【第10話】怒りの形
第十話です。
今回は、牙蓮という敵の描き方に一番力を入れました。
彼女は強いだけじゃない。
傷を知っていて、それを武器にできる人間です。
壊すために怒ることと、守るために怒ること。
その違いを、牙蓮と南海の対比で書きました。
翠羅というキャラクターも出てきます。
敵でも味方でもなく、まだどこにも着地できていない子です。
居場所を探しながら、居場所を壊される。
彼女の視点から、この話を読んでもらえると、また違う景色が見えると思います。
十彩獣団が「チームとして戦う」場面も、今回かなり丁寧に書きました。
全員の動きに意味があります。
誰かを飛ばして読んでも成立するように書いてはいますが、もし余裕があれば、後衛の一人一人がどう動いているかも追いながら読んでみてください。
最後に慎悟が言う台詞は、このシリーズ全体のテーマを一度まとめた言葉です。
前話から読んでいてくれている方には、少し刺さるものがあると思います。
それでは、どうぞ。
牙蓮が笑った。
大刀を肩に担いだまま、薄く、冷たく。
傷つけることに慣れた人間だけが持つ、あの笑みだった。
「感動的」
黒と深紅の鬼気が、ぬるりと揺れる。
「昔の知り合い。元は人間。だから斬れませんって顔してる。青春の続きって感じで、泣けるわ」
翠羅が、低く舌打ちした。
「黙れ」
「命令しないで。あんた、覇竜十傑でもないでしょ」
その一言は、刃より先に刺さった。
――ここは、砕けたガラスが散る交差路だ。
踏み出すたびに靴裏で乾いた音がして、焦げた臭いが風の底に沈んでいる。
夕暮れは、もう何も赦さない色をしていた。
慎悟たちは、その中心に立っていた。
前線に慎悟、健太、翔一。
斜め後ろを友紀、蓮、綾実が支え、
さらに後方で南海、歩美、翼、伊織が防護圏を重ねている。
一人の強さで押す陣じゃない。
十人分の迷いを、無理やりひとつに束ねた陣だ。
だからこそ、どこが壊されるか分かる。
牙蓮はわざと、友紀たちの目の前で翠羅を踏みつけた。
仲間としてじゃない。
駒として。
価値の低い、替えの利くものとして。
翠羅の肩が震えた。
「……調子に乗るな」
「乗るでしょ。事実だもの」
牙蓮は目だけで笑った。
「私は美里様に選ばれた。必要だったから。でも、あんたは違う」
ゆっくりと、翠羅を見下ろす。
「学校にも居場所がなくて、誰にも必要とされなくて、泣きついて、拾われただけ」
黄緑の鬼気が弾けた。
翠羅の剣先が揺れる。
戦意じゃない。
押し殺していた過去が、傷口から吹き返した揺れだ。
「鬼になるってね、可哀想な自分を分かってもらうことじゃないの。傷ついた自分ごと、他人を踏み潰す側に行くってこと」
牙蓮の声は、残酷なほど平坦だった。
「なのに、あんたはまだ捨て切れてない。分かってほしい。認めてほしい。……半端なのよ」
翠羅の身体が止まった。
戻る場所はない。
壊れ切る覚悟もない。
そのみじめさを、牙蓮は楽しんでいた。
南海は桃麗刀の柄を握る指に力を込めた。
かわいそう、と思った。
でもそれだけじゃ足りなかった。
傷ついた誰かが、
もう一度、傷ついた誰かを踏みにじる。
その光景が、どうしようもなく嫌だった。
友紀が一歩前へ出る。
「やめなさい」
「正義感?」
「違う」
赤い霊光が、じり、と熱を帯びた。
「見てて腹が立つの。自分が壊れたからって、壊れそうなやつまで踏むな」
「綺麗」
「綺麗で悪い?」
「悪くない。私には無理ってだけ」
その返しが、かえって気味が悪かった。
牙蓮は、自分が何を捨てたのか知っている。
知ったうえで、そちらを選んでいる。
「全員、位置を崩すな」
慎悟の声が、低く落ちた。
あれは隙じゃない。
爆ぜる寸前の感情を、牙蓮がわざと踏み抜いている。
飛び込めば、助けじゃなく巻き添えになる。
