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暦君には壁が居る  作者: 二核


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34/36

暦君には理想がある

~old memories~

 小学生の頃――。

 暦は既に日本のサッカー協会から、一目置かれる存在となっていた。

 繊細なドリブルで相手を抜き去れば、敵も味方も啞然とする。

 綺麗な弧を描いたシュートがゴールネットを揺らせば、見に来た大人たちが感嘆の声をあげる。

 美しいプレーで結果を残せば、テレビ局が鼻息を荒くして取材にやってくる。

 生まれながらにして、サッカーの神様に祝福された少年。

 それが、“日本の至宝”暦瑞季なのだ。

「ツヨっ!」

 それでも、少年の暦が楽し気にパスを出すのは、いつだって折節だった。

 折節とは物心がついた時から、一緒にサッカーボールを蹴り合う仲間であり、サッカーのことを話し合う親友だ。

 そんな折節と一緒に参加した各地の小学生が集うサッカーキャンプでのこと。

サッカーボールを抱えてこっそりと宿を抜け出した二人は、グラウンドを明るく照らす無数の星々の下でボールを蹴っていた。

 疲れた二人はそのまま地面に寝転がると、大事そうにサッカーボールを両手で抱えていた暦が星に向かってこう口にする。

「……いつか、ツヨと一緒にワールドカップで優勝したい」

 その時、折節は何も言わなかった。

しかし、折節が得意げに鼻を鳴らすだけで、暦は同じ想いだと通じていた。

 言葉で語り合わずとも、意思疎通ができる二人。

 それが、“友情のホットライン”暦瑞季と折節剛なのだ。

 しかし、思い描いていた折節との未来は、あの星たちのように天の気まぐれな指先一つで弾き飛ばされてしまうのだと、この頃の暦は知る由もなかった。



 時は流れ、中学2年生の夏休み――。

 関係者とのコネクションで暦がスペインでのトレーニングに招待され、一ヶ月間日本を離れていた時のこと。

 スペインから様々な思いを抱えて日本に帰ってくると、真っ先に会いに行ったのは折節だった。

「ツヨっ! サッカーしよっ!」

 サッカーボールを持って折節家のインターフォンを押すと、そこには松葉杖をついた折節が立っていた。

「よく……帰ってきたな、瑞季」

 暦を不安がらせまいと、無理して笑う折節。

 しかし、目の前にした友の残酷な光景に、暦は持っていたサッカーボールを落とし、その場で立ち尽くしてしまった。

 それから現在まで、折節がサッカーの試合に出ることはなかった。


    ◇


「……どうして、ツヨを知ってるんだ」

 延長戦後半――。

 残りは上手く時間を稼いで試合を終わらせようという中、これまで散々罵詈雑言を投げつけられた間寺の口から、思いもよらぬ名前が飛び出してきた。

「どうしても何も、中学時代にあいつと面識があるんだよ。向こうは覚えているかは知らないがな」

 間寺は高校二年生であれば、折節とは歳が一つしか差がない。

もし、地元でプレーをしていたのなら、何ら不思議なことではない。

しかし、突然折節のことを話し始める間寺に、暦は虫の知らせを感じた。

「そんなことより、あいつ試合に出れなくなっちまったんだな」

 間寺は目だけを折節の方に向かせて、嘲笑気味にそう言った。

 当の折節は治まらない選手同士の争いを、必死に止めている。

「ッ! 何で、そのことを……」

 暦は拳を強く握りしめて咄嗟に芽生えた怒りをグッと堪え、間寺に問いを投げかける。

 すると、間寺の目がぎょろりと暦を向き、不気味な笑みを浮かべて答えた。

「……だって、あいつに怪我を負わせたの、俺だし」

 その瞬間、暦が抑えていた怒りの感情がスッと消えた。

 ――今、暦が目の前にしているのは、折節のサッカー人生を奪った男。

 ――ひいては、暦が描いていた夢を壊した男なのだ。

 暦は拳に入れていた力を緩め、腕をぶら下げる。

冷静になった暦の中には、怒りよりも恐ろしく醜悪な感情の霧が心の中を覆い尽くしていた。

「まさか、それで引退していたとはなぁ。あいつの筋肉は飾り物かぁ」

 黙り込む暦を横目に、間寺は腹を抱えて笑っていた。

 すると、選手同士の騒ぎも落ち着きを見せ、審判が笛を吹いて選手たちをまとめた。

 暦も間寺も審判に従って、それぞれのポジションに戻り、上葉高校のフリーキックからプレーが再開する。

 上葉高校は相変わらず横同士でパスを回し続けていたが、相手のプレッシャーから回避するために、時々縦にもパスを入れていた。

 その流れで、前線にいた暦にパスが回る。

 暦の前には、二人の屈強なディフェンダーが立ちはだかり、それを超えた先にはゴールがある。

 しかし、怒りを通り越して殺意が宿った暦の目には、先にあるゴールが見えていなかった。

 そう、今の暦の目には、折節の仇である間寺にしか映っていないのだ。

「……ッ!」

 暦が力強いシュートを放つと、そのボールは暦の前に立っていたディフェンダーのうちの一人、間寺の腹部に命中する。

「ぐぅ……」

 急所を突かれた間寺はそのまま倒れ込み、再びプレーが途切れた。

 そして、またしてもわざとやったのではないかと、敵チームが暦の周りに集まり、指を指して怒鳴りつける。

 味方は相手の前に立ち両手を広げて暦を庇うが、当の本人は見向きもせずにスタスタとその場を離れようとした。

「おいおい、俺はゴールじゃねぇぞ」

 すると、腹部を抑えて立ち上がった間寺が暦の背中に向かって煽りを入れ、しつこく暦をつけ回した。

 親友の仇に煽られ、侮辱され続ける暦の精神は限界まで来ていた。

 ――もう、こんな試合なんてどうでもいい。

 ――このままあいつに報復してやろう。

 暦は振り返って間寺の正面を向くと、胸部めがけて頭を突き出した。

 これで、暦の一発レッドカード(即退場処分)は必至。

 でも、一人減ったところで時間は少ない。

あとは仲間たちがどうにかしてくれることだろう。

 そう高を括り、暦は間寺に対して頭突きを敢行した。

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