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暦君には壁が居る  作者: 二核


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36/38

悪行の末に得たもの

最終校正日2026/6/17

 全ての試合が終わり、大会は幕を閉じた。

 激闘の末、上葉高校が優勝を果たし、辛うじて強豪校としてのメンツを保つ格好となった。

 そして、2試合で12ゴールの活躍を見せた暦君は得点王とMVPといった個人賞を総なめにしていたが、トロフィーを受け取った彼の顔から喜びを爆発させることはなかった。

 あれだけ精神面を攻撃されたのだから、無理もない。

 そして、チーム全体も単なる優勝への喜びではなく、苦戦を強いられたことへの焦りや不安が空気をひりつかせていた。

 この大会で上葉高校が得た課題――。

 それは、外から見ていた者にはあからさまで、素人の私でも分かりやすく目に映っていたことだ。

 ――このチームは暦君という才能と、キャプテンという精神的支柱に依存しているのだ。



 大会終了後のチームミーティング中――。

 私は一人、急いで制服に着替え、彼らが解散する前に学校から脱出を図ろうとしていた。

 上葉高校の関係者に見つからないように周囲を警戒しながら進み、なんとか校門まで辿り着く。

「……ふぅ、ここまで来れば大丈夫ね」

 逃げ切ることができた私は緊張の汗を拭い、今後の言い訳を考えながら門を出ようと一歩踏み出そうとした。

 ――ガシッ!