「意識を外へ逃がすな。あれは崩れ目じゃない。暴発の直前だ」
牙蓮が笑う。
「さすが主役。分かってるじゃない」
次の瞬間、翠羅の足元から黄緑の鬼気が爆ぜた。
ひび割れた路面を恨卑が這い、
壁面を疾牙が走り、
道路を押し割るように阿妬羅の巨体がせり上がる。
小型が数で飲み込み、中型が切り裂き、大型が前線を砕く。
最悪の布陣だった。
「全員、三層維持!」
慎悟の号令が戦場を貫く。
「前線、押し返す! 中衛、流れを断て! 後衛、絶対に通すな!」
最初に跳んだのは翔一だった。
「上はもらう!」
橙の光が裂けた。
烈翔棍を振るいながら、壁から壁へ弾かれるように飛ぶ。
急降下の一撃で、恨卑の群れをまとめて吹き飛ばした。
「数がうぜえ!」
「つながる前に切る」
蓮の槍が閃く。
薙がない。暴れない。
群れの芯だけを正確に刺す。
三匹、五匹、七匹。
連結が完成する前に、流れが死んでいく。
「三時方向、収束するよ」
翼の御札が交差路に緑の格子を編んだ。
敵の進路が、ほんのわずかにずれる。
それだけで盤面が変わった。
散った鬼たちが、健太の正面に集まる。
健太が一歩、前に出た。
「来い」
玄牙棒が地面を叩く。
轟音とともに先頭の恨卑が跳ね上がり、そこへ阿妬羅が正面から突っ込んだ。
火花。
重圧。
健太の足が舗道を削る。
だが、退かない。
「ぐ、っ……!」
「健太!」
慎悟が飛び込んだ。
蒼王で阿妬羅の顎を打ち上げ、噛みつきの角度をずらす。
ほんの半歩。
だが、その半歩で前線は生き残った。
「悪い」
「前線は俺たちで止める」
短い。
それだけで、味方の呼吸が揃った。
友紀は戦場の穴を縫って走る。
赤い残光だけが遅れて見える。
「右、空いた!」
一閃。
疾牙の首が跳ぶ。
返す刃で次の爪を弾き、そのまま次の綻びへ飛び込んだ。
速いだけじゃない。
必要な場所へ現れる速さだった。
「三秒後、左後方!」
綾実の声が飛ぶ。
読み通りだった。
南海の防壁の端をすり抜けて、疾牙が二体、内側へ食い込む。
狙いは陵矢と桜茄だ。
歩美が迷わず駆けた。
「二人とも、こっち!」
陵矢の腕を引き、桜茄の肩を抱えて後方へ滑らせる。
膝は震えている。
それでも、歩美は二人の前に立った。
その脇を、白い矢が三本、一直線に走る。
伊織だった。
喉。眼。関節。
叫びもなく、正確に急所だけを射抜く。
雑音を消すみたいな射だった。
「進路、固定した」
翼の札が逃げ道を縫い、残った一体へ友紀が斬り込む。
歩美は息を切らしながら、それでも笑った。
「……まだ、通してません」
恐怖が消えた顔じゃない。
恐怖を抱えたまま、立っている顔だった。
その言葉に応えるように、南海の防壁がもう一段明るくなる。
牙蓮がそれを見て言った。
「いいわね。守るって綺麗」
友紀が牙蓮へ斬り込む。
だが牙蓮は半身でかわし、重い一撃を返した。
腕が痺れる。地面が鳴る。
南海は、その刃の重さより、牙蓮の目の冷たさにぞっとした。
この女は、壊すために怒っている。
傷を知っているくせに、傷を道具にしている。
違う、と南海は思った。
怒りは、そんなものじゃない。
喉の奥に引っかかっていたものが、ようやく言葉になった。
「怒りは……!」
牙蓮の刃を桃麗刀で受け流しながら、南海は叫ぶ。
「壊すためだけにあるんじゃない!」
桃色の霊光が、夕暮れの中で膨らんだ。
「誰かが傷つくのを見てるだけなのは、もう嫌なんだよ……! 分かってたのに何もしないまま終わるのも、怖かったって言い訳して逃げるのも……もう嫌だ!」
息が焼ける。
胸が痛い。
それでも止まらない。
「私は、壊すためじゃなくて――守るために怒る!」
その瞬間、防壁が変わった。
壁ではなく、意志になった。
揺れていた桃色の光が、街を抱くみたいに広がる。
牙蓮の笑みが、ほんの少しだけ薄くなった。
翠羅は、その光を見ていた。
