂いだけを残して、距離が開く。


「助かった、魔盾牙」


 牙蓮は傷口を押さえながら、まだ笑っていた。

 だがその笑いは、さっきより少しだけ薄い。


 友紀が踏み込む。


「逃がすか!」


 その直後だった。


 ◇


 紫黒の靄が、視界の端から滲み出した。


「下がって!」


 最初に異変を掴んだのは綾実だった。


 だが遅い。


 霧は静かに広がる。

 けれど悪意だけは鮮やかだった。


 目が焼ける。

 喉が焼ける。

 息を吸うたび、肺の奥へ冷たい棘が刺さる。


 視界だけじゃない。

 考える速度まで鈍っていく。


「毒か……!」


 健太が前へ出る。

 自分の体で、歩美たちの前を塞ぐ。


 伊織は布で口元を覆い、歩美はすぐに解毒札を準備する。

 翼は歯噛みしながら霧の流れを見た。


「煙幕じゃない。判断を削るための霧だ」


 扇が、霧の向こうでひらく。


 最初からそこにいたみたいに、細い影が立っていた。

 感情のない目をした少女。


「……霧香(むこう)


 綾実が名を呼ぶ。


 霧香は瞬き一つしない。


「正確には、稲越茉耶(いなごえまや)。けれど、今はどうでもいいわ」


 扇がもう一度ひらく。

 霧がさらに濃くなる。


「あなたたちは追いつけない」


 蓮が鼻で笑う。


「便利だな。未来が見えると」


「見えているのは、流れよ」


 霧香は平板に言った。


「そして今、流れはあなたたちにない」


 魔盾牙が前を塞ぐ。

 牙蓮が血を流しながら笑う。

 霧香が退路を塗り替える。


 それだけでも十分に最悪だった。


 だが、そのさらに奥で。


 空気が、沈んだ。


 街の音が遠のく。

 壊れた信号の火花も、誰かの荒い息も、全部が一歩後ろへ退く。


 烈王(れつおう)


