美亜と里香の帰り道
最終校正日5/30
暦君との初めての熱いハグはお預けとなり、私は頭に大きなタンコブを作りながら、夕日を背に里香と帰り道を歩いていた。
「全く里香ったら、いくら自分の恋愛が上手くいかないからって、抜け駆けを阻止しようとするのはどうかと思うんですけどぉ」
「見当違いも甚だしい」
いつも通り、私のアグレッシブな口撃をさらりと回避する里香。
「それにしても、お前どこに行ってたんだよ。みんな探してたんだぞ」
すると、今度は里香の方から怪訝な顔で、私に攻撃を仕掛けてきた。
ぐいぐい迫る里香を私は避けるように目を反らし、誤魔化しの言葉を考える。
「あー……悩めるディフェンダーの救済を……ねっ?」
「……ちょっと何言ってるか分からない」
「知らない方が幸せなこともあるのです」
「良い感じに流そうとするな」
そう言いつつも、なんだかんだでこの話を不問にしてくれた里香だったが、今度は別件の事情聴取が入った。
「それで今度は突然出てきて試合に乱入して頭突きをかましたと思えば、さりげなく暦にアプローチか。隙あらば暦だな」
「そうでもしないと、暦君に話しかけることすらできないじゃん! 渾身の王子様キャラだったのに……」
「何で王子様なんだよ……」
「いいこと、里香? 私の長きにわたる観察の末、暦君って女の子が苦手なのよ」
「そんなの数秒で分かることだろ」
「時間はさておき、暦君に近づくには女の子らしさを見せてはいけないと思ったわけ」
「それで王子様だったのか。その結論に至るまでの方が時間かかりそうだな」
「この路線はなかなか良いと思ったのに、やっぱり私の女らしさは隠し切れないみたい」
私は自分の真下にある二つの大きな山を見てため息をつき、悔しさを滲ませる里香の顔を見て楽しんでやろうと横目で窺う。
「何か言いたげな顔だな。聞いてやるから、先にその自慢の顔面を木っ端微塵にしてもいいか?」
里香は私に訊いておきながら許可なしに、アイアンクローを炸裂させた。
「ぎゃーっ! ごめんなさい、ほんの出来心で……」
私は必死で表面上の謝罪をすると、里香はパッと手を離してくれた。
もう少し握りつぶされていたら、こめかみあたりの骨は確実に砕けていただろう。
私は潰されそうになった顔を大事にさすりながら、残りの帰路を歩く。
そして、私の顔の痛みと里香の怒りが落ち着いた頃、また別の会話が始まった。
「さっきの試合が誰かに操られているかもしれないって話の続きなんだけどさ。実はあの憶測を立てたのって、折節なんだ」
「へー、あいつも過保護な性分ねぇ」
「私も聞いた時は考え過ぎだとは思ったけどさ。それくらい、あいつは暦のこと気にかけてんだよ」
「……」
里香が説く一言一句に、私は納得した自分を認めるように言葉を失った。
たしかに、普通の人間に対してであればこんな話、ミステリーオタクのいき過ぎたなんちゃって推理でしかないだろう。
しかし、世界中が注目している暦君であればどうだろうか。
サッカーの歴史に名を刻むことへの期待と同じくらい、その才能を潰したい者はいるのではないだろうか。
ただでさえ、日本国民から栄冠への重圧を背負っているというのに、決して否定できない陰謀論にその夢を打ち砕かれたらと思うと、全く洒落にならない。
「だから、もしもお前が暦と一緒になりたいんだったら、こんなバカみたいな話にも付き合うべきかもしれないぞ」
「……そうだね。凄い馬鹿げたことだけど、暦君は大物だもんね」
私は目一杯両腕を空に向かって伸ばし、一つの覚悟を決めた。
「私、暦君の壁になって、暦君の輝かしいサッカー人生を守りたい!」
私は沈みかけの夕空に光る数少ない星を指さして、暦君への誓いを立てた。
「それで、イケメンで紳士な暦君がお金たくさん手に入れて、私は幸せの頂点に立つの。あぁ、なんて素晴らしい人生計画なの!!」
「お前な……」
台無しだと言いたげに、里香は手で顔を覆って呆れ返る。
「……まぁでも、お前の折れないメンタルはある意味凄いと思うよ。……不純だけど」
「えっ? えっ? 里香、今私を褒めたの? マウント取ってもいい?」
里香の珍しい誉め言葉に、私は興奮して詰め寄る。
「マウントは取るな。謙虚でいろ」
里香はそう言いながら、ぐいぐい来る私を素手一本で簡単に食い止めた。
「そっか、そっかぁ。でもぉ、私暦君の頭突きも阻止できたし、その前にも大猩とかいう相手選手の出場も阻止できたし、やっぱり今日は里香を煽っても文句は言えないんじゃなーい?」
私は誇らしげに高笑いすると、それを聞きつけた里香はピタリと足を止めた。
「……おい、ちょっと待てや」
そして、とてつもない殺気を向けられた私は、さっきまでの勝ち組ムーブとは打って変わって、背筋を凍らせながら里香の顔を見る。
「相手選手の出場阻止について、詳しく聞かせてもらおうか」
里香は指の関節をバキバキと折りながら、鬼のような形相で私を見る。
そして、コンクリートにひびを入れるような地響きが、一歩また一歩と私に迫ってきた。
「あ、あれぇ……。言ってませんでしたっけ?」
「聞いてませんでした」
尊敬の念を微塵も感じない敬語を返しながら、私の両肩をがっちりと掴む里香。
「このごみクズ野郎――――――――――――――――――――――――――!!!!!」
「ぎぃやぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
この後、私は頭に三段の特大アイスクリームを作り、その痛みを涙目になりながら必死にこらえて家を目指すのだった。
私は決して暦君を諦めない――。
どんな障壁があろうとも、私に立ちはだかる壁を飛び越えて、暦君に立ちはだかる壁を粉砕して、いつか最高の景色を見てやるんだからっ!