 すると、背後から細くて浅黒い手が出てきて、私の右肩をがっちりと掴んでくるのが見えた。

 覚えのある手と細身の割に強い力で察した私は、恐る恐る真後ろを振り向く。

「……人違いじゃないですか?」

「まだ何も言ってない」

 冷徹な瞳で私を見る“里香”とか言いそうなその少女から逃げようとすると、彼女は骨を砕こうとする勢いで力を強めた。

「肩の骨が折れた!」

「人間には215本の骨があるから、一本くらい気にするな」

「くぅ……」

 憐みの気持ちも良心の呵責もない里香に、私は降参して逃げるのをやめた。

「どうせ、さっきの試合のことでしょ? 言っとくけど、謝る気はないからね。どう考えても向こうが悪いんだから」

「別に謝れとは言ってない。それに、お前が悪いことをしたなんて、誰も思ってないよ」

「おや? それでは、私はチームの窮地を救った英雄ってことかな?」

「そこまでは言ってない」

 里香は肩にかけたバッグを地面に下ろし、壁に寄りかかって話を再開させた。

「暦と相手の23番のことは、間違いなく審判が止めるべき行為だった。でも、そうはならず、当たり前みたく試合は続行された」

「そうなのよ! 途中から私が審判やってやろうかと思ったわ」

 あの試合を思い出すと、無意識に声を荒げてしまう。

「お前が審判したら、絶対暦を贔屓するだろ……。そんなことより、高校生の試合で審判の能力がプロレベルじゃないにしても、あの行為を見逃すのは不自然じゃないか?」

「それは、そうね。先生がいじめを発見したら止めに行くのと同じだもの。当たり前のことだよね」

「……もしかしたら、あの試合だけは誰かの手で仕組まれていたのかも。審判を買収して」

 冷静な顔で仮説を説く里香に、私は大袈裟だと笑った。

「やだなぁ、そんなミステリーみたいなことが、サッカーで起きるわけないでしょ。里香、考え過ぎだよぉ」

 私は面白おかしく茶化すが、里香は至って真面目な表情だ。

「高校に対してだったら、こんなことはしないと思う。でも、これが暦個人に向けたものだとしたら?」

「暦君? そんなわけないでしょ。誰が特するの?」

「暦は世界から注目されてるんだ。恨みを持ってるやつとか、都合が悪くなるやつがいてもおかしくはないだろ?」

「で、でも……」

 里香の冷静な推理が不気味なほどにリアリティがあり、だんだん反論ができなくなっていく。

「……おーい!」

 すると、遠くからまたしても聞き慣れたおっさんの声が、私の耳に強く響いた。

「折節、ミーティング終わったの?」

 里香が訊くと、折節がまいったように頭を掻いた。

「ああ。長くなりそうだったので、練習時間を削って改めてミーティングをすることになった。優勝したとはいえ、内容に関しては誰も納得いっていなかったからな」

「だろうね」

「……それはそうと、伊野倉よ」

 折節は一度鼻でため息をつくと、すぐに切り替えて視線を私に向けた。

「今一度訊きたいのだが、決勝戦で乱入してきたのは、お前で間違いないか?」

 折節の神妙な面持ちにこの後何を言われるのか不安になりながら、正直に首を縦に振る。

「……やはりそうであったか」

 折節が深く頷くと、得意げな顔になりながら後ろを向いた。

「……あ、あの!」

 すると、突然どこからか裏返った声が聞こえ、私は驚きのあまり背筋がピンと伸びた。

 そして、折節の背中に隠れていた可愛らしい妖精さんが、ひょっこりと半目をあらわにして、私を見つけるや隠れ家からそろりと出てきて目の前に立った。

「……こ、暦君」

 相変わらず、暦君は恥ずかしさで顔を真っ赤にしていたが、異性である私の目の前に立つことができたのだと思うと、成長したなと少しばかり親心がくすぐられる。

 しかし、緊張しているのか、暦君は何も喋らず俯いて人差し指をツンツンと突いていた。

 やっぱりこうなるか。

「お、お疲れ様、暦君。優勝とMVPおめでとう」

 暦君につられて私もぎこちなくなっているけど、こうやって話しているだけでも少し感動してしまうのは何故だろうか。

 しかし、暦君は一向に喋らない。

「三回もハットトリックしちゃうなんて凄いね! 特に決勝戦のフリー……」

「その節はありがとうございました!」

 私がベラベラと話していると、暦君は突然大声で感謝の言葉を口にした。

「……あの時、頭突きをしてくれなかったら……多分、僕は退場になっていたと思います。良いことではないかもしれないけど……それでも、ありがとうございます」

 喋っている時の暦君は、私の顔を一切見ていなかった。

 でも、初めて暦君から温かい言葉を貰えた気がするから充分満足だ。

「僕のために怒ってくれたんですよね。凄く嬉しかった……です」

「……ぬぉっ!?」

 ……暦君が照れながら微笑んでいる。

 なんと愛らしい姿か。

 謎の衝動に駆られた私は両手を大きく広げ、鼻息を荒くして暦君に迫る。

「そっかそっかぁ。それじゃあ、私たちの間に芽生えた愛のしるしとして熱いハグをっ!」

「ひぃっ!」

 私が思いっきり抱き着こうとすると、暦君は俊敏な動きで折節の背中へと逃げてしまった。

「あれれ? ちょっと、暦君!? 私と熱いハグをっ!」

 私は暦君を追いかけようとするが、暦君も必死になって私から逃げ、私たちは折節の周りをグルグルと駆けまわった。

 それは、夕方の浜辺で追いかけっこをするカップルのように――。

 しかし、暦君とのアツアツな追いかけっこは、里香のげんこつに止められてしまった。

「いい加減にせい!」

 里香の無慈悲なげんこつで地べたに叩きつけられた私を、暦君と折節はぼのぼの汗をかきながら見ていた。

「これで、要件は済んだ?」

「お、おう……。時間を取らせて、すまんかったな」

「こちらこそ、うちのバカが多大なご迷惑を」

 里香は私の保護者の如く、二人に深々と頭を下げる。

「ごめんね、暦君。こいつ普段からこんな感じだけど、根はもっと酷い奴なんだ」

「そ、そうですか……。早く良くなると、いいですね……」

 暦君はささやかな想いを口にすると、折節の傍から一ミリも離れることなく、帰路についた。

 意識を取り戻した私は、ジンジンと痛む頭を抑えながら立ち上がった。

「あらら? 私の花婿は?」

 里香に暦君の居所を訊くと、無言で指を指した。

 夕日に向かって歩く彼らの後ろ姿を見てみると、私の目からは到底信じられない光景が映っていた。

「ぬぁっ!」

 暦君が折節の大きな背中に身を預けていたのだ。

 何が気に食わないって、安定感のある折節の背中で暦君が心地よさそうに眠っているところだ。

 あんな風に暦君をたぶらかしているのだと思うと、腹が煮えくり返りそうになった。

「折節―――!! ちょっとそこ変わんなさいよぉぉぉーーーーーーーーーーーー!!!」

 そして、私は真っ赤に照らしつける夕日に向かって、怒りの限り叫ぶのだった。

「……お前、おぶる側でいいのか?」

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