 姿は霧の向こうで曖昧なままなのに、そこにいると分かった。

 分からされる。


 魔盾牙は壁。

 霧香は判断の敵。

 牙蓮は獲物を噛み千切る獣。


 だが、あれは違う。


 災厄だ。


 慎悟の喉が、わずかに鳴った。

 本能が退けと叫んでいる。

 膝の奥が冷える。


 それでも、蒼王を下ろせない。


 自分が引けば、全員の線が崩れる。

 主軸が怯えれば、後ろの仲間まで一緒に下がる。


 怖い。

 だからこそ、立つ。


 慎悟は柄を握り直した。


 その沈黙の中で、霧香がぽつりと告げる。


「来月、二人増える」


 誰もすぐには意味を呑み込めなかった。


「……何の話だよ」


 翔一の声だけが、かすかに割り込む。


 霧香は淡々と続けた。


覇竜十傑(はりゅうじゅっけつ)は、まだ揃っていない。来月、席が埋まる」


「ふざけないで」


 友紀が吐き捨てる。


 霧香は構わない。


「もっと壊れる。もっと、行き場のない人間が増える」


 その言い方に、慎悟の胸が冷えた。


 第三の進路。


 救いの顔をして差し出される、たった一つの破壊。

 あれは道じゃない。

 折れた人間を、壊す側へ並べ替えるための宣告だ。


 霧香は視線を順番に走らせる。


北潟友紀(きたがたゆき)。あなたはまた斬る」


 友紀の肩が、ほんの少しだけ震えた。


坪江南海(つぼえみなみ)。あなたはまた分かってしまう」


 南海が唇を噛む。


北潟慎悟(きたがたしんご)。あなたは、もっと背負う」


 慎悟は答えない。


山室綾実(やまむろあやみ)。あなたの知ることは、まだ災いになる」


 綾実は静かに霧香を見返した。


「それで?」


 よく通る声だった。

 平坦な予告を、一刀で断つ声だった。


「見えた先があるとしても、従うかどうかは別」


 霧香の目が、ほんの少しだけ細くなる。


「可能性は低いわ」


「ゼロじゃないなら十分」


 綾実は即答した。


「私は、そっちを取る」


 短い。

 だが、その一言だけで、霧の重さが少し剥がれた気がした。


 ◇


 数秒の沈黙。


 その間に、牙蓮の姿がまた後ろへ遠のく。

 魔盾牙が盾を引く。

 霧香が扇を閉じる。


 撤退路だけを残し、追撃路だけを潰す。

 きれいすぎる後退だった。


 そして最後に。


 烈王が、霧の奥から一歩だけ前へ出た。


 それだけで全員の呼吸が止まりかけた。


 何もしていない。

 剣も振らない。

 踏み込んですらいない。


 なのに分かる。


 ――ここで全員、殺せる。


 烈王は、慎悟だけを見る。


 それで十分だった。


 背筋が凍る。

 膝が笑いそうになる。

 それでも慎悟は、目を逸らさなかった。


 逃げたら終わる。

 体の芯が、それだけははっきり知っていた。


「……次は」


 烈王の声は低い。

 静かで、揺れがない。

 だからこそ恐ろしい。


「奪う」


 慎悟は蒼王を握り直す。


 恐怖は消えない。

 消えないまま、言う。


「奪わせない」


 それだけだった。


 熱い言葉は出なかった。

 綺麗な決意表明もなかった。


 ただ、逃げないための一言だけが、喉から出た。


 烈王は短く返す。


「そうか」


 一瞬の沈黙。

 それだけで、次の戦いはもう始まっていると分かった。


 霧香が霧の奥へ溶ける。

 魔盾牙は最後まで盾を向けたまま下がる。


 牙蓮は傷口を押さえ、振り返りざまに笑った。


「次は、もっとぐちゃぐちゃにしてあげる」


「次は止める」


 南海が返す。

 一歩も引かない目で。


 牙蓮は言い返しかけて、やめた。

 笑って誤魔化す。


 その笑い方が、ひどく空っぽだった。


 最後に背を向けたのは烈王だった。

 焦りのない背中。

 勝てないから退く者の背ではない。


 見せるものを見せ切った者の背中だった。


 静寂が落ちる。


 壊れた街の真ん中で、十彩獣団は誰一人、武器を下ろせなかった。


 勝っていない。


 その事実だけが、異様なほど鮮明だった。


 ◇


 しばらくして、風が毒霧を少しずつ薄めていった。


 最初に動いたのは歩美だった。


「みんな、順番に見るから。呼吸、乱さないで」


 傷の確認。

 意識の確認。

 霧の残滓の影響確認。


 声は穏やかだ。

 けれど手つきに迷いがない。


 誰よりも戦場全体の傷を見ていた者の動きだった。


「歩美」


 慎悟が呼ぶ。


「お前は」


「私は平気」


 歩美はすぐに答えた。

 そのあとで、ほんの少しだけ目を伏せる。


「……みんなが平気なら」


 その小さな本音に、慎悟の胸が痛む。

 歩美だって怖かったはずだ。

 それでも最初に仲間へ駆けた。


 翔一がその場に座り込み、前髪をかき上げる。


「なんだよ、あれ。逃げ方まで完成してるとか反則だろ」


 蓮が荒い息のまま言う。


「嫌な相手だ。力じゃなく、順番まで計算してくる」


 翼は倒れた標識へ視線をやった。


「牙蓮を押し込めたのに、魔盾牙が止めて、霧香が判断を鈍らせ、その奥に烈王を置く。完成してるのは、あっちの方だ」


 健太が短く息を吐く。


「……始まったな」


 ぶっきらぼうな一言だった。

 だが、それが一番重かった。


 友紀はまだ朱迅剣を下ろさない。

 視線だけが、敵の消えた方角へ刺さっている。


 斬った。

 逃がした。

 助けた。

 間に合わなかった。


 簡単に名前のつく感情じゃない。


 南海は自分の手を見た。

 さっき牙蓮を裂いた感触が、まだ残っている。


