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第九話 君のため

 その日僕は、近所のコンビニで絆創膏を買ってから家に帰った。集団リンチを経験したのは初めてではないが、やはりバカな奴は頭のネジが吹っ飛んでいるのか、殴る力だけは異様に強い。


 しかし、最後に出てきたあの女はそこそこ悪知恵の働く奴だ。個人情報を特定し、命令に従わなければネット上に晒すという交換条件まで持ちかけてきやがった。普通に話すだけなら相手に出来るが、どうせまた同じ結末が待ち構えてるに違いない。そう判断し、僕はある秘策を練ってから翌日に備えた。



「スマホなんか構えて何やってるんだ?」


「某SNSサイトで、今限定公開のライブ配信映像を繋いでるんだ..。もし昨日みたく不良が湧いてきたらこれを全国公開に切り替えるぞ! ふ、震えて眠れ!!」


「私の事を全く信用していないな。一人で来ると言っただろう。君もそうしてくれると話しやすかったのだが..」


 やはりバレている。深夜の公園。なんのご縁か二度目の邂逅を果たした不良女は、僕の背後にある木々に視線を移した。こんな暗闇なのに、獣のような勘の良さはやはり頭の悪さに起因するのか?


「はぁ..。外部からの証言用、そして君みたいな平気で誰かを傷付けるようなタイプの人間に、激しいトラウマと殺意を抱いてる人物だよ」


「そう..。私はさ、人の敵意に敏感なんだ。隠れてないで出てきてよ。悪いようにはしないからさ」


 静かに声を発する。その安い挑発に誰が乗るのか心底疑問ではあったが、東雲未来にとってみればこれは忘れ難い過去の一部として身体の芯にまで染み付いているのだろう。


 いじめは加害者側は忘れていても、被害者は一生根に持っていたりもする。今回殴られたのは自分だが、不良集団と絡んでいる彼女を前に内心穏やかではなかったのかもしれない。ただの監視目的で連れてきただけなのに、茂みの中から飛び出してきた東雲未来は、不良の胸ぐらを掴みその両眼を睨み付けた。


「どの口でほざいてるの? 今、不利な側にいるのは貴方。立場ってものを弁えた方が良いんじゃ..、あらごめんなさい。バカだからそうゆうの考える頭なかったよね」


 いつもの煽りとはまるで違う。声も表情も、怒りに満ち溢れた彼女の全部は、僕にとって初めてだった。


「ふふっ..」


 しかし、不良女は東雲未来の勢いに触れても物怖じするどころか、むしろ好戦的な構えを見せた。


「あんたの何なのか知らないけれど、そこにいる雑魚男がリンチされた事に私は一切関与していない。なのに勝手に決め付けて逆恨みしないでくれる? バカなのはお前だよ」


「......」


「ねぇ、話聞いてないの? なら手を離せ。汗ばんてて気持ち悪いんだよ。じっとりしてて、"豚"みたいだ」


「黙れ..。私の事を、豚みたいだなんて言うな!!」


 どんな会話のやりとりが成されたかは上手く聞き取れなかった。


 何かしらの発言に激昂する東雲。その直後、彼女の拳が不良の顔面を殴り付けた。


「ははっ..。イキがるねぇ..。お前も雑魚男も、どうせお利口さんの高校に通ってるんだろ? なのに暴力だなんて、私達のことを見下せる立場なのかーー」


「うるさい..。皆川君を雑魚と言って良いのは、私だけなんだよ!」


 細い枝を踏みつけるような、鈍い音が幾度となく続いた。ここまで、東雲未来はここまで、あの辛い過去を忘れずに胸の内に抱えながら生きていたのか。それは真の感情の発露のようだった。


 普段は何重にも心の防衛戦を張り巡らせ決して本音を打ち明ける事のない彼女でも、極限状態のあの時、僕はあいつの純粋な狂気を垣間見た。雨上がりの空の下、その笑顔は誰よりも美しくて、


 怖かった。何処かに行って、消えてなくなってしまいそうだった。


「未来!」


 きっとそれを止められるのは自分しかいない。そんな思い上がりで、傲慢な僕の行動は愚かだった。


「何やってるんだよ..。相手の挑発を間に受けて暴力を振るうだなんて、そんな奴だとは思わなかったよ..」


「.....」


 多分、社会的に悪だと見なされる他者への暴力行為を制した自分の行動そのものに酔っていたのだろう。正義のヒーローヅラして、僕はこの日初めての過ちを犯した。東雲未来の気持ちを、ちっとも想像出来ていなかった。


「僕は、誰かを殴る東雲未来なんか大嫌いだ....」


「......そっか、そう、だよね。ごめん」


 自分は東雲未来を諭した。その高揚感が、彼女の行為に対する全ての解釈を歪めた。


「疲れて、ちょっとおかしくなってるんだよ。早く帰って寝た方が良いよ。ここは僕一人でも大丈夫だから。そもそも、ついて来てくれだなんてお願いしてないし..」


 事実だ。昨晩、アザだらけになった僕を向かい入れた未来は絶叫し、手が付けられないほど取り乱していた。重症患者を扱うように包帯は患部にぐるぐるに巻かれ、明日もここで件の不良の一人に会うと告げたら、そいつを一発殴らないと気が済まないとまで言った。


「....うん。じゃあ私はもう帰って寝るよ。お休みなさい」


「ん..。お休み」


 東雲未来は公園からいなくなった。その光景を終始、無言で見つめていた不良は次に僕の顔を見て、にんまりとした表情で見つめた。


「お前、最低だな」


「どういう意味?」


「へへ..。そういうの、全部教えたら面白くないんだよなぁ..。自分の頭で考えてよ」


「......」


「鈍いなー。その調子じゃ答えに辿り着く前に、あの女の気持ちも冷めちゃいそう」


「だからどういうーー」


 その言葉を途中で制し、眼前の女は僕の唇に人差し指を当ててきた。先ほど東雲未来に殴られたばかりで、右頬と口の端は紫色に変色し血が滲んでいるにも関わらず、何事もなかったかのように落ち着いていて不気味だった。


「君が鈍い証拠だよ。まぁそれはともかく、自己紹介が遅れたね。私の名前は星野綺羅薇(ほしのきらら)。君のそのクズさ加減が気に入った。これからよろしく」



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