間寺の矛先
延長前半が終了すると、キャプテンは自陣に行く前に相手陣地に向かって一人の男に接触した。
背番号23番のディフェンダー、間寺だ。
「おい、そこの23番」
「これはこれは。高尚気取りな優等生どもの大将様が、俺に何の用だ?」
「これ以上、暦に話しかけるのはやめろ!」
キャプテンが一喝すると、間寺は恐れなど微塵も感じない毅然とした態度で向かい合う。
「10番の世間知らずな小僧のことか。やめてほしいなら、とっとと交代させちまえばいいだろ?」
「それは、あいつが望んでいることじゃない。あいつは純粋にサッカーを楽しみたいだけなんだ」
「楽しみたい、ねぇ。そんなこと言って、本当は得点源を失うのが怖いだけなんじゃないか?」
「……何だと?」
「俺たちは残りの15分でまた追いついてみせる。そうなったら、あの10番を下げたお前らに得点できるやつはいない。勝ち越す術がない。違うか?」
「くっ……」
今大会、二軍メンバーも出場していたとはいえ、上葉高校で得点した者は暦しかいない。
その事実に、キャプテンの口は簡単に紡がれてしまった。
「まっ、罵倒のレパートリーもなくなってきたし、あいつのことはもう悪くは言わねぇよ。試合が終わったら、直接謝罪もする」
「言ったな。次、あいつのことで何か吹き込みやがったら、二度と口利けねぇように、俺がお前の顔面を蹴り飛ばす」
最後に警告すると、キャプテンは自分のチームに戻り、最後の戦いに向けてマネージャーに軽い足のマッサージをしてもらった。
「暦……」
相手選手への罵倒や口論はプロになれば、当たり前のようについてくる。
上手くいかないことへの苛立ち――。
カードを誘発させる挑発――。
そして、政治的、人種的な問題――。
きっと、他の解決策なんて存在しないのだろう。
だからこそ、暦にはそんな厄介な壁を乗り越えてほしいと、キャプテンは切に願うように、天に向かって彼の名前を呟くのだった。
ハーフタイム中――。
100分近く走った暦の両足はボロボロだ。
なので、残りの15分を走り切れるように、折節にふくらはぎと太腿のマッサージを施してもらった。
「あー、足攣るかも」
「安心せい。わしがあと15分走れるようにしてやるからな」
「帰りはおんぶしてね」
「この大会に優勝したらな」
マッサージが終わると、暦は太腿を高く上げて足の状態を確かめた。
「それじゃあ、行ってくる」
「おう!」
暦は最後にウィンクを送って、踵を返した。
「瑞季!」
すると、折節はピッチに戻ろうとする暦を引き留めた。
「怪我にはくれぐれも気を付けるのだぞ」
暦は振り返ると、腕を組んで誇らしげに笑って見送る折節の姿があった。
「分かった。最後まで楽しんでくるよ!」
そう言って笑い返すと、暦は軽い足取りでピッチへと戻っていった。
暦のフリーキック弾で見事勝ち越しに成功した上葉高校。
勝利のために、残りの時間は同点までの敵チームのように、守備固めで試合を終わらせようと、キャプテンの意向に皆が賛同した。
後半開始の笛が鳴ると、相手はまたしてもセンターバックがボールを大きく前線に蹴り上げる。
そして、前を走っていたフォワードにピタリと収まり、いきなりシュートチャンスを与えてしまった。
相手がシュートを放とうとすると、味方のディフェンダーが足を出してボールをかきだした。
しかし、一瞬の出来事に相手選手は対応しきれず、振り抜いた足はスライディングした味方のふくらはぎに命中した。
「あーーーー!!」
これには、味方もたまらず悲痛の叫びをあげて、ふくらはぎを抑えてうずくまった。
「君、大丈夫か!?」
それを見た審判は迷わず笛を吹いて、倒れる選手の下へ駆け寄った。
「おい! 時間稼ぎしてんじゃねぇ!」
だが、さっきの一件で相手は完全に演技だと思い込んでいるようで、悪びれどころかこちらのシミュレーションを疑って、うずくまる選手を無理矢理起こそうとする。
すると、この行為にヒートアップした上葉高校選手たちが痛がる味方の周囲に集まり、悶え苦しむ仲間を擁護した。
「どう考えてもお前の馬鹿力が悪いだろ!」
「俺はただシュートしようとしただけだぞっ!」
入り乱れる両チームの選手たち。
それを必死に止めようとする両チームのキャプテン。
プレーが再開されず、不毛な争いに苛立ちを見せる観客からはブーイングの嵐が巻き起こる。
そして、彼らから一番遠くにいた暦も、激しい言い争いを止めるべく、彼らの輪に割って入ろうと一歩目を強く踏みしめる。
すると、暦が走り出そうとしたその瞬間――。
飛び出してきた一本の大きな右腕が、暦の進路を塞いだ。
暦は相手の顔を見上げると、無意識のうちに顔をしかめる。
「……どいてください」
暦の前に立ちはだかっていたのは、これまで何度も罵倒を浴び続けた23番ディフェンダーの間寺だ。
間寺は相変わらず、鼻に突くような邪悪な笑みを暦に見せている。
「まぁまぁ、そんな急かさんな。1年坊主が割って入ったところで、何もできやしねぇんだからよ」
間寺が口にする正論に、暦は悔しさで拳を強く握りしめる。
「さっきはすまなかった。勝ちたいがあまり、お前のこと悪く言い過ぎた」
すると、どういう風の吹き回しなのか、間寺はいつになく真剣な表情で暦に頭を下げた。
思いがけない間寺の行動に、暦は戸惑いを隠しきれずにいた。
「丁度良い。お詫びと言っちゃなんだが、お前に少し面白い話をしてやるよ」
しかし、下がった顔には、含みのある笑み。
間寺が顔を上げると、とある人物に向かって親指を指し、暦に訊いた。
「先に確認しておくが、お前のチームんとこにいるゴツいやつ。折節ってんだろ?」
鳴り止まない審判の笛の音――。
争い続けるチームメイトの怒号――。
嵐のように飛び交う観客席からのブーイング――。
それら全ての音は間寺のその一言によって、暦の耳から消し去られていった。