 止めるために振るった刃。

 けれど、胸の奥には痛みが沈んでいた。


 最初から怪物だったわけじゃない。

 そう分かってしまった相手を、それでも斬らなければならない。


 その苦さを、南海は飲み込むしかない。


 綾実は目を閉じ、ゆっくり息を整えた。


 見えたから、決まるわけじゃない。

 先があるから、従うわけでもない。


 未来は予告じゃなく、奪い合いだ。

 なら、取り返す余地はまだある。


 伊織が静かに周囲を見渡す。


「少なくとも、今ここで倒れる人はいない」


「それで十分だよ」


 歩美が小さく笑う。

 その一言で、ようやく少しだけ空気が緩んだ。


 そこへ、陵矢(りょうや)桜茄(おうか)が近づいてくる。

 まだ足元はおぼつかない。

 それでも、二人とも顔を上げていた。


「助けてくれて、ありがとう」


 陵矢の声はかすれていた。

 桜茄も涙をこらえながら頭を下げる。


「本当に……助かった」


 翔一が気まずそうに鼻をこする。


「いや、まあ……無事ならそれで」


 健太はそっぽを向いたまま言う。


「礼はいらない。危ないと思ったら、次はすぐ逃げろ」


 ぶっきらぼうでも、それは確かな優しさだった。


 ◇


 慎悟は少し離れた場所で、遠ざかった敵の気配を見ていた。


 守れた命はある。

 でも、足りない。


 今日の結果だけじゃ、この先は越えられない。

 烈王に向けられた視線の重さが、まだ胸に残っていた。


 もっと背負う。

 さっきの言葉が離れない。


 なら、背負わされるんじゃない。

 自分で持つしかない。


 夕闇が、壊れた街を静かに包み始める。


 ひしゃげたガードレール。

 火花を散らしたまま止まる信号。

 砕けた舗装。

 燃え残りみたいな夕焼け。


 その真ん中で、十人は自然に並んでいた。


 中央に慎悟。

 右に友紀、左に南海。

 少し引いた位置に蓮と綾実。

 後ろで翼が戦況を読み直し、歩美が全員の呼吸を確かめる。

 伊織は弓を下ろしたまま周囲を警戒し、翔一はいつでも飛べるようにつま先へ力を乗せ、健太は誰より前で地面を踏んでいた。


 前へ出る者。

 止める者。

 支える者。

 読む者。


 ばらばらだった十人が、ようやく一つの形になる。


 事件に巻き込まれただけの高校生じゃない。

 痛みを知ったうえで、それでも立つ側へ残った者たちだ。


 慎悟は息を吸った。

 肺の奥に、まだ毒霧の痕が少し痛む。


 それでも言う。


「俺たちは、俺たちで決める」


 大きい声じゃなかった。

 けれど全員に届いた。


 友紀が、前を見たまま口の端を上げる。


「じゃあ、止まってらんないね」


 南海は静かに頷く。


「もう見てるだけは、いや」


 蓮が肩で息をしながら笑う。


「理屈抜きにしても、引く理由はないな」


 翼は御札を指先でひらりと回した。


「勝ち筋は、これから作る」


 歩美は皆を見回し、小さく息を吐いた。


「怖くても、置いていかない」


 翔一は夕焼けの空を見上げる。


「負けた気はする。でも、終わった気はしねえ」


 健太は短く頷く。


「次は、最初から止める」


 伊織は静かに弦を撫でた。


「外さない」


 綾実は、暮れていく空の向こうを見つめて言った。


「見えた先じゃなくて、自分たちの先へ行く」


 その言葉が、慎悟の胸の奥で一つに繋がる。


 強いから立つんじゃない。

 迷わないから進むんじゃない。


 怖い。

 悔しい。

 足りない。


 それでも、ここに立つ。


 夜の風が吹く。

 壊れた街を撫で、十人の制服の裾を揺らす。


 覇竜十傑は、まだ揃っていない。

 第三の進路という思想も、まだどこかで息をしている。

 牙蓮も、烈王も、必ずまた来る。


 分かっている。

 分かっていて、十人は並んでいる。


 これは勝利の終幕じゃない。

 事件解決の幕引きでもない。


 ――戦争の始まりだ。


 夕闇の中、十彩獣団は立っていた。

 未完成のまま。

 傷だらけのまま。

 それでも、自分たちの足で。


 もう逃げないと、決めた者たちとして。

読んでいただき、ありがとうございます。

正直に言うと、今話は慎悟より先に南海と綾実の言葉が浮かんで、そこから逆算して書きました。

南海の「怒りを握ったつもりで、握られてる」という一言。

これはずっと、牙蓮に対してぶつけたかった返しで。

牙蓮は強くて、残酷で、それでいて「最初から怪物だったわけじゃない」と分かってしまうキャラクターなんですよね。

だから、南海に刃ではなく言葉で斬らせたかった。

そして綾実。

霧香の予告に対して「ゼロじゃないなら十分」と即答させた場面は、書きながら「そうだよ、これだよ」と思った箇所でした。

綾実は未来が見えるからこそ重いキャラクターなんですが、それを受け入れたうえで「従うかどうかは別」と言える強さを、ここでようやく出せた気がしています。

霧香の本名「稲越茉耶」も、今話で初めてちゃんと口に出させました。

どんな過去があって、なぜ今そこにいるのか——それはまだ先の話ですが、名前を出したことで彼女にも「来た道」があると示したかったんです。

そして烈王。

今話では何もしていません。

剣も振っていないし、踏み込んでもいない。

ただ、そこにいただけ。

それが怖かった、という話が書けたなら、作者としてはもう十分です。

霧香が言っていましたね。

「来月、二人増える」と。

これ、ちゃんと来ます。

第三章も、よろしくお願いします。

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