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暦君には壁が居る  作者: 二核


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暦と折節の帰り道

最終校正日2026/6/17

 一日の長い戦いが終わり、一試合半を走り抜いた暦の体はボロボロになっていた。

 しかし、試合中に交わした折節との約束の通り、折節の背中に乗って帰路を辿った。

 折節の背中は大きくて、とても安心する。

 それは、出会った頃と何も変わらないことだ。

「……ん」

 あまりの心地よさに寝ていた暦は、町中に鳴り響く6時のチャイムに起こされた。

「……起きたか」

 暦の小さな動きに気づいた折節が首を後ろに回すと、歯をむき出して笑う。

「ツヨ……」

 暦は呟くと、またゆっくりと目を閉じて、折節の肩に顔を押し付けた。

「おいおい、二度寝するのか」

「……冗談だよ」

 暦は悪戯な笑みを浮かべる。

 しかし、その笑みは暦たちの帰り道を照らしている夕日のように、だんだんと沈んでいった。

「……ツヨはさ、決勝で戦った相手の23番のこと憶えてる?」

 暦は耳元で囁くと、折節は答え方を考えているのか、少しの間黙り込んでいた。

「……それは、あいつがわしのことを話していたということか?」

「うん……。ツヨがサッカーできなくなったのは、中学の時に怪我を負わせたからだって」

「なるほどな。最近のディフェンダ―は、詐欺師のような手口を使うようだ。これでは、サッカー界は世も末だのぉ」

 言っていることとは裏腹に、折節はガハハと声をあげて笑った。

「……どういうこと?」

「あいつの証言は半分が正しく、残りの半分は瞬間的な真偽の判断が難い作り話ということだ」

 折節の抽象的な説明に、暦は首を傾げる。

「……意味分かんない」

「たしか、間寺とか言ったかな。24時間共にいるわけでもないのに、何故わしの引退の原因が己にあると、自信をもって言えるのだ?」

「それじゃあ、あいつがツヨからサッカーを奪ったんじゃないってこと?」

「怪我をさせられたのは事実だ。思い返せば、瑞季が日本を留守にしている間、あんなやつと対戦していた憶えがある。だが、わしがサッカーを辞めたのは、その試合で負わされた怪我のせいではない」