守るために怒る。
そんな言い方が、あるのか。
だが次の瞬間、牙蓮の刀が閃いた。
狙いは南海でも友紀でもない。
翠羅だった。
黄緑の肩口が裂ける。
赤い飛沫が、夕暮れに散った。
「遅い駒はいらないの。壊れるなら、せめて役に立って壊れなさい」
一瞬、戦場の音が死んだ。
次に響いたのは、友紀の怒声だった。
「――ふざけんな!」
赤い光が爆ぜる。
友紀は一直線に牙蓮へ踏み込んだ。
怒りを速度に変えるみたいに、朱迅が連なる。
だが牙蓮は嗤う。
速い。重い。しかも、愉しんでいる。
「いいわ。そうやって怒りなさいよ。そのほうが、折れた時に綺麗だから」
友紀の剣が弾かれる。
健太の前線が軋む。
翔一が上空で舌打ちし、歩美が陵矢たちを庇い、南海が防壁を持ちこたえ、蓮と翼が崩れかけた流れを繋ぎ、綾実が未来の綻びを拾い、伊織がそれを縫う。
それでも足りない。
個々では、届かない。
その瞬間、慎悟が蒼王を握り直した。
一歩、前へ出る。
「全員、聞け」
声は大きくない。
けれど戦場の真ん中をまっすぐ貫いた。
「選ばれたから立つんじゃない」
牙蓮の目が細くなる。
「誰かに役割を決められたからじゃない。誰かに価値をつけられたからでもない」
慎悟は、仲間を見た。
傷ついている。
震えている。
怒っている。
迷っている。
それでも、ここにいる。
「俺たちが選ぶんだ」
蒼王の青が深く燃えた。
「迷いも、怒りも、弱さも抱えたまま――それでも守るってことを」
沈黙のあと、最初に応えたのは友紀の赤だった。
次に南海の桃。
蓮の水色。翼の緑。翔一の橙。健太の黒。歩美の黄。伊織の白。綾実の紫。
十色の光が、交差路で渦を巻く。
綺麗なだけの光じゃなかった。
傷も、怒りも、恐怖も、全部抱えたまま燃える光だった。
牙蓮が大刀を構える。
黒と深紅の鬼気が、獣の息みたいに膨れ上がった。
「いい顔になったじゃない。なら見せて。あんたたちの"覚悟の形"を」
慎悟は蒼王を正眼に構えた。
「見せてやる」
背後で十人の気配がひとつに噛み合う。
壊すための怒りと、守るための怒り。
選ばれた力と、選び取る覚悟。
そのどちらがこの街に残るのか。
夕暮れの交差路で、十色の光が一斉に燃え上がった。
だが――
その光景を、背後の影から見ている者がいた。
翠羅だった。
裂けた肩を押さえながら、翠羅はただ、その光を見ていた。
守るために怒る。
その言葉が、まだ胸の中で燻っていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今回の話、書いていて一番難しかったのは南海の叫びでした。
「守るために怒る」という言葉、最初は違うセリフを書いていたんです。
でも何度書き直しても、南海という人間が口にするものとして、しっくりこなかった。
南海は共感力が強い分、怒りを表に出すのが怖いキャラです。
誰かを傷つけたくないから、怒りを飲み込んでしまう。
でも今回、それが限界を超えた。
飲み込めなかったんじゃなくて、飲み込むことをやめた。
その一歩が、あの叫びになりました。
書き上がった時、「これが南海だ」と思えたので、そのままにしています。
翠羅については、まだ何も言えません。
ただ、彼女がこの光をどう受け取ったか、続きで見ていただければと思います。
牙蓮は、まだ退場しません。
彼女が本当に怖いのは、強さじゃなくて、正確さです。
傷の在り処を知っていて、そこだけを突いてくる。
次に十彩獣団と交わる時、また誰かの何かを抉りにきます。
第十一話も書いています。
よければ、引き続きお付き合いください。
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一言でも届けてもらえると、書く手が速くなります。
また次の話で。




