第99話 「村の方がええかなぁ」
「ぷはっ。けほ。えっ、あの、引き受けてくれたらっていうかほぼ決定ですよね、それ」
一領民が、領主直々に依頼されて断ることなどできるはずもない。
お願いの形を取っていても、命令と変わりはしない。
もっとも、魔道具の修理が定期的にあるという仕事そのものは特に問題はない。
むしろ隣の大陸の魔道具なら、色々と違うだろうから面白そうですらある。
「まあ、そうかもしれんね。でも手紙には、『無理そうだったら一度ヴェルクシュタト町に持ち込んで修理っていう方法も、無しではない』って書いとったよ。もちろん、輸送費やらなんやらで、かなりコストはかかるけど」
言い終わると同時に、ゼラフィーネは大きな口でシチューの残りを拭い取ったパンをほおばった。
「僕には、領主様の依頼を断る度胸はありませんよ。さすがに毎日いくつもあると言われたら、魔力量的に無理がありますけど」
仕事量的に無理なものはどうしようもない。
カイとしては、定期的な依頼ならむしろ売り上げが安定するのでありがたい。
「はいおかわりだよ!」
「ありがとう!向こうの大陸とのやり取りは、月に一往復らしいわ。主な輸入品は布と金属細工と乾燥ハーブ、輸出しとるんは魔物素材とワインと砂糖なんかの調味料だって。で、たまに魔道具が持ち込まれるけど、価値がわからんもんで断るしかなかったみたい」
マルティナが持って来たシチューとパンを受け取りながら、ゼラフィーネが説明した。
マルティナは、流れるように空いた皿を持って行った。
「今後、魔道具を取引するっていうことですよね。どれくらいまで増える予定なんでしょうか」
カイは、シチューをスプーンですくった。
「うーん、それは向こうさんの都合もあるもんで、わからんね。逆に、カイは月に一回、どれくらいの数だったら対応できそう?」
おかわりしたパンを一口大にちぎったゼラフィーネは、そっとシチューに浸した。
「故障具合にもよりますが、この間のセリスさんの自動耕運機くらいのサイズの魔道具で、一部が故障している程度のものなら、月に四台ほどなら対応できると思います。ただ、ほかの仕事の兼ね合いもあるので、絶対とは言えません」
「まあ、実物がないとはっきりとはわからんわね。あーしとしては倉庫を借りて保管するつもりでおるもんで、多少仕事がずれ込んでも問題はない予定だで」
ゼラフィーネもわかっているのだろう、確定ではないがざっくりしたところを知りたかったようだ。
「ありがとうございます。可能であれば、週に一回程度お受けするくらいがちょうどいいです」
ちょこちょこほかの依頼もあるから、それくらいの頻度なら理想的で無理がない。
「ほんだら、ちょっとした故障なら一日で一台修理できるくらいの感じかね?一応それくらいを想定して準備するわ。急ぐときだけは、突発でお願いするかもしらんけど」
ばくり、とゼラフィーネはスプーンのシチューを口に放り込んだ。
「そうですね、突発が毎回でなければ大丈夫です」
たまになら、急ぎの依頼も大丈夫なはずだ。
うなずいてから、カイも少し冷めて食べやすくなったシチューを口に運んだ。
「さすがにそんなことにはならん予定だで。単発じゃなくて、長期的な仕事にしたいもんでね」
咀嚼したパンを飲み込んだゼラフィーネは、にっと笑った。
「長期的っていうことは、こちらに住む感じですか?」
カイが聞くと、ゼラフィーネは少し逡巡してから首を縦に振った。
「そうなりそう。村に住むか、ツーレツト町に住むかはわからんけど。商売だけ考えるならツーレツト町だけど、あそこは狭いもんで家賃がねぇ……」
ゼラフィーネは眉を寄せた。
カイも、ツーレツト町はあれ以上土地を広げられないので家が狭いと聞いた記憶がある。
