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入婿白狼と吸血花嫁  作者: 雉豆 さら


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第三話 初めての吸血

「まぁ、初対面とは言え、そりゃそうよな……」


屋敷に帰って来てすぐ、同じ部屋に通された。まあ夫婦になるのだから当たり前、と言ってしまえばそれまでなのだが。

式の後はそれぞれゲストへの挨拶で忙しく、リズ様と話をするどころでは無かった。クレアドール邸へ帰る竜車には二人で乗り込んだが、魔王城とクレアドール邸はそこそこ近くにあるため大して会話も出来なかった。

つまりこれから、今日初めて会った会話もほとんどしていない相手と同じ部屋で過ごせ、と。


「あー……」


湯浴みをしているリズ様を、部屋に1つしかないベッドに腰掛けて待ちながら頭を抱える。


「ブラン様」


扉の隙間から顔を出したリズ様と目が合った。


「そんな所で寒くねぇか?まだ桜月(さくらづき)だ、廊下は冷えるぞ。っつか、元はリズ様の部屋なんだから気にせず入ってくればいいだろ」

「……」


部屋に足を踏み入れたリズ様を見て、すぐさま己の言葉を後悔した。

可愛らしさの中に、スリットから覗く肌色が混ざるネグリジェ。

……目のやり場に困る。

強めの動悸が、しかし脳裏に浮かんだ拷問官のイメージで鎮火した。


「……その、変、でしょうか」

しおらしく頬を染めるが、これから俺はこの女に何をされても文句は言えねェって訳だ。

炎の鞭で、どんな拷問を受けようがもう逃げられねェ。もうなるようになれってんだ。


「変じゃねぇよ。さ、婿入りしたからにはもう俺はクレアドール家のもんだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」


リズ様が黙り込む。痛めつける方法でも考えているのか。しばらくの間の後、ようやく口を開いた。吸血鬼族の牙が覗く。


「……それでは、失礼いたします」


ベッドに近付いてきて、腰掛けたままの俺の頬に手を添えてキスをするリズ様。婚儀の時とは違う、暖かくて柔らかい舌が俺の口内を弄る。


「……ッはぁ……」


吐息と粘性を帯びた水音だけが部屋に響く。


「吸血鬼族の唾液には麻痺効果や軽い酩酊効果が含まれます……苦しかったら、遠慮なさらず言ってくださいね」


苦しめたいのだろうに、気を遣われている。

成程、確かにじわじわと体温が上がっていくのが分かる。頭にそっと手を添えてやると、牙の裏まで丁寧に舐め回される。ほんのり酔いが回ったような感覚だ。


「大丈夫、ですか?」


唇を離してこちらを伺う。荒くなった息と泣いたウサギのような瞳が俺の心拍を上げていく。


「あぁ」


返事をすると安心したように微笑んだ。いたぶられる覚悟でここに来たのに、調子が狂う。


「あの、血をお吸いしても……?」

「言っただろ、好きにすりゃいい」


困ったように眉を下げながら、しかしその瞳は俺の首筋に吸い込まれている。吸いやすいように小首を傾げてやると、ようやく覚悟を決めたのか俺の膝にちょこんと座った。


「私、ひとから直接血を吸うのが苦手で……多分、痛みがあると思います」


そう言いながら、念入りに首筋を舐めてくる。舐められたところからじわりじわりと熱が広がる。


「痛かったらすぐに教えてくださいね」

「歯医者かよ」


思わず突っ込むとくすりと笑った。


「いただきます」


ぶしゅっ、と勢いのある音が響く。


「ってェ……!!」


想像より鈍く強い痛みが首筋を襲った。


「ご、ごめんなさい!」


慌てたように首筋を舐められる。唾液と血液の混ざった液体が、薄いネグリジェと俺のバスローブに吸い込まれて赤い染みを作った。


「すぐに手当てしますからね……!」

「……っいや、大丈夫だ。すぐに塞がる」


雷獣族の回復力なら、噛み傷くらいはすぐに塞がり始める。むしろこの高揚を置いていくのが嫌で、次はこちらから顔を近付けた。

触れるだけの唇から、少しずつ深い所へ。

片手を腰に回して抱え込みながらキスを続けると、小さな身体がぎゅっと抱きつき返してきた。

こうして触れ合うと、体格の差がよく分かる。

強く抱きしめようものなら、リズ様の事を壊してしまいそうな感覚に襲われる。

時折呼吸を整えながら、じっくり口内を味わう。片目を開けて様子を伺うと、強く目を瞑るリズ様の口から甘い唾液がぽたぽたと零れていた。


どれくらいそうしていただろうか。

唇を離すと、肩で息をするリズ様と目が合った。


「……ありがとな、リズ様」

「……ブラン様……いえ、こちらこそ」


名前を呼ぶと、はにかみながら呼び返してくれた。

鞭など出されなかった。痛かったのは噛まれた時くらいで、もう傷も塞がり痛みも消えている。

ベッドに寝転び、自身の胸元をとんとん、と叩いてこちらに来るように促した。素直に縋りついてきたリズ様の腰をそっと抱く。


「お耳、触っても良いですか」

「ん?ああ、好きにしてくれ」


温かい手が両の耳をそっと掴む。軽い力でくるくるとマッサージをされ、気持ちが良い。


「ブラン様の毛色はグレーなのですね。毛先の黒のグラデーションがとても綺麗」

「ああ、ガキの頃は真っ白だったんだけどな。段々グレーになった。」


月明かりだけが照らす暗がりの中だが、距離が近いのでお互いの顔がよく見える。

こうしてしっかりと顔を見合うのは初めてだ。

長めの前髪の隙間から覗いた丸い紅色の瞳の中で、輝く金色の瞳孔が丸みを帯びている。


「瞳孔が金色だ」

「ええ、ブラン様の右目とお揃いです」


僅かに左目にかかった前髪をそっとかき上げられる。


「こちらは綺麗な青色ですね。藍銅鉱のようです」

「そうだろ?この色、気に入ってんだ」


言いながらお返しにリズ様の長い前髪をかき上げ、耳にかける。


「左頬の傷は?痛くないのですか?」


指先が額から左頬に下りて来て、縦に2本入った古傷をなぞられる。


「昔出来た傷だ。跡になっているだけで、痛くもなんともねェよ……あと、腕にもある」

「本当ですね」


俺の上腕に目を落とすリズ様の睫毛に月光が反射して煌めく。眠たいのか、少しとろんとしていて拷問中とはかけ離れた表情だ。


「寝るか」

「はい、おやすみなさい……」


冷静になってみれば、俺はリズ様のことを知らなすぎる。あんなふうに触れ合ったものの、まずはお互いの事を知ってから……いや駄目だ。跡継ぎの為の結婚で、そんな悠長なことをしている場合では無いのだ。


「……あー……」


長考する俺の横で寝息をたて始めるリズ様。

俺も眠気と疲労で頭が回りにくくなってきた。

考えるのは明日の俺に任せて、今はさっさと寝るか……。

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