第98話 「……スープカレーだ」
「なんで呼んでくれないの?あたしも聞くって言ってたじゃない」
ムッとした顔で父親に言うアルマは、仕込み部屋に入ってきた。
「アルマは休憩中だっただろ。オレが聞いて後から説明したって同じだ」
白いウサギ耳をひょいと揺らしたアルノーは、言い聞かせるようにしながらアルマを見た。
「直接聞くのとまた聞きは違うって言ったのは父さんでしょ!今からだけでも、一緒に聞くから」
アルマは、アルノーの横に立った。
とはいえ、大まかな説明は終わったところだ。
カイは、修理内容を細かく説明しながら、普段の手入れについてもう一度伝えた。
「別にオレから聞いても同じだろう。内部の壁が修理されたっていうのと、毎日風を通すってくらいで」
アルノーは、細い腕を組んだ。
それに対して、アルマは腰に手を当てた。
「全然違うわよ。風を通すんじゃなくて空気の入れ換えでしょ?通気口の中の湿度を調整するんだから。ある程度時間をかけないと意味ないじゃない」
そこまで厳密ではないが、多めに入れ換えてくれるならその方が良いだろう。
親子喧嘩になりそうな空気に、カイは黙った。
「まあそうだな。だがそれもオレがやるんだから気にしないでいい」
「はぁ?あたしもやるに決まってるでしょ、仕事を覚えていってるところなんだから!」
アルマは、尻尾をぴんと立てた。
「わかったわかった。それならアルマも覚えてくれ」
「まったく。ちゃんとしてよね」
プリプリと怒るアルマに、アルノーは小さく息を吐いて肩をすくめた。
そこへ、マーヤがやってきた。
「そろそろ交代だけど、話は終わったの?」
「ああ、終わったぞ」
「母さん。修理は全部終わったんだって。すごい早いよね。それで、毎日空気を入れ替えて、通気口の中に湿気がこもらないようにした方が良いみたい」
アルマが、ゆるっと尻尾を振って母親に駆け寄った。
態度があまりに違うので、カイは思わず目を瞬いた。
「終わったみたいね。ならやっぱり、昨日言ってたみたいに技術料がいるわねぇ。元々見積もりでは一日銀貨六枚と材料費だったけど、一日で終わっちゃったもの」
マーヤは、黒い狼耳を機嫌良さそうにぱたりと振った。
「普通なら家を建て直すくらいのことなんだから、金貨二枚出してもいいんじゃないかしら。建て直したらもっとすごいことになるんでしょ?」
アルマは、母の腕に手を絡ませてから父の顔を見た。
アルノーは少し考えて、マーヤを見た。
「そうだな、安いくらいだろう。実際、この家を建て直す場合の見積もりは前に取ったんだ。金貨で四百枚は必要だと言われた。普通の家なら二百枚から三百枚くらいだが、うちは特殊だからな」
日本円の感覚だと、二千万円くらいにあたるだろう。
普通の家が金貨二百枚(一千万円相当)ならかなり安い気もする。
建築関係のスキル持ちは、仕事がハードだが給与も高いので人気らしい。
建築スキル持ちが二人いれば、二ヶ月ほどで家を建て終わるそうなので、儲けとしては良いところなのだろう。
うっかりそんなことを考えていたら、アルノーたちの話し合いが終わっていた。
「じゃあ、金貨三枚で頼む。マーヤ」
「持ってくるわね」
「えっ?!」
カイは慌ててマーヤたちを止めた。
「待ってください、金貨三枚は多すぎます!僕の仕事はスキルを使った修理ですが、スキルと魔力の使用量、それから日当を考えて設定しています。確かに今回は思ったより魔力を使いましたが、それを加味しても金貨二枚が妥当なところです」
それを聞いたアルノーは渋った。
「だが、バンガードのアウレリアにはもっと貰ったんだろう?」
「あれは、魔道具ですから。通気口は、二本仕切っている部分を壊して作り直すだけなら家を建て直さなくても修理できるはずです。それなら、建築系のスキルで十分対応できます」
