第97話 「僕も、何も聞いていません」
「カイが?そりゃ魔道具修理できるとは聞いたけど……え?単なる修理じゃなくて、めちゃくちゃ細かいとこの錆までぴっかぴかに綺麗にできるってこと?!あーしの知っとる工房でここまでこんまい修理頼んだら、絶対嫌がられるけど?!」
ゼラフィーネは目を大きく開いた。
「む、そんなにか」
アウレリアは、どこか楽しそうに言った。
「確かに、素材からその場で作れるので綺麗にはできますが、型通りにしかできません。職人さんたちの技術には、まったく及びませんよ」
カイは、思わず首を横に振った。
『故障品再生』スキルは、設計図通りにしか直せない。
道具の使い手の癖などを反映させたり、用途ごとに強度を変えるといった細やかな融通はきかせられないのだ。
「いやいや、そこまでできたら職人が泣くんだわ。そんなスキルあったら、もはやどっかの研究所に捕まって実験台にされるでね?」
ゼラフィーネは、顔の前で手を左右に振って見せた。
心なしか、背中の羽も力なく下がっている。
「まあそれは大げさだろうが、貴族から専属契約するというような声がかかるのは確かだろうな」
少し考えるようにしながら、アウレリアがうなずいた。
「貴族からの声掛けなら、ここまで完璧に修理できる時点できそうなもんだけど……。あ、もしかして修理の程度は伝えてないとか?」
「僕も詳細は聞かれてないから、多分『魔道具を修理できるスキルだ』っていうくらいに伝わってると思う」
誰かがアウレリアのゴーレム部位を細かく確認した、とは聞いていない。
むむ、とゼラフィーネは眉根を寄せて腕を組んだ。
「これって知らせるべき……?いや、絶対めんどくさいことになるでね。うん、あーしは鑑定したけどざっくり修理されたことしかわかっとらん。知らんもんで伝えられんってことで、よろしく」
ぱた、ぱた、と羽を揺らしながら考えていたゼラフィーネは、パチンとウインクした。
「私もよく知らないな。不具合が直ったとわかるだけだ」
アウレリアは、ゴーレム部位の左腕をひらりと振って肩をすくめた。
「僕も、何も聞いていません。ゼラフィーネさんの鑑定だと、修理歴があるとわかるってことは教えてもらいました」
カイも、首を横に振った。
三人は顔を見合わせて、ゆっくりとうなずいた。
鑑定はしたものの、すべての部品が新品並みに修理されたなど、気づかなかったのである。
口裏を合わせた三人は、それぞれの帰路についた。
次の日、カイは改めて肉屋に向かった。
背負子に必要な分だけ漆喰の材料と木材をまとめ、朝食をとってゆっくりめに家を出た。
「おはようございます」
裏口から声をかけると、アルマが店の方からひょいと顔を覗かせた。
「おはようございます。父さんなら、仕込み部屋にいます」
ぴこぴこ、と黒い狼耳を揺らしているので、アルノーが作業している音を確認しているのかもしれない。
「ありがとうございます。では、お邪魔しますね」
仕込み部屋の二重扉を順番に開けて中に入ると、アルノーが顔を上げた。
「お、来たか。ここの水を掃き終わるまで、少し待ってくれ」
「はい、大丈夫です」
仕込み部屋は、ひんやりとした空気で思わずほっとした。
前世の日本ほど暑くならないとはいえ、まだまだ残暑なので、この部屋は少し羨ましい。
仕込み部屋の床は、コンクリートのような素材だ。
水洗いできるようにしてあり、アルノーがブラシで水を排水溝へ掃いているところだった。
カイは、重たい背負子をそっと床に下ろした。
「オレはあっちでいったん休憩する。何かあったら、店の方に来てくれ。マーヤかアルマがいるはずだ」
「わかりました。では、修理を始めますね。『故障品再生』」
カイは、再び一気に立体映像が広がる様子を確認した。
アルノーは、少しだけ見守ってから仕込み部屋を出ていった。
改めて修理箇所を確認したところ、前回の見積もりとほとんど変わらないようだった。