「それじゃあ、ツヨはどうしてサッカーを辞めたの?」

「それは……」

 折節が言葉に迷っていると、真横から一つのサッカーボールが放物線を描いて飛んできた。

「ふんっ!」

 折節はボールの持ち主を一瞬で見極めると、頭に当ててワンタッチで返した。

 ボールは綺麗な弧を描き、そこに立っていた一人の少年の手にピタリと収まる。

「うぉぉ! おっさんすげえ!!」

 力強くも正確なヘディングを見た少年たちは、一斉に声をあげて折節を称えた。

「あまりはしゃいで飛ばし過ぎるなよー! ボールが車に引かれたら、サッカーができなくなるぞー!」

「そこ、俺たちの心配じゃないのかよ」

 子どもが笑いながらツッコミを入れると、折節も彼らのような無邪気な笑みを返して、再び歩み出した。

「瑞季よ!」

 さっきのヘディングで目が覚めたのか、折節の表情が明るくなり声に張りが出た。

「わしらの思い描いていた未来は、この時点で違うものになってしまったやもしれん。だが、これだけは言っておきたい」

 折節の勢いに押され、暦は黙り込む。

 それを見た折節は、晴れやかな顔でこう伝えた。

「わしのサッカーへの情熱は形こそ変わったが、熱さはあの頃のまま……いや、それ以上なのだ」

 折節の見せる屈託のない笑顔。

 それだけで、折節のサッカーへの想いは噓偽りの無い事実なのだと、暦は信じることができた。

「……そんなの、とっくに知ってるよ」

 呆気にとられていた暦は、少しでもやり返してやろうと意地悪に返す。

 しかし、折節にはそんなことは意に介さず、ガハハと笑い飛ばしていた。

「……負けるなよ、瑞季。試合にも、己にも」

 そして、折節は微笑む顔を崩さず、こう溢すのだった。



 暦の自宅に到着した二人――。

 折節は特大サイズのエプロンを身に纏って夕食の支度をしている間、暦はシャワーで汗を流していた。

 そして、体がさっぱりしたら、リビングにマットを広げて怪我予防のストレッチを始めた。

「ツヨー、晩御飯何―?」

 暦は前屈になりながら、今日の晩御飯を折節に訊ねる。

「今日は頑張ったからな。瑞季が大好きなタコのカルパッチョだ」

「おー!」

 股を大きく広げたところに思いきりおでこをつけて、暦は喜びの声をあげた。

「魚屋のおやじに暦の話をしたら、良いタコを安く売ってくれたんでな。おかげで、予算の範囲内に収まったわい」

 折節はガハハと笑いながら、タコの下処理を始める。

「……ねぇ、ツヨ」

 片膝を折りながら寝そべって太腿を伸ばす暦は、真っ白な天井に向かって折節の名前を呼んだ。

「ん? どうした?」

「……あの人のことで、話したいんだけどさ」

 今の暦には、サッカー以外にも悩みの種がある。

 それは、サッカー選手の中でも話題に上がりやすい異性との関係だ。

「……あの人とは、誰のことかのぉ?」

 心当たりがない折節は、一生懸命頭の中の引き出しを探して回る。

「えーっと……名前が思い出せないけど……さっき、校門前でお礼を言った人のことだよ」

 暦はストレッチを中断させて、頭をツンツンと人差し指で突きながら、マットの周りをうろつく。

「おー! 伊野倉のことか!!」

 暦のアシストでようやく引き出しから見つけ出せた折節は、手のひらを逆の拳で叩き重い音を響かせた。

「そう、その人だよ!」

 暦も苦悶の末に答えを出せた解放感で、折節の上腕を強く掴んで飛び跳ねる。

「で、伊野倉がどうかしたのか?」

 会話が次のフェーズに入ろうとすると、暦は不安げな目で折節に訴える。

「ツヨ、あの人から離れた方がいいよ。上手く言えないけど、ツヨのことが好きで付き合っているようには見えないんだ!」

 この世界には人の心以外が目当てで、交際するものも少なからず存在する。

 彼女の目的は分からないが、交際している男の目の前でハグを要求したり、手にキスをしようとしていた者が本気で好きでいるとは到底思えない。

 それが、暦の主張であり、友へ抱いた危惧だ。

 しかし、暦の声を聞いた折節は、何のことだと言うように目を丸くする。

「話が見えないのだが……瑞季よ、お前もしや何か勘違いをしてないか?」

「え……だって、ツヨと伊野倉さんは付き合っているんじゃないの?」

 暦が二人の関係を確認すると、折節は声を大きく張り上げて笑った。

「何を言うかと思えば。それで、最近遠慮気味だったのだな」

「……じゃあ、二人は付き合ってないってこと?」

 暦が戸惑いを隠しきれずにいると、折節は暦の頭上に大きな手をポンッと置いた。

「これから、世界最高の男を手助けしようというのに、恋愛にかまけている暇なんぞないわい!」

 頭全体を覆う折節の大きな手の温もりは、暦に安堵と安らぎを与えた。

 そして、折節の記憶から新たな憶測が生まれる。

「付き合っているといえば、伊野倉は須平と相当仲が良かったような……。この前も、伊野倉のやつが登校中に須平の背中から思いっきり抱き着いているのが見えたな。ありゃ、ただの友達では収まらん関係と見たぞ」

「そういえば、さっきも僕に抱き着こうとした時、愛のしるしって言ってたね」

 ピースが一つ一つ当てはまっていくと、折節は何かに感づきニヤリと笑みを浮かべた。

「なるほど、やはりそういうことだったか」

 そして、暦もフムフムと顎をさすって、女子二人の関係を深く理解する。

「バイセクシャルか。海外にいた時に何度か見たことあるけど、日本で見るのは初めてかも。上手くいくといいね」

「ならば、わしらも練習に支障が出ない程度に、二人の応援してやらねばなるまいて」

「とりあえず、僕はいつも通り避けておけば、問題ないよね?」

 こうして、暦の勘違いは別の方向へと舵が切られるのだった。

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