カイがそう言うと、アルノーは一度口をきゅっと閉じてから開いた。
「先祖代々使っている家を壊さずに済んだ分も含んでいるんだ。住むだけなら少しずつ補修すればいいところを、通気口のために全部建て直すかもしれなかったからな」
アルマもうなずいた。
「お爺ちゃんたちも喜ぶと思う。今は隠居だって言ってあっちの家に引っ越したけど、この家のことは気にしてたし」
「そうなのか?仕事のことを忘れられるとは聞いたが」
アルノーは、娘の言葉に驚いて首をかしげた。
「そりゃあ、あの頑固者のお爺ちゃんだもの。そんな感傷的なこと、父さんには言わないわよ」
アルマは肩をすくめ、楽しそうに尻尾を揺らした。
親子というのは、逆に素直になれないものらしい。
報酬を受け取ったカイは、その足で食堂に向かった。
少し遅めだが、まだ昼営業をしている時間である。
「こんにちは」
「はい、いらっしゃい!あっちの席でいい?今日の日替わりはウサギ肉のスパイスシチューだよ!」
食堂の女将であるマルティナは、カイの返事を聞く前に流れるように案内した。
ストンと腰を下ろしたカイは、慣れてきたので普通に注文した。
「日替わりでお願いします。パンは焼かずに」
「はいよ!ちょっと待っててね」
細かい注文も慣れてきたので、間髪を入れずに頼めるようになった。
向かい側に座っていたのはゼラフィーネであった。
「カイ、さすが慣れとるね。あーしはしゃべりの専門家のはずなのに、女将さんに注文するんはなかなか大変だったんよ。でも嫌な感じはせんから、女将さんが商人になったら凄腕の販売人になりそうだわ」
「お邪魔します。初めは言われるがままでしたよ。皆さんの注文を見て、最近やっと頼めるようになってきたんです」
カイが苦笑すると、ゼラフィーネはさもありなん、とうなずいた。
「はいお待たせ!パンのおかわりがいるなら言っとくれ」
「ありがとうございます」
サーブされたシチューからは、何とも懐かしい香りがした。
「……スープカレーだ」
カイは、思わず口の中でつぶやいた。
日本のカレーというよりはインドカレー系だが、似たようなスパイスを使っているのだろう。
そっと口に含むと、豊かな香りが広がり、後からピリッとした辛みが来た。
完全にインドカレーである。
「美味しい」
ため息とともにそう言うと、ゼラフィーネも頬を膨らませたままうなずいた。
「んぐ。こういう感じのスパイス多めのスープってあちこちにあるけど、辛いんは初めてだわ。案外美味しいね」
カイも国中を旅してきたが、今世では初めての味である。
「ありがとね!このスパイスはちょっと珍しくてね、季節も関係あるからこの時期にしかないから久しぶりなのよ」
通りすがりの女将さんが、嬉しそうに言った。
「ならあーしはえらい運が良かったんですね。あ、パンのおかわりお願いします。三つ、焼いてください」
ゼラフィーネは相槌を打ちながら注文した。
「シチューのおかわりは?」
「そっちもお願いします」
「はいよ!」
マルティナは、重ねた皿を片手で持ってすたすたと歩いて行った。
シチューもパンもかなりのボリュームである。
どうやら、ゼラフィーネは小柄な見た目とはうらはらに大食漢らしい。
「そうそう、ちょっとカイに言っとかんといかんことがあるんよ」
「なんですか?」
カイは、パンをちぎって口に入れた。
「輸入品の魔道具の修理、頼める?っていう依頼が、辺境伯からくるはずだもんで、受けてくれたら嬉しいんだわ。あーし、こっちで支店出すことになってね、ツーレツト町の輸入部門に関わるんだで」
「んぐっ?!」
よく噛んでいないパンを飲み込んでしまったカイは、慌てて水を飲んだ。





