決勝戦開始!
今大会最大の活躍をした私は、自分のチームには戻らず、誰からも気づかれない木陰に身を隠して、観客よりも遠い所から試合を見守ることにした。
敵チームのジャージを着たままでは、怪しまれるからだ。
時間は試合開始までわずかに迫っており、先発出場する選手たちは審判団の後に続くようにピッチに入場した。
選手たちの最後尾には、暦君が堂々とした姿で神の風格を見せていた。
「瑞季―! 怪我には気を付けるのだぞー」
自チームのベンチから大声を張り上げる折節が見えた。
声援を送る折節に、暦君はお茶目なウィンクと親指を立てた。
なんと愛らしい姿だろうか。
私もあんな風に暦君の名前を叫びたいけれど、それでは私がここにいるのがバレてしまう。
表に出たい気持ちを必死に堪えながら、40分も見守り続けなければならないことに気づいた私は、後悔の念で押しつぶされそうになっていた。
「「きゃーっ! 暦くーん!!」」
すると、近くで黄色い声援を送る不届き者の女が二人。
いわゆる“暦女子”というやつだろうか。
最近校内で結成された厄介な組織だ。
案の定、暦君は一切反応を示さなかったが、暦君の気が散らないように、制裁を与えておくことにしよう。
私は地面に落ちている小石を二粒拾い、しっかりと狙いを定めて投げた。
小石は綺麗な放物線を描いて、手前にいた一人の頭にコツンと当たった。
ストレートに投げてしまっては、流石に出血で試合どころではなくなってしまう。
これは、試合を楽しむ暦君への配慮だ。
「……イタっ!」
頭をぶつけた女子は当たった箇所を手で抑え、隣にいた女子は「大丈夫?」を声をかける。
そして、二人は小石が飛んできた方角を見るが、私は素早く隠れられる場所に身を移したので、二人とも何があったのか分からずお互いに顔を見合わせていた。
「えっ、なになに? チョー怖いんですけど」
「場所変えよー」
そして、二人は謎の現象に怯えながら、場所を移すのだった。
「……ふぅ」
またしても、暦君に貢献してしまった私は、胸を張ってピッチに視界を戻した。
貢献したと言えば、敵チームの先発メンバーはどうなっただろうか。
敵チームの11人を目を凝らして見てみると、私が対峙した“大猩”とかいうゴツい男の姿は見えなかった。
大方、あの後ずっと腹を下して、出場不可能だと監督が判断したのだろう。
これで、私の目的が完全に果たされたということになる。
次は代わりに誰が入ったのかを見てみよう。
敵チームは円陣を組んで喝を入れると、それぞれの持ち場に着く。
ゴリラのポジションであるセンターバック(フィールドプレイヤーの中で最後方のポジション)には二人が配置されている。
背番号5番の選手は前の試合にもいたので、代わりに入ったのはその隣にいる23番の選手だろう。
私が仕留めたやつがゴリラであれば、あの23番の体躯はチンパンジーといったところか。
これなら、暦君が怪我してサッカー人生終了なんて可能性は、限りなく0に近づいたことだろう。
後は暦君が全力でサッカーを楽しみ、大会のMVPとしてこの大会を終わらせるだけだ。
暦君の輝かしい表彰式を想像して浮かれていると、試合開始のホイッスルが鳴り、耽っていた頭は試合に引き戻された。
自チームからのキックオフで開始した決勝戦。
ファーストプレーはセンターバックに戻して、後ろから攻撃を組み立てる上葉高校お得意のビルドアップから始まった。
こうすることで、敵チームの攻撃陣を引き寄せて、空いた前のスペースに味方が入り込み、パスを受ける。
こうやって、相手の守備陣形を崩していくのが、上葉高校の戦術だ。
名門校なだけあって、サッカーが盛んなヨーロッパのプロチームを研究して、取り入れられる部分は可能な限り取り入れているらしい(折節情報)。
上葉高校が後方でボール回しを続けていると、ボールを持った上葉高校のキャプテンが相手陣内の空いたスペースに向かって鋭い縦パスを出した。
受け取った選手は相手ペナルティエリア付近で完全フリーになると、素早い足振りで相手ゴールにシュートを放った。
シュートは惜しくもクロスバーの上をかすめ得点とはならなかったが、幸先良い展開と言えるだろう。
すると、前半の半分が経過した時間帯に、キャプテンのスルーパスに反応した暦君が鮮やかなループシュートで見事上葉高校が先制点を挙げた。
すると、上葉高校を応援している観客が一斉に歓声を上げて、ピッチ全体を包み込む。
私も声をあげて喜びを分かち合いたいところだったが、分かち合う相手もいなければ見つかることがリスクなため、小さくガッツポーズで表現した。
キャプテンのパスセンスも良かったが、暦君の裏への抜け出しはもっと良かった。
流石は神の子暦君っ!
前半はこのまま上葉高校が1点リードした状態で終了し、両チームの選手はそれぞれのベンチに戻っていった。
至って順調だが、一つだけ気がかりなことがある。
それは、相手の23番が暦君に対して、何かを語りかけているのだ。
何を言われているのか分からないが、暦君はとても不機嫌そうな表情をしながらも、目を合わせず無視に徹している。
とても気になるところだが、ここからだと遠すぎて分からない。
しかし、暦君の態度からして、良くないことを吹き込まれているのは間違いないだろう。
私は顔見知りがいないか周囲を確認しながら移動し、近くにいた観客たちの集まりに紛れて、後半からはピッチの目の前まで接近して二人のやり取りを探ることにした。