「良かった。土台からやり直しなんてことになったら、さすがに何日かかかるもんな」
ふう、と息を吐いたカイは、半透明の立体画像を見ながら、修理に使う材料を通気口の近くまで運んだ。
「じゃあまずは、木材の傷んだ部分を取り替えて……」
漆喰が剥がれてしまった部分は、湿気などによって傷んでいる。
とはいえ、最近漆喰が剥がれたであろう場所の木材は、まだ大丈夫そうだ。
カビがある木材を、持って来た木材と入れ替える。
一枚ではなく、傷んだ部分だけをピンポイントに入れ替えられるのはスキルのおかげだ。
部分的に取り除いて、空いたところに木材を分解してからはめ込む。
中身は違うのだが、再生しているように見えるだろう。
「こっちの木材は、湿気だけ抜いておけばいいか」
漆喰は、温度差による結露からも木材を守っている。
いくつか漆喰が剥げて水分を含んだ木材があったので、それはスキルで乾燥させておいた。
木材の処理が終わったら、次は漆喰である。
剥がれてしまった部分に加えて、ヒビが入っているところも含めれば結構な数である。
「ふう、やるか」
作業そのものはスキルでパパっと済むとはいえ、それがいくつもあるとなかなかに神経を使う。
「うーん、魔力がもつかなぁ」
構造は難しくないが、かなり大きなものなので、部品数が多くなっている。
ギリギリ大丈夫な計算だが、はたして。
「すみませーん」
ちょうど昼どきになって、カイは仕込み部屋から出て店舗の方へ声をかけた。
「はーい」
ひょい、と顔を覗かせたのはマーヤだ。
「マーヤさん、お邪魔しています。通気口の修理が終わりました」
少しくたびれた声でカイが言うと、マーヤは目を丸くした。
「あら。もう終わったの?早いわねぇ。あの人を呼んでくるわね」
「ありがとうございます」
肉屋は、八百屋と似たような間取りで、大通りから見て奥の方に居室のリビングダイニングがあり、二階に寝室があるらしい。
マーヤが奥に行ってすぐ、アルノーがやってきた。
「もう終わったって?」
「はい。お昼休憩でしたか?」
ふと時間に気づいたカイが聞くと、アルノーはウサギ耳をひょいと動かして笑った。
「いや、そろそろ終わるところだったから問題ないぞ」
「それなら良かったです。状況を説明しますので、仕込み部屋へ来ていただいてもいいですか?」
「ああ」
二つある通気口は、どちらか片方から送風すると、地下からの空気がもう片方から出てくる仕組みだ。
シンプルだからこそ、故障もしにくい。
今回は、その通気口内部の壁の漆喰が経年劣化で剥がれていたこと、剥がれた部分の木材が傷んでいたこと、それらを修理したことを伝えた。
「そうか、ありがとう」
「いえいえ。一度試験してみましたが、どちらから送風しても特に問題はなさそうでした。地下の様子だけご確認いただいていいですか?内部の壁はすべて整えましたが、もしどこかを修理し損ねていたら、細かい欠片が落ちているかもしれないので」
スキルはかなり信頼できるが、それだけがすべてだと考えるのは危険だ。
カイが勝手に地下室へ下りるのもどうかと思い、アルノーに頼んだ。
「わかった。少し待っていてくれ」
アルノーは、仕込み部屋の端にある跳ね上げ扉から地下へ下りていった。
材料の袋などを片付けていると、アルノーが戻ってきた。
「何もなかったぞ。綺麗なもんだ。下の通気口は大きめだから少しだけ中を見たんだが、前にあったヒビも全部なくなってたな」
「良かったです。あとは普段からの手入れですが、できるだけ毎日風を送ってください」
カイは、スキルで立体映像を見ながら説明した。
「毎日って、冬もか?」
「はい。冬場は、少しでかまいません。空気の入れ替えをした方が良いので」
カイが説明していると、アルマが仕込み部屋に入ってきた。
「修理って終わったの?」
「ああ、説明も聞いたぞ」
アルノーが言うと、アルマは頬を膨らませた。





