第二話 目覚め
歓迎会は地獄のような空気に包まれていた。目を合わせずにただ黙々と箸を動かしているのは、僕の同級生かつ訳あってお世話になる事となった東雲遥香さんの一人娘、東雲未来。
カラコンとピアスを外したせいか若干印象は柔らかく見えるが、それでも人工的な金髪とバッチリ決まったお化粧のせいで威圧的な雰囲気を帯びている。
いや、わざとそう見せているのだろう。よりによってあの発言を聞かれた相手の家に寄宿するなんて、僕は本当についてないな。せっかくのご馳走も、不味く感じてしまう。
「ところで、未来と奏斗は、学校ではどんな関係なのかしら?」
そんな最中、何も知らない遥香さんが僕達の食卓に爆弾を投下した。何食わぬ顔の質問に、僕は言葉ですらない曖昧な返事を溢した。東雲未来の唇も、キュッと固く結ばれたままだ。
「......」
これには何かを察知したのか、遥香さんは続く言葉を濁した。フゥッと息を吸った後にーー
「そう..。もしかして、私に内緒で付き合っているのね」
「え......」
その発言はもはや爆弾ではない。核爆弾だった。この人はどれだけ地雷を踏み抜けば気が済むんだ。冷や汗が止まらず、さっきから無言の東雲未来の表情を、チラリと伺った刹那だった。
バン!!
机を力強く叩き付け、彼女は立ち上がった。
「ご馳走様..。あのね母さん、勘違いしないで。そういうの、本当にうざいから」
「あらあら..。この娘ったら照れちゃってもう..」
「だから違うって言ってるでしょ!!」
「......」
東雲未来は遥香さんの顔を睨み付け、ついで僕の顔を一瞥してから言った。
「貴方も何か反論くらいはしてよ」
「......え、えと..。その、、付き合っていないんです。ただの、知り合いです」
「あら。お母さん勘違いしちゃったみたい。本当にごめんなさい!」
「......」
無言で立ち去る娘の背中に向かって、遥香さんはまた何か言おうとして、結局口を噤んだ。僕はこれからあいつと仲良く出来る自信も無いが、この調子が続くとなると少し申し訳なくなる。
♢
「母さん。皆川君が私と同じ部屋で寝るって、どういう意味?」
その日の晩だった。就寝時間に合わせて、僕は東雲未来の自室へと案内された。正確には、東雲未来と彼女の姉の二人部屋である。そんな姉は留学中で不在だから、勉強机と二段ベッドの上が僕の所有物になった。
「他に使える部屋がないからね。じゃあ、私は仕事に行ってくるから、お休み!」
遥香さんはかなり不規則な定職に就いており、今みたいに夜遅くの時間から出勤する事も多々あるそうだ。もう頼れる人もいなくなった。さて....。
「ぼ、僕はリビングのソファで寝ようかなぁ..」
白々しい演技をしながら、東雲未来の部屋から一刻も早く逃げ出そうとした。玄関の扉が閉まる音を聞いた後、すぐに二段ベッドの上から降り始めた最中だった。
「は? 何で? ソファで寝るって、貴方は馬鹿なの?」
馬鹿。小さい時から何十、何百も浴びせられてきた言葉にカチンときてしまった。僕はもう馬鹿じゃない。少なくともお前よりもマトモな頭は持っている。けど、面と向かってそれを言う度胸は無い。
「......」
「早く戻って。私寝れないんだけど」
「分かった」
すごすごと二段ベッドの上に戻り、毛布をかけた。上質な肌触りで、途端に眠気が襲ってくる。しかしここで眠る訳にはいかない。夜は英単語の暗記に最適な時間だ。
一日でもサボれば、周りとの差は開く。進学校でも無い、こんな馬鹿女(東雲未来)が大多数の環境から早く抜け出すには、今を犠牲にして勉強しなければならない。なのに、単語帳含む参考書一式はあの家に置いてきてしまった。
今更取りに戻るのも、少し気まずかった。かといって、東雲未来にお願いして借りるのはもっと恥ずかしくて出来なかった。どうしよう。僕から勉強をとったら、何が残る..?
運動音痴で、特にやりたい事もないから部活には所属していない。聞き齧ったものばかりで、趣味と呼べるものは一つもない。性格も歪んでいるのには気付いてるけど、何がおかしいのか分からない。
いつもそうだ。夜になると、色々な感情がごちゃ混ぜになって息苦しくなる。
チク
その時だった。背中に何かを刺されたような痛みを感じた。正確にいうなら先端が細いもので押されているような感触だ。身を起こし布団を見たが、特に異常は見当たらない。なのに再び横になると、
チクチク
またさっきの違和感だ。勘違いでもなさそうなので、敢えて背中を宙に浮かして様子を伺った。しばらく待っていると、敷布団の一部が度々盛り上がる。心霊現象か?
僕がピュアな少年だったらそう思っていたかもしれない。だけど、リアリストでそういうオカルトの類を一切信じない自分は、その原因が下にいる東雲未来の仕業である事に気が付いた。
人の睡眠まで妨害するとは良い度胸だ。流石の僕でも、深夜テンションで少し理性が鈍っている。敷布団が盛り上がった場所目掛けて拳を振り下ろすと、東雲未来の『イテッ』という声が聞こえた。
「やっぱり君の仕業だったんだね。何したの?」
尋ねても返事がないので下に降りて電気を点ける。東雲未来の方を向くと、彼女はイタズラがバレた子供のような曖昧な表情を浮かべた。片手には自撮り棒が握られている。
「それで突いたの?」
「まぁね。ほら、うちの二段ベッドって、板と板の間に若干隙間が空いてるから、そこを押したの。上で誰か寝るの久しぶりだったし、つい出来心でね」
「はぁ..。呆れてモノも言えないんだが。高一でそんな事して楽しい? こっちはもう疲れてるんだよ。不愉快だから本当にやめて欲しい」
「....」
僕の反論が予想外だったのか、彼女は酷く取り乱した顔を作った。しかしすぐに持ち直し、指先で唇を抑える独特の仕草と上目遣いで、煽るような笑みを浮かべて言った。
「知るかよ。貴方身の程弁えてる? 私の機嫌を損ねて、それを私がママに告げ口したらこの家から追い出されて..、行くアテは他にあるのかなぁ..? 軽ーいちょっかいかけられたくらいでマジなトーンで怒るなんて、雲行き怪しくない..? 許して欲しかったら私に跪きなさい。ざーこ」
「....」
いつもの僕なら、プライドが邪魔して更に反論を重ねていただろう。今の発言から矛盾点を見出し、追及する事だって出来たはずだ。なのにーー
「ごめんなさい..」
「ふん。分かればいいのよ」
今の立場上、東雲未来の言う事を聞かないと本当に行き場所がなくなってしまう。遥香さんの善意でなんとか居候させて貰っているこの生活が、いつまで続くかも分からない。
僕は、東雲未来の奴隷ーーーー
「ふふっ..。あっという間に立場が逆転しちゃったねぇ。君が雑魚と見下していた相手の前で跪いて、必死に懇願してるなんてとっても無様。本当に情けない。ね? ヨワヨワの弱者男性くん」
「へへ..」
「は? 何笑ってんの? 超キモイんですけど」
それも悪くない、か..?