「ヴィーグ村なら、貸しているところ以外にも空き家があるので、相談すれば何とかなると思いますよ」
カイが住んでいるあたりにもいくつかボロ家がある。
とはいえ、あの家はかなり崩壊が進んでいるので大幅な修理が必要だ。
「村の方がええかなぁ。今のとこ輸入だけだで、こっちでは仕入れに専念するんよ。小売りの店舗は別にあるし。ちょっと試算して考えてみるわ」
「それも良いと思います」
聞けば、ゼラフィーネは王都に一店舗、南の町に一店舗構える商人だという。
店舗の運営は、商人修業時代の弟子仲間に任せているそうだ。
「王都の方は弟弟子で、ちょうど幼馴染と結婚して相手方の雑貨屋を継ぐって言うもんで、店の端を間借りしとるんよ。貴族とも取引があって、顧客層も合っとるんでね」
どうやら、支店というよりはフランチャイズに近い経営らしい。
そして、南の町の店舗は妹弟子に頼んでいるという。
「ウムランツ村も近いところですか」
カイは思わず聞いた。
「そうそう、あの広いお茶畑は結構近いかも。あのあたり、ちょうど魔道具売っとる店がなくてね。南の貴族さんは、わざわざ王都まで買い付けに行っとったらしいわ。妹弟子が普通の道具店継いどったから、連絡とって代理店長してもらっとるんよ」
おかわり分のシチューも綺麗に食べ終わったゼラフィーネは、満足そうに息を吐いた。
「代理店長なんですね。それは、卸すよりその方がいいんですか?」
カイが聞くと、ゼラフィーネは肩をすくめた。
「利益だけなら似たようなもんだけど、卸した方が責任も少なくなって楽かな。でも難しいんだわ。店主が魔道具関連のスキルを持っとらんと、信用してもらえんくてね」
確かに、安くはない買い物なので、信用は大切だ。
主な顧客は貴族らしいし、『偽物をつかまされた』といった醜聞も良くないのだろう。
「魔道具って、結構魔力を消費する割には出力がそれなりなんよ。だもんで、兵器利用は効率が悪すぎるわけ。その研究にかまけすぎて、魔物対策がおろそかになって傾いた国もあるくらい」
カイは、パンを口に含んだままうなずいた。
セリスの双子の弟、日本からの転生者だったらしいエアハルトは、魔法を使って原寸大〇ンダムを作ろうとして諦めることになったと聞いた。
魔道具で巨大兵器を作れないのが、神様の意思か、単純にそういう仕組みなのかはわからない。
ただ、カイにとっては今世の平和を保ってくれている一端なので、ありがたい限りである。
「だからあーしは、どういう魔道具を輸入して修理するかを領主様に報告するってわけ。ほんで、カイがやりとりするんはあーし」
ゼラフィーネは、カイを指さしてから自分に指を向けた。
「本当に、領主様も関わられるんですね」
ゼラフィーネが丸ごと任せられるのかと思っていたカイは、少し驚いた。
「正式な輸出入手続きをするから、違法な魔道具はまずないとは思うけど、大陸が違えば法律も違うからね。こっちでダメな魔道具だったら、領主様が販売許可を出さんって」
ゼラフィーネは肩をすくめた。
「なるほど、法律的なことは領主様がきちんと見てくださるんですね」
それなら、カイとしても不安にならずに関われる。
「そういうこと。まあ、領主様っていうか、役人の人たちだと思うけど。何にしても、カイは安心して中古の魔道具を修理してくれたらええんよ。あ、お会計お願いしまーす!」
ニカッと笑ったゼラフィーネは、空の食器を前にしてマルティナに手を振った。
「わかりました」
うなずいたカイも、財布代わりの巾着を取り出した。
のんびりとスローライフを送っているつもりなのだが、気がついたら少しずつ世界が広がっている気がする。
銅貨を数えながら、カイは首をかしげた。





