意地のマリーシア
相手チームに追いつかれ、勢いをもっていかれた上葉高校。
結末が分からなくなった観客は、ジャイアントキリングを期待するように、敵チームを応援し始めている。
勝利が義務付けられたこのチームにとって、流れとしては最悪な時間帯だ。
しかし、そんな修羅場はとっくに経験済みだと言わんばかりに、ピッチに立つ2年と3年は顔を上げて気持ちを切り替えている。
そして、唯一一年である暦もキャプテンに励まされたおかげで、プレーの質を落とすことなく、高いインテンシティを維持することができた。
しかし、それでも肝心のゴールを決めることができない。
上葉高校がボールを持つと、相手はペナルティエリアに6人の選手を配置し、パスを出しても呆気なくカットされてしまう。
上から攻めても屈強なディフェンダーたちが空中戦を制して、何度もはじき返され、前線に残っていた1人にカウンターを許し、危うく逆転ゴールになってしまうシーンも散見された。
勢いに任せて逆転しにいくかと思いきや、彼らは油断せず兜の緒を固く締めつけているのだ。
……ピッ、ピッ、ピー!!!
そして、お互いに点を取れないまま時間が過ぎ、結果はドローに終わった。
決着がつかなかったこの試合は前半と後半ともに15分ずつの延長戦までもつれ込んだ。
会場の空気は依然として善戦している敵チームに傾いている。
試合の流れも会場の雰囲気も覆せない苦しい状況に、流石の先輩たちも肩を落としてすっかり静まり返っていた。
「おいおい、どうしたんだお前ら。これくらいでへこたれるようじゃ、上葉高校の名が泣くぜ」
しかし、そんな中でもキャプテンは一人、チームの中心に立って皆を鼓舞し続けていた。
「でも、あんなに引いて守られちゃ、どう打開すればいいんだよ」
センターフォワードを務める2年の丸手朗太が、青ざめた顔で弱音を吐く。
ストライカーに位置するポジションにいながら、この大会で未だにノーゴールなのだ。
焦るのも無理はない。
「落ち着け朗太。今俺たちに必要なのは、名門校としての理想的な勝利じゃない。形にこだわらない勝利へのハングリー精神だ!」
キャプテンの熱がこもった演説に、うなだれていた選手たちの顔が自然と上がる。
すると、キャプテンは不敵な笑み浮かべて、仲間たちにこう言い放った。
「……俺たち、今からクソ野郎になるぞ」
短いハーフタイムが終了し、延長戦の前半が始まろうとしていた。
ピッチに入る上葉高校の選手たちは、皆同様に不敵な笑みを浮かべている。
「……どうしたんだ、あいつら」
最前線にいた敵チームの大熊が戸惑っていると、開始の笛が吹かれ、上葉高校のキックオフから試合が始まる。
試合は相変わらず上葉高校が一方的に攻め立てていたが、ここにきてチームの一つの狙いが炸裂する。
チームの心臓ともいえる役割を務めていたボランチ(真ん中のポジション)のキャプテンが、右サイドにできたスペースめがけてパスを送る。
それに反応した朗太が追走すると、同じく近くにいた敵の1人と並走するような格好になった。
身体能力で劣る上葉高校はスピードもフィジカルでも勝てないことは、これまで何度も目にしてきた光景だ。
しかし、それでも朗太は負けじと、敵の真横に食らいついた。
そして、並走中に敵選手の大きな肩が、朗太の顔面に強く当たった。
「あーーーーーっ!!」
すると、朗太は大きな悲鳴を上げながら自分の顔を抑え、ピッチに転がった。
ピー――ッ!
審判は迷わず笛を吹いてプレーを止め、朗太を倒した敵選手に近づいてイエローカードを掲げる。
「はぁ!? おかしいだろ!?」
敵の選手は納得できないと、両手を広げて審判に抗議をする。
そして、敵のチームメイトもその抗議に加わり、キャプテンはヒートアップした仲間をなんとか鎮めようと仲裁した。
相手が怒るのも当然。
あの一瞬は正確に言えば、朗太からわざと当たりに行ったのだから。
朗太は未だに顔を抑えて倒れ込んでいるが、おそらく軽傷だろう。
「よくやった朗太」
そう、これを提案したのは、他でもないキャプテンだ。
それは、ハーフタイム中に、仲間同士円陣を組んでいた時のこと――。
『あいつらはフィジカル任せで、脳みそは獣以下みたいなやつらだ。当たり前だが、サッカーはそれだけじゃ頂点には立てない。あいつらと少しでも接触したら、思いっきり転べ』
『えっ、そんなことしていいんですか?』
『俺たちがこれまで勝てたのは、勝つための手段をその場で、この頭で見出してきたからだ。周りからずる賢いと言われても構わない。人を傷つけないやり方なら、俺はなんだってする覚悟だ』
クールな優等生な表面を持つ彼だが、心の奥は勝利に飢えた狡猾な戦士なのだ。
そして、その作戦が上手くハマり、上葉高校はフリーキックを得ることができた。
ペナルティエリアの近くに設置されたボールの前には、左利きの暦と右利きのキャプテンが立っている。
そして、その前には高身長を誇る敵チームの壁が4枚並び、4人の後ろに1人の選手が寝そべっていた。
ゴールから右に寄った位置に置かれているので、直接ゴールを決めやすいのは左利きである暦だが、それは相手も分かっていること。
なので、敢えてキャプテンが蹴って、ゴール前にいる味方に合わせる選択肢もある。
暦とキャプテンはお互いに口元を隠して、どちらが蹴るかを相談し合った。
そして、笛が吹かれると助走を取っていたキャプテンが先にキックモーションに入る。
しかし、キャプテンはボールをスルーすると、騙された4枚の壁は一斉に高くジャンプしてしまった。
そして、キャプテンに遅れてキックモーションに入っていた暦が、ボールを高く蹴り上げて着地した4枚の壁を軽く超えてみせる。
ゴールキーパーは必死に手を伸ばすが、高く上がったボールはゴールの右上隅に吸い込まれていった。
「「「「「うおーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」」」」
鮮やかに入ったゴールに、観客は同点弾以上の歓声を上げて、ゴールを決めた暦は真っ先にベンチに向かって走った。
「ツヨッ!」
そして、一番の親友である折節に飛び乗って、喜びを爆発させた。
延長戦半5分――。
暦の直接フリーキックは炸裂し、スコアは2―1で上葉高校が再びリードする展開となった。




